表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
宰相は辛いよ編
30/103

第10話 楽しい友との付き合い方

大変お待たせしました。


あの日、もう一つの舞台裏で何があったのか……。

 コココンと小気味よく三度扉を叩かれ、こちらが返事をする前に開かれる。

 宰相の執務室にノックを3回する人間は、この国で現状二人だけ。

 そして、こちらが返事をする前に扉を開けるのは、その内の片方だけだ。



「邪魔をするぞ、ロット」



 普通、こんな事をすれば扉の前で警護に就いている騎士が咎めるのだが、相手がこの国の頂点ともなれば止められる者などそうはいない。



「陛下、何度も申し上げますが」

「あー、よいよい、気にするな。俺は気にしない」



 いや、あんたこそが気にして下さいよ……。

 最早、当番の騎士全員が諦めているとか、一国の王が取るべき態度ではありませんからな?



「せめて、普通に先触れを出し、臣下達の目が届かない範囲で崩して下さい」


「だから、友人の前で王という服を脱ぎ散らかしているのではないか」



 どっかりとソファーに腰を下ろす親友。



「散らかさんで下さい。それと、私以外の目もありましょう」


「ヤダ、面倒臭い。あと、俺とお前の執務室周りの警護は勝手知ったる者ばかりだ、抜かりはない」



 そういう事じゃねーよ、義兄。



「はぁ……それで、今回は何があったので?」



 まぁ、この方がこういう態度の時には、だいたい私生活関係で問題が発生したという事なのだがな……。



「……アレに息子の戦死を伝えた……」


「やはり、そういう事ですか」



 陛下の言う『アレ』とはイグレイン妃殿下の事であり、戦死したアーサー殿下やグィネヴィア殿下の母に当たる方だ。

 王妃として非常に立派な方であったのだが……。



「それで、イグレイン様は何と?」


「……癇癪起こしてまともな会話にならなかった……」



 「女である前に妻であり、妻である前に王妃である」と、讃えられるほど素晴らしい王妃である。

 ……つい最近まで、そう思っていたのは、私だけではない。



「アレは、王妃である以上に、母であったのだな……」



 そう零して物思いに耽る幼馴染に、威厳溢れる王の姿はなかった。


 イグレイン様が豹変したのは、あの舞踏会の直後。

 グレイシアを陥れようとしたあの騒ぎのせいで、アーサー殿下の廃嫡がほぼ決定したと知り、激しい荒れようだったそうだ。


 常日頃から、王妃たるに相応しい毅然とした方だった為、事を理解してくれると思っていたのだが、結果はこの有様だ。



「はぁー、息子は色恋に惚けてくたばり、娘は色恋の為に男を誑かし、この上妻にまで愚行に走られたら溜まったものではないぞ」


「ん? 娘? グィネヴィア殿下がどうかしたのですか?」


「なんだ、気付いていなかったのか? ランスロットの暴走はグィネヴィアが唆したからだ」



 あっけらかんとおっしゃる陛下。

 そんな話は聴いておりませんぞ!?



「本当に気付いておらんかったのか。考えてもみよ、あのクソ真面目なバンの息子だぞ? あいつ以上の堅物であるランスロットが、こちらの用意した『新生徒会の補佐』なんて訳の分からん罰の意図に気付いていながら、それに逆らうはずもあるまい」


「えぇ。ですから、こちらの思惑を超えた行動を取られて苦労した訳ですが……」


「そうではない。こちらの思惑を超えていたのは娘の方だ」


「と、おっしゃいますと?」



 続きを促すと、少し言い難そうにしつつ……。



「まぁ、なんだ……娘には、我ら夫婦のあり方は許容できなかったのだろうな……」



 イグレイン様は現アロンダイト公爵家当主であるバンの実姉であり、我々からしても姉のような存在だった。

 そして、グレイシアがアーサー殿下の婚約者であったように、イグレイン様もウーゼルの婚約者だった。


 ただし、彼女にとってウーゼルは『弟の一人』でしかなく、他に好きな男もいた。

 まぁ、当然ながら我ら王族にそんな我侭は認められず、ほぼ無理矢理にウーゼルと結婚させられたのだがな……。


 それを理解しているウーゼルは極力彼女を尊重し、彼女も彼女で王妃としての役割は果たしてくれていた。



「だが、そんな親の夫婦生活を見て育った娘には、自分が女王になってランスロットよりも上の立場になる結婚は許容できなかったのだろう。あくまで、自分がアロンダイト家に降嫁し、ランスロットを支え、両親とは違う仲睦まじい夫婦となる事を目指したのだ」


