第9話 知られざる真実
今回もちょっと長めです。
気が付くと、不思議な場所に居ました……。
そこには地面がなく、まるで夜空の中に浮かんでいるかのようでした。
地に足が着いていないにもかかわらず、恐怖を感じる事はなく……いえ、何故だか安心感すら覚えます……。
これは夢なのでしょうか?
ふと、少し離れた場所……そうですね、ここより深い場所に、何かがあるような気がします。
私の脚は自然と、その深い場所を目指して歩き始めました。
と、言っても、歩くというよりは、流れるという方が正しいのかもしれませんが。
そうやって暫く進んでいると、突然目の前を光が覆い、眩しさに思わず目を背けました。
やがて光が収まり目を開くと、夜空を背景に大量の泥が滝のように降り注ぐという、更に不思議な光景が広がっています。
何が不思議かと言えば、その泥が降り注ぐ途中ある一定の高さに達すると、そこから大瀑布とも言うべき泥は極少量の金貨に変わり、底なしの夜空の中に降り続けているからです。
「おや、こんなところに客人とは珍しい」
しばしその不思議な滝に魅入っていると、何処からともなく声がかけられます。
辺りを見回してみるものの、私以外の人影は見当たりません。
「少々お待ちを。いま身体を構築しますので」
声がそう答えた瞬間、目の前に光が集まり、それが弾けると、中から黒髪黒瞳で長身痩躯の男性が姿を現しました。
「はじめまして、アイリーンお嬢さん。俺の事は『愛の伝道師』とでもお呼び下さい」
そう挨拶する不思議な男性。
……胡散臭いを通り越して、最早どう表現すればいいのか分かりませんでした……。
「なるほど、君の目にここはこう見えるんだね……確か、君は土属性だったか。なかなか本質を突いているねー」
……初対面だというのに、私の名前や属性まで知っているなんて……この男は一体……。
「おや、警戒させたかな? ま、ここにキャストン以外の人間が、それもこんなに可愛いお嬢さんが来るのは初めてだからね。俺も会話に飢えていたんだ、ごめんよ」
ここに、キャストン様が?
「おや、気付いていなかったのかな? ここはキャストンの精神世界でも奥深くに位置する場所だよ。こんなところにまで入ってこられるとは、なかなか愛されているね~」
え!?
そ、そんな、愛されているだなんて……あの、もっと言ってください!
「とはいえ、愛の伴う行為をされる度に、ここへ来られるのも少々問題があるんでね。折角来てもらったのに早々で申し訳ないが、今から更に奥深くに引越しする為に、お帰り頂くとしよう」
『愛の伴う行為』ですか?
「そ。ほら、流石にさ、私生活を覗き見する趣味はないんだよね。なのに、君がここまで来る度に、『あぁ、うん、お幸せに』って言うのは気まずいでしょ?」
え、あの、それは……その、まさか……そういう?
「それ以上に、俺とは余り接触しない方がいいんだよね。俺と君達とでは、『格』に差があり過ぎて、至近距離で太陽を直視しちゃうようなもんだし。ほら、さっきから俺の存在に飲まれて、まともに思考も会話も出来ていないでしょ?」
!?
「ま、女性を手ぶらで返すのも『愛の伝道師』の名が廃るので、何か一つだけ、君の質問に答えよう。我が名に賭けて、嘘偽り誤解を招く事無く、俺の知っている事を教えよう。さぁ、どうぞ?」
確かに、その瞳は語っています。
嘘、偽り、誤解を招く事なく真実のみを話すと。
そして、同時にこうも語っています……「但し、知らない事、教えるのに都合の悪い事は、正直にそう言うよ」と……。
私は今、何かとてつもない存在に試されています……。
思考が、意思が、雲散しようとするこの状況下で、見事このおかしな人が困るような問いをしてみせよ、と……。
あぁ、いや、違います……。
目の前の方はそんな意図でこの機会を私に与えたのではありません。
余計な思考が剥がされていく……余分な意思がどんどん抜け落ちていく……無駄を省き削ぎ落とし、丸裸の私の心が……。
