第10話 敵対者に訪れる未来
標高2000mを越えた辺りから、周囲に雪が目立ち始めた。
防寒対策の施された装備を加えて山頂を目指したものの、流石に雪に埋もれているせいか採取物がないようで、むしろ進行速度が上がったくらいだ。
……麓より強力になったモンスターも、キャス様の足止めにすらならない。
あぁ、ホンのついでに言えば、キャス様が足を止める程度の群れに出くわした際には、ボクもモンスターを仕留める機会があったよ。
漸く、少しは付いてきた意義を果たせた……と安堵した次の瞬間、LVの上昇を告げる鐘の音がボクの頭の中に鳴り響いた……3回も。
何事かと確認してみたら、ボクのLVが24から一気に27へと上がっていた……意味が分からない……。
まぁ、おおよその原因は分かっていたので、直接本人に尋ねてみたところ、次のような回答を賜った。
「え? そりゃ、折角モンスターを倒したんだから、女神に上前を撥ねられたくないだろ?」
……詳しく聞いてみると、モンスターを倒した際に得られる経験値やドロップ品は、その殆どが女神によって徴収され、残った僅かな取り分しかボクらの手元に来ないようにされているらしい。
リソースとか魔物の成り立ちとか、色々と細かい説明をされたが、ボクの頭で理解できたのは、クレフーツ家使用人の制服として支給されたペンダント状の御守に、女神からの干渉を防ぐ特性が付与されているという事くらいだ。
この機能により、経験値もドロップ品も徴収されず、丸々ボクの物になったという事らしい。
元々は、使用人が女神に操られる事を防ぐ為に開発、制服として着用を義務付けた物だそうな。
とは言え、装飾品という形状である以上、四六時中着けている訳にもいかず、風呂場や寝室といった場所には代わりに結界を施しているんだそうだ。
そう言えば、アイリがクレフーツ家の屋敷は尋常じゃない質と量の結界が施されているって言っていたっけか……中でも、キャス様の部屋は王城以上の防諜対策が施されているとか……。
理由を知ってみれば、なるほどとしか言いようがない。
その後も、襲い掛かってくるモンスターを倒しながら山頂を目指していると、かつてない勢いでLVが上がり、アイテムボックスはドロップ品で埋め尽くされていった。
こうして感覚が麻痺してくる頃、山頂付近に到着した。
ただ、何故かこの辺りには雪が積もっていない……。
それを不思議に思っていると、どこからか──
「ぴぃぴぃぴぃ」
と、鳥の鳴き声が……って、なんだあれは?
「おぉ……」
前方に鎮座する巨大な鳥の巣らしき物体に、キャス様がふらふらと吸い寄せられるように近付いていく。
その巣の中には先程の鳴き声の主が3……匹?並んで頭を出している。
どうやら、キャス様はその3匹に引き寄せられたようだが……それって、どう見ても……。
「グリフォンの……子供?」
前半身が鷲で、後ろ半身が獅子の非常に獰猛且つ強力で希少なモンスターである。
まだ生まれて間もないようで、鳴き声が可愛らしいが、だからと言って迂闊に近付いて……まぁ、キャス様だしいいか。
「く……しかしッ!?」
うん……何やら片手を突き出したり引いたりと、グリフォンの前で面妖な踊りを披露している……。
「撫でたい……だが、相手は野生の動物……下手に人間に慣れるのは、互いにとって不幸な結末になるだけ……うぐぐ」
決死の表情を浮かべながら、一歩ずつ後退してくるキャス様。
キャス様にとっては、グリフォンの子供も子猫や子犬と大差なしかー……。
「ふぅ……さて、行くか」
まるで、何事もなかったかのように先へと進むキャス様。
まぁ、ボクとしても、親が帰ってくる前にここを離れたいので──
「ピィィィィィィィッ!!」
あぁ、遅かったか……。
甲高い鳴き声が山頂付近の音を切り裂くと、空気を激しく叩く翼の音とともに、大きな影が現れた。
見上げると、そこには見間違う事無く親グリフォンが舞い降りてくるところだった。
「どうした? もうすぐそこだぞ?」
親グリフォンが羽撃く度に風が巻き起こり、雪を吹き散らしている。
だから、この辺だけ雪が積もっていなかったのかな?
そんな中、何食わぬ顔で先に進むキャス様。
……キャス様が常軌を逸して強いのは知っているけれど、相手は空を飛ぶグリフォンだ。
普通に考えれば厄介極まりない……あぁ、普通じゃなかったな。
「にしても、やっぱり戻ってきたのは1頭だけか……はー、ヤなモンに気付ちまったなー……」
「どういう事?」
「グリフォンと言ったって、あの通り子供の内は犬猫と変わらん大きさだ。魔物が多いこの山で、親が傍から離れて良い訳がない。にも拘らず、あの子グリフォン達の傍には親がいなかった……」
「……そういう事……」
去年、実習の提出物に、グリフォンのドロップ品が提出されたと騒ぎになった事があった。
その時には誰が提出したのか、ボク達生徒にまで情報は降りてこなかったけど……このカルボネック山の頂上にグリフォンの巣があって、そのグリフォンが片親しかいないとなれば……まぁ、そういう事なんだろう。
まー、モンスターの心配をするのもどうかと思うけど……キャス様の事だしなー……女神憎けりゃ神子まで憎いと言うのもあるのだろうか?
