第7話 不思議な会議の綴り方
大変長らくお待たせしました。
ナンバリングを『第8話』にしたい衝動に駆られました……。
「……天然チート改め、天然バグキャラめ……どうするんですか。先生のせいで、殆ど一から説明のし直しです」
「ほっほ。……いや、本当にすまんの。こう、好奇心がじゃの、抑えられんかったというかのぅ……いやー、魂に刻み込まれた思考制御というのは恐ろしいもんじゃの」
おかしい。何かがおかしい。
ここ数分……いや、十数分?
とにかく、会議をしていたはずなのに、頭がボーッして、何を話していたのか思い出せない……。
「え、なんですかそれ。その恐ろしい思考制御を自力で破った自分スゲーって自慢ですか?」
「ほ!? いやいや、そんな事はあんまりないぞい。君の資料があったればこそじゃ」
赤毛の若者と、マーリン先生が何か言い合っているが、その内容も頭に入って来ない……。
「いや、それこそ、これっぽっちの情報で辿り着ける領域じゃないですよ。堂々巡りを延々繰り返して封鎖範囲の輪郭を割り出し、そこから中心核を導き出すなんて……力技もいいところの方法で破るとか、本当に何者ですか?」
「そこは、儂も国一番の賢者と呼ばれる者の矜持というやつじゃ。若い頃から、思索に耽るとどうしても踏み込めない領域があったからのぅ……まるで、誰かにそれ以上は考えるな、と強要されておるようで、非常に気に食わんかったのじゃ。……尤も、『まるで』ではなく、そのものだった訳じゃがの」
「年季という奴ですか」
「うむうむ。むしろ、その歳で儂の先に立っておるお主の方が、余程常軌を逸していると思うがの?」
「まぁ、自分は少々特殊ですから……。それにしても、先生のご高説に巻き込まれて、思考停止にまで追い込まれた皆さんをどうしますか……さっきと同じ説明をしても、既に関連付けられて頭の中に残らないでしょうからね」
「ふむ……無難に、細かい理論は説明せず、解り易い理屈だけを教えるのが良いのではないかのぅ?」
「……それしかないですか。皆さん、釈然としないものが残るでしょうが、この際贅沢は言っていられませんか」
「どの道、この『房中術』という方法では諾とせぬ者も出るじゃろうて」
「まー……そうなんですけどね。正攻法では圧倒的に時間が足りないんですよ。どこかに先駆者がいて、その研究成果を見せてもらえでもしない限り、間に合わない人間が出てきますから……」
「せめて、魔人薬の製法が判れば良いんじゃがの」
「ま、ない物ねだりをしても始まりません。それより、皆さんを起こしますから、次は余計な事をしないで下さいよ?」
「うむうむ。儂の知識欲は概ね満たされたので、おとなしくしているとしようかの」
「……はぁ、言っても無駄か……」
パンパンと、手を叩く音が響いて、目が覚める。
「ほっほ。極微弱な『気』を当てて魂を揺さぶり、正気に戻すという訳か。気とは面白いのぅ」
いや、待て。『目が覚める』とはどういう事だ?
大事な会議の最中に寝てしまったというのか? この私が?
いや、私だけではない。会議室にいるほぼ全員が、私と同様に顔が驚きに染まっている。
なんだ? 何が起こったのだ?
「えー、皆様。マーリン学園長の長ったらしい講義を聞かされて、お疲れの所大変恐縮ですが、起きて下さい」
「ほ?! むむぅ……あまり否定出来んのぅ……」
全員が手を鳴らしたキャストン・クレフーツに視線を向ける。
本当に奴の言う通り、なのか?
「さて、もう一度最初からになりますが、魔人薬使用に対する厳罰の理由は覚えていますね? 例え、現時点で書類上なかった事にしても、後の子孫に魔人薬服用者と同等の反応が出てしまいます」
こちらが混乱している隙に、矢継ぎ早に説明していくキャストン・クレフーツ。
「では、どうすればいいのか。分かりますか、学園長」
「理屈の上では簡単じゃの。根治させればよい」
「はい、その通りです」
なんだろう、この何とも言い難い……そう、まるで打ち合わせ済みのようなやりとりは?
