第15話 五月の出会い (3)
お待たせしました。
ちょっと短め2,000字ちょいです。
第8次ブリタニア・ウェストパニア戦争
今から22年前にあった大規模武力衝突であり、ブリタニア……いえ、このアヴァロン大陸の人類間における、現時点では一番近しい時期にあった戦争です。
きっかけは実につまらない話で、当時の次期教皇選挙を見越した枢機卿団内の派閥争いだったそうです。
早い話、ブリタニアの領土を切り取って、これを実績としてアピールしようとした一派が、あちらこちらの思惑を追加搭載した結果ですね。
細かい話は色々と省いて、この戦争は結果的に痛み分けに終わります。
序盤は電撃戦を展開したウェストパニアが優位に進め、中盤は敵を奥深く誘引し補給を断ったブリタニアが押し返し、最後は逆侵攻をしようとしたブリタニア本陣に単騎突撃をかけられた事で、国境線は戦前と変わりませんでした。
この結果、ウェストパニアは人材・資材共に甚大な被害を出し、軍の再建には長い時を要し、ブリタニアは20年という平和を得ました。
尤も、ブリタニアも偽装撤退戦を繰り返す裏で、焦土戦術紛いの領民避難を行った為、人はまだしも幾つかの村や町が戦火に焼かれたそうですが……。
さて、ここでブリタニア軍を率いていたのが誰かと申せば、ブリタニア西の雄たるアロンダイト公爵家の先代当主様、つまりはランスロット様の祖父に当たる方であり、その本陣に先陣を切って単騎突撃を敢行し、見事ブリタニア軍の追撃を止めたのが剣聖ロドリーゴ様です。
そんな訳で、アロンダイト公爵家にとって、ロドリーゴ様は仇敵……とまではいかずとも、宿敵くらいには苦々しく思っているのです。
あ、因みに、アロンダイト家の先代当主様はまだご健在ですよ。
今は私の祖父同様、隠居なされてて趣味を愉しみつつ日々をすごしていらっしゃるそうです。
「何をそんなに驚いているのだ? 彼らの身を明かした時に、お前も頷いていたであろう?」
え?
……すみません、王妃見習いモードでその間の記憶が飛んでいます……。
「……グレイシア。お前まさか……」
「う。だ、だって、仕方ないじゃないですか! 散々私にキャストンさんを、その、篭絡しろーとか、色々言ってきていたのに、ここへ来て突然掌を返され、他の方を婚約者にすると言われたんですよ?! それも、どう見ても、年下の男の子を!!」
ただでさえ、この一ヶ月ほど、色々とあって悩んでいたところにこの急な決定。
いくら、私の立場として政略結婚が当たり前だとは言え、心の防衛反応として思考停止も止むを得ないと自己擁護します。
……いや、本当はダメなんでしょうけどね……。
「む……それは、その……」
流石のお父様も思うところがあったのか、私の剣幕に視線を泳がせます。
「……かの方が剣聖様だと言うのでしたら、やはりあのご姉弟は……」
「うむ。亡くなられた教皇猊下のお孫さんだ。それも双子の、な……」
「双子……姉弟にしては似ていると思っていましたが、よりにもよって教国で双子ですか……」
二人して黙っていても話は進みませんので、一先ず確認するつもりで口を開けば、案の定彼らは教皇サンチョ2世猊下の血縁で、しかも双子でした。
裏で何があったかは知りませんが、さぞかし苦労なさった事でしょう。
「そして、私との婚約……と、言うよりは、ガラティーン公爵家に教国の名門グレンデスを取り込もうというのですね……」
ここまで情報が揃い、尚且つ婚約という答えが出ている以上、そこへ至る過程も想像出来ます。
まず、第一に、クレメンテ君をブリタニアの陣営に加える事で、ウェストパニア教国への軍事介入の大義名分が得られます。
この手法は、90年前と60年前に、イーストパニア法国が我が国に宣戦布告した際にも使われているので、彼らに文句を言う事は出来ません。
因みに、その時使われた大義名分というのが、100年前の内乱騒ぎを引き起こした第一王子の子と自称曾孫で、彼らこそがブリタニアの正当な後継者だと吹っかけられたそうです。
尤も、息子の方が利用された時の反省で、密偵達を多数犠牲にしてでも法国に残った彼らの血筋を根絶やしにしたそうなので、曾孫を名乗っていたのは偽者だったらしいですが……。
話がずれましたが、第二に、教国があるのはブリタニア王国の西方であるのに対して、我がガラティーン公爵家が本拠を構えるのは王国の東部だという点です。
教国領へ進軍するとなれば、第二騎士団と西部に本拠を持つ貴族に動員が掛かります。つまり、本来で言えば、我が家は法国に備えてお留守番という事になってしまうんです。
これでは、我が家が切り取った領地で賠償を……という事が出来ません。
流石に、動員されてもいないのに、軍を派遣して領地を配分してもらう……なんて真似は出来ません。
何かしら、アロンダイト公爵家に代わって動員される正当な理由が必要です。
さて、もうお分かりいただけたと思いますが、私とクレメンテ君が結婚する事で、これらの問題はクリアされます。
ガラティーン公爵家の婿となれば、もう半分我が国の人間であると言えます。
ただのブリタニア・ウェストパニア同盟よりも、圧倒的に正当性を確保できますし、後のウェストパニア領も統治し易くなります。
そして、クレメンテ君の保護者が、剣聖ロドリーゴ様である以上、因縁のあるアロンダイト公爵家よりは、婿入りしたガラティーン公爵家を動員した方が良いという事になります。
これで、表面的には誰憚る事無く我が家は汚名返上の機会を得られるという訳です。
いっそ清清しいまでに政略結婚ですねー。はぁあ……。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
王妃修行は擽り地獄と激辛地獄のみにあらず。
と、言いますか、そういうイロモノ修行は全体の1割ほどです。
政治・経済・文化・習俗・法令etc.
あらゆるジャンルを詰め込められます。
故に、グレイシアは決してただのおバカではありません。
なので、ある程度推測する材料さえ与えてあげれば、この程度の推測は出来るんです。
……色々と抜けているせいで、あまり発揮されませんが……。
第8次ブリタニア・ウェストパニア戦争に関してですが、「アイテムボックスがあれば、補給路断たれても問題ないだろ」と思われるかもしれません。
しかし、教国側は不意打ちを仕掛けて電撃戦で行けるところまで行く!という、割と行き当たりばったりな戦略だった為、十分な物資は用意していませんでした。
そのため、個人間で持ち込んだ糧食にはバラつきがあり、酷い時には上官が部下の持ち込んでいた食料を巻き上げたりなんて事も……。
それに対し、ブリタニア側はアロンダイト家の密偵が開戦の情報をキャッチ。
いち早く教国の侵攻を察知できたため、誘引・焦土・補給封鎖からの逆撃を画策したという訳です。
……まぁ、それを個人の武勇でひっくり返されちゃねー……。




