第6話
ざまぁ?編である「敵は眼前にあり!」の最終話です。
今回も(前回ほどではありませんが)暴力シーンがあるので、ご注意下さい。
「では、早速この請求の認可を得るとしましょう」
「なに? そんな物に認可を出す命知らずがいるとでも? ならば、連れて来てもらおうではないか。是非とも、男爵家ごときの味方をして、王家を敵に回す愚か者の顔を見せて欲しいものだ。私が即位した暁には」
「お前が即位した暁にはどうなるのか、是非とも聴かせてもらおうではないか」
「「「「「「「は?」」」」」」」
威厳に満ち溢れた聞き覚えのある声。しかし、私の父の声ではありません。
会場中がその声が聴こえた方を見るとそこには……。
「ち、父上?」
この国の王、ウーゼル・ペンドラゴン陛下が、2人の男性を両脇に従えていらっしゃいました。
皆が慌てて臣下の礼を取る中、こっそりと確認すると、キャストンさん、ランスロット様、グィネヴィアの3人はこの事を知っていたようで、慌てた様子もなく臣下の礼をとっていました。……私にも、教えておいて欲しかったです。
「よい。今宵は、一卒業生としてこの場に居る。皆、楽にせよ」
そう言われて、「はいそうですか」と立ち上がれる人なんて……一人しかいませんわね。
あっさり立ち上がったキャストンさんは、いつの間にか小脇に書類を抱え、陛下の下に歩み寄る。当然のように打ち合わせ済みなんですね……。
そして、恭しく陛下の脇に控える男性……はい、お気付きかもしれませんが、この国の現宰相にして、私の父であるロット・ガラティーン公爵に書類を献上すると、音もなく引き下がって臣下の礼をとる。
普通なら直接手渡すなんて真似は出来ませんが、陛下も仰ったように、あくまで一卒業生としてこの場にいるという事を周知させたいのでしょう。
「ほう、人数分用意してあるとは流石だな。いや、それとも、このくらいは当然といったところか?」
そう言いながら、お父様はキャストンさんから渡された書類をお隣の陛下と……ご自分と同じように陛下の脇に従っていた、バン・アロンダイト公爵閣下に一部ずつ手渡されます。
この世界、洋紙はありますが、印刷技術はないので、全部手書きなんですよね……。
バン公爵閣下は、その名前から分かる通り、ランスロット様のお父上にして、前宰相閣下でもあられます。
隣国が戦争状態に突入したのを機に、宰相職を父に譲られ、ご自身は王領より隣国に近い自領を直接統治され、不測の事態に備えていらっしゃるはずです。
早い話、この国の現TOP3が一同に会している訳です。
これ、舞踏会は台無しになりましたが、巻き込まれた学生達にとっては、むしろ嬉しいイベントになったかもしれませんね。
「父上! 何故このような場にいらしたのです!? 一国の王ともあろうお方が、学生ごときの些事に拘っている時ではないはずです!」
陛下達が書類を読もうとすると、殿下が立ち上がりそれを遮ります。
「……そなたは、この事態を『学生ごときの些事』と申すのか?」
陛下が不機嫌さを隠そうともせずにおっしゃられます。
私の知る限り、公けの場において、陛下がこれほど感情を露にされたところを見た事がありません。
一国の王として、公的な場では常に感情を隠されていらっしゃいます。
「その通りです! 男爵家の小倅風情の茶番など、父上が相手をする必要などありません!」
ですが、殿下は陛下の普段との差異に何も気付いていないのか、気にする様子もなく熱弁を揮われます。
「この、愚か者が!!」
堪りかねた陛下は殿下を一喝。
「王家の者が解職請求をされるという事の意味を解っておらんのか!!」
「な、何を仰るのですか、父上?! 高が学生の、名もなき男爵家風情の世迷言ではありませんか!?」
「はぁ……こやつはもうダメか……」
事態をまるで理解していない様子の殿下に、陛下もとうとう諦められたご様子で、小さく呟かれました。
言ってしまえば、国中の諸侯の3分の2が、殿下は王に相応しくないと乱を起こし、側近の過半数もそれに賛同。今まさに断頭台に首をかけられている状態だと言えます。
学生自治監視機構の有する権限は、発動までの条件が非常に厳しい反面、一度成立してしまえばもう覆しようがありません。
ましてや、学園主催の舞踏会の最中に発動してしまっては、会場中の生徒達――貴族の子弟――を通じて国中の貴族の知るところとなるでしょう。
こうなっては、最早殿下の廃嫡は免れません。
「……学生自治監視機構のキャストン・クレフーツ、前へ」
「はい」
この間に書類を検めていたお父様達を見やり、意思の統一を諮ると陛下はキャストンさんを呼び寄せる。
