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救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
宰相は辛いよ編
21/103

第1話 賢い愚息の煽り方

遂に3人目の物語が始まります。

だいたい苦労するのはこの人です。

「つまり、お前は勝手に従軍したにも拘らず、殿下をお救いする事かなわず、下手人を捕らえる事すらままならなかったという訳だな?」



 少なからぬ傷を負った身で跪いているのは、前任者であり親友でもある男の息子。ランスロット・アロンダイトだ。

 本音を言えば、こんな事を言いたくはないし、言えた義理でもないのだが……先走った挙句に大失敗してしまったとあっては、宰相という立場上、叱責せぬ訳にもいかん。



「……はい。申し開きのしようも……ございません」



 下手に反論せず、おとなしく従ってくれているおかげで、何とか予定通りに事を運べそうだ。



「では、おっ」

「しかし! 一つだけ、一つだけ言わせて下さい!」



 などと考えていた矢先にこの有様……はぁ。



「閣下は……陛下は……あの者が神獣(スレイプニル)を従えている事を……ご存知だったのです、か?」



 また答え難い事を!

 おかげで、謁見の間にいる他の者達まで秘かに騒ぎ出す始末。



「当然だ」



 そう、当然知っていた訳がない。が、知らなかった、などと言える訳もない。

 我々が知らなかったとなれば、神獣(スレイプニル)などという重大な存在を、管理出来ていないという事になってしまう!

 故に、こんな誤解させるような答え方で返すしかない。



「そう、ですか……」



 あー、あれは見事に誤解しておるなぁ……。

 しかし、あの男もあの男だ!

 我が国にとって、スレイプニルがどういう意味を持つ存在か理解しておらんのか?



「では、追って沙汰を申す。それまでは屋敷で謹慎の身とする。退がってよい」


「は……」



 意気消沈して謁見の間を退室するランスロット。

 実質、療養を命じた訳だが……父親に似て真面目一徹な若者に、どこまで通じたやら。



「陛下」


「うむ。皆も聞いての通り、ウェストパニア救援部隊は壊滅した。魔族という脅威は最早他人事ではなく、いつ我がブリタニアに攻め入ってくるとも限らん。各自、近く訪れる戦に向け準備をいたせ」



 ランスロットが退室したのを確認し、陛下に場を譲る。

 陛下は一つ頷いて立ち上がると、謁見の間に揃っている大臣達に下知を下す。



「「「「「は」」」」」



 それに対し、警備の近衛を除いて全員が跪く。



「おそれながら、申し上げたき儀がございます」



 そんな中、しゃしゃり出てくる愚か者がいる。



「……申してみよ、内務大臣」


「は。先程の報告にありました、アーサー殿下を弑したのはガウェイン・ガラティーンとの事。これはガラティーン公爵家による謀反と考えられます。即刻、ロット・ガラティーン公爵の宰相職を解き、ガラティーン公爵家を捜査すべきかと愚考いたします」


「……だ、そうだが、そなたの家に、ガウェインなる者はいたかな、宰相」



 はぁー……全く、陛下もお人が悪い……いや、私も他人の事は言えんが。



「おそれながら、我が家にガウェイン某という名の者はおりません」


「は?」



 内務大臣をはじめ、事情を知らぬ者達がざわめき出す。



「こ、この期に及んで何を言い出すのですかな、宰相殿は?」


「貴殿こそ、何を言っておるのだ? 貴族籍の管理は、内務大臣である貴殿の管轄下であろう? その貴殿が、半月以上も前に貴族籍を抜かれた者の話をするとはどういう事かね?」



 懲罰部隊が出陣してすぐに、あのバカ者を我が家から追放しておいた。

 仮に、生きて帰ってきたとしても、謀反人として差し出す予定だった。



「な?! それはいったい?」


「それとも何かね? 我が家に謀反の嫌疑をかける為に、既に貴族籍にない事を理解した上で、利用しようとしたのかね?」



 ま、この男は先祖の偉業に胡坐をかいた、無能を絵に描いたような、典型的な反主流派貴族。

 無能は無能なりに無能である事を自覚し、謙虚に堅実に仕事をしていれば、ここで赤っ恥を晒す事もなかったろうに。



「そ、それは……」



 愚息が追放処分になっていた事を知らなかったと言えば職務怠慢を露呈し、知っていて我が家を貶したとなれば、それは我が家に対する宣戦布告も同義。

 この男に、そのどちらかを選ぶなんて事は出来まい。



「それまでだ。今は国家存亡の危急。身内で争っている時ではない。両者とも良いな?」


「は」

「……は」


「では、各自政務に取り掛かるがよい。本日の謁見はこれまでとする。以上、解散」


「「「「「はは」」」」」



 陛下が退室するのを待って、我々も警備の者を残して退室しはじめる。

 進退窮まったあの男に、陛下が救いの手を差し出した訳だが……あれはそれをきちんと理解しているのだろうか?


