第4話
「まず、見落としなんて事はありません。『見守る君』は魔導具ですから、1年365日、1日24時間、不眠不休で作動し続けます。また、屋内の『見守る君』は常に魔力が補充され続けており、魔力補充の為に停止する事もありません」
人間がこの条件で仕事をするのは無理ですねー……。
ゲームの頃からこの世界の暦は1年12ヶ月365日であり、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒と、21世紀の日本と同じでした。
唯一違うのは、閏年がないことでしょうか?
「次に、故障についてですが、それもありません。この『見守る君』はご覧の通り単純な外観をしていますが、各種欺瞞工作を看破するべく、複雑かつ精緻な術式となっています。その為、もしも故障すれば、その時点で異常を検知して動作が停止、即座に管理施設に連絡が入ります」
んー……つまり、仮に光系統の魔法で幻を作ったとしてもそれを見破るし、魔導具の術式に介入して改竄しようとしたりすれば、動作が停止して異常を報せるという事ですか?
動作が停止している間は役目を果たせませんが、壊されたりしても即座に警備に連絡が行くという事ですね。
「そんな『見守る君』に、神子殿以外に鍵を使って入室した者の姿は記録されていません。これはどういう事でしょうね?」
あー……これでもかと言うほど『鍵を使って』という部分を強調するキャストンさん。
この撒き餌を回避できるほど、トリスタン様は――
「そうか! ならば、犯人は鍵を使わずに」
「はい、確かに、鍵を使わずに入室された方ならいらっしゃいますよ。それも、複数人」
「……なに?」
案の定、トリスタン様は撒き餌に食いつき、台詞の途中でとてもいい笑顔を浮かべたキャストンさんが被せます。
「貴殿を含めた六人の男性が夜の遅い時間に、神子殿に招かれて入室されている姿が頻繁に記録されています。そう、ちょうど、そちらにいらっしゃる皆さんですね。夜通しお茶会でもされていたのでしょうかねー?」
「そ、それは……」
これは……皆さん、相当に顔色が悪いですね……会場も、なにやらヒソヒソと話し声が広がっていきます。
私としても、あまり知りたくない情報でした……。
「しかしー、お茶会をするにしてもー、寮の私室でやらなくても良いでしょうにー。女子寮に男子生徒を招くなんてー、規則違反もいい所ですー」
そして、わざとらしいほど言葉を間延びさせるキャストンさん。
貴方、分かってて言ってるでしょう!
「まぁ、何にせよ、部屋の主がいる状態で指輪を盗むなんて難しいでしょうし、容疑者も複数いる為に捜査は難航しているんですよ。ご理解いただけましたか?」
「そ、そうか……」
そんな周囲の様子など、どこ吹く風とばかりに、キャストンさんは軽い調子で続けます。
ぬけぬけと、彼らを容疑者呼ばわりしたのですが、当の本人達はそれどころではないようです。
「時に……神子殿にお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、なにかしら?」
その証拠に、酒月さんは反射的に応えてしまったようで、慌ててアーサー様が庇うように半歩前に立たれる。
「何、そんなに警戒されるような事ではありませんよ。先ほど拝見したように、神子殿は自室の鍵をアイテムボックスに仕舞われているようですが……いったい、いつ鍵を失くされたんですか?」
「!? ち、違うわ! 盗難事件があったから、鍵をアイテムボックスに仕舞うようにしたのよ!」
『アイテムボックス』というのは、国教でもあるパニア教に入信した全ての者に与えられる恩恵の一つで、生物以外はたいてい仕舞う事の出来る不思議な収納空間です。
ゲームの頃のアイテム欄に相当するみたいです。
当然ながら、本人以外はアイテムボックスの中にある物を取り出す事は出来ませんし、誤作動を起こして中身を落とすなんて事もありません。
因みにですが、謁見の間など、警備上の問題がある重要区画では、アイテムボックスの使用を制限する結界が張られています。
「ほう、事件後に防犯意識が高まって、鍵をアイテムボックスに仕舞うようにしたと、そう仰るんですね?」
「ええ、そうよ」
「それに間違いはありませんね?」
「くどいぞ! 神子たる聖がそう言っているのだ、間違いなどない!」
酒月さんを庇うようにアーサー様が仰られますが、その様子にキャストンさんは一瞥すらしません。
まぁ、アーサー様の発言は完全に思考の放棄を宣言するものですから、会場の皆さんからも冷たい視線を投げかけられています。
その事に、ご本人達は気付いていないのでしょうか?
