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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
姫騎士の記録
51/103

第5話 騎士と姫

大変長らくお待たせしました。

……お約束通り一話です。

二話分ある気がするかもしれませんが、一話ですよ……。(汗)

……はい、1万字オーバーのまさに二話分の文字数です……。

 眼前では赤毛の槍使いがその手の赤い槍を振るい、モンスター達を圧倒する。

 数を頼り、一斉に触手を伸ばして打ちかかるモンスター達だが、その全てを斬り払い、打ち払う。

 全てを薙ぎ払うという、強引とも言える手法で間隙を作り出し、モンスターどもに吶喊する。

 それはまさに、隊列を組んで矢を一斉射する弓兵隊に対し、突撃する重装騎兵のようだ。


 ただ、モンスターどもの隊列は崩れたが、どの個体も彼の攻撃は効いていないかのようで、吹き飛ばされても即座に建て直し、触手で打ちかかる。

 あれほどの攻撃を受けて、傷一つ付いていないなんて……。


 それでもキャストン殿は意に介さず、周囲を取り囲まれても淡々と槍を振るい、触手を斬り飛ばし、打ち払い、モンスターを吹き飛ばし続ける。

 先程、自身が言ったように、囮として惹き付けてくれているのだ。

 

 正直に言うと、ボクの攻撃なんて通用しないんじゃないかと思う。

 それでも、もう何も出来ずにただ見ているだけというのは嫌だと、半ば意地になって渡されたレイピアを抜き放つ。


 こちらに背中……というか、裏?を向けている手近なモンスターに、渾身の力で突きを放つ。

 勿論、注意を惹き付けて貰っているのだから、自分から叫声を上げて台無しにするような事はしないが、それでも──



「あれ?」



 思った以上にあっさりとレイピアがモンスターを貫いてしまった為に、疑問の声が出てしまった。

 それを聞きつけたのか、或いは仲間が倒された事に気付いたのか、近くにいたモンスターの何体かがこちらに向き直った。



「くっ!?」



 突進してくる3体のモンスター。

 苦し紛れに牽制の突きを放つと、これもあっさりとモンスターを貫き、光に還してしまう。

 それで理解した。


 自分の腕が上がった訳でも何でもなく、単に渡されたこのレイピアが凄まじいのだと。

 例えるなら、名工が持てる技巧の全てを駆使して鍛え上げた名剣が、そこらで拾った枯れ木を斬り裂いているようなものだ。

 それ故に、ボクの実力を圧倒するほどの数でかかってこられると、流石に対処しきれずに押し潰されるッ!


 更に仲間が倒された事で、ボクを脅威と認識したモンスターどもは、一斉にボクに襲いかかろうとした。

 覚悟を決めて、耐えようとしたところで一条の光がモンスターどもを薙ぎ払う。



「よくやった。後はそっちが対処できる程度の数を流していくぞ」



 モンスターの囲みを突破し、ボクに襲いかかろうとしたモンスター達をもその手の槍で薙ぎ払い、前衛としてボクの前に立つキャストン殿。

 そういえば、学園の実習ではボクが前衛で、グレイシア様やアイリがボクの前に立つ事はなかったなと、不意に思い出した。



「あ、うん……」



 戦いの中抱いた場違いな想いを何とか押しのけ、キャストン殿が少しずつこちらに弾き飛ばしてくるモンスターにトドメを刺していく作業を続ける。


  ◇


 私の中に異物が流れ込んでくる……。

 心を、記憶を、想いを塗り潰し、私ではない別の何かに無理矢理変えようとする意思。

 それは、私を人と見做していない。生物とすら思っていない。道具程度にしか見ていない……。


 私が私でなくなる前に……助けて、私の『騎士』……。


 その祈りが通じたのか、扉が勢いよく開かれる。

 そこにいたのは……。


  ◇


「さて、ここまで来たは良いものの……」



 無数のモンスターを蹴散らしながら回廊を進み、どこかで見たような両開きの大きな扉を前に、状態を確認するキャストン殿。

 あれだけの数を相手に壁役をこなしたというのに、疲れた様子もない。

 ボクなんか、差し出されたモンスターに一突きするだけの簡単な役割だったというのに……



「やっぱり、減衰の緩和すらされないか……」


「どういう、事……?」



 息を整えながら尋ねる。



「さっきも言ったように、俺は招かれざる客だ。本来発揮できる力の5割も出ていない。特にダメージを与えるような行為には、9割も減衰が掛かっている。ここへ来るまでに、多少なりともここの主に認められれば良かったんだが……」



