第2話 3月1日 (2)
さて、ひとしきり気分転換をした事ですし、後輩達に仕事を押し付けてきた以上、私達だけが遊んでいる訳にもいきません。
とはいえ、全てを私達だけでやってしまうと、来年後輩達が苦労する事になるので、生徒会の仕事……毎月発生する細々とした案件は私が受け持ち、グィネは第一王女としての仕事をする事で仕事量を調節しています。
「しかし、こうして改めて兄様の仕事を引き継いでみると、あの痴態ぶりが信じ難いわね……」
「どういう事?」
書類に目を通しながら話しかけてくるグィネ。
同じように書類に目を通しながら受け応える私。
……そう言えば、女性の脳はながら作業に適しているって、前世で下の兄が言っていましたね……。
「私は最初からランスロット様との結婚しか考えていなかったから、家政に関してはちゃんと勉強していたけど、国政に関しては必要最低限しかしてこなかったじゃない。だから、決裁一つするのに、判断材料として過去の事例をこうして見ている訳なんだけど……」
「……殿下の決裁した書類を見ると、それが信じられない、と?」
「う、ん……まぁ、ね……」
確かに、アーサー殿下は決して無能な方ではありませんでした。
いえ、むしろ優秀なお方でした。
「1年生の頃なんか完璧と言ってもいいくらいだし、2年生の始めの頃もそう。問題はこの後。書式や文章に少し粗が見え初めて来て、3年生になる頃には明らかに手を抜いているし……私達が生徒会室を追い出される頃には、兄様の字じゃないから側近の誰かに丸投げしていたのね……」
「な!?」
先程までの肉体的な疲労とは違う、精神的な消耗を覚えたのか、書類から顔を上げるグィネ。
私も思わず書類の文字を追っていた目が、グィネの方を向く。
グィネがそこまで言うという事は、アーサー殿下の決裁を利用して何かしらの利益を享受していた者がいたという事です。
早い話、一国の王子、それも次期国王としては末期的な状態だったという証拠と言えます。
「正直、兄様が女でここまで堕ちるとは思わなかったわ……」
あぁ、『あの痴態ぶりが信じ難い』というのは、「ここまで酷かったなんて信じられない」って意味だったのね……。
「まず私が取り掛かるべきは、この無茶苦茶にされた案件を正さないといけない訳だけど……」
「……人材が圧倒的に足りない、ですか?」
「えぇ。兄様にもランスロット様とは別に側近がいたように、私も早急に側近を固めないといけない訳だけど……」
アーサー様の側近候補だった方々は、その殆どがあの遠征に参加させられ、帰らぬ人となったか、或いは謹慎を命じられ、出世コースからは外れる事になりました。
その為、グィネがアーサー様の側近団をそのまま引き継ぐ、という事は出来ず、新たに側近団を形成する必要があります。
残念ながら、私も実家である公爵家を継ぐ事になるので、学生である今だけならば兎も角、この先もずっと一側近として傍に侍るという訳には参りません。
そこで、本日卒業したある方をスカウトしようとしたのですが……その結果が今に至ります。
今日の主役の一人を相手に、非常に失礼ながらも生徒会室にご足労いただけるようにお伝えし、二人して「遅いわねー」「もうすぐいらっしゃいますよ」などと待つ事暫し、生徒会室の扉を4度、丁寧にノックされ、待ち人の名が告げられました。
グィネと顔を見合わせ、私が扉を開けてお客様を迎え入れ、来客応接用のソファにご案内します。
そこから先はグィネが応対し、その間に私はお茶の用意をします。
「まずは、ご卒業おめでとうございます。ダウエル先輩」
「ありがとうございます、グィネヴィア殿下」
グィネの挨拶に対し、無難に返したのは柔和な笑顔を浮かべる男性。
彼の名はデリック・ダウエル。法務省に強いダウエル伯爵家の次男で、アーサー様の元側近候補だった方です。
『元』と付くのは、アーサー様の側近達の中で、彼だけは早い段階でアーサー様を見限り、取巻きから離れた為です。
