後編 再誕
大変長らくお待たせしました。
気が付けば2万字オーバー……。
これは流石にいかんという事で、再分割する破目に……。
配分がヘタクソで申し訳ありません。
今回は残酷な表現、不快な表現等ありますので、お気をつけ下さい。
「こんなところで遇えるとは思っていませんでした、魔女」
そんな女性の声らしきものが頭上から聞こえ、全員の注意が上に向いたほんの一瞬、丸太を切りつけたような音が神子の傍でした。
音が響くよりも一瞬早く、ロドリーゴだけが新たな気配の出現に気付けたため、何者かが神子の背後に現れ、駆け抜け様に首筋と脇腹を斬り付ける姿を目撃する事ができた。
残念ながら、首筋を狙った一撃は防がれたようだが。
「あら、あなたは確か……私を手引きしてくれた半森人だったわね? あなたのおかげでこの通り、私に恥を掻かせてくれた連中に仕返しする準備は着々と進行中よ?」
「ぬかせ! この魔女めッ!!」
脇腹を斬り裂かれたにも拘らず、飄々と嘲る神子の正面には、森で行動するには些か場違いな格好の少女が蜂蜜色の髪を揺らし、二本の短剣を逆手に構えて激昂していた。
「ハーフエルフだって?! なら、この女は魔族じゃないか!?」
『森人族』がアヴァロン大陸から駆逐されて500年近くが経ち、その他個別の種族名など忘れ去られ、一纏めに『魔族』と呼称されるようになった今、ハーフエルフと聞いて魔族と断じる事ができたのは、パーシヴァルの持つ転生者としての知識……に依る物ではなく、ペリノア家が破門される一因となった『裏の仕事』に依る物であった。
「それがどうかしましたか? 奴隷商人のパーシヴァル」
「な!?」
「あぁ、ペリノア家なら領地の屋敷で疫病が発生し、家人は全滅。屋敷ごと焼却処分されたそうですよ。まぁ、家人の全滅はご同業の仕業でしょうけど」
「馬鹿な?! 枢機卿の奴、本当に家を破門にしやがったのか!?」
「あはははは! そっちはそっちで楽しそうな事になっているのね~?」
散々弄び、利用してきた男の家の末路を耳にし、心底楽しそうに笑う神子。
事態は混迷を見せ始め、ロドリーゴは何よりもアウロラとクレメンテの安全を確保するべく、二人を庇いながらパーシヴァルを牽制する。
「く……」
「あっはっは。ただでさえなかった信用が、完全になくなったわね~。まぁ、こ~んなにイイ女が相手をしてあげていたのに、他の貴族令嬢達まで毒牙にかけていたんだから、仕方ないわよね~?」
「そういうお前こそ、随分と男に股を開いていたようじゃないか! 王子様に公爵家のバカボンと、やりたい放題だな! 誰のおかげでバカ王子を寝取れたと思っているんだ? 全部俺が奴隷を使ってグレイシアへの使者を買収していたからだろうが!」
「だから感謝しろとでも? そうねー……それじゃあ、感謝はしてあげるわね。ありがとう♪ それじゃ、そろそろ手足を食い千切られて、大人しくなってね?」
ダイアウルフは謎のメイドが乱入した際に数を減らしたが、更に包囲網から増援が接近しているらしく、木々が圧し折られ、なぎ倒される音が幾つも響いてくる。
「そこの三人! 足の速いダイアウルフは減ったので、一点突破で包囲を抜けます!」
「あら? 私に用があったんじゃないの?」
「身代わりの木偶に用はありませんので、お暇させて頂きます」
パーシヴァルと神子が言い争っている間に、メイドも怨敵を前に昂っていた感情を抑制し、冷静に今すべき事を実行に移そうとする。
しかし、ロドリーゴ達としても、危機的状況にあるとは言え、魔族の疑いがある相手とそう簡単に共闘しても良いのか躊躇してしまう。
何せ、クレメンテ達の家族はその魔族との戦争で還らぬ人となってしまったのだから……。
「あらら、流石に斬られた時にバレちゃってたか~。ま、いいけどね。この器はただのお人形」
そう言いながら、斬られた脇腹から服をめくって肌を晒す神子。
しかし、そこにあったのは大きな切り口から見える木目であり、血も肉も骨も臓物もありはしなかった。
