第1話 3月1日 (1)
お待たせしました。
今回より、再びグレイシア視点に戻ります。
神聖暦493年3月1日。
今日はキャメロット学園の卒業式でした。
中、近世欧米風の世界なのに、あちらこちらに日本風の習俗が見受けられるのは、日本で作られたゲームを踏襲しているからなのでしょうか?
学園もその一つ。
セメスター制やクォーター制ではなく、日本の三学期制を実施していて、卒業式も毎年きっちりと3月1日に行われています。
元々は研究機関による資金調達の一環として、貴族子弟の教育を請け負っていたそうですから、一月分の月謝を増やそうと、2月末日ではなく3月1日を卒業式に設定したとかかしら?
……ま、まぁ、それはおいておきましょう。気にしたら負けかもしれません。
さて、この卒業式ですが、こちらもやはり日本風で──と言っても、私は小学校と中学校の卒業式、それも、卒業生としては小学校の1回しか経験していないんですが──学園長の祝辞や在学生代表の送辞、卒業生代表の答辞、来賓の祝辞と、スピーチ合戦と言ってもおかしくはないものです。
それでも、一学年約70名前後……えっと、今年は色々とあって60名に満たない人数でしたが、一人一人に卒業証書を授与するので、一番時間が掛かるのはそこでしたが。
そんな卒業式を生徒会副会長である私は進行役として、生徒会会長にして2年生主席のグィネヴィアは在学生代表として参加してきました。
そして、私達が今何をしているかというと……。
「つーかーれーたー……」
「グィネ、私しかいないとは言え、はしたないですよ?」
「だってー……」
二人揃って生徒会室でダレています。
グィネにいたっては机に突っ伏して、全力で疲労をアピールしています。
こんな姿、1年生の役員達にも見せられません。
「まぁ、今年は仕方ありません……」
「来年『も』でしょ?」
「……来年は今年以上ですよ……」
「うわーん!」
ご存知ですか? これでこの国の第一王女で、次期王太女殿下なんですよ?
卒業式の主役たる卒業生でもないのに、私達がここまで疲弊しているのには訳があります。
勿論、生徒会が卒業式及びその他諸々の準備及び後始末に奔走しましたが、原因はそこではありません。
特に、今年はアーサー殿下の戦死など、国家規模の不幸もあって控えめな式でしたし、片付けにいたっては1年生達に丸投げしています。
では、何があったのかと言いますと……。
「どいつもこいつも下心が見え見えなのよ! もうちょっと隠しなさいよーーーッ!!」
「仕方ないわよ……王太女就任はほぼ確定。その上で婚約者が空席となれば……ねぇ?」
「うぅ……うわ~~~ん!」
一度は怒り心頭といった面持ちで上体を起こしたものの、突きつけられた現実に打ちのめされて頭を抱えるグィネ。
尤も、これは『王太女』を『次期女公爵』に変えると私の事になるんですけどね……。
式典が終わった後は、卒業生の親族は勿論、繋がりを持ちたいと思う方々が『お祝い』と称してコネクション作りに賑わうのですが……こういっては失礼な事この上ないのですが、今年卒業の先輩方には『華』と言いますかスター性が乏しく、コネクション作りに来た方々は卒業生を放ったらかしに、グィネと私の所に群がってくる始末。
収拾がつかなくなって、私達は後片付けの指揮を1年生達に丸投げして、生徒会室に退避してきた次第です。
まぁ、それも無理からぬ事と言えばそうなんですけどね……。
本来であれば、今年の卒業生には第一王子のアーサー殿下に、両翼たる二大公爵家の長男二人という、そうそうたる顔ぶれが揃っているはずでした……。
ところが、アーサー殿下と兄ガウェインは戦死。アロンダイト公爵家のランスロット様も、無断で出陣した咎で貴族籍を剥奪されるという重い処罰を受ける事になりました。
正直に申しますと、この処罰は少々重過ぎるのではないかと思ったのですが、ランスロット様のお父君であるアロンダイト公爵、バン小父様はこれを承諾。
グィネの婚約者と同時に、アロンダイト公爵家の跡取りは空席となってしまいました。
この処置にも当然理由があり、アーサー殿下、兄ガウェインに続いてランスロット様と、王位継承権を持つ人間が立て続けに問題を起こし、その上処分が甘くなるようでは示しがつかなくなってしまうとの事。
何より、下手に温情を掛けると『反主流派』の貴族は勿論、『主流派』の貴族達すら敵に回しかねないほどの事態だったとか。
ただ、この処分に猛反対された方がいらっしゃいました。
王妃イグレイン様です。
イグレイン様はバン小父様の実の姉にあたる方で、ランスロット様から見れば伯母にあたる方でもあります。
「はぁ~~~~~~……」
「グィネ……私だから良いようなものの、流石にそんな大きな溜息は他のどなたにも見せないでね?」
「分かってるわよ~……でも、仕方ないじゃないのー……」
お姫様、それも正真正銘の王女様が中年男性みたいに豪快な溜息を吐くなんて、はしたないなんて次元の話ではありません。
21世紀の日本で生きていた私だから小言程度で済ませているけれど、他の人だとこうはいかないんだからね?