「その治療法が資料の8枚目に記載されておりますので、ご確認下さい」
いまひとつ釈然としないものがあったが、全員が言われた通りに資料をめくっていく。
そこには――
「な、なんだ、これは?! こんなものが治療だというのか!!」
『房中術』なる、とても治療とは思えない、いかがわしい方法が書かれていた。
「貴様! 我が娘になんたる破廉恥な真似を!!」
当然、こんな方法で娘を治療されたと知ったアシュフォード侯爵が激怒する。
「はぁ、またここで躓くか……」
「何を訳の分からん事をほざくか!」
まさに、一触即発という様相を呈する。
「アシュフォード様。先程も申し上げました通り、ご息女の了解を得て治療を実施しております。何より、資料をよくご覧下さい。第三段階の『体交法』ではなく、第一段階の『手合わせ』しか行っておりません」
何とか落ち着いてもらおうと口を開きかけたが、私が言葉を発するよりも先にキャストン・クレフーツが宥めにかかる。
「しかし、このようないかがわしい手法が治療とは……」
アシュフォード侯爵の言は、この場にいるほぼ全員が思っている事だった。
「キャストン君。魔人薬の影響から回復させる薬を作るのではなかったのか?」
当初予定されていた『薬を作る』という話がどうなったのか気になったので尋ねてみた。
「非常に残念ながら、現在も研究中です。新しい薬を作るとなると、膨大な時間を必要と致します。押収した魔人薬の現物があるので、実験に人手を割けばある程度期間の短縮は可能でしょうが……」
だが、帰ってきた答えは芳しくない結果に終わってしまった。
まぁ、確かに、新薬の開発というものは、時間と費用と人手がかかるのが常だ。
その代替案がこれでは、確かにあの時点で言える筈もなかったであろうな……。
「……では、その魔人薬なる物の製法等が判明すればどうでしょうか? 罪人どもを締め上げ、供給源を辿っていけば、いずれは製造方法に辿り着くのではありませんか?」
そう発言したのはバーナード男爵だった。
皆が希望を見出そうとするも、それを遮る男がいた。
「残念ながら、その供給源は既に潰しました」
「「「「「は?」」」」」
その発言に、我々が呆気に取られている間にも、キャストン・クレフーツの言は続く。
「辿れるだけ辿ってみましたが、製法にまでは届かず。交渉の結果、供給源を一つ潰すに留まりました」
「交渉だと? 君は、第一級の禁制品を売り捌くような連中と独断で交渉したというのかね!? 話にならん! それは一体誰だ! 我々が直々に成敗してくれる!!」
淡々と報告するキャストン・クレフーツに対し、リーランド子爵が怒鳴りつける。
「残念ながら、それをお教えする事は出来ません。相手も組織生命を賭して交渉に臨んで来ましたゆえ。どうしてもと仰るならば、王命を以ってお尋ね下さい」
キャストン・クレフーツがそう言い放った瞬間、私は直感的に理解してしまった。
「待て! それ以上訊いてはいかん!」
更に言い募ろうとしたリーランド子爵を慌てて止める。
「よいか、キャストン君。私はこれから独り言を言う。それに対し、君は何も反応しないでくれ」
「……かしこまりました」
腹立たしいくらい慇懃に一礼するキャストン・クレフーツ。
それを横目に、私は皆に聞かせるために独り語る。
「昨夜の舞踏会に、ボールス枢機卿が現れた。それ自体はこちら側で予定していた事だが、その際、枢機卿は普段と全く異なる様子で『ペリノア子爵家を破門にした』と語られた」
私がそう発言した瞬間、室内がざわめく。
そして、アシュフォード侯爵のような、察しの良い者達は一斉にキャストン・クレフーツを凝視する。
それらの視線を浴びても、奴は泰然自若としている。
「今回の事件の首魁の一人に、ペリノア子爵家の長男もいる。そして、クレフーツ君の取引相手は、王命でしか明かせない組織だという。……もう、分かるな?」
キャストン・クレフーツは魔人薬の供給源であったペリノア子爵家から辿って、神聖教会の弱点となる情報を得た。
それが具体的にはどんなモノであるのか、想像の域は出ないが……それは余りにも致命的だったのだろう。
おそらくは、教会派の重鎮であるペリノア子爵家が、禁制品を売り捌いていた……などという情報よりもだ。
