第4話 不要な自尊心の投げ捨て方
大変長らくお待たせしました。
日曜には公開する予定だったのに……。
その後も、色々な資料を見せられた……。
それはもう、本当に惨憺たる有様だった……。
こんな事態になる前に気付く事ができれば良かったのだが、残念ながら学園内は外部から干渉できないようになっている。
実際の領地経営や国家運営に先達の助けはないから、学生のうちからそれに慣れさせる。
権力抗争の一端として、学園内で子女の暗殺が横行した。
成人したら四六時中護衛に監視されるのだから、学生時代くらいは羽を伸ばしたい。
などなど、様々な理由に端を発し、先人達の努力の果てに学生達が勝ち得た信頼という名の自治なのだ。
そんな中、密偵を潜り込ませたなんて事が露見した日には、暗殺の濡れ衣を着せられかねん……。
この件はそんな信頼という名の放任が、完全に裏目に出た形だ。
「それで、お前はこれらの情報を私に見せて、何を望むのだ? 金か? 地位か?」
もしかしたら、娘を寄越せと言われるかもしれんが……この場では頷いておいて、後日始末すればいい。
それにしても、婚約者や実の兄から疎まれるとは……一先ずグレイシアの婚約は白紙に戻し、領内の何処かに匿うしかないな。
殿下にも王位は諦めてもらうか……流石に教会の人間を王妃になどできんからな。
もしも、この神子に民衆の支持があり、尚且つ娘の追い落としが成っていたらと思うと……。
「あー……閣下……色々と先の事を考えていらっしゃるところ、非常に申し訳ないのですが……」
「なんだ、さっさと言わんか」
「ここまではまだ、二つあるうちの『どうしようもない話』であり、次の『本当にどうしようもない話』をする為の前提でしかありません」
「……なん、だと……?」
この男は何を言っておるのだ?
一国の王子を廃嫡しなければならないほどの事態だぞ?
それがただの前提?
これより酷い情報があるというのか?
あ、何やら胃が痛い……。
「……心の準備は良いですか?」
机の上に載っている水晶玉のような魔導具。
よく見てみると、ここまでで使用した物よりも、まだ使用されていない物の方が圧倒的に多い……。
「こちらをご覧下さい」
男が差し出してきたのは、またもや何かの書類だった。
しかも、先程差し出された分量全ての5倍以上の厚さがある。
「これは?」
冊子状になっていたそれを受け取り、何も書かれていない表紙をめくって中を確認していく。
「本当は、こちらの魔導具の記録をお見せしてからと思っていたんですが……いきなりこちらを見せるのは酷かと思い、そちらを先にご覧頂く事にしました。まぁ、正直に申しますと、自分もこちらはあまり見たくない物ですから……」
「なんだ、これは?」
「……」
目の前に立つ男は何も答えない。
「なんなのだ、これは!!」
「閣下?」
私が激情を表すという珍事を訝しみ、控えていた護衛が声をかけてくる。
だが、それで平静を取り戻せるような内容ではなかった。
「第一級の禁制品『魔薬』を用いて多数の令嬢を婦女暴行及び脅迫! それを求心力にボンクラどもと一団を形成!! 最終目標が王位の簒奪だとッ!? こんな馬鹿げた事を、よりにもよって、息子がしているというのか?!」
「な!?」
「……はい。そちらに記載していますが、アシュフォード侯爵家のご令嬢、アイリーン様をはじめとして、既に22名の学園女子生徒が餌食となっています。グレイシア様の追い落としにアイリーン様達が協力しているのは、この件でご子息に脅されている為です」
私が激昂して吐き出した内容を聞いて護衛が驚くものの、目の前に立つ男は淡々と……感情を押し殺した目で淡々と告げる。
「また、別途記載されている10名の平民女性に関しては、身分差をいい事に魔薬は使用されていません。しかし、その代わりに8名の妊娠が確認されています。残りの2名もおそらくは……。当然、父親が誰かは判明していません」
渡された資料には、まさに悪魔の所業としか言いようのない非道が記されていた。
