続編 与えられた命 求められた役割
お待たせしました……。
2万字超えて分割した前回、あと5千字ほどで終わるだろうと思っていたら、1万字超えました……。
またも1万字ずつに分割して次回に続きます!
クレメンテとしては姉の話を中断された事に対し、言いたい事が山ほどあった。
山ほどあったが、どれから切り出せばいいのか皆目見当がつかないうちに、さっさと自己紹介をされてしまった。
「……僕は」
「あぁ、そっちの事は知っているから構わない。教皇サンチョ2世こと、ロレンツォ・グレンデスの孫クレメンテ・グレンデス君」
「な!?」
仕方なしに自分も名乗ろうとしたところ、遮られた上で完全に正体を言い当てられ、更には仮想敵国とは言え教皇たる祖父への敬称が完全に抜けている事に、驚きが隠せないクレメンテであった。
尤も、これはどちらかと言うと、正体を隠されては話が進まないと判断したキャストンによる、手順を幾つかすっ飛ばす狙いがあっての事である。
無論、そんな横着をしても相手に話を聞かせるだけの手札があるからこその手法ではあるが……。
「そして、そちらは剣聖こと、聖光騎士団元団長ロドリーゴ卿で間違いないな」
「如何にも」
当然ながら、ロドリーゴには警戒されてしまう。
「そちらが訊きたい事はある程度察する事が出来るが、当人がいないところで話をしても二度手間になるだけだ。故にまずは一つ、こちらから提供できる情報を提示しよう」
「ほう、何でしょうかな?」
故にさっさと手札の一枚を……切らずに見せるだけにした。
「『聖女』について……」
「聖女? 神子ではなく?」
「…………」
クレメンテは気付かなかったが、『聖女』という単語にロドリーゴが反応したのをキャストンは見逃さなかった。
そして、ロドリーゴ自身がそれに気付いた以上、韜晦は無駄だと判断した。
「何故、『聖女』に関する話を?」
「そうだな……『未踏ダンジョンは教国以外にもある』という回答が良いか? それとも、『自分の妹も聖女になる条件を半分満たしてしまった』という回答の方がお好みか?」
「……………………」
「師匠?」
そこには、クレメンテがこれまでに見た事がないほどの、苦悩に満ちたロドリーゴの表情が浮かんでいた。
何故なら、キャストンの回答には幾つもの裏の意味が隠されていたからだ。
事情を知らないクレメンテにしてみれば、何の事かさっぱりと分からなかったが、これまでの半生のほぼ全てを『聖女』という事象に費やしてきたクレメンテにとっては、キャストンが持っているらしき情報は喉から手が出るほど欲しいものである。
だがしかし、キャストンが善良な人間かなど分からない……いや、むしろコイツ絶対性格最悪だ!と判断できてしまうロドリーゴからしてみれば、自分の事情にクレメンテ達を巻き込む訳にもいかない。
「ロドリーゴ卿。悩むだけ無駄だ。その二人にも用事がある」
「それは」
「あのう……お待たせしました?」
どういう事か、と尋ねようとしたところ、声を掛けてきたのは着替えの済んだアウロラであった。
元々は色気も飾り気もないキャストンの服だった為に似合うという事はなかったが、丈や袖などシルフィーネが直したあとが見受けられ、一時の惨状を知るクレメンテ達からしてみれば、アウロラがちゃんと自分の足で立って生きているというだけで満足であった。
「姉上……」
「えっと、それで……すみません。お借りした敷布なんですが……」
謝りながらアウロラが差し出したのは、肌を隠す為に包まれていた敷布であった。
……尤も、大きく裂けてしまっていたが。
「現状を理解してもらうための費用と考えれば安いものだ」
「……お気遣いありがとうございます」
形式的に礼をして、クレメンテの傍に……やや距離を開けた位置に移動するアウロラ。
これは、不用意にぶつかったりしないための措置であったが、それが分かってはいてもクレメンテからしてみれば、少しばかり寂しかった。
