第3話 怪しい人物の見極め方
皆さんはアサシン先生をご存知ですか?
「それでは、私の執務室はこちらですので、ここで失礼させて頂きます」
そんな間諜どもに聴かせる為の打ち合わせを道すがら終えたところで、侯爵との進路が別れる。
「分かりました。あー……オーガスト殿。非常に申し上げ難いのですが……その……」
「……ふむ。まぁ、お互い、男親としては複雑な思いがありますからな……。娘には幸せになって欲しいが、さりとて……と言ったところでしょうか」
これだけで、私が何を頼みたいか察したようだ。
まぁ、現状、侯爵個人に対して頼みたい事など他にはないのだから、当然と言われればそうなのだが。
「はい……」
「とは言え、こちらに関しては、最早我々が上からどうこう言うべきではないでしょう。当人達に任せるより他にはないかと。アレもなかなかに苦戦しておるようです」
私がこの御仁に頼もうとしたのは、一国の宰相として、この国を支える公爵家の当主としては至極当然のものである。
だが、一個人として、一人の父親として、加害者の親としては恥も礼儀も常識も知らない所業だ。
「なので、私個人としましては、それは聞かなかった事にしましょう。息子達を納得させるのに少々骨は折れるでしょうが、侯爵家としても、最早何も申し上げません。アレはもう、覚悟を決めておりますれば」
それだけ告げると、侯爵は踵を返しご自身の執務室へと向かわれた。
結局、私はキャストン・クレフーツを婿養子にする為の協力を得る事は叶わなかったが、どちらに転んだとしてもアシュフォード侯爵家を敵に回す心配はしなくて済むようだ。
去り行く背に微かな謝意を示し、私も自分の執務室を目指してその場を離れる。
「お邪魔していますよ、宰相閣下」
執務室の扉を開けるなり、そんな不躾な挨拶が飛んでくる。
「……なんでおぬしはこんなところにおるのだ?」
「え? 荷物だけ置いて、さっさと帰った方が良かったですか? なら、今日はお暇さs」
「そうではなく、何故謁見の間に姿を見せなかったのかという事だ!」
これ幸いにと帰ろうとする男に文句を付ける。
「えー……自分、これでも名もなき一介の男爵家の、ただの小倅ですよ? そんな畏れ多い場所とは無縁ですよー」
などと言って韜晦しておるのは、この部屋に唯一ある窓を開け放ち、あの時と同じ姿勢で待ち構えていたキャストン・クレフーツだ。
思い起こすのは昨年の11月も半ばの、雲ひとつない月夜の事。
あの時から私の苦労は始ま……いや、激増したのだった……。
「こんばんは良い月ですね。はじめまして、宰相閣下。それとも、お久し振りです……と、申し上げた方がよろしいでしょうか?」
執務室の扉を開けるなり、そんな不遜な挨拶が飛んでくる。
挨拶の主は、この部屋に唯一ある窓を開け放ち、その窓枠に背を預ける形で窓辺に腰掛けている男だった。
そして、部屋の隅には、この部屋を影から警護しているはずの密偵が三人転がっている。
「殺したのか?」
「まさか。これから沢山働いてもらうというのに、貴重な人材を無為に失わせるような真似はしませんよ。少々眠ってもらっているだけです」
確かに、見たところ三人とも気を失っているだけで、息はあるようだ。
「それで、こんな時間に面会の約束もなく、無理矢理尋ねて来るなどという無作法までしたのは、どんな理由があってかね。キャストン・クレフーツ君」
「おや、密偵からの報告だけで判るほど、自分の顔は特徴的な造形をしてはいないと思ったのですが」
「なに、二大公爵家などと呼ばれる家の当主ともなると、人の顔を覚えるのも仕事の内なのだよ。それが例え、取るに足りない男爵家の小倅だとしてもね」
……本当は、娘の周囲に集っている男だから、特に注意していたのだがな。
まぁ、それはこの男も分かっているようだが。
「いやいや、本当に大貴族というのは、苦労が絶えないようで……そんな閣下の時間を浪費させては申し訳ないので、早速本題と参りましょうか」
そう言うと、男は床の上に降り立つ。
「そうだな。この後も急遽、捕り物の予定が入ってしまったのでな。手短にしてくれるとありがたい」
