第2話
「おやおや、一年の労をねぎらうべく、学生皆が楽しみにしていた舞踏会に、生徒会の皆さんでどんな余興を披露して頂けるのかと思えば……貴公子六人がかりで一人のご令嬢を私刑に掛けるのですか?」
どこか、楽しげな雰囲気さえ感じられる……あ、いえ、違いました。この人は間違いなく楽しんでいますね、この状況を。
そんなとても楽しそうな様子で現れたのは、炎のように真っ赤に燃える髪を無造作に切り揃え、切れ長の目に刃物のように鋭い眼光を宿す翡翠色の瞳をした、にっこりと微笑んでいれば可愛らしささえ感じられる顔立ちの青年だ。
「これはとても、とてもとても愉快な事この上ない。何故か? それは簡単な事。とてもとても簡単な事。たった一人の女性を相手に、六人の男性で責め立てる。それ即ち! 弱った相手に6倍の兵力で攻め込むという事! 子供でも考え付く必勝の軍略! こんな完璧な軍略を、我らがブリタニアの未来の王は! 我らが国の重鎮たる未来の公爵閣下は! 我らが国の境を守護する未来の辺境伯閣下は! 我らが国の心の安寧を担う未来の枢機卿猊下は! 躊躇なく実行して下さるという事!! まさに! まさにまさに、ブリタニアの未来は……明るいですなぁ?」
うわぁ……これは痛烈。いろんな意味で強烈だ。
例えば、現在の世界情勢を考えると、魔族に占領された隣国。これは、何も全領土を占領された訳ではありません。
一部の領地は未だに抵抗を続けており、まさに、『弱っている』状態と言えます。
彼の台詞には「そんな弱った相手に、6倍の兵力を嗾けちゃうんですね?」という批判とも取れる言葉が仕込まれています。
そして、「そんな事を、国王をはじめとした首脳陣が平然とやっちゃうなんて凄いね。周辺国からブーイングの嵐だよ。この国、もう先がないんじゃね?」という毒も含まれています。
あとは、普通に字面の通り、「女の子一人を大の男が6人がかりで囲んで難癖つけるなんて……ププ」という嘲弄ですね。
……後から聞いた話では、それ以外にも、「『相手の6倍もの兵力』を揃えないと、怖くて戦も出来ないんですね?」という意味や、「『6倍の兵力』を揃える為に、民や諸侯に負担を強いるんですね?」なんて意味も含んでいたそうな。
ちょっとだけフォローするように、「まぁ、戦の基本は相手より『戦力』を揃える事だから、完全に間違いって訳でもないけどね」との事。
「貴様はクレフーツ……くっ、何故貴様がここにいる!?」
兄が赤髪の青年に気圧され、その事にご自身で気付いてから、慌てて取り繕うように声を荒げました。
この青年こそ、『あの人』こと、キャストン・クレフーツさん。クレフーツ男爵家の長男です。
ゲームでは、グレイシアの取り巻きCくらいの立ち位置で……その、正直に申し上げると、プレイヤー達の間では『キャス豚』と呼ばれていた、見た目が少々アレな小悪党でした。
それが、こんな容姿から行動まで目立つ御仁になったのは、この方も私同様、元日本人だからです。
「はっはっは。自分もこの学園の生徒ですよ? ガウェイン先輩? 自分がここにいるのが、そんなに不思議ですか?」
「そ、それは……」
あら、そう言えば、こんな学園行事の最中に私を吊るし上げようとすれば、キャストンさんが出てくるのはあちらも承知のはず……1年早めたとしても、『学園主催、年の瀬の舞踏会』というイベントの舞台設定までは変更できなかったのでしょうか?