「さて、当人も来たところで」
「あの、その前に、トーヤ様はどこへ行かれたのでしょうか?」
「……トーヤ? 誰だ、そんな頭の悪そうな名を名乗っていたのは?」
これは、何も『トーヤ』という名前が悪い訳ではなく、少し探せば日本人らしき人物の痕跡が見つかるこの世界で、如何にも日本人っぽい名前を堂々と名乗る無用心さに呆れているだけである。
残念ながら、それを正確に理解できた人間は、この場では少数派ではあったが。
「トーヤ様は頭が悪い訳ではありません。その、少々難のある方ではありますが、16歳という若さで助祭に任じられた方です」
アウロラの言を聞きながらも、それでもあれはないな、と思うクレメンテであったが、そんな事は露知らず、キャストンの後ろに控えていたシルフィーネが告げる。
「パーシヴァル・ペリノアの事です」
「…………は? パーシヴァルって、あのパーシヴァルか? ヒス持ちで追い詰められると即暴力に訴える、実家を使って裏で奴隷商を
やっていた、三バカの裏バカか?」
あのパーシヴァルが生きていた。
それはキャストンにとっても完全に予想外の話であった。
何せ、派遣軍壊滅の折にはランスロット救出が最優先であり、次いでアーサー、ガウェイン両名の死亡確認が優先されていた。
キャストンが気に掛けていたガラハッドやトリスタンならまだしも、パーシヴァルとケイの二人はどうでも良い、というのがキャストンの偽らざる本心であったため、ガラハッドの遺品を回収する際にも、パーシヴァルの遺体など見向きもしなかったのだ。
因みに、三バカとはガウェイン、ケイ、パーシヴァルといった、ブリタニア王国でも三指に入る大事件『貴族令嬢集団婦女暴行事件』の主犯格三人の事である。
これ以上の事件となると、内乱続発の原因となった約100年前の『第一王子乱心事件』くらいのものであり、その差は事件その物を隠蔽出来たか出来なかったかの違いでしかない……というのがブリタニア上層部の判断である。
「……あの、トーヤ様が奴隷商というのは……本当ですか?」
「ん? あぁ、奴は実家のペリノア子爵家の領地やスラム街などから若い娘を浚っては、性奴隷として他の教会派貴族や権力者に売りつけ、教会内での地盤を固めていた。ま、それがバレて家ごと破門にされた訳だが」
正確に言えば、キャストンがボールス枢機卿と取引という名の脅迫をしたネタの一つであり、世間に知られる事なく内々で処理されたのであるが、物の見事に嘘ではない。
「そう、ですか……」
「ま、信じる信じないは好きにすれば良いが、あまり首を突っ込まない方が良い話だ。それで、奴はどこに?」
アウロラとしては信じたくない話ではあったが、曲がりなりにも教皇の孫であった以上、破門された者の末路に心当たりはあった。
キャストンとしても、完全に予想外の名前が出てきた以上、その安否を確認しておく必要があると考えた。主に確実に排除する方向で。
「……なるほど。生きているとは思えない状況だが、首を刎ねられているところを見たにもかかわらず、実際にはしぶとく生き抜いていた訳だからな。やはり、死体を確認する必要があるか」
「確認すると言っても、どうやってだ? こんな巨木を掘り起こすとでも?」
シルフィーネからパーシヴァルの行方を聞いたところ、アウロラの死を含む一連の出来事を教えられるキャストン。
その瞬間を思い出したからか、クレメンテが忌々しそうに神子を模した木偶が変わり果てた巨木を見上げる。
木の根に飲み込まれた以上、パーシヴァルの死体があるとすれば、その根の下にあると考えるのが妥当だろう。
「そんな面倒な事はしない」
巨木に近付き、どこからともなく黒い槍を取り出し構えるキャストン。
「槍? ブリタニアの貴族なのに?」
「若、お静かに」