「あっはっは。残念ながら、その予定に割く時間はないでしょう。尤も、『この国に未練はないから、お前の話なぞ聞かん』と仰って頂けるなら、自分もさっさとこの国に見切りをつけて、余所へ流れるだけですが」
「……なに?」
……少しだけ、気になってしまった。
我が家の密偵達が、集団で監視しでも見失ってしまうという男。
そんな男が持ってきた話というものに、少しだけ興味が湧いた。
「あ……一応、お尋ねしますが……いま、この部屋にいる方々は、全員、公爵家に忠誠を誓っている方ですか?」
男は懐に手を入れて何かを取り出そうとしたところで、そう訊いて来た。
「……どういう意味だ?」
「いえ、自分がお伝えしようとしている情報は二つありまして、二つとも……抽象的に表現する事すら、閣下にとって致命的な情報となります。なので、現時点で聞かせる相手は慎重に決めて下さい」
早い話、人払いを要求された訳だが……この男自身、信用されてなどいない事を理解し、その上で護衛は信用できる者にせよと譲歩してきたのだ。
それが、信用を得る為の手法である事は分かるが、さて……。
「……いいだろう」
合図を送り、影で護衛している5名が姿を現す。その内の一人を除いて四人が、隅で転がされていた者を担いで退室していく。
「これでよいか?」
「ふむ……この部屋に残っている閣下の手の者はその方だけですね?」
「あぁ、そうだ」
「他に隠していたりしませんね?」
「くどいぞ!」
目の前の男がしつこく確認してきたので、警戒の度合いを上げたところ――
「では」
と呟いた瞬間、男の腕が翻り鈍く輝く何かを投げ、残っていた警護の者が私を庇うように動く。
「……なに?」
だが、男が投げた物は我々から大きく外れて天井に刺さり、そこから何かが逃げていく気配がした。
「ネズミが居たようですので、お引取り願いました」
「も、申し訳ありません、閣下」
おそらくは反主流派の手の者だろう。
普段であれば、我が家の密偵が遅れをとる事はないが……今は得体の知れないキャストン・クレフーツがいるのだ。
そちらにばかり注意が向いていたとしても仕方がない……が、私の立場としてはそれを簡単に許容する訳にもいかんだろう。
「次はないものと思え」
「は」
「では、本題に入りましょうか?」
こちらのやり取りを、投擲したナイフを回収しながら見ていた男が、そう言いながら戻ってくる。
「よっと……。先程も申し上げた通り、私がお伝えしたい情報は二種類あります。『どうしようもない話』と『本当にどうしようもない話』、どちらから聞きたいですか?」
そう告げて、男は執務机の上に複数の水晶玉のような物を広げる。
これは確か……。
「何故、貴様がこの魔導具を持っている?」
「そりゃ、これを開発したのは自分の可愛い妹ですから」
「なに?」
私がこの魔導具について知っているのは、その効果と現在キャメロット学園で試験運用されている事。
その為に、魔導具研究開発部を擁する軍務省、この魔導具に関する法律を定めるために法務省、そして、予算を捻出する為に財務局を擁する内務省が関わっている事くらいだ。
開発者の事までは知らなかった。
「ま、これがどんな魔導具であるのか、理解して頂けているだけで十分です。問題はこの中身ですから。それで、どちらから聞くか、決まりましたか?」
この男が持ってきたという情報を、私が知りたいと思ってしまった以上、既にこの交渉の主導権は相手に握られている。
であるならば、この男の真意を見極める為にも、ここは出方を窺うべきだろう。
「お前にとって都合が良いと思う順に話すが良い」
「ふむ……では、こちらのお願いを円滑に聞いて頂くために、まずは『どうしようもない話』の方からさせて頂きたく思います」
そう告げると、男は幾つもある水晶玉を一つ摘み上げ、指先で操作する。
すると、以前に試運転で見たように水晶は光を放ち、少し上方に記録されている光景を映し出す。
それには――
「な!?」
森か林かは分からんが、木陰で二匹の獣が交尾をしている姿が映っていた。
「なんだ、コレは?!」
ただ、残念ながら、それは獣は獣でも、人間という名の獣であり――
「はい。閣下の甥であり、この国の第一王子であり、ご息女の婚約者の……あー、後継者作りの現場です。因みに、場所は学園の裏庭です」
よく見知った相手であった……。
