第2話 死者が導く縁
「デート♪ デート♪ お兄様とデート~♪」
と、はしゃいでいらっしゃるのは、フレア・クレフーツ様。
学園では私の方が先輩でしたが、今の私は貴族ではなく平民という扱いです。
それも、片やクレフーツ男爵家のご令嬢、片やその見習い使用人。
裏はともかく、表向きどちらの立場が上かと言えば……。
「別にデートという訳ではないんだが……というか、授業はどうした授業は」
「家の都合という事で午後からはお休みさせて頂きました。二週間以上も無断欠席のお兄様とは違います♪」
「いや、俺は公けに出来ないだけであってだな?」
「それにこの通り、我が家の新人メイドさんが二人もお供として付いて来ています。これは立派に『家の都合』ですわ」
という具合に、私とリジーはメイド服を着てお二人から少し下がって同行している次第です……。
「あー……デートはまた今度な。今日は遺品を届けに行くんだから、そういうのは控えておこうな」
はしゃぐフレア様に対し、キャストン様はそう告げて頭を撫でて諭される。いいなー……。
「遺品、ですか……それは、ガラハッド・エレイシスの?」
「……そう。ランスロットしか助ける余裕がなかったからな……あいつはこの通り、形見になりそうな品を回収するので手一杯だった」
キャストン様が取り出された小さな化粧箱に収められていたのは、割れたガラス片……いえ、眼鏡でした。
平民が使うには高価な品ですが、確かにガラハッド・エレイシスが掛けていたのを記憶しています。
「そうですか……そういう事でしたら仕方ありませんね。全く、お兄様が忠告したにも関わらず、あんな醜女に付いて行くなんて……まぁ、妹を助けてもらったから、という動機は評価できなくもありませんが」
キャストン様の腕を解放し、それでも手だけは繋いだまま、大人しくなるフレア様。
彼とは同級生でもので、思うところがあるのかもしれませんね。
「……それなんだがな、あいつは確かに酒月 聖とは縁を切ると言っていたんだ……まー、説得というか、半ば脅しというか……」
「そうなのですか? 嘘を吐いた……というのはないですわね。『貴族みたいに人を騙すなんて真っ平御免』と常々言っていたほどですし……」
歩を進めながらも、首をかしげるお二人。
「神子と縁は切っても、出征に付いて行かないとは言っていない……という事なのでは?」
差し出がましいとは思いつつ、私も思いついた意見を述べさせて頂きました。
「それは多分ありませんわ。そういう、言葉の裏をかいたり、隙を縫うようなやり方を貴族的と見做し、毛嫌いしていましたもの……」
「じゃあ、そう宣言した相手が貴族であるキャス様だったから、平気で反故に……という訳でもないか……」
リジーも意見を言ってみたものの、途中で話に聞く人物像から離れていると感じたようです。
「いずれにせよ、あいつは神子の側仕えとして出征した……その理由如何によっては、ちょっと作業量が増えるかもな……」
そう静かに呟かれたキャストン様の目には、剣呑な光が宿っていました……。
「そういう訳で、あまり楽しい訪いにはならないが、三人とも付いて来るのか?」
ですが、それも一瞬の事で、次の瞬間には平常に戻り、このように尋ねてこられました。
「勿論。お兄様とご一緒するのに、私から遠慮する理由はありませんわ」
「同じく」
と、あっさりと頷く二人。
「差し支えなければ、ご同道させて頂きたく思います」
これはあれです。
曲がりなりにも、貴族家の嫡男が他家を訪れるのに、使用人の一人も連れて行かないのは不味いからです。
その点、私はまだ見習い使用人とはいえ、一応貴族階級にいた身。
屋敷内での実務は半人前以下ですが、随伴員としての作法に問題はありません!
え、実務がダメダメなら、屋敷に残って指導を受けるべき?
随伴も妹であるフレア様とリジーがいれば十分?
それは、その……い、いいじゃないですか!?
危険な救出任務から帰還されたばかりで、今日一日くらいご一緒させて頂いたって!
ファティマ様やハウスキーパーのハンナ様からお許しはもらっているのですし、私だって……うぅ~。
「はぁ。まー、先方の迷わ、く……」
と、途中で何かに気付いたかのように歩を止められるキャストン様。
「お兄様?」
不審に思ったフレア様がお声をかけられるも、沈黙したまま移動を再開されるキャストン様。
一体何があったのでしょう?
その背中から伺えるのは……まるで、見えない糸を読み解こうとするかのような真摯な――
「え?」
と見惚r……コホン、疑問に思っているうちに、次はフレア様が短く驚いた声を漏らすと、一瞬だけ足が止まりました。
そして、その一瞬で彼女が見せたのは……私達を気にかけるような視線でした……。
彼女からそのような視線を向けられる心当たりは、あの事件に纏わる事柄以外に思い浮かびません。
となると、お二人が感知したのは、あの事件に関わる物なのでしょうが……。
あの事件に関わったガウェイン一味は、上は教師から下は在校生まで、全員が戦死したか、謎の失踪という名の処分になったはず……。
一体、何があったのでしょう?
やがて、キャメロットの下町の中でも、比較的治安の良くない区域にある、一軒の家に辿り着きました。
「はぁ……とんだ遠回りをしたかもしれないな……」
それが何を意味するのかは分かりませんでしたが、私が動く前にキャストン様が自らドアノッカーを叩き……。
「どちら様でしょうか?」
ややあって、家の中から誰何の声がかけられる。
「先触れもなく、突然押しかけて申し訳ありません。自分はキャメロット学園の方から来たキャストン・クレフーツと申します。本日はガラハッド・エレイシス君についてお話させて貰いたい事があり、お伺いさせて頂きました」
……これは、世に言う詐欺師の手法では?
