第1話 騒々しくも幸せな朝
砂糖を吐く準備はできましたか?
リア充爆発しろと呪う準備は?
覚悟完了した方からお進み下さい。
――お母さま、お母さま
お母さまは、どうしてお父さまとケッコンなされたのですか?
コイをして、アイしあったから、ですか?
なら、私もいつか恋をして、愛し合った殿方をお支えします――
「おかーさまの、よう……に?」
気が付くと、小さな子供だった私は大きくなっていて……。
いえ、あれは子供の頃の夢を、適度に改竄して見ていたんですね……。
だって、あの頃の私は、大好きなお母様と一緒に大好きなお父様のお嫁さんになる……と言い張っていましたから。
その事を理解し、意識が覚醒していくと……。
「はぅッ!?」
殿方の腕を枕に、抱きしめられて肌と肌が密ちゃッ!?
私の名前はアイリーン。
アシュフォード侯爵家に長女として生まれたものの、今は家名を捨て、このクレフーツ男爵家に見習い使用人としてお世話になっています。
そして、ここは使用人の部屋ではなく、ご長男のキャストン様の部屋で、昨夜は、昨夜は昨夜昨夜ゆうゆうゆゆゆゆゆ……ッ!?
コホン。
えー、キャストン様のお部屋ですが、初めて拝見させて頂いた時の衝撃は凄まじい物でした。
それというのも、王城に施されている各種探査系の魔法を妨害する、対魔法障壁を軽く凌駕した結界が施されているのです。
ひょっとしたら、王宮にある王族の私室と比較しても遜色がないのでは?
当然ながら、外部への音漏れも防ぎます。これなら、いくら激しくしても……はぅッ!?
「あわわわわ……」
落ち着こうと、頭の中を整理しているのに、最終的に昨夜の事を思い出してしまいます!
それというのも腕枕とか殆ど裸で抱きしめられているとか肌と肌が密着しているせいですそうですそうに違いありません!
だったら、離れて服を着ればいいと?
え、嫌ですよ。リジーもフレア様もクリフトン様もエステルちゃんもいない、今くらいしかキャストン様を独り占めできないのですから……。
「じゃあ、とりあえず落ち着け……」
「はい?」
……目が合いました。
「おはよう」
「あ、おはようございま……す?」
誰と?
「て、まだ日が昇ったばかりじゃないか……」
勿論、私が枕にしてしまっている腕の主である……。
「キャストン様?!」
見られたーッ!
一人で思い出して悶えているところを見られましたわーッ!!
恥ずかしいッ! はしたないッ! 穴があったら入りたいッ! けどここから離れたくないッ!!
「ん? アイリ、欠伸……じゃないな、何か恐い夢でも見たのか?」
「え?」
そう言うと、優しく抱き寄せてくれました。
「涙の痕がある……」
「あ……」
「もうちょっと寝ていろ……」
あぁ……ズルイなぁー……あの日、本気で告白するまで、まともに向き合ってはくれなかったのに……今ではこんな細かいところにまで気付いて……。
本当に、お父様の言う通り、惚れた方の負けなんですね……。
お母様、見てくれていますか?
お母様達のような、『夫婦』にはなれそうにありませんが、この人が私の――――
夏季休暇が明け、2学期が始まりました。
皆さん、休暇中に帰省した際の話で盛り上がっていますが、そんな中でも婚約者であるガウェイン様をはじめとした、一部の殿方達の話題が耳につきます……。
このような噂に上るなんて、彼らは何を考えているのでしょうか……。
特に、アーサー殿下です。
グレイシア様という立派な婚約者がありながら、神子殿にばかり構って……いえ、あれはもう『構う』とか『面倒を見る』なんて次元の話ではありません!
このままでは、グレイシア様の、未来の義妹の恋が報われません!
政略で婚約しているとはいえ、グレイシア様がアーサー殿下に向ける気持ちは紛れもなく本物だというのに……。
やはり、あの男が、キャストン・クレフーツがグレイシア様の周りをうろついているせいで、殿下のお心が離れるのでしょうか?
そうです。そうに違いありません!
許すまじ、キャストン・クレフーツ!
ちょっと軍略が達者だからって、ホンの少し奸智に富んでいるからといって、全然ダメです!