約40年前に量産型の魔剣が開発されて以降、槍から剣へとブリタニアの流行が移っていった事を知るだけに、クレメンテはキャストンの槍を訝しんだが、ロドリーゴによって諌められる。
それは、クレメンテに見えないものがロドリーゴには見えたが故の事であった。
「…………」
特に気負う事もなく、何の気なしに槍を一閃するキャストン。
クレメンテ達双子の目にはただの素振りにしか見えなかったが、その目は徐々に驚愕に染まっていく。
何故なら、両断された巨木がずれていき、やがて大きな音を立てて倒れたからだ。
だが、事はそれで終わりではなかった。
倒れた巨木は前触れもなく燃えはじめ、双子は火事になると慌てたが、不思議な事にその火が他へ燃え移る事はなく、やがて巨木は燃え尽きて灰となった。
それを見届けたキャストンが槍の石突で地面を突くと、残っていた巨木の切り株が枯れて腐り、跡形もなく崩れ去ってしまう。
「こんなものか」
「お見事」
「師匠……あの男は一体何をしたのですか?」
この世界は西洋ファンタジー風であるのに、その根幹には『地水火風』の『四元素』ではなく『木火土金水』の『五行思想』がある。
キャストンのやった事は、それに基づいて穂先に『金の気』を集め、『相剋』の法則の一つ、『金剋木』の法則で巨木を両断。
更に『相生』の法則である『木生火』の法則で倒木を燃やし、同じく『火生土』の法則でそれを灰に変えて『土の気』を作り出し、『比和』の法則で周辺の『土』の力を高める。
そして、最後に強化した『土の気』を利用して、『相侮』の法則の一つ、『土侮木』の法則で残った根を崩したのである。
これらの法則は、マーリンのような極一部の魔法士、中でも魔導師と呼ばれるような者達が経験則で知っているだけで、世間一般には知られていない。
それ以外に知っている者がいるとすれば、大本である『五行思想』を知っている者くらいである。
なので、クレメンテにどう説明したものか、ロドリーゴが逡巡しているうちに、キャストン達は露出した根の下に当たる部分を調べていた。
「ふむ……」
「トーヤ様ご無事ですか!?」
姉の声に、パーシヴァルの安否を確認するためだった事を思い出し、クレメンテ達もアウロラの後ろから覗き込む。
しかし、そこは予想に反して綺麗なものであった。
というのも、アウロラの身に起きた事から考えると、明らかに血痕の類が少ないのだ。
精々、アウロラ達が着ていた服の残骸が残っている程度である。
「……どう見ますか?」
「食われたんだろ」
尋ねてくるシルフィーネに対し、実にあっさりとした口調で返すキャストン。
「そんな!?」
「君の亡骸だけが残っていたら、生存している可能性も考慮できるが、一緒くたになくなっているからな。それにまぁ……な」
目の前で生きて動いている人間に対し、流石に「君の亡骸を抱えて逃げるだけの余裕はなかったろ?」と言えるはずもない。
何せ、キャストンですら、アウロラの亡骸がほぼ全裸の状態に陥っていた事を知っているのだ。それは、残っている服の残骸から見てもわかる。
そこから考えられる『食われた』以外の理由を少女に告げる度胸はなかった。
「そう、ですか……」
キャストンが危惧している事など、想像もできなかったアウロラであったが、現実としてパーシヴァルの遺体はなく、生存が絶望的な状況である事にも変わりはない。
それは、結果的にあの居住地から自分達だけで逃げ出してしまった、というアウロラの罪悪感に重く圧し掛かる事となった。
「さて、予定外の作業に時間を取られてしまったから、ちゃっちゃと説明するが、まず君は生き返った訳でも死ななかった訳でもない」
アウロラが落ち込んでいるのを「パーシヴァルに気があったのか?」と勘違いしながら、特に気遣うような事をせず淡々と話をするキャストン。
残念ながら、そういうところに気を配れるほど、他人の機微には精通しておらず、また余裕もなかった。
「おい、お前」