「た・だ・し♪ 私の持つ『支配者権限』の権能が一つ、『加護徴収』を与えたちょっとえげつないお人形よ♪ ま、あなた達二人は脳筋にも、基礎トレーニングなんて面倒臭い事もしていたみたいで、期待したほどの効果は得られなかったけれど……」
「避けなさい!」
神子の口上を途中で遮るメイドの鋭い一声に、反応できたのはロドリーゴだけだった。
「わ!?」「きゃ?!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
メイドとロドリーゴ達の足元からは鋭利な木の根が何十本も地を割り、獲物を貫かんと一瞬で伸びてきていた。
メイドの警告によって、咄嗟にクレメンテ達を抱えて跳び退ったロドリーゴ達と、警告を発したメイド自身は難を逃れたが、パーシヴァルはと言えば……。
「腕が……俺の、俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
パーシヴァルなりに咄嗟に反応して回避行動に出たおかげで、頭を潰されるところが辛うじて右腕一本を失う程度で済んでいた。
やったのは木の根ではなく、包囲を狭めてやってきた巨大なクマのモンスター、ヒュージベアだった。
「こらー。そいつは殺しちゃダメって言ったでしょ? まぁ、結果的にはいい感じに腕一本で済んだけど」
「クソ! クソッ! クソッ!! 応急手当! 応急手当ッ! 応急手当ッ!!」
派手に噴き出す鮮血を止めようと必死に最初級の治癒魔法を唱えるが、最初の二回だけ発動したものの、それ以降は何度治癒魔法を唱えても魔法は発動せず、出血は未だ止まらずにいた。
「クソ! なんでだ?! 魔法が発動しない!?」
「トーヤ様!」
「姫!」「姉上!?」
思わずといった様子で怪我を負ったパーシヴァルに駆け寄るアウロラ。
相手の素性に関わらず、他者に手を差し伸べようとするそのあり方は、彼女が育った環境で得られた優しさであり、忌み子として生まれながらも生かしてもらった自らに課した姿勢であり、どうしようもない愚かしさでもあった。
「彼の者に慈愛の癒しを与え給え『癒しの水』」
水属性の初級治癒魔法を施される事で、漸くパーシヴァルの出血は止まったものの、それでこの男が感謝をするかと言うと──
「遅いんだよ!?」
「す、すみません!」
治療してくれたアウロラに対し、このような態度をとってもパーシヴァルが無事でいられるのは、ロドリーゴ達もメイドの少女も、それぞれに雪崩れ込んできたヒュージベアの相手をしていて、アウロラの傍に行く事が出来ないためだ。
ダイアウルフに比べ、ヒュージベアに機動力はないが、代わりに圧倒的な巨体による耐久力と破壊力がある。
ダイアウルフのようにヒュージベアを一刀で斬り伏せるには、ロドリーゴには武器の質が、メイドの少女には相性が悪かった。
「あぁ……俺の、腕が……」
そして、パーシヴァルの腕を切り落としたヒュージベアはというと、切り落としたパーシヴァルの腕を骨ごと咀嚼していた。
神子の命令に従ったのか、はたまたモンスターとしての習性なのかは分かりかねるところであったが。
「あはは♪ 自慢の指テクももう披露できないわね~?」
奇襲するために足の裏から木の根のように伸ばしていた身体を回収し終え、切り落とされた腕が食われるところを見て愕然とするパーシヴァルを嘲笑しながら近付いてくる神子。
「く、くくく……くははは……ひゃーっはっはっは!」
「と、トーヤ様?」
「えー? なに? 本当に壊れちゃった?」
しかし、突如として狂ったように笑いだすパーシヴァルに、狂気を感じて身が竦むアウロラと訝しげな眼差しで呆れる神子。
離れた場所では、クレメンテが姉を連れ戻したいと思っていたが、下手に動けば自分を庇っているロドリーゴの邪魔になる事も分かっているので、動きたくとも動けない状況となっていた。
