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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
姫騎士の記録
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第9話 宣戦布告

大変長らくお待たせしました。

 光の女神の加護。

 大まかに言えば、パニア教に入信した信徒全てに与えられる力。

 アイテムボックスや魔法、ステータスの三つがそれ。


 個人差はある物の、この三つは必ず与えられる。


 アイテムボックスは生物以外の物品は大きさに制限はあるものの、量に関しては無制限に収納できるし、収納している物は時間が止まるようで、出来立ての料理を冷ます事も腐らせる事もなく運べる。

 大陸統一前の大昔には、輜重部隊という物資輸送を専門とする部隊もあったそうだが、今では本陣詰めの高級武官複数人にまとめて管理させる事が常だ。

 後は、モンスターを倒した際に、死骸が消える代わりにドロップ品と呼ばれる物品が自動で収納される。


 魔法は全人口の過半数は無属性と分類され、戦闘向きの魔法は習得できないが、代わりに生活魔法と呼ばれる弱いながらも便利な魔法を使えるようになる。

 貴族に限れば、無属性とされるのは二割ほどになるが、彼らは彼らで上級貴族の上級使用人という道がある。護衛を兼ねないのであれば、生活魔法を使える方が使用人としては有利。


 一番個人差が出るのがステータスだろう。

 モンスターを倒した際に経験値という数値が増えていき、これが一定に達するとLVが上昇し、各種能力値が増えるのだが、この増え方に個人差が大きく出る。

 ボクだと、攻撃力や防御力が増え易い傾向にあり、逆に魔法関連はあまり増えない。


 これらの女神の加護を授けられたからこそ、かつてパニア教国は大陸を統一できた。

 そして、今ではパニア教というのはこのブリタニア一国だけでなく、アヴァロン大陸全土の各国で国教とされている。旧派と新派という違いはあるけど……。

 つまりは、キャス様もその加護に浴しているずなのに……。

 いや、それ以前に、キャス様の言う『お前』というのは、言葉の意味や前後を考えるに……。



「つまりだ。俺の敵は光の女神そのものという訳だ。アホな貴族でも、バカな坊主でも、ビッチな神子でもなく、狂っているとしか言いようのない邪神だ」



 あー……やっぱり……。

 邪神と言い切ったのには驚いたけどね。



「ま、信じる信じないは好きにすると良い。その上で、今後どうするかも好きにしてくれれば良い。実家に帰るもよし、アイリーンと残るもよしだ。あ、因みに、これを知っているのはフレアと学園長だけだからな」



 言うだけ言うと、さっさと登山を再開するキャス様。

 慌てて追いかけ尋ねる。



「アイリは知らないの?」


「彼女にはまだ教えられない。『洗礼』を受けた人間は、女神に都合が良いように思考を誘導されるように洗脳され、更には監視下に置かれるようになる。まぁ、監視と言っても四六時中ではなく、何かあった時に女神に報される程度の緩い監視だが……それでも、この世界の真実に近付くとその監視網に引っかかるし、奴にとって都合の悪い記憶は消去される」



 『記憶の消去』……その言葉に、幼いアイリの慟哭が甦る。

 目の前にいる男性(ひと)と同じ、『赤い髪の男の子』が消えていくと泣き叫ぶアイリの姿が……。



「なら、どうしてボクには……」



 教えてくれたのか──そう訊こうとして気付いた。

 あれがそうだったのか、と……。



「どういう理由かは分からんが、お前にも掛かっているはずの支配が解除されたんだ。支配下に置かれたままの奴がこんな話を聞けば、俺の事を異端者だの神敵だのと大騒ぎするところなんだが、そうはなっていないだろ?」


「え?」


「この世界の真実なんかを書いた文書を見たら、その部分を塗り潰した後でその内容を忘れていたりもした。だから、アイリーンにはまだ言わないでくれ」



 いや、それも大事な情報ではあるんだけど、そういう事でなく。



「キャス様は憶えていないの?」


「うん?」



 わざわざ立ち止まって振り返ったキャス様の顔は、初めて見たといっても過言ではないほど、困惑に満ちていた。

 一言でいえば、きょとんとした顔というやつだ。



「……ボクと初めてキスした日の事」



 ボクにとってはとても大事な日だ。非常に大事な日だ。ある意味、あの日こそボクにとっての転換点だ。

 そんな大事な日の事を忘れられるとか、女の子としては怒っても良いはずだ。



「あれはキスというか人工呼吸的な救命処置であってそういう下心というか恋愛感情というものは一切ない訳でいやブリジットが可愛くないという訳でもなくむしろ可愛い眠り姫にキスする王子様的な役得もあった訳でってそれじゃ結局キスになるとかそもそも俺が王子様とかないわー……」



 お、おぉ? 何だか完全に予想外な反応で……えっと、結局どういう事なんだ?



