第12話 四月の政変 (7)
お待たせしました。
久し振りに5000字オーバーです。
「かつて、私には口を開けば『アーサー様』。寝ても醒めても『アーサー様』。転んだ時にも『アーサー様』と、婚約者の名を連呼するアhもとい、無邪気な友人がいました」
「いやいやいや、流石にそこまで狂気染みてはいませんよ!?」
瞼を閉じ、幼き日を懐かしむかのように語るフレアちゃん。
しかし、それには断固として抗議させて頂きます! 私はそこまで酷くありませんでしたよ?!
「気分の問題です。生まれたばかりのヒヨコが、最初に見たものを親と思い込むかのようなその姿に、私は共感を覚えました。何故なら、私も兄をそのように想っていたからです」
私の抗議をバッサリと切り捨てて続けるフレアちゃん。
いや、堂々とそんな事を言われましても……。
「やがて、彼女は私より一年早く学園に通い始めます。そして、間もなく世間では彼女に関する根も葉もない噂が飛び交いました。婚約者とともに訪れるはずの慰問に参加せず、下民に媚を売るなど御免被る……と」
う……。
私とアーサー様には在学中の役目として、共に王都の各所に視察や慰問と称して顔と名前を売るというものがありました。
これは、100年前の内乱群発のきっかけとなった当時の第一王子のせいで、王家の信用が地に落ちたため、信用回復の手段として採られたものの一つであり、要は民衆とふれあう機会を増やして相互理解を深めようというものです。
分かりやすく例えるなら、生産者の顔写真と名前を公開する事で、商品の信用をあげる……みたいな?
ただ、結果として私はこれに完全に失敗しました。
公爵家を通して通知された日時に伺った所、場所が違ったりもう既に終わっていたりと……。
しかも、狙い澄ましたかのように毎回その場には酒月 聖が居合わせ、私の代役を務めたとか……。
片や民とのふれあいを拒む公爵令嬢、片やこの国を救うために召喚された神子。
民衆からどう評価されたかはお察し下さい……。
「笑止ッ! あの子が婚約者との街歩きを嫌がる事などありえません! 『明日は何を着ていこうかしらきゃるん(おんぷ)』とか、『楽しみすぎて眠れないきゃー(はあと)』みたいなお花畑全開な事を考えていたに相違ありません!!」
「ちょ!? な、何なんですか、その評価は?! グィネも頷かないで!」
「え? いや、だって……」
「事実ですよね?」「事実でしょ?」
「う、そ、それは……」
……はい、デートみたいだなーって、浮かれていました……。
いや、確かに、ゲームにもアーサー様と婚約者であるグレイシアが一緒に慰問するはずだったのに、グレイシアがサボタージュしたところに居合わせる……というイベントはありましたよ?
でも、私はすっぽかすつもりなんて全くなかったのに、蓋を開けてみたら同じ結果になっているという……。
「まー、どうせ噂の出所は教会でしたし、王家と公爵家の連絡員を買収してそうなるように仕向けたんだろうと予想していたので、私は信じていなかったんですけどね」
こういう言い方は好きではないのですが、民衆というのは結局の所情報操作に弱いものなのです。
ある程度情報社会として発展していた日本ですらそうです。
例えば、政治家なんて全員何らかの汚職を働いていると頭では理解していても、マスコミが叩かない限りは大騒ぎしませんよね。
逆に、マスコミが叩き始めると、お祭り騒ぎに発展します。
日本ほどの教育を受けていないこの世界の大衆では、簡単に踊らされてしまうのも仕方のない事。
「それでも、私が手を貸せば、私を通じてお兄様の手を借りられれば、まだひっくり返せる……そう思って学園で再会した彼女は……そこにいるすっかりダメな子に、私の嫌いな女に成り果てていました」
そう言い切ったフレアちゃんの目は、完全に敵を見る目でした……。
ですが、そう言われても、私には心当たりがありません……。
「事もあろうに、二人いる取り巻きの内、片方も私の敵でした……」
「あぁ、アイリーンの事ね? まぁ、彼女は仕方ないわ。許してあげなさいよ?」
「え!? グィネにはどういう事か分かるの?!」
「まぁねー」
?
何でしょうか?
いかにも、『憤懣やる方ない』といった表情を抑えようとしています。
誰に対する怒りなのでしょう?