「私は、どうすればあの人の隣に立てますかッ!?」
あぁ……恥知らずな私の想いが、白日の下に晒されました……。
私みたいな女が、あの人の隣になんて、立てる訳がないじゃないですか……。
「ふふふ……良い……いやさ、非常に好いッ! 実に俺好みの質問だ! うむうむ、正直、あの捻くれ者には勿体無いほどに佳いお嬢さんだ」
うぅ……なんですか、この人は……人の隠していた本心を暴いて大喜びとか、趣味が悪すぎます……。
「いやいや、済まなかったね。ちゃんと、君の問いには応えるのでご容赦を。しかし、久々に『愛の伝道師』としての仕事をしたくなる案件だねぇ。惜しむらくは、俺自身の力を使う訳にはいかない事か……」
そう言うと、男性の掌の上に三枚の金貨が浮かびます。
「まぁ、俺が言えた事ではないんだが……秘密主義のあいつの隣に立つには、その秘密を共有するのが手っ取り早い。という訳で、まずは過去の記憶を見ておいで」
その三枚の金貨が私の目の前まで移動してくると、一枚が輝き始め、弾け飛ぶと強烈な光が視界を塗り潰します。
光が収まり、目を開くとそこは色褪せて見えますが教会のような空間でした……。
それを認識した瞬間、不安を掻き立てるような甲高い不協和音がけたたましく鳴り響きます。
何事かと辺りを見回していると……。
「第一ノ秘蹟、『洗礼』ノ失敗ヲ確認。対象、識別こーどE5226-11453784、固体名きゃすとん・くれふーつト確認」
という、血の通っていないような不気味な声が何処からともなく響くと同時に――
「うぉッ!? なんだ、こりゃ? というか、いま洗脳とか言ったか?!」
子供の声が聞こえました。
そちらを見てみると、講壇の前に5歳くらいの赤毛の男の子が周囲を警戒するように立っていました。
と、申しますか、あれ、ひょっとして、キャストン様ですか?!
「魂ガあう゛ぁろん規格ト一致シマセン。転生者ト判断シ、魂ノだうんさいじんぐ後、洗脳工程ヲ再開シマス」
「いま完全に洗脳って言いやがった!?」
教会らしき空間。第一の秘蹟。5歳くらいの男の子。
これらから察するに、5歳の時に受けるパニア教入信の儀式だと思うのですが……当然ながら、私の記憶するそれとは全くの別物だと言えます。
「コレヨリ、対象ヲ捕獲シマス」
ステンドグラスから光が降り注ぐと、その中からパニア教の、光の女神の象徴が中心に描かれた、カイトシールドのような板状の物体が現れました。
そして、その側面から一対の半透明な帯状の何か……触手のようなものを伸ばして、男の子を捕まえようとします。
「おわッ?!」
危ない! と思った時には、信じがたい光景が拡がっていました。
「危ねーな、この野郎!」
と、とても5歳児の身体能力とは思えない跳躍力で男の子は横に跳び、迫る二本の触手を避けます。
更に、着地と同時に一足飛びに盾の化物……モンスターへ接近し、回し蹴りを叩き込んでしまいます。
「対象ノ脅威度ヲ更新。対処シマス」
ですが、5歳児にしては凄まじい脚力といえど、盾の化物を破壊するには至らず。
それだけでなく、男の子を容易ならざる相手と判断したのか、地表すれすれに浮かんでいたモンスターは、地上3mほどの高さまで浮かび上がってしまいます。
そして、その高さから一対の触手を交互に撃ち出し、周囲の備品を薙ぎ倒しながら男の子を一方的に攻め立てます。
「ショタの触手プレイとか、誰得展開だよまったく!」
そんな悪態を一つ吐いて回避し続ける男の子。
その一方で私もただ眺めているだけでなく、何とかこの戦闘に介入しようとしたのですが……どうやら、この不思議な空間において、私の意識はあるものの肉体がないようです。
すると、目の前に一枚の便箋が浮かび上がり、そこには「ここは記憶の世界。過去に起きた出来事をただ映し出しているだけで、改竄は不可能です」と記されていました。
これが過去に起きた出来事で、あの男の子がキャストン様だというのなら、この状況から助かったと……そう判断して良いんですよね?