何がって……あれですよ、男爵家というのがまずダメです。
いくら自由恋愛とは言え、やはり家格が釣り合いません。
そうですね、この場合ですと、伯爵家に養子縁組をしてくれるように頼んで、その後に婚約と言う形になるかと……。
我が家ですと、リジーの実家にお願いすれば、快く引き受けて――――
「いやいや、何を言っているんですの私ッ?! ちょっと待ってアイリーン!? 落ち着け、落ち着くんですのよ、私ッ!!」
グレイシア様の話です! グレイシア様の話のはずです?
あら? 何やら途中から私の話になっていませんか?
……コホン。
ここは女子寮の私の部屋。
私は昼間のグレイシア様の憂いを帯びたご様子に、心を痛めていた。
以上、それ以外には何もありませんでした。
コトン――
はて?
手紙受けに何やら投函された様子……こんな時間に?
寮監の方が配達する時間はとうに過ぎていますし、誰かが個人的に投函したという事ですか?
手紙受けから封書を取り出し、差出人を確認するとそこには――
「……え?」
婚約者の名が……これは、あぁ、そうか、これも夢……。
翌日、のこのこと裏庭に誘い出されて……場所が場所だけに、唇くらいは要求されるかと覚悟していたら、それどころではなく……。
久し振りに、この悪夢を……を?
「……あら?」
はて、身体が思い通りに動く? 夢なのに?
と、申しますか、こう……何かに優しく包まれているかのような、暖かさと言いますか心強さと言いますか……。
とにかく、いつもの悪夢とは違って、これを夢だと理解しつつ自由に動けるのであれば、目の前に現れた怨敵のにやけた顔を――
「ぶん殴らない道理はありません♪」
こう、グシャッ!! と気持ちよく、右の拳を叩き込み――
「……こんほはひひゆへはっはひはいはひゃ……」
「…………あ」
サー……っと血の気が引いていきました……。
土下座です……。生まれて初めての土下座です!
寝惚けていたとは言え、主筋に当たる方の顔に拳を入れるとか……いえ、それ以前に、恋しい方を怨敵と見立ててしまうとか、許されざる失態です!
これはもう、ただの土下座程度ではすみませんッ!
「踏んでくださいッ!!」
「なんでやねん?! と言うか、マジでヤメて!? 美少女の全裸土下座とか、本気でヤメてッ!? これ、どっからどう見ても俺が悪人にしか見えないからね?! しかも、これ絶対フラグだから! リジーが起こしに来て誤解されるフラグだから!?」
美少女だなんて……照れますわ♪
それはそれとして、『ふらぐ』とは何でしょうか?
コンコンコン――
「キャス様ー、アイリー、朝だよー、起きてー」
「二人とも起きてー」
「ホラーッ!? エステルまでいるし?!」
「で、ですが」
ガチャ――
「キャスさ……おぅ」
「きゃーッ!?」
「あにゃ? リジーお姉ちゃん、見えないよ?」
「エステルにはまだ早い……」
「踏んでもらうくらいしか、お詫びのしようも……」
「ふむー?」
「リジー! エステルの耳を塞いで!?」
「無理。手が足りない」
「おぅふ!? 斯くなる上は!」
「きゃッ」
シーツを被せられ、強引にベッドに投げ出されました。
……ちょ、ちょっとドキドキしましたが、これは投げ出された時に恐怖を感じたから鼓動が早まっているのであって、決してお姫様抱っこされたからではありませんよ?
まして、こう、逞しさとか、力強さに高鳴った訳ではありませんからね? はぅ……ッ。
「ほーら、エステルー、兄様はもう起きてるよー」
「きゃーん♪ キャスにーさまおはよー」
これは多分、キャストン様がエステルちゃんの頭を撫でて誤魔化しているんでしょう。
「アイテムボックスから服を着た状態で取り出すとか、フレアといい無駄に高い技術を本当に無駄遣いしてる……」
えっと……まぁ、昨夜はその……ね?
そういう事を致しておりましたので、キャストン様も行為の後は下着くらいしか着ていませんでした。
流石に、リジーがエステルちゃんの目を塞いでいるとは言え、そのままで近寄るのは色々と問題があります。
そこで、キャストン様はアイテムボックスに収納していた服を一瞬で着付けられたのでしょう。
一瞬で服を着るとか意味が分からない?