 ま、どちらにせよ、これであの男も自分の管轄下に注意を向けざるを得んだろう。

 何せ、敵対派閥の長男が追放されるという、値千金の情報が下から上がって来なかったのだから、陣営の引き締めに忙殺され、そうそう余計な動きはできんだろう。



「見事なものでしたな」


「これは、アシュフォード侯爵殿」



 そんな中、私に声をかけてきたのは、諸侯の中でいま最も頭が上がらない相手だった。



「そう畏まらないでいただきたい。周囲の目というものもありますゆえ」


「それは、その……」


「では、道すがら厭味の一つにでも付き合っていただければ」


「……わかりました。では、参りましょう」



 二人連れ立って謁見の間を辞し、執務室へ歩を進める。

 はぁー……ただでさえ、年上で官僚としても先輩な上、侯爵家は建国の頃から功績のある家。我が家よりも歴史がある。

 更に、末っ子でただ一人の娘を嫁にと望んだのはこちら側。それがこんな事になっては……あ、胃が……。



「第一騎士団団長は殿下を弑されるという不名誉極まりない戦死。内務大臣は自陣の引き締めに大忙し。これで、反主流派の双璧は崩れ、身動きが取れなくなると……実に見事な陰謀ですな」


「全くです。こんな絵図をかける男を在野に捨て置く訳にも参りません。何より……」


「神獣騎士となれば、なおさら……ですかな?」



 神獣(スレイプニル)

 我が国の建国にも関わる存在であり、初代国王を導いた(・・・)とされる存在だ。


 そう、初代国王でさえ、導かれる側だった。

 そんな畏れ多い存在に騎乗するとか、ふざけんなよ!という話である。



「はい……野心がないのは良い事のはずですが、あの男の場合はなさ過ぎます。これなら、まだ野心家の方が御し易いというもの。どうにかして、あの男を引っ張り出さなければなりません」


「かといって、無理に役を押し付けて引っ張り出そうとすれば……どんなとんでもない手段に出るか、見当もつかない……と、アレ(・・)も申しておりました……」



 侯爵のいう『アレ』とは、本来我が家の嫁になるはずだった彼女の事だろう。



「侯爵殿……その……」


「……その件については止めておきましょう。私もあの子の事をちゃんと見てやれていなかった。貴殿の事をとやかく言えません。それに……」


「それに?」


「一緒に裏切ったはずの女に斬り殺されるなど、実に愉快な死に方を演じてくれたのです。多少の溜飲は下がりました」



 ……まぁ、他の軍系貴族に檄文を送られる事と比べれば、この程度の厭味は甘受すべきだな……。


 それにしても、こうも狙い通りに事が運ぶとは……あの時は半信半疑だった……。





 遡ること二ヶ月ほど前、年が明けてそうそうの事だ。



「さっさと出しやがれ! 俺をこんなところに閉じ込めて、タダで済むと思うなよ!」



 地下牢に通じている扉が開いた音を聞きつけたのか、牢屋の中でそう喚き出したのは、非常に残念な事に私の息子だ。

 もう一週間は牢の中で過ごしている訳だが、やはり、食事も最低限に留めてもっと追い詰めるべきだったろうか?



「思ったより元気そうだな、ガウェイン」


「親父……さっさと俺をここから出しやがれ!」



 こんな言葉遣いを教えた覚えはないのだがな……。



「品のない言葉を使うな。程度が知れるぞ」


「は? 程度だと? こんな碌な文明も発達していない、ど田舎も真っ青な国で、お山の大将を気取っているアンタが、俺様の程度を語るのか?」



 キャストン・クレフーツに踏み付けられて出来た顔の傷を歪ませ、息子は盛大に嘲る。



「ふざけんじゃねぇ! 俺は日本人だ! 親父の後を継いで、政界に打って出て、愚民どもから搾り取れるだけ搾り取って、女を侍らすはずだったんだ!! それがこんなところ(世界)に放り込まれて……」



 『ニホンジン』というのが何かは分からんが、こやつがこんな事を考えていたとは……つくづく見る目がなかったと悔いるばかりだ。



「なぁ、親父、アーサーみたいなバカよりも、俺の方が格段に優秀だ。俺が王になれば、日本の知識を使って、この国をもっと発展させてやる。もっと豊かにしてやれる。だから、俺をここから出してくれよ」



 ……はぁ。

 こやつは、まだこんな事を言うのか……。

 自分の仕出かした事を理解しておらんのか?



「……条件がある」



 とはいえ、もう何を言っても手遅れだ。

 であれば、せめて有効に使い潰すより他にない。



「条件?」


「もうじき、西のウェストパニア教国へ援軍を派遣する。それに従軍し……」


「何だよ、戦争に行って敵をぶっ殺して来いってのか? これだから野」

「戦闘のドサクサに紛れて、殿下の首級を上げて来い」

「蛮な国は……何?」



 予想外な事を言われて、面食らっておる。

 さぁ、ここからが勝負所だ。



「分からぬか? アーサー殿下が亡くなられれば、王位継承権は第二位のグィネヴィア殿下に移る。だが、グィネヴィア殿下は王位よりもランスロットを欲しておる。彼女を説得し、継承権を放棄させれば、おのずと王位継承権は第三位のお前の物となる。何も、殿下とグレイシアの婚約を破棄させるなどという迂遠な方法を採らずとも、たった1度の勝負に勝てばよいだけだ」



 言うだけ言ってみたが、本当にこんな穴だらけの提案に乗ってくるのか?