「いいの! 今は、ちゃんと自分の身に起きた事を理解しているから……」
「姉上……」
「良いなら続けるぞ?」
「はい、お願いします」
「く……」
クレメンテが反発してきて漸く配慮が足りなかったかと自覚するキャストン。
まぁ、そういうのがちゃんと出来ていれば、前世から望んでボッチ街道を歩いたりしないなと開き直る。
「死生観とか面倒な話は全部すっ飛ばして、結論から言うと、アウロラ・グレンデスは新たにアウロラ・グレンデスとして生まれたという訳だ。比喩的表現ではなく」
「……えっと?」
「どういう事だ?」
「それじゃ、一度アイテムボックスなりステータスなり確認してみると良い」
「あ、はい……」
キャストンのいう事が理解できなかった双子は首を傾げる。
目に見える形で確認すれば理解も深まるだろうと考えたキャストンに言われるまま、自分のステータスを確認しようとするアウロラだったが……。
「あ、あれ? ステータスが出ない? アイテムボックスも!?」
「それは確かですか、姉上?」
居住地から逃げ出す際、LV0と表示されたステータスがあったはずなのに、今では何度呼び出してもそのステータス自体が表示されず、ならばとアイテムボックス内にある一覧を呼び出したが、これも何の反応もない有様であった。
「もう一度言うが、アウロラ君。君は一度死んだ。それは理解しているな?」
「は、はい……それは、分かります……」
アウロラにとって実感の湧かない話であったが、自分が死んだ事は疑っていない。実感が湧かないのは、『死』を感じる間もなく死んでしまったせいなのだろうと思われた。
だが、実感こそないものの、結果的にではあるが自分が死んだ現場の跡を確認したために、客観的に自分の死を理解する事が出来たのである。
「だが、君は今ここにいるし、生きているし、動いているし、お腹も減る」
『お腹も減る』と指摘され、思い出したかのようにアウロラのお腹が可愛く空腹を主張する。
「クレメンテ君、お腹が空いたのならこれを食べながらでいいから、話を聞いてくれ」
「え?! あ、いや、分かった。姉上もどうぞ」
「……ありがとう」
何に対するとは明言しないが、キャストンの数少ない経験上、これは聞こえなかった事にした方が良いのだろうが、アウロラの胃の中が文字通り空っぽである事は、他の誰でもなくキャストン自身がよく分かっている。
そこで、聞こえたのはクレメンテのお腹の音という事にして、サンドイッチを提供してお茶を濁す事にした。
キャストンの意図が咄嗟には分からなかったクレメンテだが、渡された篭の中身が二人分であったために、姉にこれ以上の恥をかかせる事無く食料を渡す事に成功した。
尤も、それが分からないアウロラではないので、恥ずかしい事には変わりないのだが……。
「さて、話を戻すが、君は現在生きている。それは君が生き返ったからではなく、君が生まれ変わったからだ」
「あの……そこがよく分からないのですが……」
口の中のサンドイッチを飲み込んでから尋ねるアウロラ。
因みに、自分の身に起きた事を忘れたまま篭からサンドイッチを取り出そうとして、『後でスタッフが美味しく頂きました』な状態にしてしまい、今は弟に手ずから食べさせてもらっていた。
彼女達にも、「死者の魂はいずれどこかで新たな命を授かり、この地に生まれ変わる」という『輪廻』に近い死生観がある。
が、同一人物として、記憶も何もかも変わりなく生まれ変わる……というのがどうにも理解できなかった。
「まー……そうだな、理論的・技術的な話をするととんでもなく膨大且つ複雑な話になるから、もう単純に生き返ったと思ってくれて構わない。取りあえず、現時点では『洗礼』を受けていない状態と同じだと思ってくれれば良い」
「な!? 待て、それでは姉上は!」
「そうだな。下手をすれば『人』と見做されない。まぁ、何処かの教会で『洗礼』を受ければその限りではないが、な?」