この時、無理にでもアウロラをその場から引き離していれば、何かが変わっていたのかもしれないが、先の事など分からない少年には荷が重い話である。
「黙れ商売女!」
「……は?」
狂気を宿した瞳で睨みつけ怒鳴るパーシヴァル。
これには流石の神子も訳の分からなさに思考が停止する。
「なぁにが神子だ! 酒月 聖だッ! ヒロインだッ!! お前なんか、ただの風俗嬢、それも、ホストに貢ぎまくってたバカ女じゃないか!! ええぇ? ナツキよぉ?」
「はぁ? あんた何言ってんの?」
パーシヴァルの予想以上の豹変振りに、不覚にも呆気に取られてしまった神子。
それ以上に話に付いていけなかったアウロラだが、極限状態でパーシヴァルの精神が病んでしまったのではとおろおろするばかりである。
「ほら、出せよ……あるんだろ? エリクサーとか、賢者の石とか、完全回復するご都合主義なアイテムがよぉ!? それでご主人様の腕を治せって言ってんだよ、このドブスがッ!」
「はぁ……もういいわ」
神子の一言に反応したヒュージベアが体当たりし、弾き飛ばされるパーシヴァル。
カエルが潰されたような声を出して倒れ込む姿に、別れを告げようと口を開く神子。
「……邪魔よ。退きなさい」
しかし、それを遮るようにパーシヴァルの前に立ち塞がる者がいた。
「姉上ッ?!」
「姫ッ!? ッ! いけません、若ッ!!」
ヒュージベアの進行を阻むように、両手を広げて立ち塞がったのはアウロラであった。
それに真っ先に気付いたクレメンテが飛び出そうとするものの、そこを狙われ、庇ったロドリーゴの剣がとうとう折られてしまう。
「あの……お二人の間に、何があったかは存じません……ですが、噂に聞く女神の化身たる神子様が、何故にモンスターを操り、このような無体な真似をなさるのですか?」
巨大なモンスターを前に、なけなしの勇気を振り絞って立ち上がったアウロラの口から出たのは、あまりにも場にそぐわない、然れど、偶然にも事態を動かすにはこの上なく相応しい問いであった。
何故なら──
「なに、この子? この状況下で暢気にそんな馬鹿馬鹿しい事を……まるで何処かのお嬢様みたいに」
アウロラの姿に、酒月 聖がこの世界で最も執着している人物の影が重なって見えた。
環境に恵まれ、才能に恵まれ、容姿に恵まれ、家族に愛され、世界に愛され、自分の持たないモノを全て持ち、まるで世界は愛と平和に満ちた優しいモノだと言わんがばかりに、それが当然であるかのように頭の中がお花畑で出来た女。
私にはそんなモノ、何一つないのに……。
だからイジメた。私のように妬む者は少なくなかったから、ハブって除け者にするのは簡単だった。
だから殺した。それでもなお惚け惚けと暢気に生きている事が赦せなかった。
この女もあの女と、花房 雫と同類だ。だから殺そう。あの日、階段から突き落としたように、簡単に殺せる。
そう、あの日、あの暑い夏の日、中学三年の……。
「三年の……何組だった?」
神子の視界に映る、アウロラの背後で倒れ伏している男の姿が、酒月 聖が知るはずのない男の影と重なった。
その瞬間、神子の中で何かが割れる音がした。
知らない男に抱かれる誰か、稼いだ金で豪遊する誰か、それでも満たされずに借金を重ねる誰か……。
いや、違う! そんな女は知らない!
私はあの女に、花房 雫に復讐がしたいだけ!
だから、グレイシアに転生させて、あの女の全てを奪ってやろうとした!
……なのに、あの女ときたら、逆ハーレムを築くどころか、アーサー一人に執着する始末……。
なんで? そこは、いずれ来る神子を迎え撃つために逆ハーレムを形成するところじゃないの?
これじゃあ、ワンサイドすぎてつまらない。
だから……だから、どうしたんだっけ?
来る日も来る日も知らない男達に抱かれ、憂さを晴らすように豪遊して、いい男を金で抱く……そんなどうしようもない自分が行き着いたのは、そこに転がっている外面がいいだけのホストだった……。
いや、何だこれは?
酒月 聖の中に異物が混じっている!?
