第8話 四月の政変 (3)
お待たせしました。
「なるほど。確かに、他にも何か狙いがあると考えるのが妥当ね」
一人で考えても埒が明かないので、グィネと情報を共有して一緒に考える事にしました。
「ただ……シアも感じたように、私達では圧倒的に情報が少なくて、幾ら考えても憶測の域を出ないと思う」
そうなんですよね……学生という身分である以上、どうしても実家を経由しないと外の情報を得られません。
後は……何処かの誰かさんのように、学園を抜け出して自力で情報収集するとか、情報収集を目的とした人材を個人で持つかです。
この辺、伯爵以上の爵位を持つ家の子供は弱いんですよね。
そもそも実家が諜報・防諜を目的とした人材を既に抱えているので、子供に専属の密偵を付けるという事はあまりしません。
あくまで『主家』に仕えている人達なので、護衛はしてくれますが、当主に無断で情報をくれたりはしません。
更に、子供の内は個人で人材を探しに外へ行く事もできません。普通に危ないですからね。
それでも探しに行くとなると、当然護衛だの何だのが付いてくる事になり、折角見つけた人材も実家の紐付きとなってしまい、いまひとつ信用に欠けます。
では、どうするのかというと、子爵以下の家の子供を取巻きにするんです。
例えば、私の子供の頃は専属の家庭教師によって教育を受けましたが、領地を持たない貴族の家は子供に家庭教師を雇う余裕がないそうです。
そこで、現代日本人の知識としては意外に思うかもしれませんが、平民の子供と一緒に私塾へ通う事になるそうです。
そこで得た友人などと手紙のやり取りを行い、学園の外の情報を集めたり出来ます。
そうやって得た情報を上位貴族の子供に提供する事で、重用されるように努力するという訳です。
特に、私塾に通うような平民の子供は、官吏を目指していたり、家が大きな商会だったりするので、噂話程度でも意外とバカにできないのだそうな。
「とは言え、今以上の情報を得る当てなんて……」
まぁ、今の私達には無い物ねだりなんですけどね……。
あ、いえ、一人だけ、いるにはいるんですけど……学園に入ってからは、物凄く嫌われているんですよね……。
「まぁ、そうね。無い物は無いのだから、これも今後の課題として切り替えましょう。そもそも、半端に情報があったとしても、そこから正しい道筋を読み解ける能力が、今の私達にあるとも思えないしね」
う……そう言われると、確かに集めた情報を正しく組み立てられるかなんて、私も分かりません……。
これも今後の課題というところでしょうか。となると……。
「では、今私達が考えるべきは」
「えぇ。這い寄ってくる虫達から身を守る方法、ね」
二人で顔を見合わせ頷きます。
家のためとか国のためという事ではなく、ただ純然と嫌いな相手との結婚なんて断固拒否です。
「まずは状況の確認だけど、ホークウッド家の狙いは私。ランバート……いえ、クロフォード家は派閥を総動員して、草の根工作をしつつ、シアを狙っている。随分と乱暴な手段だと思うけど、いま、時流は自分達にあると思えば、多少強引に進めてもおかしくはないわね」
「……いえ、ひょっとしたら、それだけじゃないかもしれません」
グィネの確認事項を聞いていて、一つ気付いた事がある。
「経験の浅い私達でも、財務局の独立に何らかの裏があると思ったんです。クロフォード侯爵だってそれくらいは気付いたと思うの」
「なるほど……質より量の反主流派とは言え、それを率いてきた侯爵が私達より劣るって事はないわね。となると……」
「この強引とも言える……告白劇?にも、それとは別の狙いがあると思う」
「でしょうね……うーん、撹乱? 陽動? 脅迫?」
お父様達がやろうとしている事に対する牽制として、私達にちょっかいを掛けてきた可能性もあります。
ここで私達がお父様達に泣き付いたりすると、その邪魔をしてしまう事になりかねません。
あくまで、自力での解決が望ましいでしょう。
それも……