あまりの出来事に、少々みっともなくうろたえた。
その様は自身でもどうかと思うので、記憶の底に封印する事にした……。
「それで、貴様の狙いは何だ! 脅しか? 強請りか? 脅迫か!?」
まぁ、落ち着いたとは言い切れないが、少しはマシになったので、こんなとんでもない情報を持ってきた男と会話する事にした。
「いえいえ。見ての通り、これはまだほんの序の口ですよ?」
そういって男が示したのは机の上に広がる魔導具の数々。
「……おい、まさか、これが全部殿下の……?」
「いえ、流石に全てが第一王子のものではありませんよ。閣下に事態の重さを手っ取り早くご理解頂く為に、最初に第一王子のものをお見せいたしました」
「なに? どういう事だ?」
「まぁ、順番に見て頂ければ分かりますよ」
そうして、男は次々と魔導具を起動させる。
それらが映し出したものは、やはり先程と同じような内容ばかりだった。
「貴様は、こんな破廉恥なものを私……に?」
ただ、気付いてしまった。
この魔導具に記録されている男は、殿下の他にエクトル侯爵家の三男やリオネス辺境伯家の次男、それに私の息子までいるが……女の方は全て同一人物、神聖教会が召喚したという神子だった。
「お、い……これ、は……」
「はい。教会預かりの人物が、まー派手に戒律違反を犯してくれています。彼女は異世界から召喚されたとの事なので、教会の戒律の事も、この国の常識も疎いのかもしれませんが……いずれにせよ、困ったものです」
「いや、そこも問題ではあるが……」
神聖教会の定める戒律は多岐に亘るが、その中でも特に色欲に関する戒律は厳しい。
まず、王族だろうと一夫多妻や一妻多夫は認められんし、不貞行為は発覚次第破門となる。
今回だと、婚約者がいる身でありながら、このような事態に至っている殿下や息子は破門とされるだろう。
だが、幸か不幸か、その不貞の相手が神子という点はクソ坊主どもと取引するのに有利に働く。
「そうですねー。やっぱり、第一王子がアバズレに本気になっているところが一番の問題ですねー」
「うむ、そこが……なんだと?」
いま、とても信じられない事を言わなかったか?
「お聞きになりますか?」
そう尋ねてきた男は、私の返事を待つことなく、魔導具を更に操作する。
すると、水晶玉のような魔導具は更に光だし、聞こえてきたのは――
「……なんだ、今のは?」
「まぁ、要約すると『ヒジリー、ワタシノ子供ヲ産ンデクレー。ソウスレバ、君ヲ王妃ニスルコトヲ、父上モキットオ認メクダサルー。ぐれいしあ? アンナツマラナイ女ハ知ラナイー』『キャー、ウレシー』という事ですね」
頭が痛い……。
いや、そうではなく、景色を記録するという魔導具ではなかったのか?
何故、殿下そっくりの声が?
いや、声以外にもその……色々な音がしていたが……。
「他の面子の会話も聞かれますか?」
「いらん!」
「閣下……。この程度で魂消ていてはこの後は耐えられませんよ?」
え、まだあるの?
「こちらをご覧下さい」
次に男が取り出したのは、何かの書類だった。
それは……。
「学園の公式記録?」
そこに書かれた内容を読み進めていくと――
「な!? これでは娘が生徒会の予算を不正に使用したように見えるではないか?! こちらも、娘がアシュフォード家のご令嬢を使って、盗みを働いたと見做す者が出てもおかしくはない……」
なんなのだ、これは?!
「それらは……そうですね、差し詰め『真実の愛に目覚めた有志一同』による、ご息女の追い落とし計画の一端です」
「なんだ、その胡散臭い集団は?」
「神子の取巻き……いえ、愛人一同です。勿論、第一王子やご子息も所属していますよ」
あ、いかん、目眩が……。
「閣下?!」
おぉ、お前は護衛に残していた……。
そういえば、お前もいたんだったな……。
はっはっは、すっかり失念しておったわい……ガク。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。
赤髪、槍使い、気の使い手……気付いたら、あの達人の劣化版みたいになっていました……。
ここから加速する宰相の苦労話。
そして、ストックも尽きてしまいました……。
次話以降は出来上がり次第投稿いたします。