あれは昨年の『机上演習大会』の決勝戦でした。
破竹の勢いで勝ち上がったアーサー様の組には、ランスロット様や兄ガウェインの他にダウエル先輩ともう一方側近の方がいらっしゃったのですが、いざ決勝戦という大舞台で彼は相手方の組に内通。
結果、勝負ではアーサー様の組はボロボロに負けましたが、試合では相手の不正により勝利と見做され、優勝となりました。
とは言え、第一王子の顔に盛大に泥を塗った事になる彼は側近から除外。
事がことだけにもっと苛烈な処分を科されてもおかしくはないのですが、あの大会自体に疑惑の目が向けられた為、それ以上は触れられないようになりました。
まぁ、アーサー様達の勝利が八百長だったと噂されれば、誰も触れたがりませんよね。
そうこうしているうちにお茶の用意ができ、頃合を見計らってお出しします。
それまでに二人が何をしていたかというと、「お忙しい中お呼び立てしてすみません」だの「殿下のお呼びとあらば、是非もありません」だのと、準備運動代わりの挨拶合戦を繰り広げていました。
「さて、本日ダウエル先輩をお呼びしたのは、お願いしたい事があるからです」
私がグィネの後ろに控えると、ホスト側の礼儀としてグィネが紅茶を一口含んでから本題を切り出します。
これは、昔、学園内でも毒殺なんて事が平然と行われていた時代の名残です。
安心して学園に子弟を預けられないという事で、暗殺者モドキと化していた使用人を学園内に一切受け入れないようにした現在、形だけが残った作法だといえます。
「ンなもん、カップなりティースプーンなりに無味無臭無色透明の毒を塗っておけば意味ないだろうに」というのは、分かっていても誰も突っ込まない指摘です。
「まぁ、その代わりに、ボンボン貴族が使用人を使えずに四苦八苦しているのは良い事だ」という意見には、私も同意いたしますが。
「お願い……ですか。さて、王族たる殿下がこの『裏切り者』に、如何な御用でありましょうか?」
その一言に身を硬くする私達。
『裏切り者』というのは、件の大会で彼が内通していた事から一時期彼に付けられた蔑称です。
無論、今となっては彼を『裏切り者』と呼ぶ者はいません。
彼以外の側近候補だった者達の末路や現状と、繰り上がりとは言え主席として卒業生代表の役目を果たした彼。
比べてみれば一目瞭然の結果と言えます。
そんな蔑称を、事の発端となった王族と絡めて自称するという事は、彼はグィネの頼みを予想……いえ、理解した上で、既に断る気でいるという事です。
「……兄の、せいでしょうか?」
搾り出すように尋ねるグィネ。
「何が」とは言えません。
相手が明言を避けて断ろうとしている以上、そのままこちらの要望を伝えても意味がありません。
断ろうとしている原因を探らなければなりませんが、かと言って直截に尋ねれば良いという物でもなく、下手な言質を取られないように回りくどく尋ねます。
「いいえ。我がダウエル家は変わらず王家に忠誠を誓う者です。父も兄も、必ずや殿下を支えましょう」
「でしたら!」
何がそうさせたのかは分かりませんが、先程とは打って変わってはっきりとダウエル家としての方針を語ってくれます。
それを聞かされ、心持ち身を乗り出して、こちらの要望を押し出そうとするグィネでしたが……。
「ですが、私は本日を以ってダウエル家からは除籍されます」
首を横に振り、はっきりとそう告げられました。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
字数減らしたばかりだというのに、早速お待たせしてしまってすみません。
この二日ほど、完全に活動不能でした……中耳炎で。
今も凄く痛いです、痒いです、違和感がパネーっす……orz
最初はただの外耳炎だったんですが、鼓膜に穴が開いたのかなんなのか、耳鼻科に行ったら中耳炎も起こしていると言われました。みぎゃー。