「今日は君の妹君の『ライブ』があったのではなかったかね? 我々は、てっきりそちらに行っているものだとばかり思っていたよ」
兄の後を継いで、アーサー様が仰る。
あぁ、そういう事ですのね。
この舞踏会は生徒会の主導で開催されています。
その生徒会というのが、アーサー様をはじめとした、この国の未来の首脳達で組織されています。勿論、第一王子の婚約者たる私もその一人に含まれています。
そして、今年の舞踏会は、例年よりも若干早めに開催されています。
おそらく、この舞踏会をフレアちゃんのクリスマスライブにぶつける事で、彼をこちらに来させないように画策したのでしょう。
「えぇ。ですので、今宵のライブはアンコールを一度までとさせて頂き、妹と共に一学生として、学園の行事に参加させて頂いている次第です」
転生者である彼が、私に協力してくれている理由は単純なものです。早い話、彼にとっても、ヒロインである酒月 聖は敵なのです。
彼にとって、この世界は第二の人生であり、何物にも代え難い大切なものがありました。
それは、彼の家族達であり、その中には妹であるフレアちゃんこと、フレア・クレフーツ嬢も含まれています。
ゲームでの彼女は……やはり、少々アレな容姿をしていらして、学園で浮名を流すケイ・エクトル様に思いを寄せる事となります。
そして、ケイ様がヒロインと親密になるにつれ、彼女は……。
そんな未来を私に教えられた彼は、対抗策として……彼女をアイドルデビューさせてしまいました。
何を言っているのか分からないかもしれませんが、事実です。
フレアちゃんも、ゲームとは違い、大変容姿に恵まれています。
……大変恥ずかしいのですが、私とグィネヴィア、そして、フレアちゃんとで、『王都三大美姫』なんて呼ばれています。
それほどの美少女であるフレアちゃんを、現代日本のような舞台効果やイルミネーションのような舞台効果魔法、一人でコーラスすら歌えてしまうような音響魔法を開発した彼がステージを演出し、この世界にはない現代日本風の楽曲で売り込んだ結果……この国を、この世界を救う為に召喚された神子、酒月 聖の人気を完全に食ってしまったのです……。
「え、マジで?!」「フレアちゃんと踊れるのか!?」「俺、この学園に通ってて、本当に良かった……」
なんて、声が、そこかしこから聞こえてきます。
彼女のアイドル活動は「はしたない」、「ご令嬢がする事ではない」などと表立って貴族達から批判されていますが、実態はこの通りですね。
「あぁ、もしかして、今や王都キャメロットに時めくアイドルである、妹の身辺を心配して下さいましたか? それならば、道中、親切な方々もいらっしゃったので、大丈夫でしたよ」
「そ、そうか……」
アーサー様と、キャストンさんのやり取りを見ていて、ケイ様がお顔を青くされています。
これは、ライブ会場から、ここへ来るまでにも一悶着ありましたね。
ゲームでは一方的にフレアちゃんがケイ様に好意を寄せるのですが、キャストンさんの教育の賜物と申しますか、せいでと言いますか……彼女は極度のブラコンとなってしまいました……。
そして、王都でアイドル活動をしている彼女に、ケイ様が一方的に惚れるという、ゲームとは逆の展開になった挙句、ケイ様をキャストンさんが物理的に叩き潰し、フレアちゃん自身がトドメを刺してしまいました。
人物の立ち位置が違う以外は、ケイルートの通りですね。
そのおかげでかは分かりませんが、ケイ様がヒロインに攻略されるのは最速と言っても過言ではありませんでした……。
弊害としては、事ある毎にケイ様はキャストンさんに突っかかり、叩き潰されてはフレアちゃんにちょっかいをかけ、やっぱり叩き潰されるという……三下臭漂う残念な殿方に成り果てた事でしょうか?
今日も、彼らへの妨害工作の一環として、ケイ様と関わりのある方々を嗾けていたのでしょう……あの兄妹に挑むくらいなら、ドラゴンと戦った方がマシだと私は思います。はい。冗談でも比喩でもなく。
「それで、自分がここにいる事はご納得頂けたかと思いますが……栄えある生徒会の皆様は、この一年を締めくくる学園の行事で、一体何をされていたのですかな?」
「そうだ、これは生徒会の問題だ! 部外者である貴様が首を突っ込んでいい話ではない!」
脊髄反射で兄が応えますが……もう、兄は黙っていた方が、貴方がたの為にも良いと思いますよ?
