終編 明日への一歩
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ブリタニアが教国より狭いとは言っても、一つの国である事は間違いない。
である以上は、派閥というものが存在する。
派閥の数は主に三つ。
国王を頂点とする『主流派』或いは『王統派』、『少数派』とも呼ばれる派閥。
ブリタニアの枢機卿を頂点とする『教会派』。
それ以外の貴族が形成する『貴族派』或いは『反主流派』、『多数派』とも呼ばれる派閥。
これら以外に、国境の守備に注力する為に、全ての派閥から一定の距離を取っている辺境伯家三家の『中立派』や、弱小過ぎてどこにも所属できない『無所属』などもあるが、生憎と『クレフーツ家』なる貴族をロドリーゴが知らないための質問であった。
と、同時に、いざという時には教会派に鞍替えするぞ、という警告でもある。
「ふむ……個人的には完全に無所属……と言うか、貴族籍なんぞさっさと捨てたいと思っているが、身内は大事なので国内が荒れてもらっては困る。なので、教会派と反主流派はかなり削らせてもらった……という回答では如何かな?」
「ほ、それはそれは……」
クレメンテ達は気付かなかったが、キャストンが軽く脅し返してきた事をロドリーゴは理解した。
「つまり、主流派と伝手があるという事でよろしいかな?」
しかし、それをおくびにも出さない位の年の功はある。
「まぁ、別に隠すほどの事でもないから言うが、ブリタニアに来て頂けるのなら、あなた方をガラティーン公爵家に紹介したいと思う。その際、ロドリーゴ卿に鍛えてもらいたいのは第二騎士団……そちらに分かり易く言うなら、『魔剣騎士団』の精鋭を主に、ガラティーン騎士団などが考えられる」
が、基本的には面倒臭がりなキャストンは、腹の探りあいなどに応じず、切れる札は全て切って力技で押し切る方向に変えてきたようだ。
ブリタニアの二大公爵家の片割れにして東の雄という、思った以上に大物の名前があっさり出て来たため、従うと見せかけて教会派に鞍替えという博打を打つのは厳しいと、いや、ほぼ無理だと判断せざるを得ないロドリーゴであった。
「それは……しかし、魔剣騎士団……ブリタニアの正騎士を鍛え直すなど、他国の私には無理があるのでは? むしろ、貴殿が為された方が良いのでは?」
「既に経験したようだから、これまた隠す事ではないが……今後、加護は役に立たないものだと思ってもらえれば分かり易いだろう」
「……それはつまり、私達のLVが0となっているのは、一過性のものではないという事で?」
「LVだけじゃない。ここより奥、教都に近付けばアイテムボックスが封じられたり、魔法も使えなくなるようになる」
「な!?」「そんな!?」
宗教国家の人間である双子にとって、パニア教の加護を全否定されているも同然な話は信じ難い事であった。
「なるほど……それは魔族の開発した技術か何かで?」
だが、さして驚いた様子を見せずに、魔族と疑わしき少女を見やって尋ねるロドリーゴ。
シルフィーネがその意図を察し、発言の許可を得るようにキャストンを見ると、気負った様子もなく好きに喋れと言わんばかりに頷いていた。
「シルフィーネと申します。ご存知の通り、私はあなた方が言うところの魔族と呼ばれる国家『レギオン』の工作員です」
「な!?」「ッ!」
「お二人とも落ち着いて下さい」
「しかし、師匠! ブリタニアの者が魔族と行動しているという事は」
「若、その判断は早計でしょう。話をしてくれるというなら、全てを聞いてからでも遅くはありますまい」
正体を明かしたシルフィーネに対し、驚きの声を上げる双子。クレメンテにいたっては戦意すら窺える。
それをロドリーゴが何とか諌め、話を聞く事ができた。
しかし、その内容はまだ若い彼らにとって理解しがたい物ばかりであった。
