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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
姫騎士の記録
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第0話 姫と騎士

今回はプロローグ的な話で短いです。

 原初の記憶。私にとってのそれは、三歳の頃、黒髪の『お姫様』に逢った記憶だ。

 どうしてそう思ったのか、よくは分からないけれど、その日から私の世界に少しだけ色が着いた。


 『お姫様』の名前はアイリーンといった。

 ボクの生まれたバーナード家にとって、彼女の生まれたアシュフォード家は主筋にあたるそうだ。

 その頃のボクにはよく分からなかったけど、とにかく彼女と仲良くしなさいと言われた。むしろ望むところだった。


 アシュフォードとバーナードの領地は隣接していたので、しょっちゅう彼女とは一緒に過ごした。

 勿論、領地が隣と言っても、平民の家のように、本当に毎日顔を合わせられるほど近い訳ではない。

 それでも、身内以外で私が一番長く同じ時を過ごしたのは彼女だった。


 そんなある日、彼女が自分の夢を語った。

 『コイ』も『アイ』も『ケッコン』も、ボクには未知の言葉だった。

 でも、ボクにも『夢』が出来た。『お姫様』を守る『騎士』になるという夢が。


 だけど、その夢は早々に潰えた。

 私が四歳になる頃、母が流産したのだ。

 それにより、男の子はもう望めないだろうと判断した父は、五つ上の姉には跡取りとして『騎士』となる教育を受けさせ、妹の私には他家との縁戚を得るための『お姫様』になる教育を受けさせる事にした。


 そして、ボクはいじけてお姉ちゃんの稽古を眺めるだけで、『お姫様』になる勉強は全て私に押し付けてしまった。

 こうして、ボクにはアイリの他に、もう一人守るべき『お姫様』が出来た……。




 その日はアイリの五歳の誕生日だった。

 侯爵領の聖堂でアイリが『洗礼』の儀式を受けた後、お祝いをする事になっていたけど……その場でアイリの婚約が告げられた。

 アイリのお兄ちゃん達は複雑そうな顔をしていた。二人とも、可愛い妹を他の男に取られたくないと思い……だけど、その相手が神童と呼ばれている事を聞いて、文句も言えず……そんな顔だった。


 でも、アイリの受けた衝撃はそれ以上だったろう……恋も愛もなしに、結婚相手が決まってしまったのだから……。

 お父さんとお母さんが大好きなアイリには、それを嫌と言う事は出来なかった……。

 この時、ボクがアイリの気持ちを代わりに言っていたら、何かが変わっていたんだろうか?

 変わっていたのかもしれないと、今でも思う……。


 この日を境に、彼女は夢を口にしなくなった。




 そして、ボクもいよいよ五歳の誕生日を迎えた。

 伯爵領にある教会で『洗礼』の儀式を受け、いよいよ魔法や(LV)を授かるのだと興奮していた。

 だけど、気が付けば誰もいない教会の中で、ボクは初めて私と対面していた……。


 そんな中、板状の奇妙な物がボク達の前に現れ、ウネウネと生えた触手がボクを絡め捕ろうとする。

 あまりの出来事に、足が竦んで動けなくなったボクを、私が突き飛ばし、ボクの代わりに触手に捕らわれてしまった。



「どうしてボクなんか助けたの!? 嫌な事を全部私に押し付けたボクを!」


「だって、仕方ないじゃない。誰よりも、アイリよりも長く私と一緒にいたのはボクなんだから……それに、私も『お姫様』を守る『騎士』っていうのに憧れていたのよね……だって、私もバーナードの娘だから!」