「これはこれは……生徒達が楽しみにしていた学園行事を私物化した挙句、生徒会の問題で自分には関係ない……ですか。最早、どこから指摘して差し上げればいいのかも図りかねますね……それを狙っての恫喝でしたら、失笑を禁じえない交渉術ですが」
「……男爵家の小倅風情が!」
「まず、この舞踏会はデビュタント前の、学園に所属する学生をゲストとして開かれる催しです。貴方がた生徒会はホストとしての経験を学び、それ以外の学生はゲストとしてのマナーを学ぶ、学園の修学行事です。個人の婚約に関わる私的な問題を取り扱う場ではありません」
兄が激昂するものの、すかさずキャストンさんが理路整然とこの行事の意味を説かれます。
この国では18歳、つまり、この学園を卒業し、はじめて一人前と認められて社交界にデビュー致します。
そして、私達のような例外を除いて、大部分の貴族も恋愛結婚が主流となっています。
男性も女性も、デビュタントを終えて、漸く舞踏会などの社交の場で結婚相手を探す事が出来るようになるという訳です。
それまでは、半人前以下で、己を磨いておけという事ですね。
「次に、自分はこれでも学生自治監視機構に所属しており、生徒会の活動に対し、条件次第ですが差し止める事が出来ます。生徒会が問題を起こした場合、とても無関係で済ませる訳には参りません」
この学園では、生徒会は国家運営や領地経営の訓練の意味もあって、爵位の高い家の人間で構成されます。今期ですと、アーサー様に兄、ランスロット様にグィネヴィアと私という、幼馴染5人で構成されています。
ですが、如何せん学生のする事ですから、今回のような問題行動を起こす可能性も考慮して、通常は一切の権威、権力、権限を持たないものの、特定の条件を満たした場合にのみ生徒会を制止させる事のできる組織が存在します。
それが、キャストンさんの所属している……いえ、正確にはキャストンさんのみが所属している学生自治監視機構です。
『部』でも『委員会』でもないので、予算なんて配分されないほぼ無名の組織ですが、その代わりに一切生徒会が手を出せない聖域です。
因みに、生徒会室を酒月さんとその取り巻きの皆様に占拠されて以降、生徒会の一般業務は私とランスロット様、グィネヴィアとの3人で、監視機構に用意してもらった一室で作業しております。
今回の舞踏会や、学園祭といった華やかなイベント関連の業務はアーサー様達の専横が目立っています。
「ふん。何を言い出すかと思えば、そんな有名無実な組織の名を持ち出してきて、何を」
「最後に、他にも色々とありますが、とりあえず、最後に、生徒会の問題と仰る割には、部外者の方が多々見受けられるようですが、その点に関してはどのような見解をお持ちなのでしょうか?」
兄が、鬼の首でも取ったかのように、得意気になりますが、そんな事は知らないとばかりに、キャストンさんが畳み掛けます。
先程も申し上げたように、今期の生徒会は私を含む幼馴染5人で構成されています。
その中に、トリスタン様やケイ様、ガラハッド君にパーシヴァル君は含まれていません。当然ながら、酒月 聖さんも部外者です。
「それに関しては、私の方から説明しよう」
キャストンさんの問いに対し、覚悟を決めたようにアーサー様が一歩前に出て応じます。
「皆も聞くがいい。生徒会とは、将来の国家運営、領地経営を視野に入れて活動している。にも関わらず、そこなグレイシア嬢は、私の婚約者という立場でありながら、生徒会室に姿を見せず、業務を放棄する有様! 私はこれを、婚約者としての義務の放棄と判断し、婚約の破棄を決意した! また、彼女に代わり、私を補佐してくれていた聖を新たな婚約者として迎え入れる事とする!」
「アーサー様……私はただ、アーサー様や学園の皆の役に立ちたかっただけだよ。それに、私一人の力じゃないよ。ガウェイン様やトリスタン様。ケイにガラハッド君やパーシヴァル君達、皆が私に力を貸してくれるから出来た事だよ」
ウルウルとその瞳を滲ませながら、酒月さんが仰ると、アーサー様をはじめとした取り巻きの皆さんが、我も我もと口々に彼女を褒め称えます。
それに反して、会場にいる生徒の多くは、侮蔑すら含んだ視線を彼らに投げかけています。
先程も申し上げたように、生徒会の一般業務はランスロット様をはじめとした私達で執り行って参りました。その中には日常の細々とした案件から、『部』や『委員会』の予算配分といった重要度の高い案件まで含まれています。
そして、それを知らない人間はこの学園では少数派だと言って良いでしょう。
拙い作品をここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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