この男は、それを黙る代わりに、何かを得た。それが物品なのか情報なのかは分からないが、ペリノア子爵家はそのついでに破門されたのだろう。
誰と、どんな交渉をしたのか。
そんな事を王命を以って訊き出したとしたら、教会側は自己保身の為にこの国全体を破門にするしかなくなるだろう……。
そうなれば、教国への侵攻経路を確保したい法国が、嬉々として我が国に宣戦布告する。
そして、ガリアも領土拡大の為に便乗してくるな。
いや、その前に国中で民が暴動を起こすやもしれんな。
それを理解した全員が、怪物を見るような目でキャストン・クレフーツを見る。
……マーリン先生だけが、最初から知っていたかのように平然としているが……。
「さて、そろそろ本題に戻ってもよろしいでしょうか?」
全員が押し黙ったところを見計らって、そう確認してくる。
「では、治療法について説明させて頂きます。まず、大前提として、人が持つ『体内魔力』とは、『魔力』と『気』の二つが混ざり合った物であるという事をご理解下さい」
なにやら、初めて聞く単語が幾つもあるのだが、それを大前提と言われても……。
「体内魔力や魔力、気について詳しい事をお知りになりたければ、後ほどマーリン先生にお尋ね下さい」
いきなり説明の大半をマーリン先生にぶん投げおった!?
「なぬ?! 儂、今すぐにでも研究室に戻って気の研究を始めたいんじゃがの?」
そして、貴方は本当にここへ何しに来たんですか?
面白い話を聞く為だけですか?
「人が独占していた分野をぶっこ抜いた挙句、会議を散々邪魔したんですから、その分くらいは貢献して下さい。自分みたいな若造よりも、国一番の賢者が『ある』と証言した方が信憑性が高いのですから」
「むぅ……道理であるな……致し方ない。皆、『気』というものはある。これに関して一番詳しいのはキャストン君だ。これから彼が説明する事に偽りはないが、それでも詳しい事が知りたいという者は……」
「……いう者は?」
勿体付ける恩師に、先を促すと……。
「『大気にある魔力と人の持つ魔力の違いについて』という題で論文を提出するように。合格した者には説明しよう」
会議室にいたほぼ全員が脱力した……。
「説明する気、ほぼありませんね……まぁ、自分は構いませんが」
「ほっほ。学生でもない、いい年した大の男に懇切丁寧に解説する義理などないからの。せめて、それくらいの前提知識は要求したいところじゃ」
「そう言われてしまうと、反論できませんね。さて、次に、魔人薬はこの魔力と気の内、気の方を汚染する物だという事が判明しています。汚染される理由は分かりません。それが分かれば治療薬の開発は大きく前進するんですけどね」
気を取り直そうとしている間にも、キャストン・クレフーツの説明は続いていく。
「魔人薬によって、人間の気が汚染される理由は分かりませんが、幸いにもこれを正常に戻す方法はあります」
「それが、この房中術なのかね?」
漸く立ち直ったアシュフォード侯爵が尋ねる。
「いえ、その方法は正確には房中術ではありません。『気功』というのですが……残念ながら、これを他人に施すのは非常に難しいのです。それでいて、術の制御に失敗すると、被施術者に多大な後遺症が出ます」
そう告げられたアシュフォード侯爵が渋い顔をする。
そんな危険な治療方法を娘に施したのか……とはもう言わない。
短絡的な問題提起など、全て叩き返されると理解しているのだ。
彼も事ここに至って、父親の顔から軍務大臣の、この国の重鎮の顔になっている。
「ここでいう『房中術』は、その気功を限定的に、特殊な条件下でのみ容易にするものだとお考え下さい」
そう言うと、キャストン・クレフーツはアイテムボックスからビーカーやたらいなどを取り出し始める。
「細かい理論はおいて、視覚的に分かり易く理屈を説明します。まず、一番最初に行うのが『手合わせ』という方法です」
二つのビーカーに水を注ぎ、その片方にインクを投入してかき混ぜる。
「これはその名の通り、施術者と被施術者が向かい合って両手を合わせて行います。施術者が魔人薬に汚染された被施術者の気を施術者の身に移しつつ、施術者の気を被施術者に移す……という訳です。こんな風に……」
