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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
宰相は辛いよ編
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第2話 正しい味方の選び方

「しかし、あやつの方はこれでよいとして、本当にあの神子が殿下を裏切るのか?」



 愚息に凶手の役を押し付ける事は出来た訳だが、当然あやつ一人でその役を全うできるとは思えない。

 それに対し、この男は「神子も裏切るから、どう頑張ってもこの出征は失敗するし、どんなボンクラでも疑われる事なく近付けたなら、首級を取るくらいの混乱は起きる」と、断言しおった。



「あれは虚栄心の塊です。うちの妹にアイドル勝負で完敗し、ランスロット殿をグィネヴィア殿下から奪えず、極め付けに閣下のご息女を追い落とす事もできませんでした。ここまで虚仮にされたとあっては、あの女はこの国を憎みこそすれ、役に立たなかったアーサー殿下(アクセサリー)達を捨てる事に躊躇いたしません」



 確かに、世の中には異性を装飾品程度にしか認識していない、という人間はいるが……一国の王子をつかまえてその扱いはどうなのだ?



「現に、魔族の密偵と接触していましたし」



 …………は?



「そ、それは……事実、なのか?」


「おや、ご存知ありませんでしたか? 王都内には、若干名ですが、魔族の密偵が入り込んでいますよ」


「そんな重大な事、なぜ黙っておった?!」



 衝撃的過ぎる話に、影で護衛しておる者達まで動揺しておる。

 それを見つけ出すのが彼らの仕事でもあるのだから……。



「なぜも何も、報告したところで、新たな密偵が送られてくるだけですよ。そんな面倒ないたちごっこに付き合う暇なんてありません」


「う」



 確かに、現時点で魔族の密偵とやらを見つけたのはこの男だけであり、今後新たに送られて来る密偵にも対処するとなると、やはりこの男に頼らざるを得ない可能性は高い。

 今後、被害者達の治療に駆けずり回る事になるこの男にだ。

 ……どう考えても、無理だな。



「それに……何と言いますか、こう……彼らは非常にいじらしいのですよ」


「はぁ!?」



 魔族だぞ? 密偵だぞ?!

 それをいじらしいって……こやつの感性が本当に分からん……。



「閣下は魔族と遭遇した事はありますか?」


「む? それはないが……伝え聞くところによると、角が生えておったり、肌が青かったり、牙が伸びておったりと、非常に凶悪な存在だとしか……」


「そういうのは極少数です。例えば、いま王都に潜入している密偵などは、人より見目麗しく、耳が長いという特徴があり、それを誇りとしている種族です。ですが、密偵として潜入する為に、自ら誇りである耳を短く切り落とし、自慢の美貌もみすぼらしく見えるようにしています。ここまでされると、どうにも愛しさすら感じられてしまいます」


「いや、それもどうなのだ?」


「なので、こちらもついつい情に絆されて、ない事ない事教えてしまいます」



 鬼がおった。

 こやつは本当に人間か?

 人間って、ここまで酷い事ができるのか?

 私は本当にこやつと同じ人間なのか?




「そ、そういえば、おぬしは『ニホンジン』というものを知っておるのか?」



 牢の中で愚息が語っていた言葉が気になり、キャストン・クレフーツに尋ねてみた。

 断じて、人間というものに疑念を感じたから、話を変えようとした訳ではないぞ?


 まぁ、流石のこやつでも、何でも知っている訳ではなかろうと、期待せずに尋ねたのだが……。



「ふむ……閣下は、この『紙』を発明した者をご存知ですか?」



 などと、台詞の書かれている紙を示して、意味深な質問が返ってきた。



「いや、生憎と知らぬな」


「では、『木版印刷』という技術はご存知ですか?」


「そちらも知らぬが……それらと『ニホンジン』なるものにどのような関係があるのだ?」



 むぅ、政に関わる事ばかりを学んできたせいか、どうにも私の知識は偏っているようだ。



「でしたら、『悪魔憑きのカルロス』という名は如何でしょう?」


「む、それならば、聞いた事がある。たしか、聖書を穢したとかいう、伝承に登場する人物だったか……もしや」



 『ニホンジン』とは『悪魔憑き』の事なのか?