パニア教に属する全てが全て、信徒以外は人と見做していない……という訳ではないが、特にこの教国ではその傾向が強い。
キャストンの言うように、今からでも何処かの教会で『洗礼』の儀式を受ければ良いのだが、あれは同時に戸籍の登録も兼ねており、多額の喜捨と身元の保証が必要となる。
喜捨は兎も角、身元の保証など現在では難しい話である。だが──
「いえ、今は無理に『洗礼』を受ける必要はないでしょう。多少不便ですが、そうそうばれる事もありますまい」
「し、師匠?」
クレメンテにとっては意外な事に、ロドリーゴがそれらを問題視しなかった。
「それよりも」
「あぁ、分かっている。怪力じみた力は残念ながら一生物だ。本人の努力で力加減を覚える以外はない。まぁ、難しいだろうがな。それとも、寿命か? それなら、普通の人間と同じ程度の寿命だ。まぁ、力だけでなく、頑健さも常人を超越しているから、外傷で死ぬ事はあまりないと思うが、それでも油断すればあっさり死ぬ。あまり無茶はしない方が良いだろう」
「……生きていくのに、特殊な枷などは?」
「ない。食って寝る。それだけだ。あぁ、あと、普通に子供も作れる」
「ひゃ!?」
「一部を除いて、生きていくには問題ないという事ですな」
まるで立て板に水を流すかのように、淡々と必要な事を聞き出すロドリーゴに、それに応えるキャストン。それは、ともすれば予定調和のようにも見えた。
その途上で一人の少女が赤面する破目になった訳だが、デリカシーのない二人は特段気にしなかった。
むしろ、ロドリーゴとしては期せずしてありがたい効果を発揮したとも言える。
何故なら、アウロラが少女らしい羞恥を覚えた事で、余計な事に思考が回らずに済んだからだ。
その余計な事とは、自分と同じように亡くなった居住地の住人達を生き返らせる事は出来ないか?という事だ。
彼らを見捨てて自分達だけが逃げ出した事に、アウロラが罪悪感を覚えているのは、ロドリーゴには手に取るように分かった。
その上で、自分だけが生き返るという途方もない幸運に恵まれたとあっては、更に罪悪感が増す事は火を見るより明らかだ。
死者を生き返らせる……正確には同一人物に生まれ直させる、であるが、ロドリーゴにはそんな事がそう簡単に出来るとは到底思えなかった。
アウロラ達がそれを言い出す前に、有無を言わせずに次の話題へと移った方が良いというロドリーゴの判断と、その方が自分にも都合が良いというキャストンの利害が一致したが故のやりとりであった。
「さて、我々にこれほどの施しをして、貴殿は見返りに何を望まれるのかな?」
「あぁ、漸く本題に入れるな……俺が望む事は一人に付き一つずつだ」
ロドリーゴの問いに対し、不敵な笑みを浮かべるキャストン。
もしも、姉の身柄を要求されたら、何が何でも突っぱねようと考えるクレメンテ。
「まず、クレメンテ君。君には大義名分になってもらいたい」
「大義名分って、どういう……あ」
姉の事にばかり思考が傾いていたために、咄嗟に何を言われたのか分からなかったが、元々自分達が身分を隠していた理由の一つでもあったからか、その意味に即気付く事ができた。
「そう。ブリタニア王国がウェストパニア教国に侵攻する大義名分だ。尤も、もうウェストパニア教国なんて形骸すら残っているか疑わしいがな」
「話にならない。敵国に自国を攻めるように頼む人間がどこにいるんだ?」
「いや、政治的な取引でそういう密約が交わされる事はあるぞ」
「うぐ……お、お前が言っているのはそういう小手先の話じゃないだろうが!?」
「だがな、クレメンテ君。君は現状、この教国が自力で領土回復を果たせると思うか? パーシヴァルが居たという事は、既に一度ブリタニアが教国に請われて援軍を派遣した事は知っているだろう?」
「だ、だったら、もう一度……」
「援軍を派遣すれば良い」とは続けられなかった。