 あれほどの動きで5割も出ていないとか、化物もいいところだ。



「ガウェインモドキなんかは普通に倒してたと思うんだけど?」



 まだボクの身体がなかった頃に見た戦闘を思い出す。

 あぁ、でも、確かに比較してみたら今の方が鈍い印象だ。



「? ……あぁ、表層での事か。手順を踏んで一つずつ進んでいけば減衰はかからないし、本来ならキス一つでこんな最深部に入る事はできない。今回は例外中の例外だ。という訳で、これからボス戦に突入するんだが、ここから先は完全に君次第だ」


「え!?」


「俺に出来るのは壁役くらいだが、それとてボス相手にどれほど抑えておけるかは分からん。俺が抑えていられる内に、囚われている『私』を見つけて救い出してくれ」



 そんな事を言われても……。



「……ブリジット・バーナード。ここは精神の世界。心の世界であり、夢の世界だ。剣もドレスも、既に君に馴染んだ。最後にものを言うのは、君の心次第だ」



 しり込みするボクの様を見て取ると、彼はボクの頭を撫で、優しくも決然と言い放つ。

 そして、一足先に扉を押し開き、中へと進んで行く。


 自信なんて勿論ない。

 ここまで来る事ができたのは、壁となってボクの安全を確保してくれていた彼と、その彼が渡してくれたレイピアのおかげでしかない。

 ボクに出来る事なんて、本当は何もないのかもしれない。彼に全部任せた方が、彼の負担も少ないのかもしれない。


 でも、ボクは進むと決めたんだ。

 『私』がボクの身代わりとなって囚われたのなら──



「それを助けるのはボクの役目だ」 



 決意の瞬間、飾り気も何もない真っ白なワンピースは輝きだし、光が収まった時にはボクが理想とする彼女の戦装束(ドレスアーマー)と寸分違わぬ姿となっていた。

 これが、彼の言う『心次第』という事なのだろうか?



 キャストン殿の後を追って、扉をくぐったボクの前には──



「あら? 女連れで私に逢いに来るなんて、私の『騎士』としては失格ですわよ?」


「……これが、『私』?」



 豪奢なドレスを纏い、妖しい微笑みを湛えてキャストン殿と対峙していたのは、ボクに似た容貌の女の子だった。

 但し、その子はボクより背が高く、体形もボクより女の子らしい……いや、女らしい色香があった。


 ボクが来た事に気付いたキャストン殿が、ちらりとこちらを確認する。

 ボクの装いが変わっている事に、微かな驚きを見せたものの、彼の妹がボクにとって少なからぬ影響を与えている事を知っているからか、それ以上の反応はなかった。


 それにしても、彼女が『私』であるならば、ボクがまごついている間に全部終わったって事なのかな?

 そう思って近付ことしたら、彼に進路を遮られた。



「キャストン殿?」


「臭い上に大根芝居はもう十分だ。さっさと正体を晒せ、このド低能プログラム。悪役令嬢として作られたお前なんぞ、ここにいる本物のブリジット・バーナードに比べたらブサイク過ぎて話にならん」



 少なからぬ怒気を込めて、目の前の女性を罵るキャストン殿。

 一体、この僅かな間に何があったんだ?



「ふふ、くくく、あーっはっはっは! 大人しく聞いていればいい気になってッ! 素直にこちらの要求に従っていれば、見逃シテヤッタモノヲ!!」



 台詞の途中からボクモドキは身体が……下半身が膨れ上がり、ドレスはビリビリに破れ、姿形を変えていく。

 それは、高さ3mにも及ぶ巨大なアリだった。

 但し、アリの頭部の代わりに、胴の上部からボクに似た女の上半身が天に向かって突き出ているという異形のアリだった。


 というか、全身が水晶のように透明なのに、人体の部分だけ普通に裸とかやめて!