「あー、まぁ、その辺の諸々は脇にどかせてもらうとして……あの日の事を、精神世界での事を憶えているのか?」



 自己嫌悪から完全に立ち直った訳ではないようだが、確認する問いに対して首を縦に振って答える。

 あれ? そういえば、あの夢の最後の方で、キャス様がここでの事は覚えていられないとか言っていたような?



「そうか……魂の双子だから、互いの観測結果を補填し合って強固に記憶していたのか? それとも、人格が確立している年齢だからか?」



 物思いに耽るように、思考の海に漕ぎ出すキャス様。

 正直、ボクにはそれがどういう事なのかは分からないが……心此処に在らずといった様子で考え事をしながら、あっさりバッサリと不意討ちしてくるモンスターを返り討ちにしないで貰いたい。

 ボク、これでも一応護衛も兼ねて随伴しているんだから……。



「……まぁ、いいか。憶えているなら話は早い。多分、最後にデカめのモンスターが現れて、そいつを倒したと思うが、それが女神の使いである『天使』であると同時に、女神からの精神支配を維持する『守護者』でもある」



 天使!? あれが? あのおぞましい異形のモンスターが?

 まぁ、キャス様の話を聞く限りじゃそうなんだろうな……。

 私がいなくなった……正確には囚われたのも、『洗礼』の儀式の最中だったし……。


 ……でも、パニア教が、いや、女神そのものがキャス様の敵だったとしても、ボクはキャス様に付いて行くだけだ。

 ボクを、私を助けてくれたのは他の誰でもないキャス様だ。


 ガウェインを侍らせていた神子が助けてくれた訳でもなければ、助祭のパーシヴァルにいたっては加害者の一人だ。

 怪しい女神と好きになった男。どちらに付いて行くかと問われれば、決まっているというものだ。

 でも……。



「その口振りからすると、キャス様はあの時の事を憶えていないの?」



 ボクが気になるのはそこじゃない。

 キャス様があの時の事を覚えていないという事の方が問題だ。



「…………すまんな。俺が得た情報は、ブリジット・バーナードが魂の双子であった事と、その双子が女神の支配下から脱した事だけだ」



 ボクの様子から何かを感じ取ったのか、キャス様は心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、そっとボクの頭を撫でてくれた。

 それでボクはなんとなく察した。

 あの世界でボク達を守ってくれたキャス様は、今目の前にいるキャス様とは少し違うんだろうな、と……。


 あのキャス様も、自分はキャストン・クレフーツの一部みたいな事を言っていた。

 確かに、二人のキャス様は大分様子が違う。

 まず、何といっても瞳が違う。綺麗なキャス様は死んだ魚みたいな瞳はしていなかった。もっと綺麗な……あぁ、それこそ、アイリの言っていた『悲しそうな瞳』をしていた。


 そして、あっちのキャス様はここまで周囲に対する壁はなかった。

 昨日(アイリ)()一件(告白)以降、ボク達に対する壁はかなり低くなったものの、それでもあの時のキャス様に比べると壁はまだ高く感じる。だけど……。



「そっか」



 目の前に立つ人の中に、私が一目惚れした人がいるのも事実だ。

 だって──



「キャス様。ボクもキャス様の事が好き」



 なのだから。

 残念ながら、ボクでは根拠だの理由だのを言葉にして説明する事はできないけれど、もっと直截に言ってボクはこの人が欲しいし、この人のものになりたい。



「…………は?」



 キャス様にとってはまさに青天の霹靂なのだろう。

 困惑の表情を浮かべて、固まってしまった。



「恋してる」



 独り占めするつもりはないから、最初の告白はアイリに譲って、今日まで結構我慢していたんだ。

 アイリは……まぁ、ボクと違って色々考えるせいで、慎重を期して昨日まで勝負に出なかったんだよね。



「いや、ちょっと待」

「愛してる」



 やだ。もう待たない。今日まで待ったんだ、もう十分待ったよね?