「『木版印刷』というのは、言ってしまえば版画の事です。ただ、あくまで『絵画』である版画に対し、文字なども含み、同じ書物を大量に生産する事が可能です」


「な! そうか、確かに文字も版画のようにすれば……いや、待て。……話の流れから察するに……最終的に教会の怒りを買ったのだな?」



 おそらくは、大昔にカルロスなる者が『紙』を発明した。

 それまで使用されていた『皮紙』に比べたら、紙の素晴らしさは言うまでもない事だろう。


 そして、紙を開発した者が次に着手するとしたら、当然紙を使った書物という選択肢が可能性としてあっただろう。

 そこで『木版印刷』を開発し、大量の書物を作り出す環境を整えて、誰を相手に商売するかを考えれば……おのずと教会が相手となるだろう。


 だが、聖書の文字は『光の女神の言葉そのもの』だとされている。

 それが簡単に、大量に作られるとあっては、教会も黙ってはいないだろう。



「それ故に、聖書を穢した『悪魔憑き』という訳だな?」


「いえ、違います」


「な、なに?」


「いやー、閣下って、思ったよりお人好しですね?」


「おぬし、それは私をバカにしておるだろう? なぁ、そうだよな?」



 一国の宰相をお人好しとか、権謀渦巻く貴族社会をバカにしすぎではないか?



「いえいえ、褒めているんですよ? 事実はもっと救いのない話ですから」


「……どういう事だ?」


「最後が間違いです。教会は、大喜びでカルロスと商取引を結びました。木版印刷された聖書は安価に、大量に出回り、カルロスの下には驚くほどの大金が舞い込んできました。そして、当然教会はそんなカルロスから、寄進という名の袖の下を受け取れると思っていたんです」


「おい、それは……」



 オチが分かってしまった……否が応でも分かってしまった……。



「ところが、カルロスは『そんな約束はしていない。契約以上に金を払うつもりはない』と突っぱねました」



 それはそうなるだろう……商人というのは契約を大事にする。

 次の契約を結ぶ為に、『投資』をする事はあっても、一度果たされた契約に不備がない限り、追加の金を払うなどという事はしない。

 特に、相手が教会ともなれば、一度応じてしまえば、ひたすら毟り取られる事になってしまう。



「後はご想像の通り。教会は『聖書は女神の言葉そのものであり、人の手を介さず書かれた偽書は、それを穢す物』とし、文字を印刷するという技術その物を禁忌としました。それを作ったカルロスも悪魔憑きとして、家族揃って焚刑にされました。ご丁寧に、彼の財産を全て没収し、彼の作った聖書を薪代わりにしてね」


「……」



 またまた、ぐうの音も出なくなった……確かに、あの教会のクソ坊主どもなら、そういう事もやりかねん。

 そして、この男はどこからそんな知識を得ているのだ?



「で、生きたまま焼かれたカルロスの最期の言葉がこうです。『俺は日本人だ! 俺の持つ日本の知識があれば、この大陸をもっとに豊かに、便利にする事が出来る!』とね。これが今から300年以上昔の、まだ『神聖パニア教国』が大陸を統一していた時代のお話です」



 ここで『ニホンジン』がくるのか!?