 男の子がいるんだよ!?



「あれの相手は俺がする。この空間のどこかに、君の『魂の双子』がいるはずだから、探し出してくれ」


「え!? いや、でも」



 あいつ、ボクにそっくりな顔で胸丸出しなんだけど?!



「時間がないからよく聴いてくれ。水晶のような部分はただの魔力体で、幾ら攻撃しても大したダメージにはならない。狙うなら、盾みたいな部分を狙え。パニア教の象徴(シンボル)が描かれているからすぐに分かるはずだ」



 あ、六本の脚に板状のモンスターにそっくりな盾が付いている……そこだけ透明じゃないね。

 て、そうじゃなくて!



「もう同じ空間にいるんだ、心で呼びかければ見つけ出せるはず。頼んだぞ!」



 言いたい事を言い切ると、キャストン殿は槍を手に駆け出す。

 うー……うん、あれはボクじゃない。ボクはあんなに背も胸も大きくないし、ちゃんと恥じらいもあるんだ。

 だから、ボクじゃない女が裸でも、ボクは恥ずかしくない!


 一先ずそう自分に言い聞かせて状況を確認する。


 よく見たら、ここはバーナード伯爵領にある聖堂だ。

 ボクが『洗礼』の儀式を受けた場所でもある。

 

 重いはずのベンチを弾き飛ばし、或いは踏み潰して、キャストン殿とアリモドキが激突している。

 全高約3m、全長約5mという巨体を相手に、一歩も退かずに槍を振るう。


 アリモドキはアリの頭部がないため、昆虫型モンスターで最も警戒すべき顎がなく、攻撃手段は専ら巨体を活かしての突進くらいしかない。

 ……かと思いきや、脚にある盾のような箇所や、更には人体の背中からも触手が多数生えて、キャストン殿を捕まえようと蠢き襲い掛かっている。


 尤も、彼はそんな攻撃を意に介さず、槍の一振りでまとめて薙ぎ払っては逆撃する。

 但し、突入前に彼が言ったように、彼の攻撃はアリモドキに直撃する寸前、そこに障壁があるかのように不自然に弾かれる。


 おそらくこれまでの戦闘でも、同じ現象が起きていたんだろうけど……相手の方が圧倒的に軽く弱かったために、敵の方が弾かれていたんだろう。

 ところが、今回の敵はあの通り巨大なアリモドキであったために、彼の攻撃が弾かれてしまっている。


 ……まぁ、それでも、攻撃が弾かれるだけで、キャストン殿自身は体勢を崩す事すらしていないのだから、とんでもない技量だと言える。


 時折言葉で挑発しつつ、アリモドキの攻撃を一身に引き受けるキャストン殿。

 おかげで、今のところボクはアリモドキの意識からは外れている。

 今の内に囚われている『私』を探すべきだろう。

 確か、心で呼びかければ見つけ出せるって言ってたっけ……。


 眼を閉じ、息を整え、心を静める。

 聴こえてくる金属音を意識の外に追いやる。

 上手くいくか分からない……そんな雑音も封殺する。


 お願い『私』、どこにいるのか返事をして!


  ◇


 槍を手にした赤い髪のお兄さんが誰かと喋っている。

 その声は残念ながら、私には届かないけれど、その表情から不機嫌な事は読み取れた。


 でも、お兄さんが不機嫌だとか、私が待っているあの子じゃないとか関係ない。

 今は何でもいいから縋り付きたい気分で助けを求める。


 お願い! 私をここから出してッ!


 だけど、お兄さんの声が私に届かないように、私の叫びもお兄さんに届かない……。

 そして、その後ろから現れたのは、華々しくも美しいドレスを纏った『お姫様』であり、凛々しくも煌びやかな甲冑を鎧った『騎士』でもある……どこか見覚えのあるお姉さんだった。


 やがて、私の視点は高くなり、上から見下ろすように二人を眺める。

 その間にも幾度となく二人に助けを求めるが、その願いが届いた様子はなく、遂にお兄さんが槍を構える。


 視界はめまぐるしく変わり、常にお兄さんを捉えようとする。

 どうしてこうなったの? 私はただ……。



──お願い『私』、どこにいるのか返事をして!