それに応じて彼は陛下の前に進み出て、再度跪いて礼をとる。
「……処罰の内容だが、これでは軽いと判断する。この程度で済ませるのは何故だ?」
陛下の問いかけが聞こえ、周囲は一瞬ざわつく。
ざわつく程度ですまなかったのが――
「ち、父上? 何を、仰っておられるのです?」
殿下ですが、陛下達は一切気にかけないため、呆然と立ち尽くすだけに留まっています。
「恐れながら申し上げます。我々はまだ無位無官の学生の身。半人前の学生としての処罰としては、この辺りが相応と判断いたします」
「ふむ……なるほど。確かに学生としての処罰としては、この辺りが妥当なところか……。良かろう、第162代目生徒会長として、現生徒会への処分請求を認可するものとする」
「同じく、副会長として認可いたします」
「同じく、会計として認可いたします」
「そんな……ばかな……」
陛下とキャストンさんのやり取りに、どこか不自然なものも感じますが……いずれにしても、陛下達の認可を得て、学生自治監視機構の請求は完全な形となりました。
後は、これを学園に提出すれば終了です。
そして、一切取り合ってもらえない事に、殿下は愕然とします。
「お待ち下さい」
陛下達の署名が済んだ書類が、キャストンさんに下賜される中、不躾にも待ったの声がかかる。
しかし、陛下もキャストンさんも滞りなく書類の譲渡を済ませる。
「お待ち下さい!」
だというのに、再度、それも先程より語気が荒く声をかけてくる。
一国の王の行動を遮るなんて、不敬もいいところ。それを無視するというのは、なかった事にして不問にするという意味なのですが……これはその事を分かっていませんね……。
「そなたは……」
「……陛下、ペリノア子爵家の子息です」
渋々陛下が声の主――パーシヴァル君に目を向けながら、「誰なのか分からない」という演技で牽制されます。
教会派貴族の重鎮であるペリノア子爵家。その神童といわれた彼を、陛下が記憶していないはずはありませんから。
お父様がその演技に合わせて、聞こえよがしに彼の事を陛下に伝えます。
「おぉ、そうであったな」
「それで、何用か。パーシヴァル・ペリノア」
陛下が相手をするまでもないとばかりに、アロンダイト公爵がパーシヴァル君の先を促します。
「く……如何に陛下といえど、神子たる聖に罰を加えるなど、我らが光の女神が赦しません。即刻、前言を撤回して頂きたい」
先ほどから、教会での彼の地位を表す『エル』という称号を抜いて呼ばれているせいもあってか、かなり苛ついた様子で処罰の撤回を要求します。
「我々は、あくまで卒業生として、君達の先達として、学生としての処罰を認可したに過ぎない」
「そんな筈はない! これは、そこの男爵家の小僧を利用した、教会への干渉だ!! 僕達への不当な罰を撤回しないのなら、教会が黙ってはいないぞ!」
アロンダイト公爵の淡々とした説明に、どこか狂信めいた様相を見せるパーシヴァル君。
「だ、そうだが。是非とも貴殿の見解を拝聴したいところだな。ボールス枢機卿殿」
パーシヴァル君の狂騒に、ウンザリした様子のお父様が、会場の入り口の一つに向かって声をかける。
いつの間にか移動していたキャストンさんがその扉を開くと、この国における神聖教会の頂点に立つボールス枢機卿猊下がいらっしゃいました。
その姿は、普段の高m……威厳溢れるものではなく、酷く憔悴しているように見えます。
「猊下!? 何故、このような場に……」
パーシヴァル君が先程の殿下以上に驚きを露にします。
まぁ、それはそうですよね。この流れでの登場は、どう考えても彼らの益になりそうにありません。
「あー……それは、その……」
その証拠に、枢機卿は分厚い僧衣を着込んでいるにも拘らず、蒼い顔で寒さに震えているようにも見えます。
「助祭殿が述べた事を、教会の総意と受け取ってよろしいのかな?」
そんな枢機卿を相手に、お父様が追い討ちをかけるように強い口調で尋ねます。
「いえ! パーシヴァル・ペリノアは本日付で助祭の職を解き、『エル』の称号も剥奪となりました」
「そんな、バカな?!」
切羽詰った枢機卿は観念したのか、一気に吐き出すように喋り始める。
その内容に一番驚いたのはパーシヴァル君に間違いないだろう。
「付け加えまして、ペリノア家は重大な戒律違反を犯した為……破門となりました……」
「……は?」
「よって、現時点に於いて、彼の者と我ら神聖教会に関わりはなく、彼の者の発言に一切責任を負わない物とさせて頂きます」
教会からの破門。それは事実上の追放処分です。
教会派貴族の重鎮たるペリノア家が破門されるなど、いったい何があったのやら……正直に申し上げて、恐すぎて知りたくありません……。