「いずれにせよ、相手は短期戦と長期戦、両方を狙っていると思うわ」
「両方ってどういう事?」
短期戦と長期戦。
相反する概念を両方行うという事がうまく想像できなかったのか、グィネが尋ねます。
「最初に今回の一件を自分達にとって都合が良いように派手に喧伝し、お父様達の耳にも入るようにします」
「私達が何もしなくても、結局はお父様達の耳に入るって事ね。それ故の後先を考えない強引な手法……まさに短期決戦ね」
「そして、無事財務省が設立されれば、今度はじっくりと外堀を埋めるように情報操作していく」
「……まぁ、大人しく引き下がるとは思えないわね」
仮に、お父様達の企てと、侯爵達の企みが取引によって打ち消しあったとして、その後に子供の恋路を大人の都合で邪魔するのは無粋……なんて言われれば、お父様達はこの件に表向き手が出せなくなるでしょう。
まぁ、お父様達がこの程度の事でうろたえるとも思えませんが……。
「なので、ここは電撃戦で相手の準備が整う前に決着を付けた方が良いと思うの」
相手はとにかく物量で押してくるのに対し、こちらは私達二人だけ。まともに取り合ってなんていられません。
となると、電撃戦で一気に決着をつけるしか道がありません。
……ゲリラ戦を仕掛けるような、精緻な策を弄する事は私にはできませんしね。
「電撃戦って、具体的にはどうするの?」
「それは……」
「それは?」
「……これから一緒に考えましょう!」
ガクっと力が抜けた様子のグィネ。
「まぁ、そうね、そうよね……。あれこれと工作される前に、私達の相手に相応しくないとなれば、向こうもそれ以上は手を出せないでしょうね」
気を取り直して、私の提案を吟味した様子です。
情報を操作されて民衆が私達の婚約者を勘違いしてしまっては、それを正すのが難しくなりますからね。
二人揃って婚約者が二度も三度も変わるとあっては、あまりよろしくない評価を民衆から下されます。
百年前の内乱群発事件以降、王家は民衆の目を気にせざるを得なくなりましたから、できればそれは避けたいんですよね。
そして、それは貴族も同じ事なので、民衆から私達の相手に相応しくないと判断されれば、無茶は出来なくなります。
「直近に非常に悪い前例があったからね……遅くとも、私の最初の視察までには決着をつけないとダメね」
「う……そうね……」
「あ、いや、その……ね?」
慌てて私をフォローしようとして……言葉が見つからない様子のグィネ。
これまた民衆の人気取りを兼ねて、次期国王として民衆に顔を売りつつ、次期王妃である婚約者の顔も売るために、アーサー様と私は学園在学中に各種視察や慰問に回る事になっていたのですが……。
どうやってかは分かりませんが、王家と公爵家、両方の使者が買収されていたようで、アーサー様がお一人で慰問に向かい、そこで毎回酒月 聖と遭遇していたようです。
おかげで、私は「平民のご機嫌取りなど真っ平御免」なご令嬢として、一時期噂になりました……。
逆に、酒月 聖はアーサー様に同道し、神子という事も相俟って、民衆からの人気が徐々に、されど確実に上がっていく結果となりました。
「いいの、グィネ。もう、済んだ事だしね……」
済んだ事とは言いつつも、あの頃の遣る瀬無さは割りと堪えました……。
アーサー様からも、色々と言われたんですよね……。
「それよりも、実際、グィネの視察にルーカス・ホークウッドが付いて来たりしたら不味い事になります。それまでには決着をつけないといけません」
と、いけませんいけません。
アーサー様との事はもう終わった事なんです。
過去に囚われている暇があるなら、諸々現状の打破に注力しないと!
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
何時の間にやら討鬼伝2が出ていた……。
欲しい……が、執筆時間もあまり取れていない現状、ゲームにまで回す時間ががが……。
それに、極みのほうも未プレイなんですよね……。




