第9話 四月の政変 (4)
お待たせしました。
「グィネヴィア殿下、並びにグレイシア様、この度は御婚約おめでとうございます」
あれから2年生の役員達が戻るまで対策を検討し続け、一つの方法に至り、翌日そのために必要な人物をグィネの寮室に招いたところ、挨拶代わりに晴れやかな笑顔でそう言祝いだのは、グィネに勝るとも劣らない銀髪の美少女でした。
ある意味、グィネとは対極の位置にいる幼馴染であるフレアちゃんです。ただ……。
「あら……おかしいわね? 私の婚約者はランスロット様ただお一人のはずなのだけれど?」
目に見えて不機嫌になるグィネ。……そう、どういう訳かこの二人、著しく仲が悪いのです。
まさに水と油と言うべきでしょうか?
「あらあら? まだそんな事を仰っているのですか? 殿方に無茶を言うばかりでは、いずれ相手の方は命を落とされてしまいますよ?」
「そ、れは……」
確かに、アーサー様達の懲罰遠征に同道するよう、ランスロット様に頼んだのはグィネであり、そこで命を落としかけたところを救出したのは、フレアちゃんの兄であるキャストンさんです。
ですが、彼女が言っているのはそういう事ではないでしょう。
これは完全に私達の油断であり、見落としでした。
そう、いまのランスロット様は『貴族』ではありません。
私達が下手に抵抗すれば、事故に見せかけて殺される可能性もあったのです。
「ご理解頂けたようですね。それで、殿下の部屋に招いてまでして、どのようなご用件でしょうか?」
余裕綽々とした態度でティーカップを傾けるフレアちゃん。
初手から完全に主導権を握られてしまいました。これを取り戻すのは骨が折れそう……どころか無理かもしれません。
とは言え、ただ厭味を言われるために呼んだ訳ではありません。
ランスロット様の安全という見落としがあった以上、策を詰め直さないといけないかもしれませんが……ここは、逆に尚更急いで決着をつけるしかないでしょう。
「く……今日、あなたを招待したのは、是非ともお願いしたい事があるからです」
気圧されつつも、予定通りグィネが切り出します。
私達には現状、ランスロット様の居場所を知る術がない以上、時間を掛ける事すら悪手です。
……まぁ、フレアちゃんを味方につける事ができれば、情報という点ではこの上なく強力な戦力となりますが……。
学園に入学して以来、どういう訳か嫌われていて、それは望み薄なんですよね……。
「これはこれは……浅学非才のこの身が、殿下のお役に立てる事など思い付きもしませんが、如何なお話でしょうか?」
あっれー?
おかしいです。フレアちゃんの性格を考えて、前振りとして通常交わされる美辞麗句の応酬をせず、ストレートに用件を伝えてもらったのに、謙遜に見せかけた言葉の棘が刺さります……。
いえ、最初から終始和やかなムードで進むなんて思っていませんでしたが、ここまで険悪な雰囲気になる心当たりが思い付きません……。
「……まぁ、いいでしょう。せめて実のある会談になってくれる事を願うばかりです。それで、生徒会室ではなく、こちらに呼び出したという事は、生徒会長としてではなく、第一王女としての話と考えてよろしいですね?」
「……えぇ、そうよ」
一先ず話が出来る状態にはなったものの……元々こちらからお願いする立場だった訳ですが、これはどう考えても想定よりも下の立ち位置になっていますね……。
ここで、無礼だの何だのと言えば、話はここまでとばかりに彼女が帰るのは目に見えていますし、それこそ身分なんて持ち出せば、鼻で笑われるのは必至。
「それで、お願いしたい事とは何でしょうか? まぁ、凡そ察しは付いていますが」
「なら、話が早いわ。あなたには、1年生の初実習における引率役として、ルーカス・ホークウッドのパーティを引率して欲しいの」
実は、入学式への要望として、ホークウッド公爵家から正気を疑う要請がありました。
その内容は、『入学式の余興として、フレア・クレフーツの独唱会を行え』というものでした。
当然ながら、一考の余地もなく却下とし、フレアちゃん本人にもこんな要請があったなどとはしらせていません。
一応、彼女のアイドル興行は貴族から顰蹙を買っているという事になっており、それを学園の入学式でやる訳にはいきませんから。
ですが、それに懲りる事無く、次には初実習の引率役として彼女を指名してきたのです。
通常、このような便宜は図りません。
二大公爵家である私や、それ以上の王族であるグィネが特別だっただけです。
しかし、私達はあえてこれにのる事にしました。
「やはり、ですか」
「やはり? ……まさか」
「えぇ、私の所にもいらっしゃいましたよ。自称・未来の国王陛下と未来の公爵閣下が」
あー……何があったかは知りませんが、あれは完全にキレています……。
「えー……っと、聴かない事にします」
経験上、こういう時は聞き出そうとしない方が身の為です。
「えぇ、是非そうして下さい。思い出すだけで周囲一帯を更地に変えたくなりますので……」
ほらね!?