 そこまでこやつは――



「なるほど……」



 バカだった!?



「だが、あと少しで手に入ったグィネヴィアを、みすみすランスロットなんぞにくれてやるのは惜しいな……」



 更にダメ押しだと?!



「そ、それならば、お前が王になった後、適当な理由を付けて」

「おぉ! ランスロットから取り上げて、あいつの目の前でグィネヴィアを抱くというのも一興だな。親父もなかなかだな」



 そこまで言うておらんし、お前と一緒にするな!

 ……と、言えたらどんなに良かったか。



「で、今になって父上がそんな事を言い出したのはどうしてですか?」



 精神的な余裕が出てきたからか、多少はマシな言葉遣いになっておるな。



「お前があの舞踏会で気を失った後、色々とあってな……殿下にこの国を任せる訳にはいかんと思ったのだ」


「……父上、つかぬ事をお聞きしますが……クレフーツの奴めはいまどこに?」


「あの者ならば、上位貴族に手を上げた咎で、こことは別の牢に収監されておる。それがどうかしたか?」



 もしかして、気付いたか?



「そうですか、まだ生きているんですね……なら、王になったら最初にあの男の目の前で、あいつの妹を犯すとしましょうか。くっくっく」



 ……お前の頭の中にはそれしかないのか?

 って、そっちはそっちで落ち着かんか!?



「その辺にしておけ。今はまだ」

「分かっていますよ、父上。私もあのバカ騒ぎに加担した身です。今はおとなしくして、精々反省した振りをしておきますよ」



 そういうと、愚息は牢の中の粗末なベッドに転がる。

 こういう、小賢しいところには知恵が回るのに……はぁ、本当に頭が痛い……。



「分かっているならばよい。くれぐれも妙な事を仕出かして、従軍できないなどとならぬようにな」



 言うだけ言って、さっさとここから出るべく歩き出す。



「……ご愁傷様でした、閣下」


「うっさいわい」



 地下牢に通じる扉を閉じると、一緒に出てきた(・・・・・・・)男がそう声をかけてくる。

 しかし、言うに事欠いて『ご愁傷様』とは……いや、本当にもう、その言葉が的確過ぎて泣けてくる……。



「まぁ、おぬしもよく我慢したな、キャストン・クレフーツ」


「はっはっは」



 全然笑っていない目をしながら笑い声をあげておるのは、愚息からは見えない位置に待機し、私に台詞の指示を出していたキャストン・クレフーツだ。



「結局の所、君の言う通り、愚息が凶手となった訳だが……なぜそれが可能だと思ったのかね?」



 この男が当初提案した通り、殿下達の処分が決まった。

 そこで、「万が一、第一騎士団が死力を尽くして殿下をお守りし、生還した場合にはどうするのか?」という問題が浮上した。


 それに対し、この男が出した解決法は、予め凶手を忍ばせておくというものだった。

 それも、貴重な密偵達を使い潰しにするのではなく、最初から使い潰すつもりの愚息を凶手に仕立て上げる。という無茶苦茶もいいところの方法だ。


 だが、現実に、その準備は整ってしまった。それも、私の目の前で。

 この男が用意した台詞の中から、指示された台詞を言うだけの……多少演技力を要求されるだけの簡単な方法でだ。



「あの手合いは、自分の見たい現実しか見ません。半端に優秀な分、自分の分析に自信を持ち、それを否定する情報には目を瞑ります。それでいて、躓いた時には『こんなところに石を置いている奴が悪い』と考えるんです」



 ぐうの音も出なかった。

 私もお飾りの宰相という訳ではない。

 この男が言うような輩は何人も見てきた。いまの内務大臣など、まさにその典型だ。



「なので、そいつの見たい現実のみを見せて、落とし穴に誘導すればいいんです。現に、あいつの企てていた事が、既に露見しているなどと、微塵も思っていなかったでしょう? あれは勝手に、閣下にも自分と同じ野心があったのだと考えての事です」



 だが、自分の息子がその類だったなどと、思いたくなかった私も……やはり見たくない現実から目を背けていたのであろう。

 今にして思えば、あれには確かにその傾向があった。


 子供の頃から優秀で物覚えもよく、利口な子だと思った。

 妹のグレイシアも……少々自信のない子ではあったが、兄同様に賢い子であったから、これで我が家も安泰だと思っていた。


 むしろ、妹が引っ込み思案だった分、兄が自信過剰とも言えるのは良い事だとすら思っていた。

 増長した分は、いずれ子爵位に就いた時にでも、苦労して削がれるだろうと高をくくっていた。


 そのツケが、こうして最悪の形で回ってきてしまったのだな……。

拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。


今作一番の苦労人、ロット・ガラティーン公爵閣下の苦労譚。

次回もなかなかにえげつないです。


次回も、閣下の胃壁が崩れない事を祈りませう。

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