尤も、ボクもあの女は嫌いだけどね。
「あのグリフォン。こっちを威嚇するだけなのはどうして?」
「そりゃ、グリフォンは魔獣だからな。さっきも言ったように、魂のない作り物の魔物とは違って、ちゃんと彼我の戦力差を理解する知能はあるさ」
「……そうなんだ……」
しまった。さっきの話、殆ど理解していなかったのに、そこに繋がるとは……。
「ほら、子供がいたろ? 魔物は生殖能力を持たずに、リソースを用いて成体の状態で作り出されているから、『子供』ってのは基本的にいないんだよ」
『だから、魔物に負けてもクッコロ展開はない』って言っていたけど、『クッコロ』って何?
「魔獣も魔物も、アイテムボックス持ちがいる状態で倒すと問答無用でドロップ品に変えられ、死体が残らないから遅々として研究が進まない。そのせいで、一般的にはどちらもモンスターとして一括りにされているうえに、正確な区分もされていないって状況だ」
騎士にしろ、冒険者にしろ、取りあえずモンスターの生態と倒し方さえ分かればいい。
だから、そういう学術的な問題が後回しにされているのは事実だ。
「さて、この辺りに最後の素材があるはずだが……」
そうこうしているうちに、山頂に辿り着いた。
少し下では、親グリフォンが子グリフォンを庇うように構えているのが目に入る。
「キャス様。最後の素材って?」
「『エーテルワイズ』なんてふざけた名前の白い花……っぽい葉が特徴的な植物だ。とはいえ、流石に今の時期だと、まだ芽すら出ていないだろう」
そう呟くと、周囲を探るキャス様。
芽すら出ていないって事は、まだ種か根を張っている状態だと思うんだけど……それで素材としての用をなすんだろうか?
……あと、『エーテルワイズ』という名前のどこがふざけた名前なんだろう?
「お、あった。これか……」
と、キャス様が地面に手を着くと、その辺りの土がごっそりと消えてなくなった……何事?
……うん。もう、キャス様のやる事にいちいち驚いていたら、体が幾つあっても足りないから、気にしないでおこう。
「これで、エステルを治せる?」
「応よ。一先ずは手引き通りにガラハッドが作った薬を模倣し、そこから得られた情報を解析。模倣品を改良する事で、求める新薬を開発すれば、エステルちゃんは勿論、お前達の治療も大いに進む。ま、まずは、あの狸伯爵を潰すのに使う事になるだろうけどな」
とても邪悪な笑顔で語るキャス様。
狸? ……あぁ、あの……スケベ司祭か……。
「どうやって?」
「うん? あの狸伯爵の潰し方か? 今日にでもボールス枢機卿に泣きついて、俺を潰す方法の許可を得ようとしているところだろうが……あの枢機卿なら、再度俺を敵に回す愚は犯さないだろう。今頃は、俺には絶対手を出すなって言われて、歯軋りでもしているんじゃないか?」
……『再度』って言った?
「んで、明日には新しい飼い主であるライオネル司教に泣きついて、改めて俺を潰す方法……異端審問の許可を得ようとする……というか、得られるだろうな。何せ、旧派のボールス枢機卿を追い落としたい新派のライオネル司教にとって、上辺だけ見れば枢機卿が庇った人間が、異端と認定されるのはこの上ない利益だからな」
!?
いや、え?