と申しますか、「私の所に『も』」って言いました?
他にも被害者が?
「そうですね。とりあえず、目に留まった女性には片っ端から声を掛けていますね……あれでは反主流派もさぞ苦労している事でしょう」
「……あ」
どうやら、声に出ていたようです……恥ずかしい!
「それで、わざわざ第一王女として呼び出したからには、それだけではないのでしょう?」
「その様子ですと、放っておいても彼らが良からぬ事を仕出かすでしょうから、そこを取り押さ」
「お断りします」
「え、て……指一本触れさ」
「拒否します」
「せない……まぁ、女の子に対して無」
「勘違いしないで下さい」
「茶を……あなたねぇ」
グィネが話している最中に、ぶつ切りにするようにフレアちゃんが言葉を挟みます。いったい……?
「あなた方が考えている事は見当が付きました。ですが、そんなのは温すぎます。いくらでも言い逃れされておしまいでしょう」
「む」
私達が考えた策というのは非常に単純です。
ルーカス・ホークウッド達はフレアちゃんに執着があるようなので、彼らの要求をあえて呑み、彼女に実習の引率をしてもらいます。
そうすれば、彼らの事ですからほぼ確実に何らかの問題を起こしてくれるでしょう。
そこを多数の生徒に目撃させる事で、フレアちゃんが挨拶代わりに叩き込んでくれたような噂が広がる前に、彼らにその資格がないという事を周知させる……というものでした。
早い話、美人局ですね。
策としては多少弱いかもしれませんが、幾ら彼女が現学園トップの戦闘力を誇るといっても、女の子にこれ以上無理はさせられませんし……。
「なので、こうしましょう」
「「はい?」」
そこで、彼女が提案してきたのは……。
「ふむ……確かに、これを導入するのは普通に学園としてもありがたい……と言うか、この発想はちょっと無かったわね……。可能であればすぐにでも導入してくれると思うけど……昨年末のあの一件でこれの事は知れ渡っているわよ? 大丈夫なの?」
「問題ありませんよ。それに、表向きの趣旨としては、実習を受ける学生には内緒にしておく方がいいでしょうし、弱点をいつまでも放置しているほど技術の世界は甘くありませんよ」
「それはそれは……となると……」
「はい。遠慮する必要は全くありませんので、思いっきり鬱憤……いえ、事故が起きないようにしっかりと引率させて頂きたく思います」
「ふふ。うふふふ……えぇ、そうね。事故は未然に防がないとね?」
「「ふふふふふふふふ」」
うーわー……。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
敵の敵は味方……とは限りませんが、どちらを先に殲滅したいかと考えれば、互いに手を組める程度の理性はある二人でした。
と言うよりも、それだけ件の貴公子達がアレ過ぎるんですが……。