「それでは、我が教国は何百年も前から魔族に侵入され、つぶさに調べられていたというのか?」
「はい。皆様方の素性を調べたのも、口減らしを兼ねた侵攻前の調査として、孤児となった私のような半森人を工作員として送り込み、得られた成果の一例です。尤も、その多くはこのアヴァロン大陸に辿り着く事すら出来ず、海の藻屑となりましたが」
「なんで、そんな酷い事を……」
「酷い? 最初に我らから父祖の土地を取り上げ、不毛の暗黒大陸へと追いやったのはあなた方パニア教徒ではありませんか? あの地で親を失った子供が生きていけるとお思いで?」
「500年も前の話じゃないか!?」
「えぇ、そうです。500年前の話です。祖父母がこの大陸を追われ、曽祖父達が撤退戦で命を落としたのは。あなた方には大昔の話でも、我々にはついこの前の話です」
クレメンテ達が魔族を、異種族を嫌悪しているように、シルフィーネにしてみても敬虔なパニア教徒というのは唾棄すべき怨敵である。
とはいえ、互いにとってそれ以上の大敵が存在している以上、一旦それらの感情を棚上げする必要がある。
そう考えたキャストン達は、若い三人には存分にケンカさせる事でガス抜きを図り、それを尻目に二人で話を詰めていく。
「つまり、魔族……いや、アヴァロン大陸侵攻軍はあの娘、神子一人によって事実上の壊滅。そして、その神子はモンスターを操り、加護の力を消し去る不可思議な能力を以って、この大陸を席巻しているという訳か」
「いや、『席巻』ではなく『殲滅』だ。あの二人には刺激が強過ぎると判断したのか、単純に口にするのもおぞましかったのかは分からんが……」
耳を貸せというジェスチャーを受けて、ロドリーゴに伝えられた話は確かにおぞましい物であり、クレメンテ達に聞かせられる話ではなかった。
「それは……なるほど、『人間』同士で争っている場合ではないのう。しかし、それでも、争いをやめられんのが『人間』という生き物の性か……」
何に於いても加護ありきという現在の社会にあって、いきなりその加護が使えなくなればどうなるか?
ほぼ間違いなく混乱に陥り、秩序は失われ、国が幾つも生まれては消えていく戦国乱世の時代となるだろう。
無論、それも神子という脅威を排除できればの話だが……。
「そんな後の事は後で考えれば良い……と、言いつつ、キャメロット周辺に関してだけは安全だろうがな」
「ほう? それはまた何故に?」
「ンなもん、現時点で加護なんぞなくても生きていけている奴らはいる。で、キャメロット周辺のそういう連中に、既に色々と仕込み済みだ。後々の事を考えるなら、尚の事うちはオススメだが?」
さぁ、どうする? と言わんばかりに自信に満ちた笑みを浮かべるキャストン。
どの道、他に行く当てもなければ、座していても状況は苦しくなる一方。
とは言え、最終的な決断を下すのはロドリーゴではなくクレメンテ達だ。
「との事ですが、如何致しますか? 若」
ロドリーゴの問いの先には、半泣きになったクレメンテと澄まし顔のシルフィーネ、二人の間でおろおろとするアウロラの姿があった。
どうやら、舌戦では完敗を喫したようだ。
まぁ、口減らしで大型モンスターが回遊する海を越えてきた工作員の少女と、忌み子として追い出されたとは言え、それなりに平和に暮らしてきた二人とでは、人生経験に差が出るのは仕方ない。
「あの、その前に、私への要求というのは何なのでしょうか?」
そんな中、恐る恐る尋ねてきたのはアウロラであった。
「そうだ! 貴様、姉上にいかがわしい要求をするようなら、全力で拒否させてもらうからな!」
それを聞き、全てはそれ次第と意気を取り戻すクレメンテがキャストンを睨む。
「む……いかがわしいと言えばとびきりにいかがわしくはあるな」
「な、なんだと!?」