 板状の化物に飲み込まれながら、私が不適に笑う。



「ねぇ、ボク。可愛い『お姫様』でありながら、格好いい『騎士』でもあるとか、『最強』だって思わない?」


「そんなの、ボクなんかがなれる訳が……」



 目が覚めると、ボクはベッドで寝ていた……。

 『洗礼』の儀式を受けた直後に倒れたらしい。

 そういう子は極稀にいるが、特に問題もないので大丈夫という話だ。


 ……勿論、そんな訳はない。

 どうしてこうなったのかは分からないが、ボクの中から私の気配が完全に消えていた……。


 ボクは、()()の最後の言葉を思い出して涙を流す。



「なれるわ、だって、()()は私だもの。貴女だってあの時思ったのよ……『あぁ、こんなお姫様になりたい』って」



 こうしてボクは、誰よりも身近にいてくれた『お姫様』を一人……永遠に失った……。




 それから更に1年ほど過ぎた頃の事。

 王都から帰ってきたアイリが倒れたと言う報せを受けて、ボクは急いでアシュフォード家に向かった。


 通されたアイリの部屋で約一週間ぶりに見た彼女は……酷くやつれ、取り乱していた。



「リジー! リジー! 私の中からあの男の子がドンドン消えていくの! たった数時間しかない大事な思い出が消えていくの!! まだ三日しか経っていないのに、もう顔も声も思い出せないのッ!!」



 ボクの肩を掴んで必死に訴えるアイリ。



「眠る度にドンドン彼が消えていく! 最初は顔が、次は声が消えていた! お父様達は、それはガウェイン様だって言うけど違うの! 彼はあんな冷たい瞳をしていなかった! もっと、悲しそうな瞳をしていたのッ! 頭を撫でてくれた時、本当に安心できる暖かい手だったのッ!!」



 これほどまでに追い詰められたアイリを見たのは、後にも先にもこの時だけだった。



「助けてぇ、リジー……次に眠ったら、私はきっと彼の事を忘れている……だから、私の代わりに覚えていて……悲しい瞳をした赤い髪の男の子の事を……。……お願いします。もう『愛』も『幸せな結婚』も要りません。だから、どうかこの『恋』だけは私から奪わないで……」



 ボクに縋り付き、泣きながら助けを求め続けたアイリは、泣き疲れて……いや、この二日ほどまともに眠っていなかったようで、そのまま気絶するように眠ってしまった。

 アイリの剣幕に終始押されっぱなしだったボクは、結局何一つ声をかける事はできず、その日はそのままアイリの部屋に泊めてもらう事にした。


 翌朝、アイリは自身が予言した通りに、『赤い髪の男の子』の事を綺麗さっぱり忘れていた。

 アシュフォード家の人達も、初めての長距離移動に疲れが出たのだろうと、アイリの取り乱しぶりすら覚えていない様子だった。


 どうしてこんな事になっているのか、ボクには分からなかったが、一つだけ分かった事がある。

 きっと、ボクの中から私が消えたように、アイリの中からその『赤い髪の男の子』が消えてしまったんだろう。

 そして、アイリはボクと違い、その男の子が消えてしまった事すら覚えていられなかったのだ。


 だから、ボクだけはそんな男の子がアイリの中にいた事を覚えていようと思う。

 それが、身も世もなくボクに助けを求めた『お姫様』の願いだから……。

ボク「解離性同一性障害だと思った?」



拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。



実は、この作品で唯一、儀式を受けながら『洗脳』されていないのがブリジットです。

キャストンが儀式に介入した弟妹や、その後自力、或いは他力で解除した方々と違い、彼女だけは最初から『洗脳』されませんでした。

彼女のゲームでの役割は『トリスタンルートにおける悪役令嬢』でしたが、彼に全く興味を示していないのはそういう理由でした。


尤も、その代償として失ったのは非常に大きな存在でしたが……。



彼女の視点として今後を語る上で大事な前提と考え、今回は変則的に『第0話』プロローグ的な話として、普段の半分くらいの文章量で1話とさせて頂きました。


因みに、『姫騎士』という単語についてですが、『姫』という言葉は身分の高い人物の息女に対する敬称でもあり、英語の『princess』のように王族女性のみを示す言葉ではありません。

まぁ、ネット上で『姫騎士』と検索した時に出てくるようなものだと思っておけば、ほぼ間違いありません。

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