おそらく、『援軍』程度では焼け石に水……と言えるほどの事態に陥っているのだろう事は想像に難くない。
だからと言って、他国に本格的な軍を派遣などすれば、現地の人間と何かしら問題が起こるのは明白だ。
何せ、教国の最高意思決定者である教皇も、それに次ぐ枢機卿団も既におらず、大司教もほぼいないとなれば、教国はまさに烏合の衆でしかない。
そこへ、上からの通達もなく他国の軍が大挙して現れた、となれば大混乱は必至だ。
だが、その大軍の中……いや、先頭にグレンデス家の旗が翻っていればどうなるか。
一見すれば、教皇の係累が大軍を率いて駆けつけたように見え、現地の人間に安心感を与えられ、接触時の混乱は少なくなるだろう。
他にも、イーストパニア法国に難癖を付けられずに済むという効果も期待できる。
尤も、教国と法国は未だに犬猿の仲なので、何をどうしたっていらんちょっかいをかけてくるのだろうが……。
そんな事情がクレメンテにも分かるだけに、頭からキャストンの要求を突っぱねる事ができなくなってしまった。
それでもやはり、教国から忌み子として忌避された自分達の……いや、姉の境遇を思うと、どうして自分達がそんな大変な役目を負わなければいけないのかとも思う。
「まぁ、どうしても嫌だというのなら、無理にとは言わない。そうだな、今この教国で一番安全な勢力を教えるから、そこに駆け込むと良い」
「な、何?」
そこへ来て急に掌を返したようなキャストンの言に警戒するクレメンテ。
「ガリア王国との国境付近の鉱山地帯。そこに、現状この教国で一番大きな勢力を維持している集団がある。集団を率いているのは、大司教座唯一の生き残りであるフェリペ大司教だ。彼らに保護してもらうと良い」
「保護してもらえるのなら行けば良い」という裏の言葉が、キャストンの不敵な笑顔から読み取れてしまったクレメンテであった。
「ほう、あの若造はまだ生きておりましたか……」
黙って聞きに回っていたロドリーゴが、思わずと言った様子で口にしていた。
36歳にして大司教座に就任し、開戦前の時点で最年少の大司教であり、反教皇派の一角でもある。
それが、フェリペ大司教という男であり、クレメンテ達の父親のライバルと目されていた男だ。
もし、そんな男が率いている集団に保護されて、クレメンテ達の正体が露見した時にどうなるか?
間違いなく、この国難を教皇サンチョ2世が忌み子となった孫を生かしたせいとし、自分達を血祭りに上げて残りの勢力を統合、教国の奪還に乗り出すだろう。成功するか否かは分からないが。
では、このまま隠れ続け、逃げ続けるのか?
それも一つの手段ではあるが、今日の一件で自分達が完全な足手纏いである事を自覚した以上、果たして無事に逃げ果せるかと自らに問いかけても、安心は出来ないクレメンテであった。
何より、アウロラの事だ。
命は繋いだものの、『加護』を完全に失った姉が後ろ盾もなく、人類社会で生きていけるかと言えば、非常に難しいと判断せざるを得ないクレメンテであった。
「ま、そう簡単に結論は出せないだろうから、先に他の二人への要求を聞いてからでも答えてくれれば良い。さて、ロドリーゴ卿に要求したい事は非常に簡単な仕事だ。ブリタニアの騎士団を鍛え直して欲しい」
「……ほぅ」
それは、ある意味では想定内であり、ある意味では予想外の要求であった。
「一つ、はっきりとさせておきたい事があるのですが、よろしいですかな?」
「どうぞ」
「貴殿はブリタニアのどの派閥なのですかな?」
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
いえ、もう、本当にすみません。
書き終わってみたら、2万字ほどになっておりまして……これはもう分割するしかないなと……。
タイトルは某ドラゴン4兄弟から頂きました。
まぁ、長男と末っ子の分はないのですが……。




