第5話 乱戦 妹 VS 姫騎士 VS Chara男
「いえ、私にそっちの気はないので、諦めて下さい」
いやー、いるんですねー。
無論、私はお兄様以外にそういう感情は持ち合わせていないので、ブリジットさんがたとえ男だったとしてもお断りですけど。
「そこを曲げて、どうか付き合って欲しい。死ぬ前に、一度でいいから」
「そういう事でしたら、お隣のアシュフォード様にお願いなされては如何でしょうか? 幼馴染と伺っておりますし、きっと受け入れて頂けますよ」
いや、いくら最終兵器さんとは言え、そこまで対応しているかは分かりませんけどね。
「アイリとはもう何度もやった」
とんでもない告白キマシタワー……。
「リジー。貴女、凄い誤解を与えていますよ」
「誤解?」
この不毛なやり取りを見兼ねたアイリーンさんが幼馴染に忠言します。
「『私と付き合って欲しい』って言い間違えよね?」
「…………あ」
ブリジットさんは石のように固まり――
「私と試合して欲しい……或いは、私に付き合って欲しい」
何事もなかったかのように取り繕って言います……が、取り繕えきれず、ちょっと赤面しています。
ブリジット・バーナード。
バーナード伯爵家の次女にして、アイリーン・アシュフォードの幼馴染兼親友。
バーナード伯爵家は軍系貴族の中でも特に名高い、尚武の家風を誇る武闘派貴族。早い話、脳筋貴族だそうです。
領地経営なんかもアシュフォート侯爵家に頼っているそうで、その分アシュフォード侯爵家に何かあれば真っ先に駆けつける昵懇の仲だとか。
彼女自身は明るい茶髪にヘーゼルの瞳をしたとても可愛らしい顔立ちの女の子です。
身長は私よりも低く、体形もそれに準じた未発達なものですが、それが却って一部の層から人気を博しています。
感情の振れ幅が小さく、表情も無表情に見えますが……ふむ。
実際は顔に出難いようにしているだけで、ちゃんと感情もあるし、表情も思考を読まれないように殺している内に、板についてしまっただけですね。
「一応お尋ねしますが、何故私との試合を御所望なのでしょうか?」
まぁ、そんな益のない事をする気なんて更々ないんですけどね。
「……魔法戦技会の1回戦を観た。いつか戦いたいと思った。でも……」
あー……あれですか。
『魔法戦』というルールを逆手にとって、どこぞのブ女を魔法抜きで巻藁代わりにして失格負けになった試合ですね。
あの顔を合法的に殴る事が出来たので、非常に楽しい行事でした♪
「今を逃すと、もう……二度と見える事が出来ない。だから、思い残す事がないよう、私と戦って欲しい。お願いする」
はー、なるほど。
家の都合で学園に通っているとは言え、根っこはバーナード家の人間。
死が不可避となった以上、最後に強者と戦いたいという事ですが。
でも、彼女も死にませんからねー。
確かに、彼女達が飲まされた『魔人薬』は第一級の禁制品。
服用なんかした日には一族ごと死罪となりますが……ちょっと考えれば、そんな事は不可能だと解ると思うんですよねー。
だって、考えてもみてください。
アシュフォード家をはじめとして、有力貴族のご令嬢が多数被害に遭っているんですよ?
これを全部、家ごと処罰なんかした日にはこの国が消えてなくなります。文字通りに。
これだけで、少なく見積もっても国は家の方まで罰するなんて事は出来ません。
後は、彼女達が覚悟を決めて出るところに出れば、大事にはなったでしょうが自力で解決できた話です。
そんなの、被害に遭っていない人間が軽々しく言うなー、なんて事を言う輩はいるでしょうが、当事者以外に言われても痛くも痒くもありません。
当事者に言われたらですか?
「なら、あなたは自分で自分を助ける為に、何らかの努力をなされたのですね? 是非、どんな努力をなされ、どのような成果を得られたのか、無知な私にお教え下さい」と伏して教えを請いますよ。
ま、目の前にいる彼女達ですら、境遇に耐える以外にできなかったのですから、精神的に追い詰められて、思考が守りに偏ったんでしょうね。
「分かりました。その申し出をお受けしましょう」
ですが、これはまたとない機会です!
得るもののない試合なんて面倒だと思いましたが、よくよく考えたらあるじゃないですか!