と言って、インクの投入されたビーカーからピペットで黒い溶液を採取し、それをもう片方のビーカーに投入する。
更には、ピペットで黒い溶液を投入されたビーカーから溶液を採取し、それをインクの混ぜられた黒い溶液のビーカーに投入する。
「これで、最初に魔人薬に見立てたインクを投入されたビーカーは、溶液を交換した分インクの濃度が薄くなりました。ですが見ての通り、非常に効率は悪いです」
誰もが難しい顔をしている。
他人事であれば、そこまで気にする事でもないが、ここにいるのはほぼ全員が当事者だ。
自分の娘は、この手法だけで何とかなってほしいと思っていたのだが……キャストン・クレフーツが言うように、視覚的に分かり易くされた分、その望みを叶えるのは非常に難しい事だと理解させられた。
「次の段階は『梔子』という方法です。これは施術者と被施術者が接吻して行います。施術者の気を被施術者の口に流し込み、被施術者の汚染された気を押し出すという訳です」
そう説明しながら、キャストン・クレフーツはたらいの中に先程の黒い溶液のビーカーを置き、その中にもう片方のビーカーの中身を注いでいく。
やがて、水を注ぎ続けられたビーカーは、その中身を溢れさせる。
「こんな風に、『手合わせ』よりも効率的に濃度が下がっていきます」
確かに、ピペットでちまちまと交換するより、遥かに効率的だと言えよう。
だが、その代償に貴族の娘が唇を許さねばならないとなれば……やはり、難しいだろうな。
「最後は『体交法』です」
そして、一番問題のある方法に関する説明が始まった。
「隊長、あの『灰』色ちゃんが帰ってから暇ッスねー……」
「そんだけ平和って事だ」
「いやいや、隊長。ここはスラム街ッスよ? 平和な訳がないじゃないッスか」
「それが最近はそうでもねーんだよ」
「うん? どういう事ッスか??」
「……あんまりデカイ声じゃ言えねーが、どうやらボスが教会とやりあったそうだ」
「にょわ!? ちちち違うッス! 俺はあの嬢ちゃんのこと何も言ってないッスよ?!」
「わーってんよ、バカタレ。避妊薬ってあるだろ? どうやら、あれが騒動の原因らしい」
「避妊薬ってあの? あれ、ウチじゃ使用禁止になってるはずッス」
「あぁ、ウチの店じゃ避妊具の使用を義務付けているが、余所の店じゃ薬の方を使ってるだろ? んで、どうもあの薬、想像以上にヤバイ物だったらしい」
「はー、確かに黒い噂が絶えない薬だったッスからねー」
「んで、ボスは独自にアレの供給源を辿っていった結果、教会で一暴れしたらしい」
「うはー……ボスらしいッスねー……でも、それが今の状況とどう関係あるんッスか?」
「手打ちの一つに、ペリノア家の取り潰しがあったそうだ」
「ぶ!? ペリノアって、あのペリノアッスか?!」
「そうだよ」
「あの、魔族を性奴隷にして娼館を経営しているペリノアッスか!!?」
「うるせえよ、バカタレ! ブン殴るぞ!」
「もう殴ってるッス……」
「魔族っつっても、ハーフだったらしいがな」
「信徒以外は人に非ずって連中ッスからねー……奴隷制度も娼婦稼業も、表向き禁止している教会の連中が、秘密裏に好き放題できるペリノアのシノギが潰れたって訳ッスか。いい気味ッス」
「そんな訳で、今は比較的平和なんだよ。ま、そのうち嫌でも忙しくなるから、それまでは骨休めだ」
「……うん? どういう事ッスか?」
「その内、ペリノアの後釜が出てくるってこった。んで、飯のタネだった半魔族の奴隷達はボスが保護しちまったからな。新しい飯のタネを得る為に、うちのシマも狙われるってこった」
「うぇぇぇぇぇ!?」
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
え?
バグ爺さんの大暴れですか?
禁則事項に抵触した為、宰相閣下達の記憶に残らなかった模様です。
いやー、残念でした。
ナンバリングを『第8話』にせず、7話のままにしたのは、その話が世に出る事がないからです。
まー、禁則事項といいつつ、察しの良い方は既にこの世界の仕組みに気付いていらっしゃるかと……。
次話で説明回は終わる……はず!