 しかも、統一時代という最も教会が幅を利かせていた時代とは……。



「この時、彼が商人の矜持を曲げて、契約以上の金を払っていれば、間違いなく後世では『聖書を最も広めた聖人』となっていた事でしょう。因みに、彼の死後すぐに、『木版画』が作られ、当時の教皇や想像上の光の女神の絵姿が出回るようになりました。まぁ、木版印刷が元になっている事は火を見るより明らかですね」


「本当に救いがないな、おい?!」


「世の中そんなもんですよ」



 あれだな。

 政に直接関係なくとも、知識というのは持っているだけで重要な意味があるな。

 それを痛感させられた瞬間だった。


 そして、おそらくこの男も愚息も、その『ニホンジン』なる存在なのだろう。

 それ故に、目の前にいる男と愚息では、隔絶するほどに格が違ったのだと理解させられた瞬間でもあった。





 あの時にも思ったが、キャストン・クレフーツの言った通りになったいま、改めて思う。

 娘よ、本当にどんな手段を使ってでも、あの男を物にしてくれ……。




「結局、神子もあの男の言う通り、我が国を裏切り、魔族に寝返った訳ですな……」


「そして、これから教会はその責任を問われ、ボールス枢機卿は解任。水面下では旧派と新派の間で内部抗争に発展する事になる、と。軍部としても、今の内に半減した第一騎士団を再編し、使える集団にしておきたいところです」



 爵位は基本的に長男、或いは男児のいない場合には長女に継承される物だが、そうなると、次男や三男というのは成人すると貴族籍を失う事になる。

 その為、商売を起こすなり、騎士団に入るなりして生きていく糧を得る事になるのだが……。

 第一騎士団の半数は、そんな反主流派貴族の次男や三男といった、貴族籍から溢れ自力で生きていけない者の受け皿となっていた。


 当然、そんな騎士団が実戦で使えるはずもなく、金食い虫のお荷物集団と化していたのだ。

 それを、今回の敗戦で一掃する事に成功したので、この隙に真っ当な人員を補充して、立て直したいと……そう思うのは、軍務大臣たるアシュフォード侯爵としては当然の事だろう。



「ですが、不幸にも(・・・・)、予備役までもが壊滅しました。大部分を平民出身の者で補わざるを得ません」



 物は言いようとは、まさにこれだろうな。

 ここでいう予備役というのは、救済措置である第一騎士団にすら入れなかった者達の事であり、冒険者としてこの出征に参加した者達の事だ。


 第一騎士団が無能共の受け皿になっているとは言え、それにも限度はある。

 そこから零れ落ちた者は、冒険者となって一山当て、どこかの騎士団に引き抜きされようという浅はかな者が多いのだ。


 そして、そんな者の多くは、平民出身の冒険者としょっちゅう、時には依頼者とも問題を引き起こし、冒険者ギルドも頭を悩ませている要因となっていた。


 そんな理由もあって、冒険者ギルドは今回の企みに乗り、出征した当人達も戦果を上げて騎士に取り立てられようと、喜んで参戦した訳だ。



「そうなると困るのが、団長を誰にするかという点です。腹案としましては、現副団長を団長に昇進させようと思うのですが……平民出身の彼を団長にするとなると、副団長には貴族出身の者を、それも反主流派の者を採用しない事には、連中も黙ってはいないでしょう。公爵殿には何方か心当たりはありませんかな?」



 やはり、こういう流れになる訳か。



「ない事もありませんが……そう訊いてくるという事は、やはり反主流派に恩を売り付けるおつもりですな?」


「はてさて、どうしたものでしょうな……」



 この御仁も食えんお人だ。

 まぁ、こちらにとっても悪い話ではない。



「……ジェシカ・ハーヴェイという冒険者がいます。戦死した第一騎士団団長の妹です」


「ほぅ……彼に妹がいたとは」


「ご存知ないのも無理はありません。彼女は士官学校への入学を希望したのですが、先々代の騎士団長である父親がそれを許さなかった。それを受けて彼女は家を捨て、若くして冒険者になったそうです」


「なるほど。それは反主流派も必死に隠蔽する訳ですな。それで、その女傑は使えるのですかな?」


「そこは問題ないでしょう。……何せ、神獣騎士の幼少期に面倒を見ていたそうですからな」


「ほほう、それは非常に頼もしいですな。では、殿下を戦死させた責任は、大口を叩いておきながら部隊を壊滅させた団長殿お一人に取ってもらうとして、ハーヴェイ子爵家は取り潰しの上、財産没収。代わりに、ジェシカ・ハーヴェイを副団長に任命し、規定に則り新たに男爵として叙勲しましょう」