しかし、私の願いも虚しく、男の子は驚異的な身体能力を有しつつも、それを支える体力が切れたのか次第に動きが鈍くなり追い詰められていきます。
「やべー、初戦闘がチュートリアル抜きでボス戦とか、ゲームなら敗北イベントでもなけりゃクソゲー呼ばわりだけど……現実の理不尽さはクソゲーを超えたクソゲーだってのは、異世界でも同じかよチクショー!」
言葉の意味はよく分かりませんが、折れそうな闘志をそんな軽口を叩いて奮い立たせる男の子。
ですが、彼に今必要なのは精神力ではなく体力です。
体力の尽きた身体を精神力で支えますが、それもやがて限界を迎えたのか、遂には脚を縺れさせて転んでしまいます。
「クソがッ!!」
転んだ男の子に伸びる触手。自分に向かって伸びる触手を睨みつける男の子。
私は彼を救うべく、魔法を放とうと詠唱しますが、一向に発動する気配がありません。
そして、触手が男の子に直撃するというまさにその時、彼の胸の辺りから激しい光と共に何かが飛び出し、接触した触手を消してしまいました。
「なん、だ……これ? 『無銘』? はは……なんだよ、これ……どこぞの月の弓兵かよ」
「対象ノ脅威度ヲ更新。対処シマス」
自分を守った光る物体に触れる男の子。
片方の触手を半ばから消されたモンスターは、それを一旦引っ込めた後、再生したかのように再度伸ばします。
それも、これまでのようにまっすぐ直線に伸ばすのではなく、弧を描くように曲線に。
「ち。形状は『剣』『双剣』だ!」
光る物体を手に抱えたまま、後方に転がって最初の触手を避ける男の子。
しかし、続けざまに正面から直進してくるもう一本の触手が突如角度を二回変更し、男の子の右側面から襲い掛かります。
……ですが――
「『無銘』って名前で咄嗟にこれを想像するあたり、俺のオタク趣味も相当アレだが……何とかなりそうな気がしてきたな」
銀光一閃。触手は斬り飛ばされていました。
それを為したのは、いつの間にか男の子の両手に現れていた一対の剣、その右手に握られた剣でした。
反りのある片刃の剣。長さは刀身だけで50cmくらいですが、それでも5歳の子供が持つには長く重過ぎるのではないでしょうか?
それでも、男の子は剣を拙いながらも片手で操り、襲い掛かってくる触手を次々と斬り裂いていきます。
モンスターは触手を斬られる度に手元に戻しては再生させ、攻撃しては斬られるという作業を繰り返しています。
そうしている間にも、息の上がっていた男の子は徐々に呼吸を整えていき、膠着状態へと移行します。
「ふぅー……さて、そろそろ……行くか!」
触手を斬り裂くと同時に、最初に見せた圧倒的な跳躍力で引き戻される触手を追い、もう片方の触手と接触する寸前に轟音をあげて上空に回避……いえ、触手の根元、浮かんでいる盾状のモンスター目掛けて斬りかかります。
「対象ノ脅威度ヲ更新。対処シマス」
「チッ!」
しかし、モンスターの方もここへ来て更に触手を二本一対追加して、空中に飛び上がった男の子に叩きつけます。
男の子はその触手を斬り裂き、事なきを得るものの、攻撃は失敗に終わりました。
更に、あの高さにも男の子が飛びかかれる事を理解したからか、モンスターは地上5mの高さまで浮かび上がってしまいました。
流石に5mの高さには手が出せないのか、或いは倍に増えたせいで斬っても斬っても途切れる事がなくなった触手の対処に精一杯なのか、男の子は防戦一方に追い込まれてしまいました。
いえ、おそらくはその両方ですか。
しかし、このようなモンスターを相手にここまで無傷で戦い続けるなど、普通の5歳児に出来るでしょうか?
どう考えても無理です。『天才』とか、『英才教育』なんて言葉では説明がつきません。
明らかに5歳児の……いえ、そこらの騎士でも魔法なしではここまで戦えないでしょう。
『転生者』という言葉も気になります……。
「埒が明かん……形状変更! 『銃』『拳銃』!」
武器を手にしてからは、その場からあまり動かず、防御に徹していた男の子は、そう叫ぶと今度は最初のように回避に専念しだしました。
すると、両手に握られていた剣が光りだし、次の瞬間には……なんでしょうか、あれは?
黒い……小さな……金属?
「って、ガワだけかよ?!」
その到底武器には見えない小さな金属塊を空中のモンスターに向けますが、何も起こりません。
杖か何かでしょうか?
「イメージ不足って!? ……そりゃ、拳銃の内部構造なんて詳しくは知らんけど、だったら選択肢に出すなよ……次! 『弓』『長弓』!」
妙な金属塊が光りだし、次は……ロングボウでしょうか? 一張りの弓に変わります。
「うぉ、かった……脚力に回している分を膂力に回さんと、弦を引く事も出来ないな……」
弦を引っ張ってみたところ、思った以上に強い弓だったのか、苦労している模様です。
そうしている間にも、触手は途切れる事無く襲い掛かり、男の子は回避し続けます。
「で、矢は? 弓だけでどうしろと?! 払うから、さっさと矢を出せ!」
男の子がそう叫ぶと、その手に矢が現れます。
誰かと会話しているのでしょうか?