「ふむ、それはおかしいですねぇ。実に不可解だ。皆さんにご覧頂いた光景は、11月1日の物だったのですが……盗難事件があったとされている11月4日より過去に当たるその日に、どうしてアイテムボックスから鍵を出せたんでしょうかね?」
「そ、それは誤解よ! 指輪を盗まれたからではなく、鍵を盗まれたからアイテムボックスに仕舞うようにしたのよ!」
ここへ来て、キャストンさんの口調に不穏なものが混じる。
そして、酒月さんは慌てて弁解する。まぁ、そう取れなくもないような、そうでもないような?
「あぁ、なるほど。貴女の中では、鍵は落としたのではなく、盗まれた物という認識だったのですね? 貴女の中では」
何でしょうか、キャストンさんの台詞の中に、たっぷりと嘲弄が込められているような気がするのですが、気のせいでしょうか?
「えぇ、そうよ。だから、勘ちg」
「ですが、自分が尋ねているのは、貴女の認識などではなく、鍵の紛失届けを出されたその日に、どうして盗まれたと主張する鍵を持っているのかという事ですよ」
「……え?」
酒月さんの台詞をキャストンさんが遮り、彼女の勘違いを正す。
そうですよね。彼女の認識ではなく、そちらの方が問題ですよね。
「おや、そこで伸びているおもr……貴女がたが言い出した事でしょう? 盗難事件の3日前に鍵を紛失したと」
「!? そ、それは……」
キャストンさんの追及に言いよどむ酒月さん。
11月の1日に鍵を紛失し、2日に鍵は発見され、4日に盗難事件が起きた事になります。
これは、それぞれが学園事務局に正式な書類として提出されているそうですので、覆る事はありません。
そして、酒月さんの言う通りに、鍵を紛失して以降、アイテムボックスに仕舞うようにしたのならば、1日に鍵をアイテムボックスから取り出しているのは、二重の意味で証言と反しています。
つまり、1日に鍵を紛失していると主張しているにも拘らず、鍵を所持していたという点と、鍵が発見されたとされる2日よりも以前から、鍵はアイテムボックスに仕舞われていたという点が彼女達の主張と矛盾するのです。
「はてさて、どういう事なのでしょうね?」
「ふん、そんな事は決まっている。クレフーツ、それらの映像は、貴様がその魔導具で捏造したんだ!」
そう断言して、彼の追及を躱そうとしたのは兄でした。
「ほう、捏造ですか」
「ああ、そうだ。その魔導具は貴様の妹が作ったのだろう? ならば、貴様が妹に命じれば、ありもしない映像を作り出す事も可能だろう」
「なるほど、この『見守る君』に記録された物を改竄する事は、実質不可能なのですが……出来ない事を証明するのは難しいですからね」
珍しく、兄が押しているように見えます。
それというのも、キャストンさんが兄の論を、気味が悪いくらい受け止めているからです。
「第一、その魔導具の映像に法的根拠はあるのか?」
それに気を良くしたのか、にやにやと厭らしい笑みを浮かべながら、詰るように兄が言う。
「えぇ、確かに、司法の場において、証拠物件としての効力はまだありませんね。学園の警備強化以外にも、この魔導具に関する法を整えるために、試験運用も兼ねて利用されているのですから」
確かに、日本でも監視カメラの設置には法による制限など、色々と整備がなされていたと思います。
まして、光景を記録、つまり録画のような事象は、この世界では初めての概念です。
おそらく、キャストンさん達以外は、原理などもよく分からない代物でしょうから、公的な証拠能力となると、まだないのも頷けます。
頷けますが……これが、いつもキャストンさんの持ち出す、この世界の理から外れた理不尽なまでの技術力に、苦杯を舐めさせられてきた兄の辿り着いた返し手なのでしょうか?