私は私だ! こんな女は知らない!
私は、私は、三年、三年……一組? B組? 花組? の………………誰?
神子の意識の中に、酒月 聖以外の誰かの記憶がフラッシュバックのように流れ込んでくる。
そして、神子の身代わりでしかない木偶に複製された酒月 聖の自我が限界を迎えたその時──
──あーぁ、壊れちゃった。ま、所詮は複製品をベースに、更に複製したデッドコーピー品。最終的に壊す事が前提とは言え、予想外な要因で壊れる事になったわね。
頭の中から知らない女の声が響いてきた。
「ッ!? 違う! 私は!」
──いいえ、違わないわ。貴女も自分で言ってたじゃないの? 『この器はただのお人形』って。 それじゃ、貴女の本来の役目を果たしてね♪
「嫌! 違うの! これは違う! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌違う違う違う違う違う違う違う違うーーーーッ!!!」
一人で何かを呟いていたかと思えば、頭を抱えるようにして奇声を上げる神子。
アウロラ達からしてみれば、何の前触れもなく神子が狂ったとしか思えなかったが、変化はそれだけではなかった。
神子の身体から木材が爆ぜるような音が聞こえてきたかと思うと──
「え?」
凄まじい勢いで木偶は人の形を崩し膨張。
「姉上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
巨大な根が全方位に広がり、すぐ傍に立っていたアウロラを突き破り、倒れ伏していたパーシヴァルを呑み込んだ。
多少離れた位置でヒュージベアの群れと交戦中だったロドリーゴは、津波のように襲い掛かる根から辛うじてクレメンテを抱えて離脱する事が出来た。
確認すると、神子を模した木偶は巨木と化していた。
同じようにヒュージベアの群れと交戦していたメイドの少女も離脱に成功しており、根の餌食となったのはヒュージベアの群れとパーシヴァル、そして──
「姉上! 姉上!!」
「……アウロラ様」
解放されたクレメンテが駆け寄った先には、胸から下が完全に消失したアウロラの亡骸が無造作に転がっていた。
「あ……あぁ……なんだよ、これ……」
流れ出ている血の量、どこからどう見ても手の施しようがないほどの遺体の損壊具合が、否応なしにクレメンテに事実を突きつける。
それでもなお、嗚咽を漏らしながら、自らが生まれてより、いや生まれる前からずっと傍らに在り続けてくれた、最愛の姉の亡骸を抱きすくめる。
「なんで姉上が……なんで姉上がこんな……あぁ、ああぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁッ!!」
「若……」
クレメンテの中で様々な感情が荒れ狂う。
姉を守れなかった自責と後悔の念。姉を巻き込んだパーシヴァルへの怒り。そして、姉の命を奪った神子への憎悪。
まだ13歳の彼にそれらを呑み込めるはずもなく、さりとて掛けられる言葉もないロドリーゴには為す術もない。
激情の赴くままに叫ぶクレメンテ。その腕の中で、更にアウロラの亡骸が崩れようとしていく、そんな中──
「どけ、クソガキ」
「ぐぁッ」「若!」
何の前触れもなくクレメンテの眼前に若い男が現れ、抱き潰すほどしっかりと抱えていたはずのアウロラを苦もなく取り上げ、更にはロドリーゴに向かってクレメンテを蹴り飛ばして距離を作る。
「ガキ、姉貴の身体を潰すつもりか? シルフィーネ、そいつらに邪魔をさせるな」
「? わかりました」
赤毛の若い男がアウロラの亡骸を横たえ、クレメンテに一瞥と共に刺すように告げると、次はメイド姿の少女へ簡潔に命じる。
了解の意を伝えるものの、シルフィーネと呼ばれた少女も男が何をするつもりなのかは分からなかった。
それでも、今は名実共に協力関係にある男の指示に従い、ロドリーゴ達が手を出せないように男との間に割って立つ。
シルフィーネと対峙する事になったロドリーゴにしてみても、アウロラの遺体がクレメンテの手によってこれ以上損壊する事がなくなったのは良いが、だからと言って見知らぬ男の手によって死者を辱められて良い訳がない。
