第12話 意外な素顔の暴き方
宰相編最終話です。
「やはり、スラム街の問題を穏便に済ませるためですか?」
キャストン・クレフーツを王室に迎え入れれば、あの男に従うスラム街の有力者達も手懐け易い。
「何を言い出すかと思えば、そんな事か……」
それ以外に、陛下があの男を殿下の王配に望む理由が思いつかないのだが……。
「言ったであろう? 『グィネヴィアとの相性は良い』と」
「そこがよく分からないのですが……」
「まー……俺が言うのもなんだが……娘は化けの皮を被るのが上手い。どうしようもなく上手い。王族としては、それは褒めるべき点だが、四六時中それを被っているのは精神的に疲れてどうしようもない。俺だって、この通りだ」
まぁ、確かに、一国の王ともなれば、本心を読まれぬために、化けの皮なりネコなり被らなければいけない。
そして、この国王のように、素顔でいられる場所と言うのは必要だろう。
「だがな、娘はランスロットの前では、決してその化けの皮を脱がない。あの子にとって、ランスロットは理想だからな。その隣に並ぶという理想を維持するために、決して本心を晒さん」
ソファーに大きく凭れ掛かり、天井を見上げてそう零すのは、一国の王ではなく、一人の父親だった。
「アロンダイト家に嫁ぐのであれば、それでも構わん。四六時中一緒という訳でもないのだから、どこかで適度に息抜きをすればよい」
「なるほど……ところが、殿下が女王になった場合は、王城で女王として公務に当たる時は勿論、王宮に戻ってからも落ち着ける場所がない、という事ですか……」
「あまり言いたくはないが、ランスロットはその辺の機微にも疎そうだからな……」
堅物の親友が脳裏に浮かぶ。確かに、あいつもその辺は苦手だ……。
「ですが、キャストン・クレフーツも……その……」
「女王と王配なのだから、最初から仲睦まじい夫婦である必要はない。むしろ、逆だ」
「と、仰いますと?」
尋ね返すと、人の悪そうな笑顔を浮かべて――
「盛大に喧嘩をして欲しいところだ」
などとのたまう我が義兄……。
「おい、そこは呆れる所ではなく、驚く所だぞ」
「あぁ、よかった。呆れている事くらいはちゃんとご理解頂けましたか」
「お前、時々酷いよな……まぁ、良い。時に、ロットよ。お前、キャストン・クレフーツと対峙して、『宰相ロット・ガラティーン』でいられる時間はどれくらいだ?」
うん、また何やら訳のわからない事を言い出したぞ、この友人。
「えぇい、物分りの悪いやつめ。あの男と直接対峙し、『宰相』だの『公爵』だのという、仮面を着けていられる時間だ」
む、そう言われると……正直、そんなに長くは……。
「まぁ、その顔を見るまでもなく、長くはなかろう。あの男はな、基本が煽りで出来ている。とにかく、まず相手の調子を崩す。煽って怒らせて調子を崩させ、その上で自分が主導権を握るのだ」
「それ、は……」
「貴族の、それも最弱の男爵家が取るべき手法ではないな。相手が見境なく怒れば、普通は取り返しがつかん。だが、それでもあの男はその姿勢を崩さん」
とても愉快そうに語る親友。
「もし、そんな男が王配になったらどうなると思う?」
「それは……」
妻である女王を怒らせて、絞首台送りか?
はたまた、実家ごと消されるか?
……本当にそうか?
なんら自慢にならないが、この3ヶ月近く、私はあの男に煮え湯を飲まされっ放しだ。
だが、未だにあの男を害したいとまでは思わん。
それは、あの男の力が、知識が、知恵が必要だったからか?
あの男を婿養子にしなければ、我が家が潰えるからか?
