第3話 3月1日 (3)
「もーやだー……」
またも、机に突っ伏しているのは、完全に当てが外れてしまった第一王女様です。
「まぁ、仕方なかったわね……」
慰めにもならないような事しか言えない我が身の不徳。
グィネは側近団を形成するに当たって、アーサー様の側近候補でただ一人残ったデリック・ダウエル先輩を迎えようとしたものの、見事に断られてしまいました。
その理由は非常に単純で、グィネに忠誠を誓えないからとの事。
「どいつもこいつも私の邪魔ばかりしてーーーッ!!」
遂に怒りの感情がグィネの限界を超え、両の拳を天高く突き上げたものの……振り下ろす先は見当たらないようです。
「落ち着いて、グィネ。卒業までは、私も手伝いますから」
「うえーん、シーアーー!」
恥も外聞もかなぐり捨てて私に抱きついてくる幼馴染。
「男共が私の幸せを邪魔するよ~~!」
「あぁ、よしよし」
割と冗談抜きで追い込まれてしまったグィネ。
その『男共』の一人が私の兄なのだから、私も胸を張れる立場ではありませんね。
まぁ、簡単に説明すれば、デリック先輩には恋人がいらっしゃいます。
その方は、御父君であるダウエル伯爵が法務省に務めていらっしゃった頃、その部下であった男爵家のご令嬢で、デリック先輩とは幼馴染でもあるそうです。
ところが、その女性は最近ある事件に巻き込まれてしまいました。
そう、兄ガウェインが中心となって起こした『貴族令嬢集団婦女暴行事件』です。
どうやら、『机上演習大会』でのデリック先輩の内通が相当気に入らなかったらしく、兄は報復としてその恋人を狙うように指示したそうです。
ですが、幸いにもその魔の手はある人物に露見し、先輩の恋人さんは危うく難を逃れる事ができたそうです。
はい、そうです。その方を助けたのは、自称『土地なし、役なし、資産なしの貧乏男爵家の長男』こと、キャストンさんだったそうです。
つまり、恋人の窮地を救われた事で、デリック先輩は彼に絶大な恩が出来たという訳です。
さて、ここで途轍もなく大きな問題が発生します。
件の『机上演習大会』、アーサー様の組と決勝戦で戦ったのは他でもないキャストンさんの組であり、デリック先輩が内通した相手というのがまさにそのキャストンさんだったのです。
だからこそ、キャストンさんはデリック先輩の恋人が狙われると予想したらしいとの事。
もうお分かり頂けましたか?
この先、デリック先輩が仮にグィネに、王家に忠誠を誓ったところで、恋人を、いえ、妻を救ってくれた大恩ある人物に、「情報を流せ」と言われて、流さない保証がないという訳です。
実際に流すか流さないかは関係ありません。
その危険があると周囲が判断する以上、何かあった時に真っ先に疑われてしまうのがデリック先輩の立場という事になります。
そんな周囲の疑いの眼差しを跳ね除けられるほど、グィネに力があればまた話は変わってくるのですが、残念ながら現在のグィネは力がないにもほどがあるというくらいに立場は弱いです。
ランスロット様を勝手に戦場に送り出すなど、グィネも大概無茶をしていますし、私自身も胸を張れるような働きはありませんが、実兄であるアーサー様の乱心に始まり、兄ガウェインの陰謀、キャストンさんの暗躍と、悉くがグィネにとって望ましくない結果を招いています。
グィネからしてみたら、被害妄想じみた愚痴の一つも言いたくなるのは仕方ないですね。
「うー……それにしても、ここでもキャストン・クレフーツの名前を聞く事になるとは……あの男、一体何者なの?」
一通り泣き言を口にして気が済んだのか、こちらをじっとりと見上げて尋ねてくるグィネヴィア。
「え? もしかして、私に訊いているの?」
「他に誰がいるのよ?」
「いや、それはそうだけど……」
そんな事を言われても、誰もが知っている程度の事しか私も知りませんよ?
まして、「彼は転生者です」なんて言えるはずもありません。
「はぁ……知っているとは思うけど、私も兄様も、お父様からの命で聖に近付いたわ。本当に神子なのかを確かめるためにね」
「え? えぇ、それは、はい。分かっているわ、よ?」
さて、何と答えたものかと思案していると、突然明後日の方向に話が飛びました。
ゲームの時も、最初の戦闘である実習初日に主人公の仲間になってくれるのは、級友のグィネヴィア王女と、引率のアーサー王子でした。
……ゲームでも、そういう裏があったんでしょうか?
「……ま、まぁ、それがどうしてあんな事態になったのか、私には分からないけれど、とにかく私も一時期は酒月 聖と行動していたのよ」
グィネの言う「あんな事態」というのが、アーサー様の戦死により終息した「アーサー王子の乱心」と一部で囁かれている一連の騒動、つまりは私との婚約破棄騒動の事を言っているのは分かります。
因みに、ゲームでは断罪イベントでグレイシア……つまりは私が乱心したんですけどね……。
「だから知っているんだけど……あの男、キャストン・クレフーツも聖と接触した事が何度かあるのよ」
「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ?!」
何? え? 一体どういう事ですか!? キャストンさんが酒月 聖と接触? 何で? 何度も!? な、何でですか!? 私が鈍くさいから? 見限られた?!
「ちょ!? 声が大きいわよ」
「だだだ、だって!」
「えぇい、少しは落ち着きなさい! 話はまだ途中よ!」
そ、そうです、まずは落ち着きましょう!
そもそも、もう既に酒月 聖はこの国にいないんです。彼女の追い出しには、キャストンさんも関わっているんです。
あぁ、でも、私が見限られたのも事実でしたねー……トホホ……。
「こほん。最初は私も神子に取り入りたいだけの、ただのバカかと思っていたんだけど……」
ゲームでのキャストンというキャラクターは、まさにそんな感じのグレイシアの取巻きでした。
彼が直接不幸な結末を迎えるのは、グレイシアの凋落に巻き込まれる時でした。
後は、ゲーム中では兄妹仲が良いようには扱われていませんでしたが、妹のフレアがケイ・エクトルを好きになってしまった場合でしょうか。
……あれ? これっておかしくないですか?
フレアちゃんはキャストンさんの教育により、ケイ・エクトルを蛇蝎の如く忌み嫌っていました。
そして、1年生の最初の実習で、私との接触はほぼ断たれました……。
もう、私がどうなろうが、彼が巻き込まれる要素はありません……。
まぁ、彼女が王妃になれば、一応この国の貴族である彼はそう悠長な事を言っていられないかもしれませんが、それでも彼なら貴族籍を放り出して、一家を引き連れて移住するくらいは簡単に出来たはず……。
なのに、最終的には大事なフレアちゃんを見世物にしてまで、酒月 聖を追い出した?
これは変です。
フレアちゃんがゲームと違ってケイ・エクトルを嫌った以上、もうキャストンさんが私に関わるメリットはありません。
むしろ、デメリットしかありません。
であるにも拘らず、彼はむしろ、それ以降になってから、本格的に協力してくれるようになりました……。
一体何故?
「あの男、むしろ聖の邪魔……それも兄様とパーティを組んでいる時だけ邪魔をしていたみたいなの」
「え?」
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
……おや?
グレイシアの ようすが……!
「BBBBBBBBBBBBBBB!」