そうですね……私も実際に目にするまでは信じられませんでしたが、通常手元に出現させる方法しかない、アイテムボックスからの取り出しを、キャストン様とフレア様のご兄妹は身に付けた状態で取り出せるのです。
逆に、着ている物を着たままアイテムボックスに収納させる事も出来るようで、平服から戦闘服に一瞬で着替えたりと非常に便利そうです。
私とリジーも現在練習中です。
「うるせーよ。技術は使ってナンボだ」
「普段は隠しているのに?」
「切り札は伏せているから価値があるの。一度見せたらもう切り札じゃないの」
「ふむ……では、ここでボクの切り札。この事をフレアに黙っていて欲しいなら、ボクにちゅーして?」
「おぐふ……」
あらあら?
リジーも大分自然体でおねだり出来るようになりましたね?
ですが、まだまだ甘いと言わざるを得ません。
「キャスにーさま、わたしにもー♪」
そう。当然ながら甘えんぼさんのエステルちゃんも『ちゅー』を要求します。
「よしよし、二人とも『ちゅー』だな」
「わぁい♪ ほっぺー♪」
「むぅ……おでこ……」
そして、キャストン様はこれ幸いと、エステルちゃんの可愛らしい要求と、リジー渾身の取引を同格に扱います。
「エステルちゃんに負けて一緒に起こしに来た時点で、勝敗は着いていましたね」
「あ、おはよー、アイリお姉ちゃん♪」
「むー、おはよー、アイリ」
キャストン様が時間を稼いでくれている間に、私も人前に出られる程度には服を着て、迎えに来てくれた二人に挨拶をします。
お仕置きは今夜してもらう事にしましょう。
「アイリ、今日はボクの番だから、ダメ」
「リジーに読まれました?!」
「ずっとアイリを見て育ってきたから、アイリの考えている事はだいたい分かる。事によればアイリ以上にアイリの事を理解している」
……そうでした、そのせいでリジーまでもあの事件に巻き込んでしまったんでした……。
私の様子に疑問を感じ、原因がガウェインである事を見抜いたリジーは、あの男を問い詰めようとした結果……。
「特に最近のアイリは腑抜けもいいところ。アシュフォード侯爵家のご令嬢だったとは思えないほどの緩みっぷり。……コルセットも緩めた?」
「コルセットのサイズは変わっていませんわよ?! その、少しばかり気が緩んでいたのは認めるのも検討しないではありませんが……って、きゃッ?!」
突然リジーが胸を鷲掴みに?!
「……太ったんじゃなく、育ったという訳か……これはフレアがまた泣くね……」
もう、私が嫌な事を思い出すのを邪魔する為とは言え、もう少し方法というものはなかったんですの?
「まぁ、どちらにせよ、今日から暫く俺は遠征に出るがな」
「「え!?」」
何時の間にやら、エステルちゃんを肩車していたキャストン様が、非情な事実を突き付ける。
「キャスにーさま、おでかけするの?」
「そうだよー。エステルのお父さんとお兄ちゃんが作ったお薬を必要な人達に配って来るんだよー」
「だいじなお仕事なら、しかたないね……」
う……8歳の子供が我慢すると言うのに、私達が我侭を言う訳にも……。
エステルちゃんは、私達の後輩と言いますか、将来的には先輩と言うべきか……。
私とリジーが、あくまで(実家からの圧力の下)クレフーツ男爵家の見習い使用人であるのに対し、彼女はキャストン様個人が雇っている使用人です。名目上は。
あ、一応キャストン様の名誉の為に言っておきますと、決して幼女趣味という訳ではありません。
そうですね、今の私とキャストン様の関係を語る上で、彼女の存在を語らないのは適切ではないでしょう……。
ガラハッド・エレイシスの妹である、エステルちゃんの事を……。
それは、今から遡る事、三ヶ月ほど前。
ランスロット様を救出したキャストン様が戻られた翌日の事でした……。
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
ついに、真のヒロインの登場です。
え、グレイシア?
あの子はこのルートじゃ『男主人公の恋人』という意味のヒロインではなく、『女主人公』という意味のヒロインです。
その対する敵も、前回の断章で明かした通り、『主人公・酒月 聖』ではなく、『支配者・酒月 聖』です。
あ、彼女の恋は彼女の恋で、一つの結果に至ります……至ると言うか至らざるを得ないと言うか……まぁ、最終的には幸せを掴みます。
それまでは、某ウルトラ求道僧言うところの『間が悪かった』状態で、空回りしっぱなしになりますが、大目に見てあげてください。
そういう訳ですので、最終兵器アイリーンのおかし全開な奮闘を、死んだ魚のような目をしながら書いていきます!
え、真ヒロインは新キャラのエステル(8)じゃないのかって? ……その発想はなかったわ……。