「クレミー、落ち着いて。えっと……」
半ばからかうように茶化すキャストンに対し、自分の考える『いかがわしい要求』を想像して顔を赤く染めるクレメンテ。
簡単に掌で転がされている弟を宥め、キャストンと話をしようと思ったが、まだ目の前の男の名前を知らない事に気付き、今更どう尋ねようかと逡巡したアウロラ。
「あぁ、キャストン・クレフーツだ。長い付き合いになるか短い付き合いになるかは分からんが、よろしく」
「あ、ありがとうございます。クレミーの姉のアウロラです」
「姉上!?」
アウロラの逡巡に気付き、自己紹介しながら何の気なしに右手を差し出すキャストン。
釣られるようにその右手を握り返し、握手しながら自分も名乗るアウロラ。
そして、姉の一種暴挙とも言える行動に驚き、声を上げてしまうクレメンテであった。
「あ!? え? うそ……」
弟の呼びかけで自身の怪力を思い出し、慌てて右手を振り解こうとしたアウロラであったが、それは叶わず……。
「はい、よろしくねー」
と、平然とその手を握り返し、強調するように握手したまま手を上下に振るキャストンがいた。
「ま、この通り、君を転生させた魔法は、元々俺の身体能力に合わせて用意していたものでな。時間がなかったんで調節している暇がなく、君も俺と同様の身体能力を得てしまったという訳だ。すまないね」
「あ……え? あ、あの……え? あれ?」
「姉上……」
右手を解放し、少しだけ真面目な声音でアウロラに謝罪するキャストンであったが、当のアウロラはそれどころではなく、もう二度と誰とも触れ合えないとばかり思っていたところへ、触れても平気な相手が居るという事実に涙がこぼれていた。
クレメンテは姉のそんな心情を正しく理解していたが、やらかしたキャストンはと言えば──
やっべー、泣くほど握手が嫌だったのか!?
まぁ、こんな怪力じみた身体能力を勝手に与えてきた男なんて、女の子からしたら御免被るわなー……。
うっかりいつもの癖が出ないように気を付けないと……。
と、更にやらかしていたりする。
「あの、ごめんなさい、ちょっとだけ、待って下さい……」
「あぁ、いえいえ、お気になさらずに」
あえて、あえて!
この時の二人の心情は語るまい。
ややあって、アウロラも落ち着きを見せる。
「すみません、お待たせしました」
「あぁ、いやいや、お気になさらず」
ぼっちに気の利いた台詞を期待してはいけない。
それはさておき、気を取り直すように咳払いを一つ。
「あー、あなたにお願いしたい事は一つ。目立たないでいてほしいという事です」
「……あの、どういう事でしょうか?」
二人称が変化している事も気にしてはいけない。
「クレメンテ君には主流派主導の下、大義名分の旗頭となってもらいたいが、そこで姉であるあなたまで目立ってしまうと、教会派があなたを立てて対抗してくる可能性がある。最悪、アhげふんげふん、反主流派があなたを誘拐してクレメンテ君を従わせようとするかもしれない」
各派閥に対するキャストンの評価が物の見事に表れた言葉であったが……。
「そうですか。私が双子の姉だからじゃないんですね」
アウロラ達からしてみれば、忌み子として忌避された訳ではないと知る事が出来て十分であった。
……それだけで十分であったのに──
「双子? あぁ、あんなのはただの迷信だ」
「あ、ぅ……あ、ありがとうございます……」
と、無自覚に余計な一言を加えてしまう始末であった。
一応擁護するならば、キャストンに限らずブリタニア王国やイーストパニア法国の人間であれば、『双子は忌み子』なる因習は迷信の一言で切って捨てるものなので、誰が悪い訳でもなくただ文化の違いとしか言いようがない。