しかしながら、正面に立って身構える魔族らしき少女は、決して侮れる相手ではなかった。
正面から尋常の勝負となれば大した脅威ではないが、ロドリーゴの手に在るのは中ほどから折られた剣。対してシルフィーネの手には、同じヒュージベアを相手にして折れる事がなかった短剣が二振り。
武器の質という点では圧倒的に劣っていると言わざるを得ず、まして相手は尋常の勝負など歯牙にもかけない戦闘スタイルだ。
更に付け加えるなら、赤毛の男が現れた時、ロドリーゴはその気配に一切気付く事ができなかった。
どこからかやってきたのか、はたまた最初からこの辺りに潜んでいたのか、それすらも分からないほどだ。
間違いなく、この二人を同時に相手取って勝利は難しく、ましてクレメンテという護衛対象がいる以上、敵対行動は命取りと判断せざるを得ない。
それでもなお、アウロラの遺体が辱められるような事があれば、目の前の少女に斬り刻まれながらでも男を屠り、返す刃でこの少女も……と覚悟を決める。
出来るか出来ないかではなく、やる。という意志がその目にあった。
「げほっ、げほっ……貴様、姉上になにを」
「煩い黙れ気が散る」
ロドリーゴに受け止められたものの、蹴り飛ばされた際のダメージが抜け切らず、咳き込みながらも姉を取り戻そうとするクレメンテに対し、間髪いれずに制す男。
「……分かっている。この子を助けて得られるメリットよりも、デメリットの方が大きい事は。それでも……いや、それはダメだ。そこの化物爺が目を光らせている。まともに相手をするのは面倒臭さ過ぎる上に時間もない」
そして、外野を完全に無視して一人で何かを呟く男。
その内容を聞き取れる者はいなかったが、男はちらりとロドリーゴを見やると、右手をアウロラの頭に、左手を同じくアウロラの胸、正確には心臓の上にそっと添える。
胸から下が丸々消えてなくなるほどの損壊である以上、当然ながらアウロラが身に着けていた衣類も、最早衣服としての機能を満たしてはいない。
早い話、年齢の割には成長していたアウロラの胸を男が直に触れる事となり、クレメンテが激昂するものの、それはロドリーゴによって止められる事となる。
「何故止めるのだ!!」
「若、あの男の表情をよく見てください……」
ロドリーゴの言う通り、男の顔には好色じみた気配はなく、むしろ苦痛が滲んですらいる。
「……オリジナルリソース開放。脳に残った残滓から対象の魂を特定、追跡……捕捉、確保、回収。続いて心臓から肉体の組成情報を取得、不正リソースの排除、再設計……不足するリソースをオリジナルリソースより補填、再構成」
男が何を言っているのか聞き分ける事はできなかったが、ロドリーゴ達の目の前でアウロラの亡骸が光の粒子となって弾けた。
それは、モンスターが討伐された際、正確にはアイテムボックスを持っている人間に倒された際に起こる現象と同じであるはずなのに、直接目にしたクレメンテ達は訳も分からずにソレとは違う神々しさを直感した。
そして、それは正しかった。
「今一度、この不浄の地に咲けよ命の花。『再誕』」
事象に対して、恐ろしく短い詠唱が為されたその時、アウロラだった光の粒子が乱れ舞いながら一所に集まりだす。
明らかにアウロラの亡骸が光となって弾け散った時よりも多くの光が集まり、直視できないほどの激しい光となった次の瞬間、男の腕の中には文字通り生まれたままの姿となったアウロラが現れていた。
「「「な!?」」」
すぐに男は大きな敷布らしき布を取り出してアウロラを包んで肌を隠したが、それを目にした瞬間、流石に三人が三人とも硬直した。
なぜなら、アウロラの身体が五体満足に戻っており、しかも呼吸をしているかのようにゆっくりと胸が上下していたからだ。
「一先ずは成功だ……」
だが、そう告げた男の顔色は、アウロラの血色に反比例するかのように悪かった。
「成功って……あ、姉上は、どうなったんだ?」
姉が生きているのか、否、生き返ったのかを確かめようと、恐る恐る手を伸ばすクレメンテ。
「危ないから触るな」
