第4話 3月1日 (4)
大変長らくお待たせしました。
キャストンさんが、アーサー様と酒月 聖がパーティを組んでいた時に限って邪魔をしていた?
「それは、いつの頃?」
「私がまだ聖と行動する事があった頃の事だから、1年生の頃ね。あー、でも、その後も兄様がしょっちゅう彼の事を悪し様に罵っていたから、それ以降もあったんじゃないかしら?」
「それはつまり、ずっとって事?」
「おそらくね」
これは、どういう事でしょう?
1年生の実習初日、アイリーンさんに追い返されて以降、もう私に利用価値はないと言わんばかりにキャストンさんはあっさりと立ち去り、それから暫くの間は、ほぼ接触がなくなりました……。
他方、その裏で神子とアーサー様が仲良くなるのを妨害していたと……。
は! これはまさか、世に言うツンd……あ、違います! なしです! ごめんなさい、調子に乗りましたっ!
ふぅ……何故でしょう、いま、物凄い悪寒が背筋を走り抜けていきました……。
この感覚はあれです、初めてキャストンさんに正体を打ち明けて、フレアちゃんに訪れる結末を……うん、思い出すのは止めておきましょう……。
「って、どうしたの!? 顔が真っ青よ?」
「あ、いえ、なんでもありませんよ……」
「そ、そう? まぁ、とにかく、そんな事があったから、あの男はシアの派閥か何かだと思っていたんだけど……」
ゲームにおけるキャストンというキャラクターは、確かにグレイシアの命令で色々と妨害工作に動いていました。
その再現をしていたんでしょうか?
「学園に入ってからはあなた達が接触した様子はなかったし、そうすると、あの男はシアに横恋慕でもしていたんじゃないか? というのが、私の考えだった訳よ」
あー……それで、舞踏会の後に私の背中を押していたんですねー……。
結果はこっ酷く振られてしまいましたが……って、んん?
「グィネ……いま、『学園に入ってから』って言いました?」
「え? うん、言ったわよ? シアは王妃候補だったんだから、素行調査も兼ねて王家からも護衛の密偵を付けていたわよ。毎回撒かれていたみたいだけど……」
……そうか、キャストンさん達とLV上げに行く途中、時折変な場所を通ると思ったら、追尾していた護衛を撒くためだったんですねってそうじゃなくて!?
「えぇぇぇ?! いや、それは!?」
「まぁ、ちょっと迂闊かなーって思うけど、子供のやる事だし……その割に王家も公爵家も、密偵部門はどうしても見失うって大騒ぎだったみたいだけどね……」
アーサー様の婚約者となって以降、1年の内8ヶ月はこの王都で過ごし、連日王宮でイグレイン様指導の下、王妃教育に務めて参りました。
とはいえ、イグレイン様も王妃としてお忙しい方ですので、毎日という訳にも行かず、たまにお休みの日がありました。
そういう日には、だいたいアーサー様やグィネと一緒に過ごすのですが、やはりお二人の都合が付かない日というのも月に1度か2度ほどあります。
そんな時に、クレフーツ男爵家に伺って……パワーレベリングに強制参加させられていました……。
クレフーツ家への訪問は公爵家の馬車を使っての移動だったので、見失うとしたら狩場への移動時でしょうね……。
「そんな訳で、シアがあの男……いえ、あの兄妹と幼馴染の関係である事は知っているのよ。それで、本当に何者なの? キャストン・クレフーツという男は?」
うぅ、結局そこに戻るのですね……。
私が知っているキャストンさんと言えば……
1.日本人の27歳会社員だった。
2.ご家族、特に妹のフレアちゃんが大事。
3.理屈は分かりませんが、色々と規格外の能力を持っていらっしゃる様子。ご本人は「チート能力だ」とおっしゃっていました。
4.極端な人間不信らしく、身内以外は全部敵かその予備軍と思っている節があります。
5.何かにつけて面倒臭いと嫌がる……割にやる事はきっちりやる?
・
・
・
etc.