いや、そうではない。
あの男が、そこまで私を追い込まなかったからだ。
なぁなぁで水に流せる程度だったからだ……。
そして、そんな男がグィネヴィア殿下と一緒になれば……。
「女王を程よく煽って怒らせ、女王という仮面を剥ぎ取るのでは……ないでしょうか……」
「ま、そういう事だ。それにな、何というか……ただの直感なのだが、あの男なら、娘を成長させてくれるのではないかと思うのだ……」
「成長、ですか?」
「うむ。ランスロットも、いずれバンと同様に経験を積んでいけば、『他者を成長させる』という事の重要性と難しさを理解するだろうが、女王となる娘にはそれでは遅いのだ。……まぁ、これは、王位を継ぐのはアーサーだからと、甘やかして育ててきた俺の責任でもあるのだがな……」
そう言って、ばつが悪そうにあらぬ方向を見やる陛下。
「なるほど。要するに、全部陛下の勘という訳ですな?」
「それを言ってしまっては身も蓋もないだろう……」
まぁ、私も概ね陛下の言う通りだろうと思う。
「ですが、肝心のあの男が王配になれと言われて、頷くでしょうか?」
「まさか。あの男なら『面倒臭い』の一言で切って捨てるだろう……だがな、あの男は細かい差異はあるものの、マーリン先生と似た思考の持ち主だ」
「マーリン先生と、ですか?」
かつて、アシュフォード侯爵家と並ぶ、『三大侯爵家』と呼ばれる家があった。
一つは勿論、現軍務大臣を務めるアシュフォード侯爵家だが、残る二つの内、一つは残念ながら『大』とは呼べない侯爵家になってしまった。
まぁ、それでも、数の暴力で内務大臣になるくらいはできるようだがな……。
そして、残る一つ、今は存在しないミルフォード侯爵家がマーリン先生の生家であり、その手で潰した家でもある。
研究者になりたかったマーリン先生は、家を継がせようとしたミルフォード侯爵に対し、侯爵家その物を潰すという暴挙を以って抵抗。
その後、ご自身の研究室を設け、魔法を中心とした複数の分野を気の向くまま研究。
遂には、魔剣の量産化に成功し、我が国の軍事力を底上げさせるに至った。
「それは、王配にしようとすれば、我が国を潰しに来るという事になるのでは?」
「それを言ってしまえば、ガラティーン公爵家の婿養子だって大差ないだろ?」
「う、それは……」
確かに、あの男が素直に我が家の婿養子になるとは思えない。
だから、娘に期待しているのだが……。
「まぁ、世間一般だけでなく、先生本人も『研究の邪魔だったから実家を潰した』という認識である以上、そう考えてしまうのも無理はないが、現実にはその両者の間に大きな認識の差があるぞ」
「と、申しますと?」
「考えてもみろ。お前だって、今は『宰相』と『公爵家当主』という二つの仕事を両立させているだろう?」
「はい。我が領地は王領の東にあるので、その経営は各代官に任せ、私自身は王都で宰相を務めております」
実の所、『公爵領』というのは然して大きくはない。
なぜなら、『公爵家』というのは『王家』の分家みたいなもので、それが出来る度に王家の直轄領を崩し、大きな領地を与えていては、肝心の王家の力が弱まってしまうからだ。
では、何故我がガラティーン公爵家が『二大公爵家』と称されるかと言うと、その理由はおよそ100年前にまで遡る。
当時の王子が、上は侯爵家から下は平民に至るまで、そこら中に胤を撒き散らしたせいで内乱が群発したのだ。
その鎮圧にあたり、大いに活躍したのがガラティーン公爵家とアロンダイト公爵家だった。
そして、断絶した貴族や、転封させられた貴族の領地を与えられ、二大公爵家と呼ばれる大領になったという訳だ。
そんな大きな領地を治めつつ、王都でこうやって宰相職に就いていられるのは、元々それらの管理を複数の代官達に任せているからだ。
無論、最終的な決定権は私にあるが、ある程度は代官独自の裁量を認めている。
……法に触れない程度には、おいしい思いをさせてやらねば、隠れて何をされるか分からんからな……。
「同じ事を、マーリン先生が出来ないと思うか?」
「それは……」
確かに、形式上ミルフォード侯爵家を継いで、実務の全てを代官に任せれば、問題なく研究者生活を送れるはず。
むしろ、侯爵家の資産を研究資金に充てる事が出来る分、そちらの方が良いようにも思うが?
「そうしなかったのは、自分はそれが出来ない性格だと、先生ご自身が理解されていたからだよ」
「……どういう事でしょう?」
「先生は凝り性だ。何事も徹底的にやらないと気がすまない。だからこそ、研究者として大成されたし……本人が望んでいなくとも、領民の生活がかかっている以上、領主をしながら研究なんて出来ない、と判断された。せめて、先生にご兄弟がいらっしゃれば、ミルフォードは潰されなかっただろうな……」
……なるほど。
世間では侯爵が研究者になるのを邪魔してきたから、侯爵家を潰した……という認識だが、事実としては、領主になってはそちらが気がかりになり、研究に打ち込めないから邪魔だった……という事か。
要約するとどちらも、『研究の邪魔だったから実家を潰した』になるという訳だ。
「では、キャストン・クレフーツも似たようなものだと?」
「要所で差異はあるが、根本的には同じだ。あの男は、情の移った相手を見捨てられんのだ」
…………いや、それはないかと。
「あ、信じておらんな? ならば、どうしてあの男はアイリーン・アシュフォード達を見捨てなかった?」
「それは……しかし、あの境遇を知ってしまえば、助けようと思うのが普通では?」
無論、貴族としては、単なる情で他の貴族を助けようとするなど、愚の骨頂だ。
助ける以上は、相応の見返りを要求するのが当然であるが……誰に対してもそのような要求をしておらんな、あの男……。
いや、青臭い子供ならば、当然するべき打算をしない事もあるが……あの男が青臭い? 何の冗談だ?