確かに、ここから見たら、クレフーツ家のある下級貴族街区も学園もほぼ同じ方向ですが……これでは学園の関係者が来たと思うのでは?
あ、いえ、一応、キャストン様達は学生ですので、学園の関係者ではありますか……。
「息子の、ですか? 息子は先日学園を退学したはずですが……」
手入れの行き届いていない蝶番が悲鳴を上げ、開かれていく扉の向こうには妙齢の綺麗な女性が……え、息子?
弟ではなく??
「ご母堂のエレイン様ですね?」
「はい。あの……学園の先生にしてはお若く見えますが……」
『少し歳の離れたお姉さん』くらいにしか見えない女性を母親と断定するキャストン様に、『それを貴女が仰いますか』と問いたい返しをする女性。
そして、そんな彼女を痛ましい者に向けるような目で見るフレア様。
確かに、少々やつれているように見えますが、それはそれで儚い美しさを体現しているようにも思え、それほど悲壮感は感じません。
「申し訳ありません。自分は教師ではなく、一学年上の先輩に当たります。こちらは妹で……」
「お初にお目にかかります。ガラハッド君とは同級生だったフレア・クレフーツと申します」
軽く腰を折って謝罪するキャストン様に、同じく丁寧に頭を下げて挨拶するフレア様。
当然ながら、私達の紹介はありません。
これは、単に私達が使用人に過ぎないから……というだけでなく、キャストン様からは未だに『お客様』扱いされているからです。
「……折角、尋ねて頂いたのに申し訳ありませんが、息子は当分帰って来ないのです……」
エレイン様の目に浮かんでいるのは、『平民に対して丁寧な対応をする貴族』と直面して、面食らっている平民のそれではありませんね。
怯え? 不安?
身分差によるものではなく……何でしょうか、もっと明確な恐怖心?
彼女のこの態度は、ガラハッド・エレイシスの貴族嫌いと根源を同じくするものなのでしょうか?
「はい……その事に関する話でもあります。この場でするには少々問題のある内容ですので、よろしければ上がらせて頂いても構わないでしょうか?」
……当初は遺品を渡すだけのつもりだったのでしょうが、何事か確認しなければいけない事由が出来たのでしょう。
いざとなったら無理矢理にでも踏み込めるようにする為、門戸を大きく開いてもらえるようにあんな詐欺紛いの名乗り方をした……というところでしょうか?
「…………わかりました。狭いところですが、お上がりください……」
「ありがとうございます」
暫く逡巡されていたようですが、どうにか強行策は取らずに済んだようです。
そうして通されたのは、応接間……などという事はなく、居間兼食堂兼調理場とも言うべき空間でした。
平民の家なのですから、これは普通の事なんですけど……私はまだまだ未熟だったというべきですわね……。
ここに比べたら、貴族としては最下層と呼ばれるクレフーツ男爵家も、確かに貴族のお屋敷だといえます。
侯爵家のご令嬢とは言いつつも、謙虚に慎ましくしているつもりでした……本当に、『つもり』でしかなかったのですね……。
この家は平民の平均より下回ってはいるのでしょうが、それでもそう珍しい部類ではなく、一般の範疇だと教えられた時には……。
「お気遣いありがとうございます」
そんな風に内省しているうちに、エレイン様の手によって席に着いていたキャストン様達にお茶が用意されていました……。
これでは、私は案山子よりも役に立っていません……。
「さて、早速本題に入らせて頂きますが……お心を強く持って下さい」
そう言って、キャストン様が差し出されたのは、先程見せて頂いた小さな化粧箱でした。
「そう……ですか……」
それを受け取られたエレイン様も、既に予想されていたのか、箱を開ける事なく納得されたご様子です。
「あの遠征軍には、第一王子も参加していた事はご存知ですか?」
「はい……私は観に行っていませんが、ご近所の方が出征式を観に行かれたようで、話には聞いています……」
化粧箱に手を副え、視線を向けたまま応えるエレイン様。
「実は、その第一王子が討たれました。討ったのは……神子です。正確には神子ではないのですが、実質神子が討った事になります」
「え? そんな……ッ! まさか?!」
下を向いていた顔が上げられ、驚愕に染まった視線がキャストン様を捉える。
「いいえ、ご子息ではありません」
そうして、キャストン様は一つ一つ、懇切丁寧にご自身が見てこられた事を御教えくださいました。
自分が、ある貴族を連れ戻す役目を帯びて遠征軍を追った事。
神子が突如遠征軍に牙を向いた事。
その騒ぎに乗じて、別の裏切り者が殿下の首級を取った事。
その裏切り者も、神子に討たれた事。
そして、目的の貴族を救出した後には、箱の中身を回収するしかなかった事を……。
「国は、神子を召喚した教会に責任を追及する為、この事を公表します。自分は、その品を届け、転居する事をお薦めする為に伺わせて頂きました……」
神子を裏切り者として糾弾する以上、当然その側仕え、従者として出征したガラハッド・エレイシスも無関係とはいかないでしょう。
実際は被害者の一人なのに、それを理解する理性を全ての人間に期待するのは無理というものです。
となれば、どこかへ転居するより他にはないでしょう……。
「しかし、事情が変わりました」
「「「え?」」」
疑問の声を上げたのは私とリジー、そして、エレイン様の三人だった。
フレア様は顔色一つ変えずに聞いている。キャストン様が何を考えているのか、それを理解されているのだろう。
少しだけ、悔しく思いました……。
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
この頃はまだまだ打ち解けていないどころか、完全にお客様扱いなので、そこまで辛くはありませんが……。
それでもところどころ発生するスイーツ思考に、にやけるなり悶えるなり砂糖を吐いてもらえれば幸いです。




