第2話 偶像
大変長らくお待たせしました。
本日より更新ペースを戻したく思います。
その時、ボクは生まれて始めて、本当に『死』を感じたんだと思う。
レイピアを折られ、相手を真似て作ったドレスモドキとも鎧モドキとも言える装甲を砕かれ、ボクの命を刈り取ろうと眼前に迫ってきた拳。
ここで命を捨てる覚悟はしたつもりだった。つもりでしかなかった……。
これでボクの人生もおしまいと、目を閉じた。
憧れた騎士らしく、戦って終わるなら本望のはずだったが……最初に叩きつけられた殺気に怯んで、一方的な展開だったおかげというか何と言うか、こんな呆気なくボクの人生は終わるのかと思った時、どうしようもなく死ぬ事が恐くなった。
刹那が永遠とも思える後悔の時が過ぎ、それでも尚ボクに『死』が届かない事にいぶかしんで目を開くと、ボクに『死』を届けるはずだった拳は止まっていた。
それどころか、その拳はゆっくりとボクから離れていく。
ボクはどうしようもなく安堵した。
膝が笑い、腰が砕け、前のめりに倒れる。
「弱い。弱すぎます……」
だが、そんな安堵も束の間。
一切の熱を感じられない冷たい……いや、冷たさすら感じられない声が彼女の口から零れ落ちる。
彼女を初めて知ったのは今年の5月。
男子生徒全員強制参加の戦技会。その予選が終わるまでの前座として行われる、女子生徒参加希望者のみで行われる魔法戦技会1回戦の第一試合。
それが彼女、フレア・クレフーツを初めて見た舞台であり、彼女のような『戦うお姫様』を目指したきっかけでもある。
その後、ボクは彼女の隠れファンとなり、ライブなどもこっそりと観に行ったりしていた。
彼女のアイドル活動は、貴族には表向き不評だったから、ボクもこそこそと応援していたんだよね、情けない事に……。
一時期、神子の酒月 聖が彼女の手法をそっくりそのまま真似て活動していた事もあったが、ボクに言わせれば完成度が全然違った。
であるにも拘らず、神子には一切批判が集まらなかった。教会勢力という後ろ盾があるからだ。
まぁ、それすら彼女はひっくり返してしまったんだけどね。
何が言いたいかと言うと、彼女はボクにとって一番の憧れの対象となったのだ。
『お姫様』としてのボクの理想はアイリだ。そして、『騎士』としての理想は叔父さんや姉さん。
だが、ボクは分不相応にも、その両方になりたいと願った。どちらも理想と比較すれば見る影もないというのに……。
そんな、内心燻っている時に現れた、まさにボクの理想の姿。それがフレアだった。
半端な紛い物。
彼女がそう言った訳ではないが、彼女の零した言葉はボクにはそう聴こえた。
考えるまでもなく、ボクがボク自身にそう評価しただけの事だ。
気付けばボクはみっともなく泣いていた……。
「まったく、LV頼り、ステータス任せで、弱くて話になりません。これがバーナードの人間ですか?」
「ッ!?」
あれ? 何かがおかしい?
確かに、ボクは彼女の全てを知っている訳ではない。訳ではないが、何だろう?
ボクを愚弄するにしても、もっとこう……本気でバカにはされているんだけれど……あ、そうか、これ、ボクに聞かせる為に言っている訳じゃない。
辺りに聞こえるように言っているんだ……なんで?
「まぁ、バーナードと言っても、貴女は所詮次女。元跡取りであった姉とは違い、最初から他家との縁を繋ぐ為の道具ですものね。だから、士官学校ではなくこの学園に入学した」
「ちが! ボクはアイリを」
「アイリーン様を守る為に学園に来たなんて言いませんよね? 言えませんよね? どの口がそんな事を言うんですの? 守れなかったのに?」
「!!」
でも、彼女の言葉はいちいちボクの痛い所を抉ってくる。
抉るだけじゃなく、塩も塗り込んでいるよね、これ?