 ここで告白したって、受け入れてもらえない事は重々承知している。



「…………」



 キャス様はぐうの音も出ない……って顔をして押し黙ってしまった。



「だから、付いていく」


「え?」


「さっきの答え。『今後どうするか』。ボクはずっとキャス様に付いていく」



 それは勿論、神様を敵に回そうって言うんだから驚いた。

 でも、色々と打ち明けられても尚、ボクの想いは変わらないのだから、やっぱりこの答えにしか行き着かない。



「あー……いや、その……」



 きっぱりと言い切ったボクの回答に対し、何事か言いよどむキャス様。

 まぁ、なんとなく言いたい事は分かるので、先回りしておく。



「いい。キャス様がアイリに惹かれはじめているのは、ボクとしても嬉しい。それを邪魔するつもりはない」


「う、ぐ……それは、その……何というか……はい」



 珍しく感情がダダ漏れになって、百面相するキャス様。

 最終的には小さく頷いてボクの言を是と認める。



「ボクは2番目でいいから」


「はぁっ?!」



 同じパニア教でも、旧派は一夫一妻しか認めていないが、新派では一夫多妻も認められている。

 例えば、リオネス辺境伯家は男児が三人もいたのに、長男は事故死、次男は先の遠征で片手片足を失い、残るは末子の三男だけという有様だ。

 少しでも跡継ぎ候補を増やそうという魂胆の元、新派では一夫多妻が認められている。


 そして、ブリタニアの東側は新派の本拠地であるイーストパニア法国から独立し、ブリタニア王国に組した貴族が多いので、新派も自然と東側に多い。

 当然、ボクの実家であるバーナード家も新派である。


 王家が旧派であるため、国法は旧派に準拠し、婚姻は一夫一妻のみとされているが……愛人という態でこっそりと第二・第三夫人がいる貴族もいたりする。若干だけど……。

 そんな訳で、新派の人間は旧派ほど一夫多妻に抵抗感はない。皆無って訳じゃないけどね。


 まぁ、そんな土壌がなければ、そもそもキャス様にボク達全員を宛がって面倒を見させようなんて話にはならないか。



「いや、それは……むぅ……」



 多分、『真っ当な正論』……例えば、旧派としては認められないとか、そういう正論で咄嗟に否定しようとしたんだろうけど、それは思いとどまってくれたようだ。

 何故なら、これは──



「俺はアイリーンが好きだ。だから、君の想いを受け取れない」



 そう。ボクは告白したんだ。愛の告白というやつだ。

 ……『2番目でいい』という、多少珍しい所を狙ったものではあるが、それでも小細工なしの真っ向勝負で告白した。

 それに対し、キャス様は正論で逃げる訳でも、とってつけたような謝罪で回避するのでもなく、じっとボクの目を見て小細工なしに真っ向からフってくれた。



「……うん。わかった」



 こうなる事は分かっていた。

 だから、今は『ちゃんとフってくれた』という事実だけで十分。



「そうか……」


「またそのうち告白するね」


「いやいや、何でそうなるんだよ?!」


「え?」


「……え?」



 はて? 何かおかしな事を言っただろうか?



「いやいやいや、何で『何もおかしな事を言っていないのに?』って顔してるんだよ?! おかしいよね? いま、すっごいおかしな事を言ったよね!?」



 ……うん?



「そんな可愛らしく小首を傾げてもダメだから!? フられたのに、なんでまた告白する気満々なのさ?!」


「そんな、可愛いだなんて……」



 もう、フっておきながら、そんな褒めないでほしい……。



「そこじゃないよ?! 今問題にしているのはそこじゃない!!」


「? ボクの事嫌い?」



 嫌われてはいないと思うんだけど?

 昨日まででも、警戒こそされてはいるものの、嫌悪されているようには感じなかった。

 むしろ、罪悪感すら抱かれていたと思う。……それは今もか。



「え……いや、それは嫌いじゃないけど……?」



 なら良かった。



「雨垂れ石をも穿つ……」


「んなッ?!」



 別に今すぐ結婚して欲しいとか思ってはいない。

 ボクは長期戦を覚悟していたから、最初の宣戦布告(告白)さえできれば、後はいつの日にか想いを受け入れてもらえるように攻め続ければいい……。


 アイリは……多分、無意識の内に、初恋の男の子がキャス様だと気付いているんだと思う。

 十年以上も記憶を消されて、無為に待つ事になった訳か……それも、未だに自覚できていない以上、勝負を焦るのも仕方ない。



「……はぁ……保証はしないからな」


「うん♪」



 保証なんて必要ない。

 難攻不落の要塞で篭城するなら、いくらでもすればいい。

 その方が、攻城戦も燃えるというもの。

拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。



諸事情により、連休中は更新できませんでしたが、本日より更新再開させていただきたく思います。


さて、姫騎士による最初の告白『宣戦布告』がなされました。

今後、隙がある度に好意を示すという『城攻め』が行われますが……城が落ちる日は来るのでしょうかね?

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