 諦めかけたその時、記憶にあるよりも幾分大人びた声が私に届く。


  ◇


──私はここよ! ここにいるわッ!



 ボクの声に良く似た幼い叫び声が、頭の中に響いてくる。

 その出所を探す為に眼を開き、辺りを見回す。



──お願い『ボク』、私を見つけてッ!



 二度目の叫びに、何かが繋がった感覚を得る。

 それと同時に、『私』がどこにいるのかも理解した。

 だが、これはどういう事だ?



「貴様っ! 何ヲシタァっ!?」



 アリモドキの上に生えている人体がボクの方を向く。

 すると、『私』の気配がする場所を見ていたボクと視線が絡む。

 そう、『私』の気配がするのはあの人体部分だ……やっぱりあれが『私』なのか?



「はぁッ!」



 気合一閃。

 掬い上げるように薙ぎ払われた槍が、アリモドキの巨大な脚の一本を障壁ごと浮かせて一時的に体勢を崩す。



「見つけたのか?」



 その隙に大きく跳躍して、ボクの前まで退がって来たキャストン殿が尋ねる。

 あれだけ激しくぶつかり、更にはこの距離を一瞬で移動してきたというのに、息切れの一つもしていない。



「ここは精神世界だ。肉体的な疲労は発生しない。全て精神的な疲労に置き換わる。それで、見つけたのか?」



 声に出した訳ではなかったが、ボクの疑問を何らかの方法で……多分表情から察して答えた後に、再度尋ねてくる。



「あの人体みたいな部分から『私』の気配が感じられる……」



 体勢を立て直したアリモドキが、6本の脚を動かしてこちらを正面に捉えようとしているのが見えた。

 あまり時間がないようだから、簡潔に事実だけを伝えて彼の判断を待つ。



「何? ……1体足りないと思ったら、そういう事か。よく聴け。あいつの額部分に、極小の盾が付いている。探し人はその中に囚われているから、お前の剣で貫いて助け出せ。道は俺が作ってやる」



 キャストン殿に言われ、その場所を見てみる。

 確かに、宝石みたいな何かが付いているけど……。



「あんな小さな的、中に『私』がいるなら、それを避けて貫くなんて無理だよ……」



 とてもじゃないが、ボクにそこまでの技量はない。



「何度も言うが、ここはお前達の精神世界だ。そして、その剣はもうお前のものだ。お前が望めば、お前の敵を貫き、それ以外には無害とする事も出来る」



 握りと十字鍔があるだけの無骨なレイピアを示される。

 確かに、腕の良い魔法士ならば、自分の攻撃魔法の効果範囲内に仲間がいても、仲間は無傷で標的だけを凍らせるなんて事も出来るらしい。

 実際、グレイシア様はそれが出来た。

 それと同じような事をこのレイピアでやれと、出来るという事か?



「何ヲこそこそトォっ!」



 そうこうしているうちに、方向転換の終わったアリモドキが、その脚を蹴立ててボク達目掛けて突進してきた。



「行くぞ」



 特に気負った様子もなく、駆け出すキャストン殿。



「死ィネェェェェェっ!!」


「ふんッ!」



 アリモドキの喚声とキャストン殿の気合。

 真正面から両者がぶつかった結果、これまでで一際大きな金属音を響かせ、吹き飛ばされるキャストン殿。

 かと思えば、空中であっさりと体勢を整えて余裕の着地。更には再度槍を突き出し、突撃する有様。


 対するアリモドキは最初の激突で大きく仰け反り、2本の脚が宙を掻いている。

 そこへ続く再突撃で6本の脚の内、前から4本までが宙に浮かされてしまう。

 辛うじて、残り2本の脚でひっくり返るのを耐えているといった様子。


 おそらく、最初の激突でキャストン殿は障壁に弾かれる力を後方に飛ばされる事でいなし、その上でそれを利用して助走距離を作り出し、アリモドキの体勢が整わないうちに追撃の突撃を敢行。大きく体勢を崩させたんだろうけど……。



「どれほどの身体能力と技量があれば、こんな無茶が出来るんだ?」



 以前、叔父に教えられた事がある。

 『加護の力(LV)頼る(上げる)のではなく、辛く険しく地味な鍛錬と研鑽の果てにこそ、剣聖へと至る唯一の道がある』と……。

 かの生きた伝説、剣聖ロドリーゴの言葉だそうな……。


 幾らLVを上げても、技の冴えというものは得られない。つまりは、これがその片鱗という事だろうか?