「それで、ランスロットに出征を決意させたと? しかし、それは……」


「あぁ、余りにも本末転倒だ。それどころか、事実ランスロットは死に掛けた。だから、娘はこちらの思惑を超えて子供だったというのだ」



 グィネヴィア殿下にとって、ランスロットは英雄だ。

 どんな困難も一蹴し、彼女を颯爽と助ける騎士。

 それが、彼女の根底にあるランスロット像だと陛下は言う。



「確かに、ランスロットは優秀だ。家柄もよく、才能に溢れ、努力も怠らない。およそ、挫折らしい挫折もした事はなかっただろう……」


「これまでは、ですな?」


「あぁ、『これまでは』の話だがな」



 二人揃って苦笑する。

 その脳裏には、腹の立つほど有能な赤毛の男が浮かんでいる。



「そんな優秀なランスロットを間近で見て育ってきた娘は、文字通り子供のように、あいつなら何でも出来る!と思い込んでしまった訳だ」


「なるほど、その結果、却ってご自身の首を絞めてしまわれたと……」


「あぁ。こうなっては、最早ランスロットを婿養子にし、王位につける訳にもいかん」



 そんな事をすれば、此度の遠征でアーサー殿下を救えなかったのは、『救えなかった』のではなく、『救わなかった』のではないか……などという邪推を招いてしまう。



「そして、グィネヴィア殿下を即位させ、ランスロットを王配とするのも難しくなったという訳ですな」



 何より、表向きにこれほどの失態を犯してしまっては、それを相殺できるほどの手柄を立ててもらわねば、三大頂点の後継が三人しかいない現状、グィネヴィア殿下との婚約を維持する事すら難しい。



「そうだ。表に加え、本人達が知らぬ事とは言え、裏でも多大な顰蹙を買ってしまった……こうなると、娘の好き嫌いに関係なく、ランスロットとの婚姻自体が難しい」



 最悪、他の公爵家から結婚相手を探さなければならないが、アロンダイト家への嫁入りはともかく、王家へ婿入りするとなると、絶対に本人とその実家が調子付く。

 そうなると、どう考えても面倒事に発展する未来しか見えない……。


 第一、グィネヴィア殿下の結婚相手に見合うような年頃で、未婚の男が他の公爵家に見当たらない……ダメだ、ゼロではないが、碌なのが残っていないッ!



「……そこでな、お前に言うのも何なのだが……正直に言うとだな、娘にはあの男が良いのではないかと思っている……」



 陛下がポツリと零す。



「あの男とは? ……まさか?!」


「うむ。そして、ランスロットにはその妹などどうかと思っていたのだが……」


「陛下、流石にそれはないかと」



 何があったのかは分からないが、あのケイ・エクトルを完全に壊した(・・・・・・)フレア・クレフーツをランスロットの妻に……各所で血の雨が降るな。



「あぁ、今朝のあのへこみっぷりをみて、『あ、こやつではあの女傑を御し切れんな』と確信した」


「いえ、問題はそこではありませんぞ」



 それもそうなのだが、肝心なのはそこではなく、キャストン・クレフーツを持って行かれると、我が家の立場がいよいよ無くなってしまう。



「……分かっている、言ってみただけだ……だが、グレイシアの手に負えなかった時は容赦なく動くぞ?」



 えぇー……勘弁してくれませんか、義兄殿。



「ぐ……そんな顔をするな。考えてもみよ、本人に野心はなく、実家も野心なんて持ちようのない最弱男爵家。それでいて能力は、俺も王冠投げ付けたくなるほど優秀ときた。王配にするしかなかろう?」


「言いたい事は分かりますが、あの男はランスロットとは正反対です。とてもグィネヴィア殿下と上手くいくとは……」


「ん? 何を言うかと思えば、それはむしろ逆だぞ?」


「逆、とは?」


「ランスロットとキャストン、この二人が正反対な人間である事は言うまでもない。だが、だからこそ、グィネヴィアとの相性は良いぞ。むしろ、ランスロットより遥かに良いであろう」



 そこまで言いますか?