「また、神子殿の学生としての素行には問題がある物と見受けられ、学生としての処分に収まる内であれば、教会に異論はない事を併せて述べさせて頂きたく思います……」
文字通り、苦渋の決断を下した組織の長として枢機卿は言い切ると、ぐったりと一気に老け込んだように見えます。
「な、なんだ、それは……ふ、ふざけるなぁッ!?」
ですが、それに納得のいかないパーシヴァル君は金切り声を上げ、アイテムボックスから愛用の鎚矛を取り出して、枢機卿に――
「俺は何も悪くな」
「ひィッ!?」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
――襲い掛かったところ、キャストンさんに腕を捕られて極められたまま、足を払われて勢いよく床に叩き伏せられました。
少なく見積もっても、肩が脱臼しているかと思います。酷いと靱帯まで損傷しているでしょう。
そして、あまりの痛みに気を失ったパーシヴァル君は、駆けつけてきた警備兵によってどこかへ運ばれて行かれました。
「……それでは、教会としても、今回の措置には何も異存はありませんな」
お父様が確認をとるように枢機卿に尋ねます。言外に「文句なんて言える訳ないよな」という牽制が見受けられます。
「……はい……」
それに対し、枢機卿は返事をするのがやっとという様相を呈しています。
「それでは、マーリン学園長」
「うむ」
アロンダイト公爵が呼びかけたのは、フワモコの白いお髭が特徴的な、いかにも魔法使いという格好の好々爺――の皮を被った大魔法使い。この学園の長であるマーリン学園長先生です。
全学生の3分の2以上の賛同を得、生徒会役員過半数の賛成を以って可決し、生徒会役員経験者3名以上の認可を与えられた生徒会及び関係者への処分要求書。
本来なら学園事務局を通して学園長に提出されるものですが、ここまでお膳立てされていたのです。
ここで、学園長に直接提出して、即時発行という形に持っていくのでしょう。
「キャストン・クレフーツ。ここへ」
「はい」
学園長が進み出て、キャストンさんを呼びます。
それに応じて、キャストンさんも学園長の前まで進み出ます。
「学園長先生、こちらをお納め下さい」
「うむ、確かに受け取ったぞ」
そして、キャストンさんは両手に要求書を持ち、恭しく頭を下げながら差し出す。
学園長はしっかりと受け取り、それをはっきりと声に出して確認する。
「これを以って」
「私は断じて認めない!!」
学園長が処分の決定を宣言しようとした瞬間、殿下が大声をあげてそれを遮ります。
「認めない認めない認めない断じて認めない! そんな事があっていいものか! 私は王子だ第一王子だ次期国王だ! 私は間違っていない間違えない正しい!」
「このッ」
狂ったように喚き出す殿下。
その醜態に、陛下が怒鳴ろうとした瞬間。
「アーサー様!」
「ひじ、り……?」
酒月さんが殿下を抱きしめると、殿下の狂態もピタリと治まります。
「大丈夫だよ。きっと、誠心誠意話せば、王様も皆も分かってくれるよ。だから、今は言う通りにしよ」
「あぁ……ああ、そうだな聖。君の言う通りだ。君には助けられてばかりだな」
「そんな事ないよ。アーサー様が私を助けてくれるから、私もアーサー様を助けたいんだよ」
2人が言葉を交わす度に、殿下の目は焦点が合っていくように見えますが、それに反比例して私の背筋には言い知れぬ悪寒が奔ります。
そして、その不安は私だけが感じているものではなく、個人差はあれど、会場中の学生達も薄ら寒いものを感じているようです。
例外は陛下達と学園長先生。そして、キャストンさんだけのようです。
「ふぅ……これを以って、第178代生徒会役員、及びその関係者への処分を決定、即時実行に移すものとする。また、今宵の舞踏会は中止とする。以上、解散」
学園長の宣言を以って、この茶番劇は閉幕。学生達は友人と連れ立って帰途に着き、早速今夜の出来事を語り合う。
酒月さん達も兵士に先導されて何処かへと連れて行かれる。トリスタン様と目が合った際に、謝罪するかのように頭を下げられた。
私も、明日から二日間は寮の自室で謹慎し、その後は遅れに遅れた新生徒会を急いで形にしないといけない。
でも、これで漸く終わったんですね……。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ざまぁ?展開はここまでとなります。
神子一行のその後は12話で語られる事になりますので、「悲恋?」や「胸糞?」を見たくない方は、ここで引き返す事をお奨めいたします。