それも、誰が、いつ、どこで、何と発言したのかという細かい記録まであった。
そして、そんな記録の中に、どうしても見過ごす事の出来ないものがあった……。
それは――
「……息子は……グレイシアを妹と思っていなかったのか?」
「ご子息の発言内容から鑑みるに、そうなのでしょうね」
「……そうか」
ケイ・エクトルとパーシヴァル・エル・ペリノアを相手に、我が娘を襲う事を嬉々として語る……愚息の言葉だった。
「お待ち下さい、閣下! 斯様な話、俄かには信じられません」
キャストン・クレフーツの持ってきた情報の内容があまりにも荒唐無稽だった為に、堪えかねた護衛が進言してくる。
「おそらく……いや、ほぼ間違いなくこれは事実だ。ここに広げられた魔導具以外にも、証拠が用意されているのだろう?」
護衛の発言にも眉一つ動かす事なく、泰然自若としている男に尋ねる。
「……ここに、自分の妹を狙ってきた者を十数名ほど捕らえています。辛うじてまだ生きているでしょうから、施設ごとお譲りします。どうぞご自由にお使い下さい。……おそらく、口は随分と滑らかになっているはずです」
そう言って、男は小さな紙片を差し出してきた。
受け取って中を確認すると、どうやらスラム街の廃棄された施設らしく、鍵も付いていた。
それらを控えていた護衛に丸投げする。
「何人か見繕って、すぐに確保させよ。壊しても構わんから、徹底的に洗い出せ」
「は」
丸投げされた護衛は、執務室の前に待機していた者達に指示を出しに行く。
ただ、待っているだけでは芸がないので、ついでに気になっている事を尋ねる。まぁ、答えないだろうがな。
「それにしても、これだけの情報をどうやって集めたのだ?」
「あぁ、簡単ですよ。現在、学園にてこの魔導具『見守る君』が試験運用されているのは閣下もご存知の事と思いますが、その屋外での設置及び点検は全て自分が請け負わせて頂いています。その際に諸々の事態を知る事となった……というのがきっかけです。まぁ、それ以降の調査に関しては……秘密という事で」
思いのほか、あっさりと明かしよった。
「む? まさか、学園も係る事態を把握しているのか?」
あのマーリン学園長が、このような事態を関知していながら放置していたとは思えんが……。
「いいえ。残念ながら、学園はこの事態を関知していません。もしも、学園が関知していたなら、被害が広がらない代わりに、幾つもの家が消えていた事でしょう」
「その筆頭は我が家という訳か……それで、お前はこの件にどのような収拾をつけ、その見返りに何を望むのだ?」
もしも、この男がこの事態を知りえてすぐに、私の所に情報を持ってきたとしたら……おそらく私は事件の揉み消しと、この男の口封じを画策しただろう。
それが分かるから、この男は私の手にも負えぬようになるまで放置……とまでは言わぬが、ここまで大事になってから情報を持って来たのだ。
解決方法を最大限高値で売りつける為にな。
そうでなければ、こんな危険な真似をせず、最初に言っていたように国外へ逃亡していただろう。
何せ、私ではどう足掻いても……国内が荒れる事を防げそうにないからな……。
杓子定規に処理すれば、それに納得できないアシュフォード侯爵家がイーストパニア法国を引き入れて内乱。国の東側は法国に占領され、そのドサクサに南側はガリア王国に占領されるだろう。
あとはジワジワと食い潰されるのみだ。
仮に我が家が全責任を取ったとすれば、まず我がガラティーン家は取り潰し。妻は王妹ゆえ死を賜る事はないだろうが、私は死罪を免れんだろうな。
更に、主流派は分裂弱体化し、反主流派の中でも法国の息のかかった連中が西への出征を主張。足りない兵力は法国と軍事的に結び、国内に法国の軍が駐留するように画策。
後は破滅へ一直線と……。
うむ、真っ当な方法では、この国がなくなる未来しか見えん。
「ふむ……見返り、ですか……それは考えていませんでしたね……」
「は?」
「何かを要求した方が、そちらも安心できるのでしょうが……むぅ」
あれ?
もしかして、盛大に読み違えたか!?
