第11話 四月の政変 (6)
お待たせしました。
「はじめに言っておきますが、私は今のあなたが嫌いです」
私を正面から見据えて、フレアちゃんが最初に告げたのはその一言でした。
前世を含めて、真っ向から嫌いと言われたのは初めてです……。
「あー、席を外しましょうか?」
私の隣に座っていたグィネが気を利かせてそう申し出てくれましたが……。
「いえ、殿下もご同席下さい。その必要がありますので」
フレアちゃんが留まるように要請します。
視線で尋ねてくるので、頷いてグィネにもこの場にいてもらう事に。
「丁度二年前ですか。グレイシア様が初実習を終え、その際に兄が傍を辞したのは……」
あの時はゲームのイベントが発生しているだろうから、下手に関わらない方が良いと判断してスルーしたところ、キャストンさんに注意されたんですよね。
確かに、今考えると、グィネと一緒に酒月 聖とパーティを組み、引率役であったアーサー様の婚約者として彼女を牽制すれば良かったと思います。
「……はい」
そして、そんなキャストンさんにアイリーンさんが叱責したところ、思いの外あっさりとキャストンさんが引いて……それ以降は暫くの間、本当に音沙汰が無かったんですよね……。
「それを聴き、流石に冷たいのではないかと兄を問い質しました」
「え?」
意外な言葉が出てきました……。
基本的に、キャストンさんのやる事は全肯定というのがフレアちゃんのスタンスです。
それがただ問うのではなく、『問い質す』とまで言うとは……。
「その理由は残念ながら、至極納得のいくものでした……」
理由……あの時は確か、もうフレアちゃんがケイ・エクトルを好きになる可能性がない以上、自分の目的は果たしたからって事だったような?
「理由って?」
「それを説明するには、その前に殿下に教えて頂きたい事があります。よろしいですか?」
「私? まぁ、私に答えられる事なら」
私のために渋々……そんな様子で首肯するグィネでした。
「では、単刀直入にお伺いします。当時、アーサー殿下はグレイシア様が我が家に訪問していた事をどうお考えでいましたか?」
「ッ!」
え?
グィネのこの反応はいったい?
「グレイシア様は殿下と同様に、元婚約者に対して神聖視している節があります。どうか、本当の事をお教え下さい」
「実の兄を神聖視している女がぬけぬけと……」
「それは認識違いというもの。私は兄を神聖視はしておりません。むしろ、兄は欠点だらけの人間だと思っています。間違っても、『完璧』や『完全無欠』などという言葉は当て嵌まりません」
えぇーーーッ?!
先程の台詞といい、このフレアちゃんはもしかして偽物?
「ほぼ全ての女性にとって、兄は最低の殿方です。ただ、私にとっては兄以上の殿方は存在しません。それだけの事です」
「「…………」」
は!? いったい何が?!
って、ただ惚気られただけでは? いえ、ただの惚気よりももっと恐ろしい何かの片鱗を見せ付けられたような?
「兄の事は今はいいのです。それよりも殿下。お答え下さい」
「え!? あ? え、えぇ……兄様の事だった、わね……?」
私よりも耐性の低いグィネが漸く現実に復帰しました。
「それは、まぁ……面白くなかったでしょうね」
え?
「本当にそれだけですか?」
「……はぁ。必死に隠していたけど、色んな意味で嫉妬していたわ。そりゃそうでしょ? 自分の婚約者が他の男と一緒にいる。それも、よりにもよって城下町で大人の目を掻い潜って遊んでいるとなれば、噴飯ものよ。私だって、城下町で平民の子供みたいに遊んでみたかったわよ!」
あー……以前言っていた、王家の監視が及ばなかったって話ですね……。
あれは遊んでいた訳ではなく、問答無用の強制LV上げツアーだったんですけど、それを今言っても仕方ないですよね……。あ、たまに『強制』の前に『地獄の』って形容詞が付きましたよ。ウフフフフ……。
尤も、そのおかげで助かった事も少なからずあるんですけどね……。
って、今はそれどころではなく!
「アーサー様が嫉妬していた? そんな素振り一度も……」
「当たり前でしょ? 仮にも一国の王子がただの男爵家の子供に、それも仮想恋敵に嫉妬しているなんて、みっともなくてシアには見せられないわよ」
気付きませんでした……。
王宮でお会いするアーサー様はいつもお優しく、自信に満ち溢れていました。
ゲームにおける婚約者との仲違いの原因ともなったすれ違いも無く、うまく行っていると思っていたのに、結局私はアーサー様の事を理解していなかったという事ですか……。
「まー、本当にシアちゃんの事を気にかけていたのなら、変な意地は張らないで欲しいところですけどね」
「え?」
いま、フレアちゃんの口から……?
「だから、一国の王子が」
「それが何だというのです? 婚約者に、未来の妻にも内心を吐露できないほど孤独でいなければ、王が務まらないというのなら、最後までそれを貫いたらどうなんですか?」
「そ、それは……」
「結局あのボンクr……こほん。あの王子様は、『誰からも理解してもらえない孤高の王子様』ごっこで自分に酔いしれていただけのすっごく痛い人じゃないですか」
「ひ、人の兄をつかまえて、それは流石に言いすぎじゃないかしら?」
「何を言われたか知りませんが、あの酒月 聖に誑かされ、聡明さを失うほどに溺れきっていた以上、弁解の余地も無いと思いますが?」
「う……それを言われると……」
……あれ?
何故か、フレアちゃんに擁護されているような?
「まぁ、そんなポンコt……こほん。周囲から穿った目を向けられるのはよろしくないと判断したため、兄がグレイシア様を支援できないというのなら、女の身である私が代わってお手伝いしようと思っておりました」
「どうしても兄様を貶さないと気がすまないのかしら? ……その気持ちを理解できてしまうのが、心底無念だけど……」
散々に実兄を扱き下ろされるも、それに共感できてしまう事が無念でならない様子のグィネ。
以前は、アーサー様との兄妹仲も良好でしたからね……。
「しかし、1年後。学園で再会したあなたは変わり果ててしまっていました……」
グィネの様子などお構いなしに、フレアちゃんは真っ直ぐに私を見据えて断言しました。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
某陛下「我が友よ、今宵は城下に繰り出すぞ!」
某閣下「扉を蹴破って何を言い出すかと思えば、寝言は寝ている時だけにして下さい、陛下」
某陛下「冷たい事を言うなよー。ガキの頃は三人揃ってしょっちゅう王宮を抜け出していただろうが」
某閣下「このキャメロットで、自国の王の顔を知らぬ者など、赤子くらいなものです。さっさと執務室に戻って仕事をして下さい」
某陛下「それなら問題はない! あの小僧が認識阻害の魔導具を俺にもくれたからな。民にバレる事無く羽目を外せるぞ! 俺もたまには毒見役が手をつけていない暖かい物が食いたい!!」
某閣下「何時の間にそんな物を?!」
某陛下「細かい事は気にするな! ちゃんと護衛の密偵達も連れて行くから、お前も来い! そして、俺の愚痴を聞いてください、マジで」
某閣下「またイグレイン様と何かあったので?」
某陛下「…………うむ」




