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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
宰相は辛いよ編
28/103

第8話 不毛な会議の終わり方

大変長らくお待たせしました。


文字数が普段より大目です。

「皆さん言いたい事は多々あるかと思いますが、まずは効果のほどを説明させて頂きます。『体交法』は施術者と被施術者が高い次元で一体化する事で、施術者が被施術者の(プラーナ)を浄化するものだとお考え下さい。……こんな風に」



 キャストン・クレフーツがそう発し、たらいの中に残っているビーカーを触れた途端、魔力に似た別の何かがビーカーの中に注がれ、瞬く間に溶液が透明になっていく。

 いや、正確には少し違う。



「な!? 水とインクが二層に分かれていくだと?!」



 そう。

 インクをかき混ぜられて黒く濁った溶液は、上に真っ黒なインクの層と、下に透明な水の層の二層に分離していったのだ。



「これはあくまで視覚的に分かり易くしたものですが、実際の魔人薬もこれと似たように処理できます」



 そう言いながら、キャストン・クレフーツは上層のインクをピペットで採取して、先程空いたビーカーに移していく。

 先程の、魔力に似た何かが(プラーナ)という物なのか?



「さて、皆さん。何故、この治療に手を繋いだり、キスをしたり、はたまたそれ以上の行為が必要になるか分かりますか?」



 その問いに誰一人言葉を発する事が出来ない。



「では、マーリン先生。どうぞ」


「む? また儂か?」


「はい、同じ説明をしたくないので、教師らしく皆さんが理解し易い説明を期待しますよ」


「やれやれ、仕方ないのぅ……そうじゃの、『儀式魔法』という物を知っておるかの? 軍関係者なら知っていると思うがの」



 そう言って、マーリン先生が水を向けたのは、軍務大臣であるアシュフォード侯爵だ。



「『戦術魔法』とも呼ばれる、集団で発動させる魔法ですね」


「うむ。何も攻撃魔法に限った事ではないが、集団で大規模な魔法を発動させようとするなら、魔法の詠唱、つまりは儀式に参加しておる全員の意思が統一されておらねばならん。儀式魔法が戦術魔法と呼ばれておるのは、攻撃魔法ならば意思の統一が容易、且つ繊細な調節を不要とするからじゃ」



 早い話、「敵を倒す」という目的の下、詠唱されるのが攻撃魔法なのだから、『意思の統一』が容易なのも頷ける。

 また、攻撃魔法は基本的に対象を破壊する事が第一義なのだから、精密な魔力制御がなくとも単純な出力が強ければ何とかなったりするのだ。



「では、何故意思の統一が必要かと言うと、儀式に参加している者達の魔力を同期させる為なんじゃ。この魔力の同期というものが儀式魔法では肝要での、同期していない魔力で儀式魔法を詠唱しても、魔力が足りずに失敗するか、個人単位の非常に弱い魔法が発動する事になるのじゃ」



 仮に、百人で一つの戦術魔法を詠唱したとして、魔力が同期していなければ、威力も射程も一人分の攻撃魔法が百発放たれるだけという訳だ。

 戦術魔法を必要とする場面において、期待した効果が発揮されなければ、時間と魔力と人員を無駄に消費するだけとなるな。



「キャストン君の言う『房中術』とは、この儀式魔法における魔力の同期状態と似た、即ち(プラーナ)の同期状態を起こす為の手段なのじゃろう」


「はい、その通りです。付け加えるならば、身体的接触を以って両者の(プラーナ)が流れる道を繋げ、精神の高揚を以って両者の(プラーナ)を活性化させるという理由もあります……が、それ以上に重要な理由があります」


「ほほぅ、それはなんじゃろうのぅ」



 ん?

 何やら、マーリン先生の台詞に若干含んだ物を感じたが……気のせいか?



「ぐ……えー、ここまで房中術について説明して参りましたが……この術を生み出したのは、自分ではないという事をご理解下さい。その上で、これからする最後の説明をお聞き下さい」



 長い付き合いという訳ではないが、それでもこれほどまでにこの男が言いよどんでいる姿を見た事がない。

 それほどまでに重要な事なのかと、息を飲んで続きを待つ。



「……房中術にとって、一番大事なのは……です……」



 なんだって?