妖精みたいな可愛らしい外見の割に、酒月 聖なんて比較にならないくらいに辛辣だったんだね……。
しかも、足で無理矢理彼女の方を見上げるようにされた……ちょっと格好いいなーってドキドキしたのはここだけの話。
「貴女が強ければ、あの野獣どもを蹴散らせるほど強かったなら、彼女も、貴女も、他の皆さんも、食い物にされる事などなかったでしょう。ですが、事実として貴女は弱かった。貴女は負けた。だから、アイリーンさんは武力で解決する事を早々に諦めてしまわれた」
それは……確かにそうなのだろう……。
結局の所、ボクが迂闊にガウェインを問い質したせいで、暴力という手段を相手に取られた。
まさか、公爵家の跡取りがあそこまで短慮だとは思わなかった……というのは、言い訳か……。
「それでも仰いますか? 『ボクはアイリを守る為に学園に来た』と?」
勿論、言える訳がない。
結局、ボクは『私』に続いて、アイリまで守れなかった……。
ボクはどうしてこんなに弱いのだろう……。
「それとも、こう仰りたいのですか? 『ボクはアイリのせいでこんな学園に来たんだ』と」
!!
これは、何が何でも否定しなければいけない。
欠片でも肯定してしまえば、ボクはいよいよもってボクを赦せなくなる!
だって、そんな風に考えてしまうボクは、確かに……。
「な?! ちが」
「ぎゃあッ!?」
「……う?」
そう思って急いで否定しようとしたけど……なに、いまの動き……?
それと、男の悲鳴?
「ふふふ、掛かりましたわ、釣れましたわ~♪」
「な、なに?」
童女のようにはしゃぐ彼女にちょっと引いた……。
恐怖に気圧されたとも言える。
「いえいえ、覗き見をはたらく変質者がいましたので、罠を張ってみたんです」
そこにいたのは、散々ボク達を嬲ってきた男だった……。
瞬間的に甦る恐怖、苦痛、屈辱……そして、無理矢理与えられる快楽……。
恐い。怖い。コワイ。こわい!
「な、なんで?」
だが、その男の顔にも、ボクと似たような恐怖が張り付いていた……。
どうして……?
「なんで自分の放った矢が自分に刺さっているか、ですか? そんなの、私が掴んで投げ返したからに決まっているじゃありませんか」
「そんな、バカな……」
いや、本当にこの娘は何を言っているんだ?
うんどうえねるぎー? べくとる?
古代語はよく分からないけれど……クレフーツ兄妹が常識の埒外にいる事だけはよく分かった。
そして、その後の展開は……同情なんて絶対しないけれど、同じ目には遭いたくないなって思った。
ボクとの死合いなんて、お遊戯でしかなかったと思わせるほどの殺気に……うん、何でもない。ちょっと、下半身に感じた生温かさが生きている事を実感させてくれただけだ。
ややあって、倒れたままのボクの眼前にケイ・エクトルを放り投げるフレア。
「さぁ、ブリジットさんもどうぞ」
「え?」
どうぞと言われても、何をどうしろと?
投げ出されたケイ・エクトルはと言えば、顔以外は綺麗なものだ……。
あれだけの事をされて、顔と精神以外は健康そうに見えるというのも不思議だ……。
「私は……十分とは言い難いですが、もう碌に反応もしなくなって飽きましたから」
「なに、を……アイタタタタッ!?」
言っている事の意味がさっぱり分からない。
分かったのは、治癒魔法を詠唱せずに使った事と、その治癒魔法がやたら痛みを伴う事くらいだ。
多分、折れた骨とか、無理矢理くっつけられているよね、これ?
「何って、決まっているじゃないですか。復讐ですよ、復讐」
「ふく、しゅう……? ッ!? そんな事しない!」
「はぁ? 何を仰っているんです? 貴女だって、あの男に恨みの百や二百、千や二千は軽くあるでしょうに?」
千や二千は……うん、あるね。
それこそ、数え上げれば限がないくらいには……。
だけど……。
「わた、しは……騎士、だから……アイ、リの……」
「は?」
正直に言うと、この時はボク自身、どの口が言っているんだと思った。
「貴女は騎士ではありませんわ。敗戦国の女。城壁を破られ、蹂躙されるただの街娘です。『騎士』という名の野獣どもに、『戦利品』として浚われて穢されるだけの弱い小娘です」
咄嗟に取り繕った言い訳も、強烈な悪罵で一蹴される。
それがなまじ事実なだけに、反論する気も起きないや……。
下顎を捕まえられ、グイッと上を向けさせられ、強制的にフレアと目を合わせられる……。
宝石のように感情を排した瞳が語りかけてくる。虚言は赦さないと……。
当然ながら、鮮烈なまでのその眼差しを、ボクが直視出来る訳もなく、必死に逃げ場所を探す。
そんなの、ある訳ないのにね。
「それでも『騎士』を名乗りたいのなら、『騎士』らしく、その小賢しい『理想』を捨てなさい。そこに転がる肉袋は、貴女のみならず、貴女が守るべき『お姫様』を踏み躙ったクズです」
理想……ボクの理想……ボクの……私の原初の記憶……そう、ボクもアイリみたいなお姫様になりたかったんだ……。
いつか、こんな可愛い女の子になれるその日まで、私の理想として大事に大事に守りたかった……だから、お姫様を守れる騎士に憧れた……。
あれ? どっちがボクで、どっちが私だったんだ?