矢を弓に番え、一瞬だけ立ち止まると姿勢も何もかもが無茶苦茶ですが、信じられない膂力で一気に引き絞り、空中のモンスター目掛けて矢を放ちます。
「ぐぁッ?!」
一応、モンスターも弓を警戒したのか、矢を放った瞬間は触手を防御に回したみたいですが……まぁ、当然ながら矢はモンスターに掠りもしませんでした。
「やっぱ素人がいきなり弓なんて使える訳がねーか!?」
まっすぐ前に飛んだだけでも、合格点をあげて良いかと思います。
「くっそー……必中とかねーの……ってあるのかよ?! ぐ、ポイントが足りない! なら、自動追尾……も足りない! 命中率が10%上がったところで、当たる気がしねーよ!?」
弓が脅威ではないと判断したモンスターはより激しく攻め立て、男の子は再び追い詰められていきます。
「何かないのか何か?! ん? これは……ポイントは足りるが……」
空中に何かがあるのか、そちらに視線を固定させながら身体能力だけで避け続ける男の子。
「……よし、これなら!」
何か思いついたのか、男の子が急に立ち止まると、弓が光りだしその姿を赤い槍へと変えていきます。
迫り来る触手を槍が風切り音を鳴らして斬り払い、再び上がりかけていた呼吸を整えはじめます。
「どうにも、槍って言うと『当たらない必中の槍』を思い浮かべちまうが……俺の中じゃあの槍は『必中の槍』と言うよりは……」
伸びてきた触手を一本二本と柄で絡め捕り、三本目と一緒に斬り払います。
返す薙ぎ払いで最後の四目を断ち斬ると、絡めた二本分の攻撃間隔が空きました。
その隙に槍を半回転。逆手に握ると大きく振りかぶり……振り上げた脚が床を踏み割るほど勢いよく踏み込み、脚から腰、背中、肩、腕と全身を捩じって力が集約するように槍を投擲。
凄まじい勢いで空中のモンスター目掛けて飛んでいく槍。
今度ばかりは正確にまっすぐ飛んでくる為、モンスターも触手で防御しながら、初めて回避行動に移ります。
そう。結局、槍の穂先にモンスターは――
「散ッ!!」
その瞬間、投じられた槍が破砕したかのような音をたてて多数に分裂拡散し、回避行動を取っていたモンスターの触手を破り、穿ち、貫き、本体に何本も突き刺さり、撃ち落しました。
「対象、ノ脅威……度」
「ふんッ!」
そして、落ちた盾状のモンスターを真っ二つに踏み割ってしまいました。
割られたモンスターは一般的なモンスターと同様に、光に包まれやがて解けるように消えていきました。
討伐されたと見てよいでしょう。
「よっしゃー! 拡散の能力を付けられると知った時には、これしかない!と思ったが……想像通りの能力で良かったー……」
安堵したからか、男の子は座り込みます。
私はそこで初めて男の子の顔をじっくりと見る事が……え?
「しっかし、これ……『気』みたいなもので身体強化できるって気付いてなけりゃ、詰んでたろ……」
私は鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けました。
なぜなら、その子の顔に私は見覚えがあるからです。
いえ、見覚えどころの話ではありません!
「非常事態発生……非常事態発生……非常ジタ、イ……はっ……せい」
「うぉ?! またかよ!? って、何かさっきとは違うような?」
その時、またあの不安を煽るような甲高い不協和音が鳴り響きます。
更には、目の前に二枚の金貨が現れ、その中の一枚が輝き始めます。
待ってください!
彼の、あの男の子の顔をもう一度見せてください!
思い出したんです!
何でこんな大事な事を忘れていたのか分からないほど、重要な事なんです!
だって、彼は、あの子は、あの人は、私の、私の大切な――
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
流石に二連戦を1話分で書ききれませんでした。
戦闘描写も、ある程度は擬音表現を使った方が良いでしょうか?
これでは、迫力や疾走感に欠ける気が……。
かと言って、アイリーンの一人称視点で擬音表現はなー……。
ともあれ、今後も試行錯誤していきます。
この世界、アイテムボックスも魔法もLVも、パニア教に入信……つまりは第一の秘蹟である『洗礼』を授からないと得られません。
キャストンがパニア教徒を重用せず、スラム街の人間を重用するのはこういう訳でした。
次回はアイリーン視点の最終話となります。
え? チョコレートの日?
はっはっは。何の為に二月の半ばを過ぎて帰還したと思うのですか?