「聴こえておらんぞい」



 マーリン先生が指摘する。



「だから……ぃですよ……」


「ぜーんぜん聴こえておらんぞ。若いんじゃから、パーッと言ってしまわんかい」


「だから! 愛ですよ愛! 恋愛だの友愛だの家族愛だの、愛情だの愛慕だの愛念だのの愛ですよッ! 恥ずかしい事を二度も言わせないで下さい!!」


「ほっほっほ。若いのぅ若いのぅ……いやー、その若さは実に羨ましいのぅ」




 言い切った後、肩で息をしているキャストン・クレフーツと、それを見て笑っているマーリン先生……。

 そして、「突然何を言い出すんだこいつは?」と思っている我ら一同……。



「はぁ……この房中術というものは、先程も申し上げた通り、自分が開発した術ではありません。『愛の伝道師』なる者(バカと紙一重の狂人)が遺した文献を解読して習得したようなものです」



 最後に大きく息を吐いてから、説明が再開される。



「その中に、最も重要な要素として、施術者と被施術者の間に愛がある事……とあります。直截に言ってしまうと、手を繋ぐのも嫌な相手とは出来ないという事です」


「まぁ、道理じゃのぅ。儀式魔法でも意思の統一という要件を満たす為に、集団行動の訓練を取り入れておる。互いに嫌い合っておる者が含まれると、途端に成功率が下がるからの」



 マーリン先生による追加の解説も入る。



「はい。房中術では施術者と被施術者の(プラーナ)を一時的に合わせる訳ですが、これは単なる魔力の同期とは違い、より深い部分、言ってしまえば心が繋がるという事でもあります」


「ふむ。つまりは、施術者と被施術者の間で、互いの考えている事などが分かってしまうという事じゃな?」


「その通りです。その為、表向きはともかく、どちらかが相手を心の中で拒否していた場合、両者の繋がりは弾かれてしまい、施術は成功しません」


「なるほどの。要約するとじゃ、キャストン君が提示した治療法に必要な点はたったの二つ。即ち、施術者が本気で被施術者を思って癒す事。それと、被施術者が本心から施術者を受け入れる事。この二点じゃな」


「そうですね。細かい理論を抜きに語ると、その二つだけになります。そして、それを徐々に強くする為に、段階を三つに分けて施術するのです」



 そう言って、キャストン・クレフーツは説明を締めくくった。



「さて、皆さん質問が多々あると思いますが、予想される質問については先にこちらから回答しましょう」



 続けて、キャストン・クレフーツが言うには――


 一つ、現時点で、房中術の補助を受けた気功による治療を、今回の被害者女性に行使可能なのは自分だけ。ただし、大々的に探せば、自分の知らない達人は他にもいる可能性はある。


 二つ、現時点で、自分は房中術の補助なしに、気功による治療を施せるほどの技量には達していない。


 三つ、第一段階の『手合わせ』のみで二十六人全員の根治は不可能。


 四つ、その『手合わせ』でアイリーン嬢の汚染濃度が悪化しなかったのは、彼女一人に集中的な施術ができた為。


 五つ、同性による房中術は成立しない。これは、男女の(プラーナ)が『陰』と『陽』という別種の物であるが故に、房中術が成立する為であり、同種の(プラーナ)を持つ同性間では成立し得ない。


 六つ、自然に汚染濃度が下がった四人を除く、二十二人は第二段階までの治療を受ける事が望ましい。


 七つ、一から気功を覚えるには、個人差はあるが最低でも数年の修養が必要。そこから更に、他者に施術するとなれば……。


 との事だった。



「君は、我々主流派だけでなく、反主流派や教会派の貴族にまでこの話をするつもりなのかね?」


「いいえ。主流派の皆様でさえ、この通り芳しい反応ではありません。まして、頭の固い反主流派や戒律に煩い教会派では、自分がこの提案を表立ってしたところで一切受け付けないでしょう。ですので、この治療に関する情報は皆様が他の派閥と内々に交渉する際の手札の一枚として下さい」



 アシュフォード侯爵の問いに、悪びれもせずに答えるキャストン・クレフーツ。

 更には――



「また、この治療は皆様に強要する物でもありません。ご家族とよく話し合ってお決め下さい。ただ、先にもご説明しました通り、書類上なかった事にしても、子孫に隔世遺伝として影響が出る事があります。その為、治療をお受けにならない場合は、未婚も覚悟して下さいますようお願いします」