 LVだけはそれなりにあるのに、鍛錬なんてしない学園出身者で構成される第一騎士団と、地味でキツイ訓練漬けの士官学校出身者で構成される他の騎士団の差はまさにここにあるのだろう。



「グギャっ?!」


「今だ! 来いッ!」



 アリモドキが宙に浮いた脚を地面に着けようとした瞬間を狙って、キャストン殿がその脚を槍で払い、アリモドキの胴は前のめりに倒れ込む。

 それでもまだ人体部分は高い位置にあるが、キャストン殿が敵に背を向け、腰を落としてボクの足が届きそうな位置に手を組んでくれている。


 その意図を察し駆け出す。槍を手放した上に、背を向けるなんて無謀極まりない。

 それが意味するところは、文字通り先の言葉を実行してくれたという訳だ。即ち──


 鋭い物が肉を貫く音がする。彼の腹から、何かが生えている。何か、じゃない……アリモドキの脚の爪だ。

 アリモドキは立ち上がる事よりも、背を向けた敵を攻撃する事を優先したようだ。これも、彼の計算の内だったら怖いな。


 血は流れ出ていない。血の代わりに、光の欠片が飛散している。ここが現実ではなく、夢の世界だからだろうか?

 だとしても、腹を貫かれて平気なはずもないだろうに、彼の視線は委細構わず来いと告げている。


 あぁ……男の子って何か凄いな……皆平然とこんな事するのかな?



「あぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁッ!!」



 一気に駆け抜ける。身体がいつもより軽い。気付いたら纏っているドレスが淡く輝いていた。このドレスの力かな?

 キャストン殿の組んだ掌に片足を掛けて足場にし、更にはもう片方の足を彼の肩に掛ける。

 そして、足場にした手を上げてくれるのに合わせて跳躍する。宣言通り、彼は自らの身体を使ってまで道を作ってくれた。


 ここまでしてもらって、泣き言なんて言っていられない。

 ボクは決めたんだ。騎士になると。あの子を助け出すと。


 最早、ボクとは似ても似つかない容貌と化したアリモドキの口にあたる部分が大きく裂け、そこから不気味な緑色の液体を吐き出してきた。

 既に頼れる足場から離れ、宙を跳ぶボクの身体はこれを避ける事なんて出来ない。

 何、腹を貫かれても平然としているところを魅せられたんだ。ボクだって、酸で皮膚を焼かれようとも躊躇っていられない。


 それに、『綺麗』って言ってもらったし、十分だ。


 だが、その酸らしき悪足掻きが届く事はなかった。

 ドレスに続いて甲冑が輝き出し、ボクに届く前に不気味な液体を弾き散らす。


 脳内で彼に褒められた場面や、ついさっき浮かんだ納得の言葉が何度も繰り返される。

 ……一瞬、いや、刹那前の覚悟が、決意が恥ずかしくなった……。



「恥ずかしいじゃないかッ! ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 右手に握ったレイピアが強烈な光を放ち、形を変えていく。