……うん、そうですね。
「何者と訊かれても、私が知っているのも大した事ではないんですよ? 精々……」
「精々?」
「誰も信じていない……いえ、信じられないから、守りたいものを無理矢理に抱え込む。そして、誰かを利用する事はあっても誰かを頼るなんてせず、全部自分で何とかしようと足掻いて、自己の能力の高さに任せて無理を押し通す。そうやって、何とかして抱え込んだものを安全な場所に持って行こうとしている?」
うーん……何か足りない気もしますが、私が見てきた……いえ、多分違いますね。
私が見る事を許されたキャストンさんは、こういう人物です。
そして、これはおそらく正しいキャストンさんの人となりではないでしょう……。
「……どういう事?」
「弱くて強くて、でもやっぱり弱い人……ただし、この評価は正しくない。正確に言えば、キャストン・クレフーツという人物の一面でしかないと思う」
何せ、「相手を騙す時は嘘に真実を混ぜるんじゃなく、嘘を吐かず真実のみを話す。ただし、不十分に」という人でしたから、私が見てきた彼も全てではないでしょう……。
少なくとも、キャストンさんに心を開いてもらっていたとは思えませんし、そこまで彼という人間について見てもいませんでした……。
うぅ……協力をお願いしておきながら、助けてもらっておきながら、相手をちゃんと見ていなかったとは、何たる体たらく……。
見限られる云々以前に、信用すらされていない可能性が大きいです……。
「要するに、シアにも全然分からないって事?」
「う……はい、そうです」
改めて、キャストンさんとの間にある……壁と言いますか、距離と言いますか、そういった類のものを認識させられ、項垂れてしまいます。
「うーん……これはまだ未確認の情報なんだけど、ジャギエルカ伯爵家の破門騒ぎや、それに絡んだルーカス子爵家のお家取り潰し騒動、どっちもキャストン・クレフーツが関わっているって話があるの。シアは知っていた?」
「え!? どういう事?」
十日ほど前、ヨセフ・ジャギエルカ司祭がとある貴族家の女性使用人を異端審問に掛けたところ、その女性使用人には一切その反応が出ず、逆に司祭自身に異端者であると魔導具が反応するという騒ぎがありました。
グィネが言うには、その「とある貴族家」というのがクレフーツ男爵家であり、司祭が審問に使用した魔導具を司祭自身にも使い、故障していない事を確かめるように挑発したのが、他でもないキャストンさん自身だったとの事。
幸か不幸か、告発されたその女性使用人というのはアイリーンさんではなかったため、私はそこまで詳しい事を知りませんでした。
異端審問に告発した本人が異端者だったという結果に、教会は王家が見張る中、威信を掛けて徹底的にジャギエルカ伯爵家の領地や屋敷を捜索せざるを得ず、色々と言い逃れできない物が出てきたそうで、司祭本人は破門の上、死罪が決定。
家人も相応の処分が下されるそうです。
さて、この異端審問ですが、実はボールス枢機卿の許可を得ずに勝手に開かれたものだったそうで、誰が司祭にその許可を出したのかというと、ブリタニア国内新派の最高位聖職者であるライオネル・ルーカス司教でした。
旧派のヨセフ司祭がこの手の許可を得るなら、それはやはり同じ旧派の最高位聖職者であるボールス枢機卿が筋なのですが……。
「どうやら、ライオネル司教は法国に内通していたみたいでねー。元々ヨセフ司祭は裏でライオネル司教と繋がっていて、旧派の切り崩しをしていたみたいよ。その縁というか、理由は分からないけれど、この異端審問は必ず成功すると二人は見ていたみたいで、許可を出さなかったボールス枢機卿の追い落としに使えると思っていたみたい」
「イーストパニア法国ですか……教国が混乱状態だそうですから、ブリタニアを属国状態にしたかったんでしょうか?」
ウェストパニア教国とイーストパニア法国。
元は『神聖パニア教国』という、このアヴァロン大陸を統一した国が二つに分裂して出来た国であり、今では我がブリタニア王国と南のガリア王国の二国が、その国境線上に更に誕生した事で停戦しているだけに過ぎませんからね。
その教国が魔族との戦争で混乱状態に陥ったとなれば、法国としても黙って見過ごしたくはないでしょうが、何をするにも国境が接していない以上は手の出しようがありません。
となれば、ブリタニアかガリアをどうにかしたいところでしょうが、このどちらに手を出すかと言えば……まぁ、当然我がブリタニア王国でしょうね……。
というのも、現在のガリア王国は『王国』とは名ばかりの属国状態で、王家は力を持たず、貴族による議会が国を動かしているのですが、この貴族の大半が教国の紐付きという状況。
教国派、王家派、更には懐古派という地下組織が入り乱れて常に争っているガリアに比べ、独立性を保っているブリタニアの方が、法国としては手を出し易いというものです。
「ま、最低でも五分の同盟締結。最悪、魔族への盾にして国力温存ってところかしらね? ま、それはさておき、裏は取れていないけれど、この一連の騒動で内通者の炙り出しを提案してきたそうなのよ……キャストン・クレフーツが」
「……まぁ、結果から見たら、そうなんでしょうね……もしかして、キャストンさんを側近に採り立てようと考えているの?」
本人の性格はともかく、能力的には申し分ない……特に、情報収集という点では、他を圧倒しているのは間違いありません。
……ですが……。
「まさか。その逆よ」
「逆?」
確かに、宮仕えとかこの上なく面倒臭がりそうで、能力以上に性格が問題となってオススメできませんが、逆というと?
「むしろ、この国から追い出したいくらいよ」
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
中耳炎が漸く治りました。
が、治ったのも束の間。聴力や鼓膜の状態を検査したところ、「鼓膜が若干ヘタレてる」との事。
……そうか、性格だけじゃなく、鼓膜までヘタレなのか、俺は……。
てな訳で、「空気を当てて、鼓膜をマッサージする」とか言われて、耳に管を突っ込まれてそこから空気の塊が断続的に吐き出されるのですが……。
終わった後、ドヤ顔で「気持ちよかったやろ」と言われて曖昧に頷くしかできませんでした。
何故なら、三半規管まで揺らされたのか何なのか、軽く酔った状態になってしまいましたので……。
そんなこんなで、毎日帰宅時に鼓膜のマッサージという名の船酔い・車酔いをしに行っては、家でぶっ倒れてます。