「殿下の仰る事も分かりますが、私と同じ立場であれば、同じ事を言えますか?」
「ぐ……それは……」
私を置き去りにして二人で会話が進みます……。
私とアイリーンさんがフレアちゃんの敵?
私と彼女の共通点……髪の色は違うし、信仰も旧派と新派で違うし……。
グィネは気付いたのよね?
身長? 体重? それとも……。
「胸」
「それ以上言ったら殺します」「それ以上言うと殺すわよ」
「のお……はひ……」
あ、これダメなやつです。危うく地雷を踏み抜くところでした。
「まったく……その無駄に溜め込んだ脂肪の事ではありませんよ」
「第一、シアの無駄に溜め込んだ脂肪は入学前から無駄に溜め込んだ脂肪だったじゃない」
「乳袋乳袋と言わないで下さいよ!? 好きで大きくなった訳じゃないんですし!」
と、思ったら時既に遅く地雷が炸裂しました!?
「「チッ」」
王女や令嬢が舌打ちって?!
そこまでですか!?
「まぁ、富める者には貧しき者の気持ちは分かりませんよ」
「何だろう……今の私なら、民衆に優しい政ができそうだよ……」
ふ、二人の目が死んでいます……。
「はぁ……あなた、あの頃にはもうアーサー王子の事、諦めかけていましたよね」
大きく息を吐き出し、気分を入れ替えたのか、途端に真面目な様子で切り込んでくるフレアちゃん。
「そ、それは……」
「それだけに止まらず、兄に縋ろうと、縋りたいと思っていましたよね」
更に踏み込んで言葉で切り付けてくるフレアちゃん。
「だって、それは……」
「あまつさえ、未だに死んだ人間に想いを引き摺っていますよね」
「ッ!」
反論、できませんでした……。
口では、もう何とも無いように振舞っているつもりでしたが……。
この様子だとグィネにも見抜かれていたようです……。
「一つお尋ねしますが、あなたは本当に兄を、キャストン・クレフーツに恋をしていますか?」
「え? それは、勿論……」
「私にはそうは見えません。勿論、兄とアーサー王子は別の人間です。同じように接する必要もなければ、むしろそれはただの侮辱と言えます」
はっきりと指摘されて、はじめて自分自身に問いかけます。
私はキャストンさんを──
「ですが、今のあなたからは、かつてのあなたにあった『熱』を感じません。あの呆れるほどに焦がれていた、『恋の炎』とでも言うべき『熱』を……」
──本当はどう思っているの?
☆
「……まったく、人の幼馴染に好き放題言ってくれたわね?」
青い顔をしてシアが退室した後の生徒会室で、私は斜め前に座る女に苛立ちをぶつける。
「私の幼馴染でもあります」
「ふん」
澄ました顔で言い切るフレア・クレフーツ。
私はこの女が嫌いだ。
別に、叔母様とこの女の母親の因縁とか、そういうのは気にしていない。……多分。最近まで知らなかったし。
いや、ひょっとしたら、そういう因子が血に刻まれているのかもしれないけれど……これは単純に近親憎悪の類でしょう。
「実際、シアちゃんのあれは男女のそれではなく、兄妹のものですし」
「ちょっと、私のシアに馴れ馴れしくしないでくれないかしら? それと、あなたも実の兄妹でしょうが」
「あぁ、御免あそばせ。たった一人しかいないお友達を取り上げるような真似をしてしまって。それと、私は本気でお兄様を殿方としてお慕いしていますよ? お兄様さえその気になってくだされば……」
恋する乙女もビックリするくらいの身悶えを披露するフレア・クレフーツ……いや、実の兄にそれはどうなのよ?
正直、理解できないわ……したくもないけれど。
「って! 誰が友達いないぼっちよ!? あんたこそ友達なんていないでしょうがッ!」
「え、そこまでは言っていませんけれど、グレイシア様以外に対等なご友人がいらっしゃるので? それと、私……正直、大きな子供の面倒を見るのはちょっと……エステルちゃんみたいな、本当の子供の面倒を見るのはまったく苦ではないのですけど」
「エステルって誰よ!?」
くぅ……た、確かに、『対等』と言われたら……シア以外思い付かないけれど……確かに、そこいらの嫉妬深い貴族令嬢なんて、体が大きいだけの子供に見えるけれど!