しかし、普通に触れ合える唯一無二の相手だと、勘違いとはいえ意識していたところに、クレメンテとロドリーゴ以外には『忌み子』を否定してもらった事のないアウロラにとって、身内以外からの初めてのその言葉は衝撃的だった。
これが、「何も知らない人間が知った風な事を言うな」と思えるくらいに捻くれていれば、ここまで意識する事にはならなかったのだろうが、生憎とアウロラはその境遇に反してと言うべきか、或いはその境遇故にと言うべきか素直な良い子に育っていた。
「おいこら、貴様!? 姉上から離れろ!!」
「あぁ、はいはい……っと」
自覚できる程度には赤くなった顔を隠す為に、両手で覆って俯くアウロラ。
その心情をほぼ正確に読み取ったクレメンテが、キャストンを遠ざけようと二人の間に割って入る。
当然ながら双子の真意などキャストンが理解できるはずもなく、またも泣かせてしまったかと明後日の方向に勘違いし、これは下手に関わらない方が良いと距離を取る事にした。
「さて、あなた方への要求は以上の通りだが、当然タダで応じてもらおうという訳ではない。ロドリーゴ卿には先程申し上げた通り、聖女に関する情報を、アウロラ君には力の制御を補助する装備を報酬として用意しよう」
「むぅ……」
「そんな物があるんですか!?」
気を取り直し、報酬の話を切り出すキャストン。
先に報酬を提示されていたロドリーゴとしては、非常に気になる報酬ではあるが、それ以上に話が旨過ぎると感じてしまう。
一方、突然常人離れした怪力の持ち主となってしまったアウロラは、そんな都合の良い物が本当にあるのならばと、藁にもすがる思いである。
「筋力を半減させる呪いの装備だ。普通ならただの枷でしかないが、今の君ならたった半分とは言え、力加減を覚えるまでは大いに助かる事だろう。形状は自由に選べるので、そこは相談して決めよう」
「は、はい!」
「で、問題はクレメンテ君の報酬だが……」
「僕には何を餌にするつもりだ?」
どうにも、掌の上で転がされている気がして、クレメンテはキャストンの事が気に入らない。
尤も、それは本人が表層的に自覚しているだけであって、心の深奥では単純に大事な姉にちょっかいを掛けられているのが気に入らないだけであるが。
「うむ、実はな、特に思いつかんのだ」
「はぁ!?」
「いやー、金だの地位だの名誉だのは、こちらの要求を受けてもらえればガラティーン公爵が無理矢理にでも用意するだろうし、そんな物が欲しい人間だとも思えん。かと言って、ロドリーゴ卿のように喉から手が出るほど欲しい物があったり、アウロラ君のように今すぐにでも必要な物がある訳でもない」
「それは……まぁ、そうだな」
思った以上に正確に自分を分析されていた事に驚くクレメンテ。
地位だの名誉だのが欲しければ、居住地に隠れ住んでいたりなどしなかった。
クレメンテが自力では手に入れられない欲しいものが何かと考えれば、姉の幸せくらいだが……それをキャストンから貰おうなどとは全く考えない。
とは言うものの、姉を救われた事を盾に取られたら従うより他にないと思っていただけに、この展開は予想外であった。
「無論、細々とした必要な物はあるだろうが、君に依頼する大仕事の報酬として相応しい物ではないだろう。そこで、非常に僭越ながら、俺に対する貸し一つという事で如何かな?」
「む、貴様への貸しか……」
あぁ、これはダメだな……と、瞬時に理解する保護者達。
「よかろう。ブリタニアへ行ってやる。よろしいですか、姉上? 師匠?」
「若がお決めになられた事でありましたら、私に否やはありません」
「どの道、私達に行く当てはありません。クレミーがそう決めたのなら、私も構いませんよ」
クレメンテとしても、行く当てもなく国内を彷徨うより、ブリタニアに利用されながらも利用し返す事で、生存を図る方が利口だと理解している。
特に、祖父の敵対派閥であったフェリペ大司教が生きて勢力を保っていると分かった以上、国内に留まっている方が危険だとすら言える。