 陛下があの男と直接会ったのは、あの日だけだったはずだが、何を以ってそこまでの評価を下すのだろうか?





 控え室の扉が丁寧に四度叩かれる。



「キャストン・クレフーツ様をお連れしました」


「入れ」



 こちらの返事を確認し、案内の者が扉を開け……。



「失礼致します」



 赤毛の男を先導して入室する。

 先導されて入室した男は大人しく……従う訳もなく、部屋の入り口に立ったままだ……。



「どうした、早く入らぬか」



 少々苛立った声でバン・アロンダイト(友人)が男に命じる。

 あー……やはり、この二人がぶつかるか……。



「でしたら、まずはお手の方の殺気を引っ込めて頂けないでしょうか? 陛下の密偵衆のように、値踏みされる程度でしたら気付かぬ振りも出来ますが、流石に殺意が篭っている眼差しを向けられると、愉快な事(・・・・)になってしまいます」



 頭に『不』が付く『愉快』だろうに……。



「ほう、この程度の殺気に兎のようにビク付くとは、話に聞いていた程ではないな」



 お前も、まずは威圧から入るのをやめんか、バン。

 そういうのは、この男の好物だと言っただろうが……。



「えぇ、しがない男爵家の小倅風情の身では、公爵閣下に睨まれては怯えてしまい、つい身の安全を確保したくなります……首狩り兎(ヴォーパルバニー)のように、ね」

「ぐぁッ」


「なんだ!?」



 声のした方を見てみると、部屋の隅でアロンダイト家の密偵らしき男が蹲っている。



「……おい、バン。いい加減にせんか。お前がこの男を嫌うのは分かるが、それはそれだ」


「……分かった」



 蹲る密偵が運び出されるのを見届けてから、バンがこちらに……って?



「おい、バン」


「今度は何だ!」


「いいから、何も言わずにこれで顔を拭け」



 アイテムボックスから手巾を取り出して無理矢理渡す。



「うん? なんだ、いきなり」



 ぶつくさと言いながらも、言われた通りにする友人。

 こいつも、悪い男ではないのだが、少々潔癖なところがある……。

 キャストン・クレフーツがスラム街で、高級娼館や高級クラブを経営している事が気に入らなかったのだろう。


 あ、いかん、これ、軽く拭いた程度じゃ落ちんな……。

 いま指摘すると、余計な時間を取られるな……どうするか……あと、陛下、コッソリ笑うのは止めてやって下さい。


 あー……もう、知らん。

 こっちは、連日連夜の対策に追われていて、疲れているんだ。

 人の忠告を聞かずに勝手をしたお前の責任だ。

 暫く愉快な顔をしていろ……あ、本当に『愉快な事』になってしまった……。



「さて、面白い芸を見せてもらった。堅苦しい挨拶などは抜きにして、早速本題を進めるとしようか」



 陛下のその言葉に、真面目一徹のバンが難しい顔をする。

 まぁ、自分の手の者が倒された、謎の方法を『面白い芸』と評された……と思っているんだろうが、違うからな?

 お前の今の顔の事だからな?