「では、この一件で被害に遭われた女性に、身分を問わず救いの手を差し伸べて下さい」
「なに?」
「自分の望みは、ご提案する策を実行して頂ければ叶います。なので、その身に起きた不幸を利用させて頂く彼女達に、出来る限りの救済措置を講じて頂ければ十分です」
「それは、被害者達の助命という事か?」
第一級の禁制品を投与された者を助命するとなると……前例を作ってしまう事になるが……。
「あー……いえ、違います。彼女達の罪を問うような事態にはなりません。そちらは、自分が責任を持って解決します。……自分の都合で、被害を拡大させたようなものですから」
「……つまり、その後の被害者達の嫁ぎ先を探すなり、風評に配慮なりせよという事か? それは、可能な限りするが……しかし、『罪を問うような事態』にならぬと言われてもな……」
おそらく、この男が提案する策の一環なのだろうが……被害者達の貴族籍を抹消する、つまりは死んだ事にすれば、家まで咎は及ばないように出来るが……この男の言い様から察するに、そういう事ではないのだろう。
「では、触りだけですがご説明しましょう。こちらをご覧下さい」
そう言って男が取り出したのは、黒い水薬らしきものの詰められた小瓶だ。
「まさか、これは」
「はい。件の第一級禁制品とされる魔薬です」
「所持するだけでも死罪なんだがな……これをどこで?」
「無論、彼らから無断で借りた物ですよ」
悪びれずに言い切りよった。
まぁ、構わんのだがな。
「で、この魔薬ですが、正式名称は『魔人薬』である事が調査の結果分かりました」
「……どう考えても、碌でもない話にしかならんと思うが、その魔人薬というのはなんだ?」
「その名の通り、服用者が人型魔族の一種『魔人』になるという薬です。魔薬の効果とされる魔力の上昇や、多幸感などなどは、その副次的な作用に過ぎないという訳です」
西の大国、ウェストパニア教国は、今まさにその魔人と戦争しているんだがな……。
「調査の第一段階として、魔薬を実験用ラットに投与し続けたところ魔獣化しました。そこから文献を辿って」
「待て待て待て待て?! 魔獣化だと!? 魔物ではなく?」
魔獣など、よほどの危険地帯か、御伽噺くらいにしか登場せんぞ!?
「……閣下。非常に申し上げ難いのですが……魔獣は割りと沢山居ます」
「な、なに?」
魔獣といったら、ドラゴンなどの事ではないのか?
「最近の研究結果で、魔獣は通常の生物と同様に生殖によってのみ繁殖する事が確認されました。逆に魔物には生殖能力がない事も判明しました」
なんと……。
「これにより、ダンジョン等に棲息する生殖以外の方法で繁殖するものを従来通り魔物と呼称し、逆に生殖によって繁殖するものを魔獣と呼称するようになりました。興味がおありでしたら、後ほど論文を調べて下さい」
「あ、はい」
今の研究はそこまで進んでいるのか……。
「で、文献を辿ったところ、魔薬が魔人薬と同一であると判明しました。また、成分を解析したところ、魔薬を10倍希釈した物が『避妊薬』としてスラム街で出回っている事も判りました」
「なんだと!? それでは、第一級の禁制品が、日常的に出回っているというのか?!」
「ある意味ではそうなのでしょう……どこからどこまでを『禁制品である魔薬』とするかによりますが……」
「そ、それは……」
確かに、避妊薬を火にかけて容積を1/10にしたからと言って、魔薬になると言う訳でもないのだろうが……。
「このように、既に魔人薬に関する研究をはじめており、いずれその効果を治癒なり中和、或いは緩和させる薬を作れるかと思います」
「む? 希望的な推測では前提条件に組み込む事は出来んぞ」
既にその薬が完成しているのならともかく、まだ出来ていない物を前提に考えて行動する訳にはいかん。
「いえ……一応、被害者達を魔人薬の影響から回復させる方法はあるんです。ただ、出来ればその方法は使いたくないなと……」
「ふむ? それはどんな方法なのだ?」
ここへ来て、初めてキャストン・クレフーツが明確に躊躇した……それがいったいどんな物なのか、気になって尋ねてみた。
「それは……」
「それは?」
「……秘密です」
「おい」
「いや、まぁ、あれですよあれ。口封じされない為の、情報の小出しですよ」
それ、絶対嘘だろ。
あぁ、いや、嘘とまでは言えんが、それが全て真実という訳ではないな。
「まー……最悪、何とかする方法はあるので、その点はご安心下さい」
「まぁ、嘘ではなさそうだし、それは良いだろう」
一先ずは、この男の腹案を全て聴いてみた方がよいだろう。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。
残念ながら、遅れたのは某狩りゲーのせいではありません。
……3○S持っていないので……。
年末が近い為、色々と時間を取られています。
年内には予定している5人目まで終わらせたいところです。