勿論、キャストンの言う事が出鱈目で、何か良からぬ事に自分達を利用しようとしている可能性はある。
いや、人生経験故か何なのかは分からないが、下手な嘘など簡単に見抜いてしまうロドリーゴが特に反応を示していない以上、その可能性はないだろう。
それでも騙されたのならば、その時は相手が上手だったと諦めて次善策を練るだけと考えるクレメンテ。
では、何が原因で渋っているのかと言えば、単純に相手の思惑通りに動かされているのが気に食わなかっただけである。
にも拘らず、掌を返したようにあっさりと頷いたのは、「欲得では動かない」とクレメンテからしてみたら持ち上げられ、然る後に「そんな高潔な人物に相応しい報酬を用意できないので貸しにしてくれ」と都合よく解釈した結果、物の見事に自尊心を満たされてしまったせいだ。
実に子供染みた考えだが、正真正銘13歳の子供なのだから仕方ない。
『貸し』などという空手形で、重大な役割を押し付けられたものだとロドリーゴは思ったが、それでもそう悪くない取引だと感じられた。
何せ、生まれてからこの方、双子という事であてどない人生を送ってきた二人にとって、きっかけはともあれ、古い因習から解放され、各々を見つめ直す機会が訪れたのだから。
後は、老骨に活を入れて、若い二人の剣となり盾となるだけである。
ただ──
「それじゃあ、契約成立って事で、まずは移動するにもロドリーゴ卿の武器が折れたままだと不安でしょうから、お好きな方をどうぞ」
こいつの性格だけは本当に最悪だ!
と、ロドリーゴに内心で罵倒されているキャストンが出したのは、鞘に収まったままのごく一般的に見える長剣……と、細身で反りの入った鞘に収まっている見慣れない刀の二振りであった。
「刀……にしては柄に護拳がないし、両手持ち?」
「柄を作るのに失敗したんでしょうか?」
双子には変わったサーベルの一種にしか見えない剣。
それは、キャストンやロドリーゴには馴染みのある剣。
「では、こちらを……」
当然、ロドリーゴが選んだのは馴染みのある日本刀ではなく、何の変哲もない極々普通の──
「む?!」
「師匠?」
長剣に見えた、魔力の宿った剣……正真正銘の魔剣であった。
日本刀を見せ札に、魔剣をポンと受け取らせる。
ロドリーゴが転生者である事を見抜いているという合図でありながら、「魔剣を選ばせる為に、わざと失敗作の刀を見せた」という嘘くさい言い訳で自分の正体を言い逃れる事も出来るという、実に性格の悪い正体の明かし方だ。
当然ながら、ロドリーゴが日本刀を選ぶという可能性はない。
『トーヤ』などと名乗らないのと同じで、日本刀を腰にぶら下げていれば、同じ転生者に「自分は元日本人だ!」と喧伝しているような物だ。
事実、ロドリーゴは若い時分にそれをやらかしてしまい、どこぞの助祭のような輩との間に問題を起した挙句、命の奪い合いにまで発展した事がある。
それ以降、自分以外にも転生者が存在し、決して理知的な人間ばかりではないと注意するようになったものだ。
「どうやら魔剣だったようで……」
「何!? 魔剣って、量産型のか? いや、しかしあれはブリタニアでは厳重に管理されていると……」
「いえ、量産型ではなく、正真正銘の魔剣のようです……」
「……は?」
クレメンテ達に内心を悟られぬよう、何の変哲もないように見えた長剣が魔剣だった事に驚いたように振舞うロドリーゴ。
魔剣という物は、魔力を宿した剣の総称であり、その性能はピンからキリまであるが、いずれも武器としては強力な物ばかりだ。
中には、ペンドラゴン王家が所有する『聖剣エクスカリバー』のような聖剣と呼ばれるほどの物もあるが、当然ながら性能に比例して製作するのは難しく、同じ作り方をしても二つとして同じ物は出来ない……と言われるほど出来栄えに幅が出る。