 我ら二人が陛下の後方に控えて立っている中、陛下はソファーに腰を下ろし、対面のソファーをキャストン・クレフーツに勧める。


 この場合なら一度目は断り、二度目の勧めで座る……というのが我が国での礼儀なのだが、陛下が相手でも臆する事なく常識を無視し……。



「では、お言葉に甘えさせて頂きます」



 と、きっちり一度目の勧めで席に着くキャストン・クレフーツ。

 そして、やっぱり苦い顔をする親友(バン)

 だが、これは諦めろ。陛下もこういう非公式の場では、作法など無視する事があるからな……。



「まずはじめに、今回の一件に協力してくれた事に対し、感謝を述べよう。君からの報せがなければ、どちらの問題もより深刻な事態へと発展していただろう」


「一臣民として、当然の事をしたまでです。それで、準備の方は何処まで(・・・・)出来ているのでしょうか?」



 陛下の謝辞に対し、表面だけを見れば殊勝な返事だが、あからさまにただの社交辞令でしかない事が伺える。

 まぁ、この国の頂点に座すお方がこの反応を気にしないのだから、我々が気に病んだところでどうにもならんぞ。バンよ。



「ふむ、君の望む答えには到底達していないのだが、関係者の護送、それと被害者親族への召集状の準備は整っている。バーナード伯爵のような、自領にいる者には既に使者を送っている」



 つまりは、この男が提案してきた数々の方策は、未だ検討すらされていないという事だ。



「そう、ですか……まぁ、仕方ないでしょう。殿下が更生可能ならば、そう出来るに越した事はありません」



 言外に、「まぁ、絶対に無理ですけど」と言いたいようだな、それは……。



「すまぬな。君を信用していない訳ではないのだが、アーサーを廃嫡するとグィネヴィアを即位させる事になる。親としては、何の心構えも出来ていない娘に背負わせたくはないのだ」


「いいえ、自分のような未熟者の言を確かめもせずに、一国の後継者を挿げ替えてしまうのは問題がありましょう」



 はぁ……こやつが素直だと、それはそれで気味が悪いな……。



「それで、もう一方はどのように? 最悪、破れかぶれで騒がれ、被害者達の事を衆目の集まる中で暴露されるのは防ぎたいのですが?」


「そちらは構わん。当初の打ち合わせ通り、殺さない範囲で君の良いようにしたまえ」



 これに関しては陛下に代わって私が答えておく。


 こちらの案件は殿下とは違い、明確に国家反逆罪が成立している。

 我が家の密偵を使って確認も取れた。

 どのような形になるにせよ、愚息共の死は避けられん。

「おぉ、キャストン君。帰ってきたのかね」

「えぇ、今朝方登城し、荷物を届けてきました」

「そうかそうか。その様子だと、ランスロット君も無事だったようじゃの」

「んで、こちらが学園長待望の写本です」

「おぉぉぉッ! は、早くこっちに!」

「いやいや、学園長。まさか、他人の生命線とも言える知識の源泉を、ただで貰おうだなんて考えていませんよね?」

「むむむッ! それはそうじゃが……いったい何が欲しいのじゃ?」

「ふっふっふ……一年早く卒業資格を下さい」

「な、なんじゃと?! いや、それは流石にのぅ……」

「今すぐ卒業が無理なら、今後の出席数が0でも卒業出来るようにして下さい」

「むぅ……そんなにグレイシア君は嫌かね?」

「え? そんなの嫌に決まっているじゃないですか」


「何でしょう……いま、訳もなく心が痛いですわ……」


「第一、実家が研究の邪魔だからって、三大侯爵家の一つを潰した学園長にだけは言われたくないです」

「しまったのぅ……今になって若気の至りが足を引っ張るとは……」

「ところで学園長。自分、スレイプニルという手札を世間に晒した訳ですが……これで、遠方にも気軽に行けるようになりました」

「そうじゃのぅ……スレイプニルも気になるが解剖する訳にもいか……ま、まさか……」

「はい、大陸各地のダンジョン化した遺跡に潜り放題です」

「あい分かった! 君は今この時を以って卒業じゃ! という訳で、今後とも新しい発見があれば儂にも見せるのじゃぞ?」

「では、商談成立という事で」

「「はっはっはっは」」




拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。



宰相編もいよいよ終盤です。

年内に5人目まで終わらせたかったのですが……さ、宰相編だけでも年内に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