 半ば八つ当たり気味に、その切っ先をアリモドキの額にある宝石に突き立て、貫く。


 思ったほどの抵抗もなく、あっさりとアリモドキの額……というか、頭部が吹き飛ぶ。

 着地の事なんか考えていなかったボクは、貫いた勢いのまま宙に投げ出される。

 すると、視界の端に、ボクと同じように投げ出されたボロキレが映る。


 慌ててそのボロキレ……を纏った子供らしき影を抱え、地面に叩き付けられる覚悟をする。



「お疲れさん」



 が、またしてもボクの覚悟は空振りに終わる。

 レイピアを手放し、子供を抱えたボクをキャストン殿が受け止めてくれた。



「あ、ありがとう……」



 今はちょっと顔を合わせ辛いので、伏目がちに礼を述べる。

 ゆっくりと地面に下ろされると、アリモドキがその巨体をのたうち回っていた。

 幸い、頭部を破壊したからか、喚き声はなかった。

 よく見てみると、人体部分も他の場所と同様に、水晶のように透明な魔力体になっていた。なるほど、色が付いている場所の付近に弱点みたいな物があるんだな。

 それが後6箇所か……。



「異常事態発生。異常事態発生。識別こーどC833-39822。固体名ぶりじっと・ばーなーどノ支配接続ガ切断サレマシタ」



 のたうち回るアリモドキを見ていると、どこからともなくそんな不気味な声が響いてきた。



「よし。後は俺に任せて、休んでいるといい」



 不気味な声の言っている内容はよく分からないが、少なくともボクは『私』を助け出せたのだろう。

 その証拠に、ボクの腕の中には見覚えのある衣装がボロキレと化した物を纏った、五歳くらいのボクと同じ姿形をした子供がいるのだから。



「なら、任せちゃうね?」



 特に怪我もなく、眠っている『私』の姿に安堵を覚えた瞬間、強烈な精神的疲労を感じ、起きている事が出来なくなってきた。

 これが、この世界でのダメージなのかな……。


  ◇


 目が醒めると、赤い髪のお兄さんが赤い槍を手に踊っていた。ダンスパートナーは6本脚の巨大なモンスター。

 お兄さんがくるりと舞うと、モンスターの脚が1本くるんと宙を舞う。くるりくるりと舞うと、2本3本と宙を舞う。


 怖いほどに美しい。


 気が付くと、モンスターは全ての脚を失い、ガラス細工のように砕け散った。

 その破片はすべて赤い槍に吸い込まれていく。


 意味もなく、私は涙を流した。

 いいえ、きっと意味はある。ただ、それを言葉で表現出来ないだけだ。



「目が覚めたかい?」



 踊り終えたお兄さんが近付いてきて尋ねる。



「は、はい。あの、助けてくれて、ありがとうございました」


「いやいや、その台詞はもう一人の君に言ってあげてほしい。俺は最後においしいところをもらっただけで、君を助けたのはもう一人の君だ」



 お兄さんが示したのは私……ではなく、私を包むように抱きしめて眠っているお姉さん。

 いや、もう一人の私、『ボク』だ。いつの間にか、こんなに大きくなっていたのね……。

 助けてくれてありがとう、私の『騎士様』。



「さて、そろそろ時間のようだ」



 お兄さんの呟きに、そちらを見やると、お兄さんの身体が光だし……徐々に崩れ始めている。



「お兄さん、身体が!」


「なに、元々俺は君達の気……命に転換されるように送り込まれた、片道切符の欠片だ。思いがけず守護者の討伐という大金星を得られたが、本来はこうして君達の身体に馴染んだ後、分解吸収される役割だ」



 特に気負った様子もなく、単に事実を述べるだけといった様子の説明。



「えっと、ごめんなさい。お兄さんの言っている意味がよく分からないの」


「ははは、分からなくても良いよ。どの道、ここであった事を憶えてはいられないだろうからな。なんとなく気分が晴れたり、悩み事が軽くなったりする程度だ」



 これまた、からっと晴れた空のように笑いながら告げられる。



「そんなのヤダ! もう逢えないの?」


「うーん……君達がどうなるか次第だな。二つの魂が解けて交じり合い、新たな魂となるか。はたまた、どちらかが主となり、もう一方が従となる事で安定を得るか。もしくは、対等の存在として交互に行動する事で均衡を保つか。……ただ、互いに妥協を得る事無く、我を主張し続けて争い続ければ、遠からず壊れる事になるだろう」