 などという、ある意味脅しとも取れる補足まで付いてきた。



「では、『手合わせ』という方法のみで、最長どれほどの期間を保たせる事が可能かね?」



 治療を受ける女性の夫となる人間がこの治療法を習得する時間なり、治療薬が完成するまでの時間を稼げればよいのではないかと思い尋ねてみる。



「……汚染濃度の高い方を完全に見捨てるのであれば、治療薬の完成までの数年は保つかと思います。逆に、汚染濃度の高い方を重点的に施術し、均等になるようにすれば……治療薬の完成前に、魔人薬が定着してしまうでしょう」


「な!?」



 だが、この質問は完全に裏目に出てしまう形となった。

 なるほど、この質問も予測済みだったが、回答があまりにも事態を悪い方へ持って行ってしまう為、敢えて沈黙し、期間を告げずに端的に全員の根治は不可能と言うに留めたのか……。



「無論、他の派閥の被害者を完全に見捨てたり、この治療を望まない方が出る場合もあるでしょうから、その際にまた話は変わってきますが……後は、治療薬の開発に劇的な進歩が起これば或いは……」



 あまり救いにはならなかった……。

 やはり、加害者側としては、敵対派閥の貴族に借りを作りたくはないのだ。

 何より、この男の要求した報酬が全被害者への救済措置なのだから、それをあからさまに反故にしてはどんな行動に出るか分からん……。



「あー……私からも一つ良いかね?」



 右手を顔の高さまで挙げて発言したのはリーランド子爵だ。



「君は……なんだ、その……我々の娘を囲いたいのかね?」



 室内が石化した。

 あのキャストン・クレフーツでさえ、片足が砕けたかのように傾いた姿勢で固まった。



「それとも、その中に……どうしても救いたい娘でもいるのかね?」



 更なる火種が投入された。



「ほっほっほっほ。そりゃ若い男が若い娘と関係を迫るかのような手法なのじゃから、そう勘繰られても仕方ないのぅ」



 マーリン先生だけが元気にこの状況を楽しんでいる。

 折角、一同が公人として考えていたのに、一気に父親の顔に戻ってしまった。



「率直に申し上げますと……えー……」



 と、口を開いたキャストン・クレフーツだが、その言葉とは裏腹に酷く言いよどむ。

 公人としての威圧など歯牙にもかけぬ男とは言え、娘を持つ父親の私人としての威圧には思うところがあるようだ。

 まぁ、真であれ偽であれ、前者に頷く訳にはいかんし、さりとて誰か一人に思い入れがあるというのも、これまた真であれ偽であれ、問題が生じざるを得ない。



「……勿論、複数のご令嬢を囲う意思などございませんし、特定の何方かを想っての事でもありません。自分はあくまで、今回の被害における対策として、二つの案をご提示しに参っただけです」



 当たり障りのない事を言いながら、アイテムボックスから更なる書類を出しているキャスト・クレフーツ。



「一つ目は、二十六人全員に『手合わせ』のみを施し、全力を以って治療薬の開発を行うというものです。こちらに、魔人薬に関するこれまでに判明した資料と、現在までの治療薬開発における資料をご用意しましたので、ご活用下さい」



 示された資料は、明らかに魔人薬に関する物とされた方が分厚い。

 それだけ、開発は進んでいないという事か……。



「この方法だと、自分の負担はほぼ最小限となります。……主に精神的に……」



 最後に呟くように付け加えられた一言が実に切実である……。



「二つ目は、26名中22名に『梔子』を施し、治療薬の完成を気長に待ちながら根治させるというものです。この方法だと、自分の負担は限界ギリギリとなります。精神的にも、自分が保有する(プラーナ)の量からしても……」



 これにはやはり、ほぼ全員が渋い顔をする。

 しかし、なるほど。治療を施せるのがキャストン・クレフーツ一人という現状では、この男の負担も無視は出来ないだろう……。



「自分から提案できるのは以上となります。折衷案や代替案などは皆様でご相談して下さい。他に質問等ありますか?」



 その言葉に、手を挙げたのはバーナード男爵だ。



「最後の『体交法』を使う場合はどうなのだ?」


「う……そう、ですね……『体交法』を一人に集中して施術したとすれば……早くて二週間、遅くとも一月前後で根治できます」


「それほどまでに差があるのかね?」



 そう発したのはマージョラム伯爵だが、この場にいるほぼ全員がそう思っただろう。

 だが、先程の説明を思い出せば、それも納得がいく。

 やはり、極少量の溶液をちまちまと交換するのと、水と原液に分けた後に原液のみを除去するのとでは、雲泥の差が出るのも道理か。



「ただし、この数字は最初から『体交法』が使えるほどの繋がりがある場合です。『梔子』にせよ、『体交法』にせよ、まずは両者の間にそれを成し得るほどの繋がりを作る為、『手合わせ』からはじめる必要があります」