「いいや。キャストン・クレフーツは一度、自らの目的の為に彼女達を見捨てた。一度見捨てたのだから、最後まで拾わなければそれで良いはずなのだ」
そう断じる陛下。
だが、それは、私が揉み消せる火種の内は、口封じされぬよう……いや、それはおかしい。
そもそもだ、私の持ちうる全戦力を投入しても、あの男を口封じに消す事など出来ん!
あの男は、何か別の理由があって、アイリーン嬢を一度見捨てたという事か?
「こう言ってはなんだが、ガウェインが犯した罪も、アイリーン嬢がその境遇に甘んじていた事も、あの男には関わりのない話。意図せず入ってきただけの情報だ。我々に報告する義務などもない」
学園の裏庭に仕掛けた魔導具。
あの場所は、外から学園内を見る事が出来ぬように作られた林だが、同時に学園内からの視線も遮ってしまう。
その結果、昔から生徒達の逢引に利用されていたりする……まぁ、それでも、愚息や殿下達のような事をする者はほぼいなかった訳だが……。
そこにあのような魔導具を仕掛けた理由……2年前から神子の警備強化の為に、教会がごり押しして設置させた……そうか、あの男が狙っていたのは神子か!
理由は分からないが、キャストン・クレフーツは神子があの場所で、そういう行為に及ぶと予想していた。
今なら、あの男がこの国から神子を排除したかったのだと理解できる。
だが、そこに予想外の情報が記録されていた。
バカ息子どもの犯行だ!
既に、神子の私室に於いて、複数の男が夜通し居たという情報を得ていたあの男は、言い逃れのしようもない決定的な情報を得るまで、愚息の犯行を封殺し続けなければならなかったのか。
「いや、むしろ、我々に報告しない方があの男にとっては好都合だったろう。何せ、今まで無能を装ってきた男が、こうして我々に目を付けられた訳だからな。だが、そうまでして、被害者達の保護に動いたのだ」
マーリン先生も喜ぶほどの未知の知識に、スラム街に与えている影響力。そして、神獣という埒外の手札。
それ以外にも、切った札、伏せている札がありそうだ。
「何よりな、貴族籍を抜いたアイリーン嬢達を、クレフーツ男爵家で見習い使用人として置いておく必要などないのだ」
アイリーン嬢とブリジット嬢の二人が貴族籍を抜いたのは、誰に言われたからでもなく、当人達が望んだ事だ。
そして、彼女達がクレフーツ男爵家で使用人の真似事をしているのも、周囲が圧力をかけた訳ではなく、当の二人がよりキャストン・クレフーツの傍にいられるようにと望んだ結果だ。
無論、その為だけに貴族籍を抜いたのではない。
「既に貴族籍を抜いた以上、結婚出来ようが出来なからろうが、アシュフォード家にとってはどちらでも良い事。残りの人生、全て侯爵達が面倒を見ても、誰にも後ろ指を指される事などない」
貴族の娘にとって、結婚できないという事はこの上なく恥ずかしい事ではあるが、貴族でなくなってしまえばその限りではないという事だ。
そうなれば、親が娘の面倒を見る事に、誰が文句を付けられよう?