「それで、今度は何を悩んでいるの?」
「うー……お父様とお母様がまた喧嘩したみたい。それと、ランスロット様の行方が全然掴めない……。更に、お兄様がやっていた第一王子としての仕事が全部こっちに回ってきた。挙句に来月は入学式!」
悩めるお姫様の悩み事は質も良く、量も多かった。
「一つずつ片付けるしかないわね。それで、陛下とイグレイン様は今度は何で揉めたの?」
「知らないわよー。どうせ些細な事でしょ……」
ウーゼル国王陛下とイグレイン王妃殿下。
あまり仲が良いという話は聞かないけれど、それでも王とその妃として、お二人は共にこの国を治めて下さっていました。
「兄様の戦死を聞いてから、お父様もお母様も変わってしまったよう……」
それが明確に崩れだしたのはつい最近。アーサー殿下の出征が決まってからでした。
そして、決定打となったのが、アーサー殿下の戦死です。
「元々、夫婦仲は冷戦と言っても良いくらい酷いものだったけど、最近は公務でも対立が目立ってきて……反主流派はお母様に接触しようとしているし、お父様はお父様で何か企んでいるみたいなのよねー」
グィネが言うように、お二人には不仲説が以前からありました。それというのも……。
曰く、イグレイン様には想い人がいた。
曰く、しかし、そのお相手は身体が弱く、王家領有の保養地で静養していた。
曰く、その保養地で急死なされた。
曰く、彼を邪魔に思ったウーゼル第一王子が裏で動いていたらしい。
という、宮廷には付き物の、憶測をさも見てきたかのように語られる、噂話の花が咲いているからです。
「以前なら、衝突する前にお父様が遠慮していたんだけどね……」
「そんな両親を見て育ったから、結婚はどうしても夫を立てる嫁入りがしたかった」というのが、王女という立場で望んだ幼馴染のささやかな夢でした。
「まー、その結果がランスロット様に無茶なお願いをした挙句に、貴族籍の剥奪だもの……それは私の顔なんて見たくもないわよねー……」
と、何時の間にやら彼女の悩み事は次の話題に移っていたようです。
まぁ、流石に陛下と王妃様の夫婦仲なんて、前世を含めても結婚はおろか、恋人さえいた事のない私には分かりかねる話でしたから、碌なアドバイスも出来なかったでしょうけど……。
え? アーサー様ですか?
婚約者ではありましたが、グィネとランスロット様のように、『恋人』と胸を張って名乗れるようになる前に、ね? はぁ……。
と、いけません。私まで溜息を吐いてしまってはどうにもなりません。
ただ、この話題は正直困ります……。
具体的な事は分かりませんが、ランスロット様が現在どこかで修行中であるという事を知っているのです。
どこでどんな修行をなさっているのかまでは分かりませんが、無事でいらっしゃる事は確かです。
しかし、それら一切の情報をグィネに教えてはいけないと申し付けられているのです……。
そして、私はこれを隠し続けていられる自信が全くありません!
正直、それなら私にも教えないで貰いたかったのですが、ある意味これが私に対する罰なのだそうです。
早い話、公爵家の跡を継ぐのだから、腹芸の一つも覚えなさいという事です……。
「そ、そんな事はないわよ。きっと、今もどこかでグィネの隣に立てるように頑張っていらっしゃるはずよ?」
言葉が滑ります。目が泳ぎそうです!
あぁ、グィネがじーっと私を見ています! 目を逸らしたいけど、我慢です!!
「本当にそう思う?」
「はい! 勿論です!」
よし! 勝ちました! 何とか乗り切れました!!
「ま、シアがそう言うなら、そうなんでしょうね」
あ、あれー?
もしかして、バレてます??
「式典への出席は認められなかったけど、ただのランスロットとしてなら、学園の卒業を認めてもらえたようだし、『そこから這い上がって来い』っていうのがランスロット様に科せられた罰ってところかしら?」
「なるほど。ありそうですね……」
「で、シアはもう少し腹芸を覚えなさいって所かしら?」
「う……」
やっぱりバレてましたーー!
……まぁ、それで幼馴染が少しでも元気になれたなら良かったですけどね。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
突然ですが、残念な報告です。
7月より、仕事が異動となり、執筆に割く時間が大幅に削られました……orz
その上で、更新速度を少しでも保つ為に、1話辺りの字数をこれまでの5千字前後から2~3千字にしようと思います。