 そうは言われても、娘の唇まで許すくらいなら、もう一層の事婿に取るなり嫁に出すなりした方が体面も保てて良い……というのが、ほぼ全員の偽らざる思いだ……。

 しかし、上位の貴族を差し置いて、下位の貴族がそれを言うのも憚られ、さりとて侯爵や伯爵と言った上位の面々も、クレフーツ家が男爵家という現実の前(家格の差)に、それを言う訳にも行かず……。



「さて、自分に出来る説明は以上となります。ここより先は政治的な話も出るでしょうから、自分はこれにて失礼させて頂きたく思います」



 そんな沈黙を好機と取った男は、さっさと離脱を宣言する。

 いやいや、お前は十分政治的な話に付いて来られるだろうが!と目を向けるも一向に取り合わず、ビーカーやたらいなどを全てアイテムボックスに片付けはじめ……。



「どのような結論に至ろうと、自分は最大限の努力を惜しみません。なので、皆様がご納得いくまで議論して下さい」



 と、言うだけ言って、本当に一礼を残して退室していった……。

 この資料、回収するんじゃなかったのか?と思い出して手元を確認してみたら、紙面は真っ白だった……。


 ……同じ現象を昨夜見たな……。



 その後の会議はまさに『不毛』の一言に尽きた……。

 中には、「治療できるなど、我々に取り入る為の虚言」だの、「貴族の娘を侍らせたいだけの好き者」だのと、我が家ではなくキャストン・クレフーツに敵意を見せる者まで出る始末。



「やれやれ。念の為に残っておって正解じゃったわい」



 そんな中、何故かこの場に残っていたマーリン先生が声を上げる。



「若い者が敢えて黙っておった事を明かすのは無粋の極みじゃが……それを解せん者がこうもおっては致し方ないのぅ」


「マーリン学園長?」


「まぁ、愛娘が斯様な目に遭っていたとなれば、お主らの目が曇るのも仕方ないがの。それでも、もう少し他にも目を向けて良いのではないか? 例えばそうじゃのぅ……二つあったビーカーの内、インクを混ぜなかった方のビーカーが最後にどうなったか……とかの」



 そう言われて思い出すが……最後は、分離させたインクの原液を入れられて……待て。あれは棄てた訳ではない(・・・・・・・・)のか?



「儂は今日、非常に機嫌が良い。最早、この年では新しい発見なぞ出来んと思っておったが……それどころか、儂の遥か先を行く者がおる事を知った……愉快じゃ、実に愉快じゃ」



 我が国は、大陸で最も鉱山資源の乏しい国だ。

 食料があっても、武器がなければ戦争で勝つのは、国土を守るのは難しい。

 そんな我が国に、魔剣の量産という大陸最高峰の魔法技術を齎したのが、このマーリン先生だ。



「誰かの後塵を拝し、その背を追うなど、本当に久し振りの事じゃ……」



 そして、この御仁は、アシュフォード侯爵家に並ぶ大貴族の継嗣という立場であったにも関わらず、研究者ではなく跡取りである事を強要してくる実家を、「研究の邪魔」と潰した方でもある。



「そんな(おとこ)が『自分が一人で(・・・・・・)全て呑み干す(・・・・・・)』と言っておるのだ……」



 今でこそ好々爺ぶった雰囲気をしているが、私が学生だった頃は刃物のように『斬れる』教師だった……。

 つまり、何が言いたいかというと――



「尻の殻が取れないヒヨッコ共が、ピーチクパーチク囀るんじゃねぇよ」



 この国で、(王より)も怒らせてはいけない御仁が、キャストン・クレフーツを認めたという事だ。

拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。


これにて、房中術に関する回想説明会は終了です。

次回は元の時間軸に戻ります。


それにしても、説明回とは言え、長台詞の多い事……。

もうちょい読み易くしないと……。

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