 そう言うと、お兄さんは一振りの剣を『ボク』の腰に吊るしている鞘に収める。

 その剣は、まばゆく輝く鋭い刀身に、芸術的な優美さと実用性を兼ね備えたスウェプトヒルトのレイピアだった。

 まさに、『お姫様』の優美さと『騎士』の力強さを兼ね備えた一振り。



「なら、大丈夫ね……。私達は二人で最高の『お姫様』と『騎士』になるんだから」


「そうか……。なら、いずれまた逢えるだろうさ」



 そう呟くと、お兄さんは私の頭を撫でて消えていく……。

 完全に子供扱いされた訳だが、今の私は5歳の頃からあまり成長していないのだから仕方ない。

 次に逢った時は……。


  ◇


「放せ! 放さんかッ!」


「落ち着いて下さい、兄上ッ!?」



 そんな声が耳朶を打つ。

 この声は父と叔父の……?



「眠っている娘の唇を奪われたのだぞ?! これで落ち着いてなどいられるか!?」


「そうは言っても、これも治療の一環なのです! 辛抱して下さい!」


「そんな治療があってたまるか!? えぇい、誰ぞその男を捕えんか!!」



 うぁ、そう言えば、夢の中でキャス様が『父が現在進行形で暴れている』とか何とか……あれ?

 『キャス様』って?

 いや、それだけでなく、あの不思議な世界での事も全部憶えている……?


 何で? 憶えていられないって言われ……いや、それを言われたのはボクじゃなかった……あぁ、そういう事か。

 ボクの中に『私』がいるのが分かる。

 ボクの記憶も知識も感情も全て残っているけど、同時に『私』の記憶も知識も感情もある……。


 ついでに言えば、『私』がボクの持っている知識や感情を凄い勢いで学習して、自分の感情……キャス様の戦っているところを見て一目惚れしたのも、自分の感情が恋であると理解した事も分かった。

 彼の事を『キャス様』と呼称しているのはその影響だ。


 うーん、ボク以上に熱烈な勢いで彼を求めているなー……。

 アイリに迫る勢いかもしれない……。


 まぁ、一先ずは父を落ち着かせる為にも……。



「おや、お目覚めですか? おはようございます、ブリジット様」


「あ……」



 眼を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは彼の顔だった。

 特に優れた容貌という訳でもなく、目立った特徴なんてそれこそ燃える炎のような赤い髪と、死んだ魚のような瞳くらいしかない。

 あの世界での彼はもっと澄んだ瞳をしていたし、こんな聳え立つ城塞みたいな分厚い壁はなかったけれど、間違いなく愛しい人の顔だ。


 それがこんな間近にあったら、吸い寄せられて……あ、眠っている間にあの唇にキスされたんだよね……。



「えーっと……なんの真似でしょうか?」


「ブリジット?」


「おや?」



 気が付けば、彼の首に腕を回し、掻き抱くようにキスをしようと迫ったところで、呆気なく頬を掴まれて阻止されてしまった。

 十年以上の遅れを急いで取り戻して、久し振りの再会にこの対応はないと私は思うな、『お兄さん』。


 その後、紆余曲折を経てボクはアイリと一緒に貴族籍を捨て、クレフーツ男爵家の見習い使用人となった。

 父と決闘染みたやり取りもあったが、ボクは少しだけレイピアという武器が好きになった事をあげておく。

拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。



漸く、ブリジット編の前半が終わりました。

私事と色々被った結果、こんなに時間が掛かってしまいました……。

その割に、十分な内容を書けたとは言い難かったり……。

ぐぬぬ、力量不足甚だしい現実に忸怩たるものがあります。

それでも書き続けるんですけどね。



話は変わりますが、最近他の方の作品を読んでいて気付いた事があります。

「背景真っ白(ffffff)だと眼が疲れるな!」と……。


そんな訳で、PC版の配色をオススメパターンに変えてみました。

携帯やスマホではどうなっているのかは分かりませんが……。

特にスマホは持ってすらいないので。未だにガラケー派です。

スマホ持ってたら間違いなくFGOやってました……。



次回は……ちょっと遅くなるかもしれません。

というのも、PCが勝手にWindows10のアップグレードを予約してくれやがりました為、戻すのに時間が掛かる恐れが……。余計な事をしやがって。


それでは、よろしければ次話もお待ち下さい。

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