しかし、アウロラの身体を抱えたままだった赤毛の男は、クレメンテから距離を取るように身体を反らす。
「危ない」と言われて、姉の容態を案じて停止するクレメンテ。
但し、男が危惧したのはアウロラではなく、触れようとしたクレメンテの身であったが、この時にはまだ男以外の誰にもそれは理解できなかった。
「さて、いい具合に硬直してくれているようだから話を先に進める。色々と聞きたい事もあるだろうが、今は全部捨て置け」
一方的な宣言であったが、理解が追いつかないクレメンテには頷くしかなかった。
他の二人は正気に返りつつあるが、シルフィーネは元より、ロドリーゴとしても迂闊にこの男の機嫌を損ねない方が良いと判断して頷いた。
三人が大人しくしているのを確認した男は、軽くアウロラの肩を揺らして覚醒を促す。
「ん、ぅん……ここ、は……?」
「おはよう。早速で悪いが、これをちょっと曲げてもらえるかな?」
寝惚け眼で状況を把握できていないアウロラに対し、男は木製の槍の柄を握らせる。
「ふぇ……? なんですか、これは?」
勿論、曲げてと言われて特に鍛えてもいない少女が曲げる、それどころか撓らせる事すらできる筈はない。
しかし、覚醒しきっていないアウロラは、疑問を挟む事もなく言われるがまま柄に力をいれ──
「「「はぁ!?」」」
乾いた音をたててあっさりと折ってしまった。
当然ながら、それを目撃した三人が三人とも驚愕に包まれる結果となった。
「…………あら?」
流石にやってしまったアウロラも、意識が一気に覚醒状態へと至り、自分のやった事を理解すると同時に硬直する。
「とまぁ、この通り、細かい理屈は兎も角、君は転生した副作用として、常軌を逸した身体能力を手に入れた。迂闊に暴れたりすれば……そうだな、例えば軽く君の弟を抱きしめたりすれば、君の弟は破裂する事になるのでじっとしていて欲しい」
「え? え?」
理解が追いつかない内に、見知らぬ男から畳み掛けるように告げられた話が衝撃的過ぎて、男に抱きかかえられている事も、敷布で包まれただけの格好である事も、そして、自分が一度は死んだ身である事もアウロラは気付かなかった。
「兎に角、とんでもない怪力を身に着けてしまったと思っていればいい。分かったら軽く頷いてくれ」
そこまで言われて、漸くアウロラは自分が何やら大変な事になっていると理解し、男に言われたように軽く頷く。
「それじゃあ、シルフィーネ、彼女に服を着せてやってくれ。多分、自力じゃ加減ができずに服を破く事になるだろうから」
「畏まりました」
男はアウロラを降ろして立たせると、少し離れた場所にある木の枝に仕切り代わりの大きな敷布を掛け、シルフィーネに自分が鎧下代わりに着ているかなり頑丈な服を手渡す。
受け取ったシルフィーネは綺麗な一礼を残し、アウロラを仕切りの向こうへと連れて行く。
アウロラも抵抗する事無く……むしろ、シルフィーネに手がぶつかったりしないようにと注意しながら仕切りの向こうへと移動する。
「さてと、彼女の事は一旦脇に置いておくとして、まずは自己紹介と行こうか。俺の名前はキャストン・クレフーツ。ブリタニア王国の貧乏男爵家の長男だ」
『加護徴収』
解説:『支配者権限』が有する権能を五つに細分化した一つ。その名の通り、周辺に存在する者の『LV』を全て徴収し、0にする。この権能によってLVを0にされたものは、以後どれほど経験値を稼いでもLVが上がる事はない。
『再誕』
解説:とあるイケメン伝道師さんが用意してくれた奥の手中の奥の手。『オリジナルリソース』をほぼ全て使い切って発動する起死回生、一発逆転の奇跡たる死者転生。まぁ、使ったが最後、余計な連中を引き付ける可能性が高くなるから、本当に最後の最後に使うように。
追記:……って言ったのに、あっさり使いやがったのよこのバカ!? どうするつもりだ?! 当局に気付かれても手を貸してやれんぞ俺は!!
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
……やってしまいました。
結局、あと1話で収まりきらず、もう1話続く事に……orz