「ならば!」
「精々、衆人環視の中、すぐに覆されるような状況証拠で断定されそうになっている冤罪に、待ったをかける程度の事しかできません」
ただ、キャストンさんにとっては、折込済みだったのでしょうね。
魔導具の記録が捏造された物かどうかというのは、結局の所水掛け論になるだけ。であれば、あちらの捏造してきた状況証拠も水掛け論に終始するだけとなるので、これらを互いにぶつけて白紙に戻せば十分。
いえ、口上で述べただけの状況証拠よりも、映像という形で鮮明に見せ付けたこちらの方が、周囲の印象は良いようです。
まぁ、その前の、酒月さんのマズイ対応によるところも大きいですが。
「ふん。まぁ、良いだろう。だが、『聖が階段から突き落とされた』件に関してはどうかな? どうせ、それもその魔導具に録画してあると言いたいのだろうが、証拠能力はないのだろう?」
遂に、最初に引き出した事案が取り沙汰されるようです。
「だが、こちらには証人がいる。生きた証言だ。当然、証拠能力もある」
「……」
何やら、兄が滔々と語っているようですが、こちらはそれどころではありません。
兄の「証人がいる」という台詞の辺りから、一瞬にして会場の気温が下がったように感じられます。
そっと、キャストンさんの表情を確かめてみると……鼓動が一気に加速します。さながら、断崖絶壁を綱渡りするような、背中を氷の刃で撫でられているような、そんな動悸です。
「ふ。どうやら、ぐうの音も出ないようだな? おい、お前達!」
キャストンさんが目を閉じて沈黙している事で、盛大に勘違いした兄が証人とやらを呼んだようで、誰かが人垣の中から……え?
「紹介しよう。アイリーン・アシュフォード侯爵令嬢に、ブリジット・バーナード伯爵令嬢だ。説明するまでもないが、そこのグレイシアの取り巻きだ」
人垣の中から、俯きながらも進み出てきたのは二人の令嬢。
先程も話題に上ったアイリーンさんと、その幼馴染にして親友のブリジットさんでした。
二人はゲームにおけるグレイシアの取り巻きAとBに当り、私も仲良くさせてもらっています。
人手の足りない生徒会に、臨時役員として、手伝ってもらっていたりもする。そんな二人が何故?
「この二人は……何の真似だ、クレフーツ」
兄の台詞を遮るように、キャストンさんはジェスチャーし、それに対し兄は不快感を露にする。
「そちらのお二方が、『横領』や『器物損壊』の容疑を糾弾したい事は既に把握しています。当然、それらの反証の用意もこちらにはあります」
ゆっくりと目を開けたキャストンさんが、ケイ様とパーシヴァル君に視線を向けてそう語りかけると、話しかけられた二人は動揺を隠せないようです。
「同様に、貴様の所業も、貴様が彼女達に何をさせようとしているのかも把握済みだ。当然、それを叩き潰す準備もしてある」
一転して、感情の読めない視線を兄に向けて、身分を完全に無視した言葉を叩き付ける。
「な!? 貴様、私を誰d」
「だが、それを使うと、この国が割れる事になるので使わないでくれ……と、さる筋から頼まれてな」
激昂する兄など意に介さず台詞を遮り、言うだけ言うと、再び目を閉じる。
そして、次に片目だけを開き、アイリーンさん達に視線を向けると、不思議なほど雰囲気を和らげ、人差し指一本だけを立てて、「静かに」というジェスチャーをする。
「お二方の状況は理解しています。お家の為に、何より、貴女方ご自身の為に、ここは暫しお静かに願います。悪いようにはしないと、お約束しましょう」
そして、キャストンさんの言葉を耳にした彼女達は、ドレスが汚れるのも構わずにくずおれる。
「わ、わたしは、どうなっても、かまいません……ですが、いえは……家は関係ないのです……それに、彼女も、リジーも、私のせいで巻き込まれただけで……」
「違います。私もアイリと同じです。私達は……もう、助かりません。ですが、家は、家の者は何も知りません。クレフーツ様、その点をどうか、よろしくお願い致します」
泣き崩れ、嗚咽混じりに途切れながらも、家と親友を庇おうとするアイリーンさん。
そして、そんな彼女の両肩に手を添えて抱き寄せ、痛ましい表情を浮かべながらもキャストンさんを見据え、自分達の行動と家は関係ないと訴えるブリジットさん。
流れから察するに、二人は何らかの偽証を強要されていたのでしょう。
ただ……偽証自体はキャストンさんがさせてすらいないので、それが取り沙汰される事はありません。
にも関わらず、二人は頻りに家とは関係ないと強調します。
そこは、キャストンさんも話題に上げているので、実際に侯爵家や伯爵家の存亡に関わる案件があるのでしょう。
……あぁ、この件を正面から反証すると、国を割るって言っていましたね……。これは、突くと碌な事にならないのは確実ですね。
当然ながら、あの二人が私の敵に回るなんて事態はゲームにはなかったので、この件の裏にどんな厄介事が潜んでいたのか、この時の私には知る由もありませんでした。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。
明日も同じ時間に公開されますので、よろしければお待ち下さい。