仮に……いや、ここまで話を聞いてしまうと、その可能性はなかったのだが、キャストン・クレフーツが二人の受け入れを拒んだとしても、どうにでもなっていた訳である。
……まぁ、現当主であるコンラッド・クレフーツに、上位貴族からの申し出を拒否できる訳もないのだがな……。
「狡猾な男だと思うか? 腹黒な男だと思うか? 卑怯で卑劣で図々しい男だと思うか? あぁ、その通り。それらは全て真であろう。だがな、それがあの男の全てではない」
「確かに、我々に見せているものが、あの男の全てではないのでしょう……ですが」
「なんだ? あの男は王配になどならぬと? それとも、グィネヴィアにはやらぬと?」
こちらの言に、どんな反撃をしてやろうかと、実に楽しそうな親友に対し――
「それほどの人物眼があるのでしたら、イグレイン様にこそ発揮して頂きたかったですな」
「ぐはッ!」
反則の一撃をくれてやった。
「お、お前ッ、ここでそれを言うか?!」
「言いますとも。お二人の夫婦仲がよければ、或いはもう一人くらい王家直系の王位継承権保持者がいたかもしれなかったというのに……」
「うぐぐ……それを言うなら、お前だって一男一女じゃないか! バンにいたってはランスロットだけではないか!?」
「いえいえ、陛下にもう一人お子がいれば、我が家はキャストン・クレフーツを、アロンダイト家もグィネヴィア殿下を迎え入れれば済んだ話です」
「ぐぬぬぅ……あぁ、そうだよ、若い頃の俺の失敗だよッ! 芋引いた俺の大失敗だよ、コンチクショー!」
はぁ……どこでそんな言葉を覚えてきたんですか……。
「だがな、今度は失敗しない。というか、もう後がない以上、失敗する訳にはいかねーんだ!」
そう言って、ソファーから立ち上がる友人。
「お前だって、気をつけろよ! あの男はもうお前の狙いなんか見抜いている! 時間を与えれば与えるだけ、あの男は自分の代わりになる相手を見つけてくるからな!! どチクショーッ!!」
言うだけ言って、悪友は執務室を後にした……。
ま、これで陛下は陛下で、何らかの形でイグレイン様との問題に向き合われるだろう。
……まぁ、おおよそ、『幸せ』とは言い難い決着となるだろうが、例えるなら掛け違えたボタンを直すには必要な事だろう。
それはそれとして、陛下の仰りたい事は分かった。
確かに、あの男は「王をやれ」とか「宰相をやれ」と言ったら、「面倒臭い」の一言で、全力で回避するために策を練るだろう。
それはもう、この国を解体して、法国やガリアに割譲させる可能性すらある。
だが、「情の移った者の為に王配になってくれ」とか、「惚れた女の為に公爵家の婿養子になってくれ」というくらいの事ならやってくれるだろう。
なぜなら、「情の移った相手を切り捨てる」というのは、あの男にとっては相当量の苦労に当たるらしいのでな。
それと比較して、王配や婿養子になる方が楽……と判断させる事ができればいける!
「それにしても、あの男に代わる事ができるような人材が果たしているだろうか?」
あの男を我が公爵家の婿養子に、というのは、何も私一人の思惑という訳ではない。
複数人の思惑によるものなのだから、その大部分を満たせるような人材など、いるはずもないのだが……。
だが、確かにあの男に時間を与えるのは得策ではないな……。
アシュフォード侯爵には申し訳ないが、これはあくまで当人達の判断と言う建前で、グレイシアにはアイリーン嬢達を味方に引き入れさせねば……。
……だが、私は遅きに逸した……。
その日、私の元に届いた報せは二つ。
一つは、グレイシアからの「キャストンさんが飛び級で学園を卒業しました。接点が全く有りません」という泣きの入った連絡と……。
もう一つは、「『魔人薬』の汚染除去に有効な特効薬を発見」という、当のキャストン・クレフーツからの報告だった……。
「い、胃が……」
「か、閣下ッ!? 誰かある! 医者を、治癒魔法士を呼べ!!」
これで私は、あの男に娘という剣が届かない場所まで逃げられ、各令嬢との既成事実という包囲網をも崩された事になる……。
……どうしてこうなった?
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
後書きや活動報告の小ネタも読んで下さった方には、予想通りのオチだったかと……。
このロット・ガラティーン宰相視点の終了を以って、当初予定していた学園編は終了となります。
4人目と5人目は、次の戦争編までの約1年間が軸となります。
……まぁ、その時間軸から、この学園編前後を含めて振り返る……という内容が主になります。
どこに特効薬があったのか……なんて事も明らかになります。
グレイシア編にこっそりヒントがあったりするので、予想できる人も多いかな?
そんな訳で、残念ながらこの作品は当分続きます。
もっと短くまとめて、キャストン視点の正史をはじめるはずだったのに、どうしてこうなった?
それでは皆様、良いお年を。
私はちょっと、CCCの金ぴかルートをクリアしてきます。
……あのルートだけ、まだクリアしてなかったんですよね……。