何だろう、とっても腹が立つ!!
「ま、どの道、もうシアちゃんが兄と結婚するなんて、兄がガラティーン公爵家の婿養子になるなんて無理なんですけどね」
「……どういう事よ」
……ただの強がり、世迷い言だとは思うけれど、一応先を促してみる。
「アイリーンさんが本気になりましたからね。ま、そうでなければ、絶対に告白なんて認めませんでしたけれど」
「彼女は……そりゃ、貴族籍を抜いて、使用人になってまで近付いたんだから、本気でしょうよ」
今更何を言っているんだ?
「そんな訳ないじゃないですか♪ 最初の頃は、彼女、そこまで本気ではありませんでした。まだ、シアちゃんへの義理立てとか、自身への卑下とか、そういう余計な感情がごちゃごちゃとくっついていましたわ。まぁ、その点で言えば、リジーさんの方が潔かったですね」
ひどく可笑しそうに笑いながら告げられる内容。
それの意味するところは……。
「非常に、本っ当に残念な事に、お兄様が彼女に絆されてしまいました。まぁ、分かっていた事ですが」
「それは……でも、彼女達はその、愛妾として傍に侍る事になるんじゃ……」
元々、彼女達の受け入れ先として、ガラティーン公爵家の上級使用人にするという話だったはず……。
本当に、ガウェインは余計な事ばかりする……。
「何を言い出すかと思えば……アロンダイト先輩とメイドの一人が本気で愛し合っているのを横目に見ながら、それでも正気を保っていられますか?」
「ッ!?」
そんなの、出来る訳が無いッ!!
「根底からして違うんですよ、旧派と新派は。一夫多妻も条件付で認めている新派で育ってきたアイリーンさん達なら、まだある程度その状況を受け入れられます。ですが、一夫一妻を絶対としている旧派で育ってきたあなた方では、夫に自分以外の女がいる状況なんて耐えられません。まして、自分が一番ではないなど受け入れられる訳がありません」
……その通りだ……自分が愚かにも夫の浮気に気付かない、なんて事でもなければ、到底無理だ。
「所詮、あの対処は男である公爵閣下達の考えた方法です。仮にシアちゃんが一人の女としてお兄様を求めたとしても、もう手遅れです。どうしても兄を公爵家の婿養子にするなら、彼女は女を捨てなければなりません。流石にそれは忍びありませんね」
あぁ、全くもってその通りだ……とは言え、ガラティーン公爵家は何らかの形で被害者達に、ひいてはその家に賠償しなければならない……。
真っ当に賠償するなんて事になれば、ブリタニアの片翼が衰える事は必至。
かと言って、私が女王になる以上、どう頑張っても王家は派閥を問わず多くの諸侯から侮られる事になる。
そんな状況で、ガラティーン公爵家の凋落は耐えられないだろう……。
「さて、私はそろそろお暇させて頂きますね」
「えぇ……」
是非ともそうして欲しい。
私も人知れず頭を抱えたい気分よ。
「あ、そうそう。今回は助かりましたわ♪ 内務大臣閣下達の目をこちらに引き付けるためにも、それ以外にも、あの豚共は始末する必要がありましたので。おかげ様で、処罰も受けずに済みました。ありがとうございますね♪」
え……? 何それ? どういう事?
私がその台詞の意味を知ったのは数日後の事だった。
財務局局長であるシードルフ伯爵の公金横領発覚と逮捕。
そして、内務省からの財務局独立と、新たに財務省の立ち上げ。
初代財務大臣には副局長であったリーランド子爵が繰り上がって就任し、王国史上初の子爵位の大臣が誕生した。
これを受けて、リーランド子爵は伯爵へと陞爵し、一躍時の人となった。
当然、反主流派の大物だったシードルフ伯爵が失脚した事で反主流派の勢力は減退し、中でも彼の義父であったクロフォード侯爵は、孫の不祥事が記憶に新しい間に続いて起きた身内の不祥事に衰退著しい様子。
反主流派では次の盟主の座を巡って、水面下で争っているようだ……。
そして、時の人となったリーランド伯爵は……反主流派は勿論、主流派の貴族達からすらも妬まれてしまったようだ……。
確か、彼の長女はフレア・クレフーツの同級生であり、彼女に激しく対抗意識を持っていたとか……全く相手にされていなかったようだけどね。
その理由も、リーランド伯爵が若い頃にフレア・クレフーツの母親にフラれたからだとか?