そんな中、より簡便かつ安価に、その上性能も画一的で安定している量産型の魔剣を完成させたブリタニアが、その製法の秘匿及び管理を徹底するのは国防上当然の措置であった。
それでも、今クレメンテのアイテムボックスの中にあるように、鹵獲される量産型魔剣という物も少数ながらある以上、ロドリーゴが手にした魔剣もその類かと思ったのだが、そうではないと告げられたクレメンテが驚きに思考停止するのも無理はない。
「剣聖殿の腰に佩いているのが折れた数打ちでは、要らぬ疑いを持たれかねん。アロンダイト公爵家に紹介するならば、その心配もないだろうが、幸いにも伝手があるのはガラティーン公爵家の方なんでな」
何食わぬ顔で表面的な事情を説明するキャストン。
教国とブリタニアの間であった戦争と言えば、直近で約20年前の物だが、その時ブリタニアに攻め入り壊滅した教国軍に追撃を掛け、逆に教国の領土を奪おうとしたのが、ブリタニアの西の雄ことアロンダイト公爵家の前当主が指揮したブリタニア軍であった。
そして、追撃戦の最中に割って入り、ブリタニア軍本陣に向けて単騎突撃をかけ、個人の武勇でブリタニア軍を混乱させた挙句に教国軍の撤退を成功させた英雄がロドリーゴである。
アロンダイト家からすれば、ロドリーゴは怨敵とまではいかなくても、宿敵というくらいには恨んでいるだろうし、顔を知っている者もまだいる事だろう。
その点から言えば、確かにキャストンの伝手がガラティーン公爵家であったのは、両者にとって幸いであったが、逆に今のガラティーン家にロドリーゴの顔を知っている者がいるかは未知数である。
何せ、剣聖の異名は大きくなりすぎて、自国内でも封じ込めようとあの手この手を尽くす者達──早い話が教皇の政敵がおり、国外は勿論、国内ですらロドリーゴの活動はあれやこれやと理由をつけて制限された。
この辺が、同じく賢聖と称えられながらも、貴族籍を捨て政治から完全に離れたマーリンとの差でもある。
それらに嫌気が差し、双子が生まれたのを機に表舞台から姿を消したのだから、ロドリーゴが剣聖だと名乗って「はい、そうですか」と納得する人間は少ないだろう。
であれば、何かしらの方法でそれを証明する事になるだろうが、その時に腰に佩いているのが折れた数打ちと魔剣では、説得力に差も出よう。
聖光騎士団団長時代に用いていた『聖剣ティソーナ』があれば、この上ない説得力となっただろうが、残念ながらティソーナはロドリーゴ個人の所有物ではなく教国の秘宝だ。
引退する時に返却し、首都が落ちた今となってはどこにあるのかすら分からない。
そういう理由があっての先行投資みたいなものであるが、それでも魔剣一振りというのは決して安い投資ではない。
これには、「貧乏貴族を名乗る者に、本当に公爵家への伝手があるのか?」という、当然あるであろう不安に対し、「これくらいはポンと払えますよ」という示威行動でもある。
「……では、ありがたく使わせて頂きましょう」
それら諸々の細かい事情を察しつつも、一先ず収める事にするロドリーゴ。
その姿を見て、経験不足故にその辺りの細かい事情に気付かないながらも、なんとなくこの取引は思った以上の救いの手かもしれないと感じた双子であった。
「さてと、それではそろそろ移動しましょうか?」
その言葉を受け、何時の間にやら姿を消していたシルフィーネが二頭の馬の手綱を引いて現れる。
尤も、馬は馬でもただの馬ではなく、片方は神馬のニィルであり、もう片方もシルフィーネに与えられた天馬であったため、これまた一騒動となった。
更に、空を移動するには人の数が多すぎるとされたため、キャストンにO☆HA☆NA☆死されたニィルが渋々ロドリーゴとクレメンテを乗せる事に。