ボクは、本当にボクなのか?
一瞬、懐かしい気配をすぐ傍に感じて、二つの意識が交錯したかのように混乱した。
その後も、それはもう見事に掌の上で踊らされた。
その代わりに、得られた物も多かった。
結局、ボクは私に庇われたあの時から、何ら成長していなかったのだ。
あっちへふらふらこっちへふらふら、嫌な事からは逃げて、上辺だけ取り繕って……。
酷い時にはアイリや私を言い訳にして……。
それは弱い筈だ。
こんな事だから、いざ男に組み敷かれた時に恐怖に身が竦んで、我が身すら守れないんた。
ひょっとしたら、父がボクに戦闘教育を施さなかったのは、そのせいかもしれない。
何せ、憎い敵を前にしても、復讐心より先に恐怖心が勝っていたくらいだから……人を傷付けるという事に対する恐怖心に、ね。
でも、こんな事じゃ何も守れやしないし、お姫様なんて夢のまた夢だ。
幸い、ボクが新たな一歩を踏む為のお膳立てはフレアがしてくれた。
それでも尚、ボクの足を引っぱろうとする恐怖心も、彼女の……心温まる叱咤激励のおかげで、強制的に振り解く事ができた。
まぁ、一歩踏み出してみたら踏み出してみたで、何でこんな事に躓いていたんだろうと、不思議に思ったんだけどね。
「お願い、ですか? 自分に出来る事でしたら」
「そうか、それでは遠慮なく……結婚してくれとは言わない。ただ、ボク達を愛して欲しい」
そうして、フレアから色々と話を聞き、この通りちょっとした意趣返しもさせてもらった。
正直に言うと、思うところは多々ある。
治療には異性との接触が避けられないし、その相手である彼女の兄こと、キャストン・クレフーツはアイリの想い人だ。
アイリ本人は無自覚だし、傍にいたグレイシア様も気付いていないけれど、何時の頃からかアイリの彼を見る目に敵意以外の物が含まれていた。
気付いていたのはボクと、意外……でもないのかな? ガウェイン・ガラティーンくらいのものだったろう。
あ、もう一人いた。フレアだ。
彼女は、他の女性からキャストン・クレフーツへの好意を、無意識下で嗅ぎ取っているとしか思えない。
けど、物は考えようかな?
どの道、貴族令嬢としての価値がほぼ0になったボクに、真っ当な結婚なんて無理だ。
残された道は修道院送りか、王家の使用人……或いは払い下げるように格下の家、それこそ、商人なんかの嫁に出すくらいだ。
まぁ、ボクの家からしたら最後の選択肢は利益よりも不利益の方が大きいから、払い下げるくらいなら修道院送りがマシって事になる。
だったら、アイリと一緒に愛人生活というのは悪くはない。
あー。いや、ボクみたいなちんちくりんを相手にしてくれるとは思えないけれど、表向きだけでもそうして保護下に置いてもらえるのは非常に助かるな……。
それに、ボク等を助ける為に命まで削ろうとしている目の前の男なら、ボクから見ても明らかに狼狽えていると分かる彼なら、そんなに酷い事にはならない気がした。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
漸く繁忙期が終わり、元の執筆速度に戻したいと思います。
……腰痛は時折大爆発するんですけどね……。
この一件により、精神面を(半強制的に)鍛えられたブリジットは、鋼のメンタルHPを誇ります。
ちょっとやそっとの事では動じなくなります。
次回はブリジット編前半とも言える過去話の最後となります。
あ、短編で1本書きましたので、気が向いたらそちらもよろしくお願いします。
それを書いて思いました。
「二本同時連載とかやったら、この更新速度じゃ絶対エタるな……」