何だか、話が突飛過ぎて、理解が追いつかない……。
旧派に属するジャギエルカ伯爵の新しい飼い主が、新派のライオネル司教って……。
「ま、当然ながら、その目論見は頓挫するどころか、逆に自分の身に降りかかった挙句、一族郎党を巻き込んで派手に自爆する事になるんだがな」
「あ……」
『一族郎党を巻き込んで』という言葉には、ボクも身に覚えがある……どころか、まさにそれが発端でボクはこうしてキャス様の傍にいる訳だし……。
「『魔人薬』?」
「そ。エレインの身柄は現在俺の預かりとなっている。もし、彼女が魔薬の検査で陽性となったら、その責任は全て俺が取る事になるし、ひいてはクレフーツ家も巻き込まれ、見習い使用人とは言え、家人である二人も巻き込まれる。俺を異端として始末しつつ、美少女を二人……フレアを含めれば三人も手中に納める事が出来る! ……というのが、あの狸の描いた図だ」
元々、エレインさんに魔人薬を服用させていたのはあの狸なんだから、検査を受けさせてしまえば自分の勝ちだと信じて疑わない事だろう。
事実、普通の人間が相手なら、その手で来られるとどうしようもなかったと思う。
エレインさんが、自分に魔薬を飲ませていたのはジャギエルカ伯爵だと訴えたところで、誰も取り合ってくれないだろうし、まかり間違ってボクやアイリまで検査させられたら言い逃れも出来なくなる。
「でも、キャス様なら大丈夫?」
「勿論。今、この地上において、魔人薬に一番詳しいのは俺だといっても過言ではない。その検査方法は当然として、すり抜け方も既に構築済みだ! 因みに、昨夜の内にジャギエルカ伯爵家の王都屋敷にも忍び込んで、色々と調査してみた。まー……酷い家だった」
魔薬の検査。
これは特別に難しいという事もなく、ただの魔力検査と同じだ。
方法はいたって簡単で、水晶玉の魔導具に手を載せるだけ。
そうすると、木属性なら緑、火属性なら赤と言った具合に水晶が輝く。
この時、紫に輝くと、それは魔薬──魔人薬を服用した事があるとされる。
実際、ボクも以前は金属性の白だったのに、あの事件の後では紫に輝くようになってしまった……。
何故こうなるのか、ボクには分からないけれど、キャス様はその辺りの仕組みも理解しているらしい。
「ま、そんな訳で、ジャギエルカ伯爵家は取り潰しになるだろうし、ライオネル司教もせっせと法国に内通しているところ申し訳ないが、道連れになってもらおう」
うわー……さらっと国家機密級の暴露をされちゃったよ……まぁ、知ったところでボクが困る事もないけどね。
「てなところで、そろそろ帰るか?」
そう言って、キャス様が手を差し出してくる。
何だろうと思いながらも、ボクがその手を取ろうとしたら……
──くきゅぅ
と、鳴いた。ボクのお腹が…………。
「…………」
「あー……お昼抜きだったもんな?」
こういう時は聴こえなかった振りをするのが紳士だと思う!
そういう抗議の意思を拳に込めて、ぽかぽかと叩いてやる。……籠手を着けたままだけど。
「痛い痛い!? それ、もう立派な凶器だからな?! いや、男は気にしないって! むしろ、女の子らしい可愛い音だ……って、それもう正拳突きだからッ!?」
半ば自棄になって攻撃の手を強めるものの、あっさりと腕を捕られ、突きの勢いを助長するように引っ張られる。
そのせいで前掛かりに崩れた体勢を立て直そうと、慌てて腕を引き抜こうと思いっきり引いたところ、思ったような抵抗はなく、逆に勢い余って今度は後ろに体勢が大きく崩れてしまった。
そこへ、止めを刺すように足を払われ、完全に身体が宙に浮いて地面に叩きつけられる!……と身構えたけど……。
「ふえ?」
「ほら、しっかり掴まっていろよ?」
「え? あ、はい……?」
どういう訳か、お姫様抱っこされていた……。
あれ? この体勢は本日二度目な気が……?
いやいや、待って欲しい。
そちらは帰り道ではないですよキャス様?
そっちは所謂一つの断崖絶壁というやつで、人が通れる道なんかありませんよ?
道と言うなら、精々が黄泉路と表現される類のものであって……。
「んじゃ、行くぞー」
次の瞬間、『私』の身体はキャス様に抱きかかえられたまま……。
「!!?」
大空を飛ぶ……なんて事はなく、真っ直ぐに落ちていきました……。
あぁ、せめて、もう一度キスくらいはしたかったな……。
護法の首飾り+(偽装1:御守)(偽装2:御守)
種別:装飾品(首)
等級:特級品(但し、アヴァロン大陸では神話級相当)(偽装1:三級品)(偽装2:三級品)
解説:ユニバーサルリソースを用いて作られたペンダント。他世界ではそう珍しくもない品質だが、現在のアヴァロン大陸においては、神話の時代の品に相当する。但し、等級の割に付与されている特性が破格すぎて、作り手の技巧が無駄に目立つ。アヴァロンで作るには、かなりの無理が必要。クレフーツ家所属の女性全員に支給、着用を義務付けている。(偽装1:ただの御守。気持ち幸せになれるかも?)(偽装2:ただの御守。気持ち幸せになれるかも?)
特性:状態異常無効、偽装1、偽装2、限定破邪(偽装1:なし)(偽装2:なし)
状態異常無効
付与されている装備品の等級以下に限り、全状態異常を無効化する。
但し、装備前に受けた状態異常を無効化する事は出来ない。
例えば、装備前に毒を受けた場合、この特性を付与された装備を身に着けても毒は回復しない。
限定破邪
邪神からの一切の干渉を防ぐ『愛の伝道師』謹製オリジナル付与。
但し、特級品に収まる程度でしかないため、どこぞのアホな女神に対してのみ有効な簡易限定版。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
狸伯爵どもの末路も見えてきたところで、ブリジット編は次回か遅くとも次々回に終了となります。
その次は閑話の後半1話分を挟み、いよいよ彼女のターンに戻ります。