……あまりにも出来すぎている……。
これは……反主流派の勢力を削ぎたいお父様達と、何かと面倒なリーランド家への意趣返しをしたいクレフーツ家の思惑が一致したと見るべきかしら?
……はぁ。
シア……あなた、前途が多難すぎるわよ……本当に、どうしたものかしら……。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
某自由人「ハッハー! この安酒に、大雑把な味付けの肴! 最高だな!」
某苦労性「陛下! 反感を買うような発言はおやめ下さい!(ぼそぼそ)」
某自由人「我が友ロトよ。お前こそその敬称で呼ぶな。酒が不味くなるだろうが」
某苦労性「ぐぐぐ……」
某自由人「で、ロトよ。お前の所はどうだ? 隣国へ放った密偵は戻ってきたか?」
某苦労性「よりにもよってその話ですか……とびっきりに酒が不味くなると思いますが?」
某自由人「は。違いない。だが、アホみたいに酒でも飲まなきゃやってられん話でもある」
某苦労性「ま、そうですな……。こちらは半数以上が戻ってきません。中でも……気でしたか? あれを未習得の者は一人も戻ってきておりません」
某自由人「そちらも、か……こちらも似たようなものだ。付け焼刃でも気を習得している者の方が、帰還率が圧倒的に高い。まったく、神獣騎士様様だ」
某苦労性「それも致し方ないかと……。何せ、加護を失ったり、アイテムボックスを失ったりするようですからな……」
某自由人「あん? アイテムボックスを失うだと? どういう事だ? こっちじゃ身に着けていた物品が悉く塵になったと報告を受けたぞ? 因みに、アイテムボックスの中にある間は無事だったそうだ」
某苦労性「な!? こちらでは、アイテムボックスが消え、二度と使用できなくなったという報告を受けました」
某自由人「この様子だと他にもありそうだな……とは言え、これ以上密偵衆に損害を出す訳にもいかん……」
某苦労性「しばらくは気の習熟に時間を割いた方が良いでしょう」
某自由人「そうだな……。あー、もうマジであいつ何とかならねーかなー」
某苦労性「イグレイン様ですか?」
某自由人「そっちもだが、神獣騎士の方だ。もう、王位とかも全部あいつに押し付けて隠居したいぞ」
某苦労性「ぶ!? ゲホッ! エホッ! な、何を言い出しやがりますか、この極楽トンボは?!」
某自由人「だってなー……手塩に掛けてきた息子は女でぶっ壊れるし、同じように育てた娘は大暴走。嫁は完全に俺を敵対視していると来た。はは、何ぞ、この家庭……泣きたい」
某苦労性「いや、それは、まぁ……」
某自由人「あれだなー……子供達にはもっと『遊び』を教えるべきだったな……」
某苦労性「具体的には?」
某自由人「城下町に放り出す!」
某苦労性「やめんか!」
某自由人「あー? 俺はガキの頃城を抜け出して、城下町のガキ大将相手に大立ち回りもしたぞ! あの頃の自由があったればこそ、今の俺がいるんだぞ?」
某苦労性「知ってるよ!? 俺とバンが何度それに巻き込まれて、何度親父達から怒られたと思っているんだ?!」
某自由人「あの頃はマジで面白かったよなー……。イグ姉も笑いながら叱ってたし、ロイ兄も俺達の冒険譚を笑って聞いてくれてた……」
某苦労性「……もう、イグレイン様には本当の事を言っても良いのではないか?」
某自由人「かもしれん、が……あーーー、もう!」
某苦労性「お、おい?」
某自由人「良し! とりあえず飲もう! お前も飲め! おい、店主! 今夜は俺の奢りだ! ありったけの食い物と酒を出せ!」
「「「「いぇーーーーーーッ!!!!」」」」
某苦労性「おいーーーーッ?!」
某自由人「ハッハー!」
どこぞの宰相閣下が頭痛により寝込んだせいで、財務省の立ち上げが遅れたそうな?