 何の事はない。早い話、キャストン・クレフーツが全部仕組んだ事だ。

 たまたま、あの男が幼少期に世話になった女性が、第一騎士団団長の縁者だったから、その女性を巻き込んで軍系反主流派の筆頭を挿げ替え、戦死した士爵階級の者、ひいてはその親である反主流派をお咎めなしとして恩を売りつけるという話だ。


 パッと見ただけでは、ハーヴェイ子爵家が男爵家になった程度で、反主流派自体は然して痛手を受けていないように見える。

 だが、実際には軍系反主流派貴族の筆頭だったハーヴェイ子爵家は消滅し、新しい第一騎士団は団長も副団長も主流派の息がかかっているという訳だ。


 この、私とアシュフォード侯爵の一連のやり取りも、後々ジェシカ・ハーヴェイ女男爵が主流派に鞍替えした時に、「ハーヴェイ家が消えずに済んだのは、宰相である私が彼女を推したからだ」という言い訳の為だ。


 あの男の企みがこれで全部だと思うか?

 はっはっは。残念ながら、まだ続きがある。



「しかし、アシュフォード殿。ハーヴェイ子爵家の財産を全て没収するとしても、到底今回の軍人恩給には足りぬでしょう。……ここ最近、不正が発覚して処断される貴族家は多いですが、そこから回収した分を含めても……」


「ふむ、そちらも含めてしまうと、やはり陛下の『戦に備えよ』という命を果たせませんか……」


「はい。流石に5000が全滅となると、臨時収入のあった今年度はともかく、次年度からの予算が厳しいものとなるでしょう。どこか(・・・)で徹底的に予算を見直さなければ……」



 まぁ、やる事は決まっているのだがな。

 これまた文系反主流派貴族との主戦場ともいえる内務省に大鉈を振るい、財務局を切り離して財務省という独立した組織とするのだ。


 理由は内務大臣の目が内に向いている間に、その力を削ぐ事にあるが……。



「なるほど。いやいや、申し訳ないですな。軍部の失態(・・・・・)を尻拭いさせてしまって」



 侯爵の言った通り、全滅した騎士団の遺族へ支払う恩給を捻出する為に、大幅な予算の見直しが必要と判断。

 それを実行するには、現状の財務局では規模が小さい為、一つの省として独立させる……という表の理由を出されては、内務大臣も頷かざるを得ない。


 無論、強硬に反対して、文系反主流派と軍系反主流派が真っ二つに分裂してくれても構わないがな。


 結局の所、どう転んでも反主流派の勢力が大きく減退するという事だ。

 何故なら、現財務局局長が行った不祥事の証拠が、既に私の執務室の机の中に用意されていたりするからだ。


 本当にあの男を敵に回さなくて良かったと思う……。

「ん? 『胡蝶の夢』の報告書か? ほー、財務局のお偉いお偉い局長様が昨日は来てたのか。親父の上司だな……遥か彼方の」

「はーん……高級娼婦一人を口説くのに随分とまぁ奮発してくれた事で……よし、この情報を引き出した娘に、特別手当として5日間の有給休暇と、1個分隊、馬車1台の護衛を付けてやれ。たまには家族とゆっくり過ごしたいだろう」

「それと、他の従業員全員に、この娘名義で祝儀を配ってやれ」

「あ? 構わん構わん。それ以上の価値がある情報だから、この娘が他の従業員から嫌われんようにパーッと奮発してやれ」




拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。


今回もまー……色々と詰め込みました。

『魔族』の正体とか、この世界の歴史とか、他の転生者なんてものや、ブリタニア国内の派閥勢力図なんてものもそこそこ出てきました。


「俺は日本人だ」なんて台詞、いったい誰に対して使われたのでしょうね? ふふふ。


次回も宰相閣下の胃壁が崩れない事を祈りませう。

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