キャストン以外の誰にもしがみ付く事ができないアウロラはと言えば、お姫様抱っこ……は好きでもない男にされても嫌だろうと断じたキャストンによって背負子に縛り付けられ、それを背負ったキャストンが飛行魔法を使ったために、これまた大騒ぎとなったりしたが……。
まぁ、概ね大過なく、彼らはブリタニアへと移る事になった。
ただ一人──
最後に使う奥の手を使った以上、『探し物』を見つけても利用する意味がなくなってしまった。
こうなると、学園長に頼んだアレが最後の命綱か……。
はぁー……本当に、割に合わない事をした……少し前の俺なら、血反吐を吐いてでも見捨てたんだが……。
まぁ、やっちまったもんは仕方ねーか……。
と、背中で荷物扱いされて凹んでいる命の重さを感じて、二人の少女達によって大きく変えられた自分を嘆いて良いやら、誇って良いやら悩んでいる男を除いて……。
魔剣コラーダ
種別:長剣
等級:三級品(アヴァロンでは秘宝級相当)
解説:廃棄品たるアヴァロンリソースから生み出された珠玉の一振り。不正リソースでこれほどの物を作るくらいなら、正規リソースでもっと良い物を作ってくれと各方面から言われそうだが気にしない。(偽装1:由緒不明、出所不明の謎の魔剣。)(偽装2:由緒不明、出所不明の謎の魔剣。)
特性:魔剣、切れ味上昇、耐久上昇、偽装1、偽装2(偽装1:魔剣)(偽装2:魔剣)
大物殺し
種別:太刀
等級:伝承級(アヴァロンでは創世級以上のEX級相当)
解説:廃棄品リソースから作られた、とある伝道師の趣味全開な一振り。真っ当な者が解析しようとしても、訳が分からない程度で済むが、少しでも『真っ当』からはみ出る実力の持ち主が解析しようとすると、発狂してもおかしくない程度には精密過ぎる制御術式が施されている。その代償として、拡張性は皆無。偽装・隠蔽系の特性は付与出来なかったので、保管には注意を払うように。
特性:有形殺し、無形殺し、竜殺し、巨人殺し
魔剣
実体のない存在にも通用する、魔力の宿った武器という事を示す特性。
切れ味上昇
斬撃系のダメージが上昇する特性。
耐久上昇
頑丈さ、使用限界の上昇する特性。武器ならば若干、打撃系ダメージが上昇する。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
漸く、閑話と言いつつ、伏線てんこ盛りな話が終わりました。
隠し攻略対象である魔王モルドレッドを除いた六人の攻略対象の内、これで生き残ったのはトリスタンのみとなり、そのトリスタンとアーサー以外の見せ場はほぼ終わりました。
……まぁ、まだ最後のお仕事が残っていたりしますが、それはまた後々のお楽しみという事で……。
突然登場した感のあるシルフィーネですが、実はちょこちょこ伏線が張られていました。
お気付きとは思いますが、アイリーン達が使用人になる前にクレフーツ家にいたというできる使用人、それが彼女です。
魔族側の転生者であるエルフィナの命を受けて、神子を魔族側に引き込もうとキャストンを利用したつもりで、逆に色々と利用されていた可哀相な娘さんです。
上司や同僚が神子の支配下に置かれた中、クレフーツ家の制服であるお仕着せ一式を着ていたために難を逃れました。
ロドリーゴ達の活躍はこれからですが、本来ならばアウロラはリタイアしている存在です。
レギオンが神子によって壊滅しなかった場合、彼らはレギオンの侵攻に合わせてどんどんと生活拠点を追われ、最終的にアウロラは……。
そんなこんなで、色々と伏線を撒き散らした閑話でした。
全然、閑話(=無駄話)じゃない! といういつものアレでした。
因みに、『聖女』だの『未踏ダンジョン』だのは、いずれ明かされるかもしれませんが、そこまで重要ではない話です。
そして、次回からは遂にグレイシアに視点が戻ります。