やはり、人間、追い詰められた時こそ攻撃に出るべきですね。
彼女はどうあっても死を賜る事はありません。
家を潰される事はありえませんが、彼女達自身の処遇はまだ未確定です。
中には、死もやむなしという声が上がるやもしれませんが、お兄様が助けるつもりである以上、死ぬ事はありません。
そう、お兄様が助けるんです。房中術で。
「ふんふふ~ん♪ お兄様、朝ですよ。起きて下さい♪」ってお越しに行ったら、は、裸で抱き合うふたr……。
えぇ、殺しましょう♪
大丈夫、ただのよくある悲しい事故です。
戦闘一族との死合なのですから、お互い白熱するあまり、致命攻撃を放つなんてよくある事です。
ふふ、うふふ……うふふふふふ……♪
「ありがとう」
あらあら、表情はほぼ変わりませんが、子犬みたいな雰囲気になっていますわね。
これから自分の身に起こる事も知らずに。
「それでは、屋外に参りましょう。アイリーン様は申し訳ありませんが、この部屋でお待ち下さい。迎えと行き違いになると困りますので」
事故に見せかけて始末する以上、途中で止められたりしては困りますからね。
「はい。……リジーの願いを聞き届けて下さり、ありがとうございます。フレア様」
「いいえ、お気になさらないで下さい。それでは参りましょう、ブリジット様」
「うん。行ってくるね、アイリ」
「行ってらっしゃい、リジー。気を付けてね」
それが今生の別れの挨拶となるとは、露ほども思っていませんね~。
ま、そんな事はどうでもいいのですけどね。
さぁ、お兄様が来る前に、さっさと私の用事を片付けましょうか♪
……なーんて、思っていた時期が私にもありました。トホホ。
「弱い。弱すぎます……」
これが、戦闘一族と名を馳せた家の次女の実力ですか?
私の足元には、べっこべこに凹んだ部分鎧で急所を保護した、お兄様言うところの『姫騎士』みたいな格好をし、動きやすいように髪をポニーテールにした少女が転がっています。
はい、ブリジット・バーナードです。
「う、ぐ……ふぇ、ぐす……うぇ……」
周囲にあるのは、照明として私が出した魔法の明かりと、彼女が使っていた細剣の残骸だけ。激しい戦闘の跡なんてありません。
あまりにも盛り上がりなくあっさり負けたからか、或いは弱いと言われたからか、それとも他に理由があるのかは知りませんが、倒れたまま泣き出しました。
はい、相手が弱過ぎて、事故に見せかける前に決着してしまいました。
こうも苦戦する事なく決着してしまっては、今から事故に偽装するなんて事も出来ませんわねー。トホホ……。
お兄様の意に反してまで謀る以上、お兄様に頂いたドレスのまま戦うなどという恥知らずな真似は出来ませんでしたので、わざわざ訓練用の衣装に着替えたのですが……とんだ寄り道に、おや?
何故ここにあの男が?
……ふむ。
「まったく、LV頼り、ステータス任せで、弱くて話になりません。これがバーナードの人間ですか?」
「ッ!?」
「まぁ、バーナードと言っても、貴女は所詮次女。元跡取りであった姉とは違い、最初から他家との縁を繋ぐ為の道具ですものね。だから、士官学校ではなくこの学園に入学した」
泣いているブリジットさんに悪罵を浴びせると、面白いくらいに反応してくれます。
「ちが! ボクはアイリを」
「アイリーン様を守る為に学園に来たなんて言いませんよね? 言えませんよね? どの口がそんな事を言うんですの? 守れなかったのに?」
「!!」
あら、素はボクっ子という方だったのですね。
反論する為に一度上げられた顔は、私が遮って突きつけた事実に打ちのめされ、再び下を向きます。
私は鉄靴に鎧われた爪先に彼女の顎を乗せ、無理矢理上に向かせます。俯く事など赦しません。
「貴女が強ければ、あの野獣どもを蹴散らせるほど強かったなら、彼女も、貴女も、他の皆さんも、食い物にされる事などなかったでしょう。ですが、事実として貴女は弱かった。貴女は負けた。だから、アイリーンさんは武力で解決する事を早々に諦めてしまわれた」
「ッ!!」
いや、多分、武力で解決する方法は最初から検討されていなかったでしょうけどね。でも、物は言いようです。
彼女が初期に下衆どもを叩き潰せていれば、済んでいた話でもあるのですから。
「それでも仰いますか? 『ボクはアイリを守る為に学園に来た』と?」
「ッ……」
「それとも、こう仰りたいのですか? 『ボクはアイリのせいでこんな学園に来たんだ』と」
「な?! ちが」
「ぎゃあッ!?」
「……う?」
「ふふふ、掛かりましたわ、釣れましたわ~♪」
ま~ったく、ブリジットさんを言葉責めして、散々隙を見せているというのに、決断力のない男ですわ。
「な、なに?」
「いえいえ、覗き見をはたらく変質者がいましたので、罠を張ってみたんです」
何が起こったのか分かっていないブリジットさんが尋ねてきたので、教えて差し上げました。
「な、なんで?」
すると、こっちでも何が起きたのか理解していない男が、そう慄きながら姿を現します。
そこにいたのは、右の太ももに矢が刺さったケイ・エクトルでした。
「なんで自分の放った矢が自分に刺さっているか、ですか? そんなの、私が掴んで投げ返したからに決まっているじゃありませんか」
「そんな、バカな……」
「そう大した事ではありませんわ。お兄様なら、宴会芸と称して飛んできた矢を掴んで、運動エネルギーを殺す事なく、ベクトルだけ変えた上に、ご自身の膂力も加えて投げ返しますし」
それに比べたら、飛んできた矢を掴み取って投げ返しただけの私では、技量がまったく追いついていませんもの。
「ば、化物め……」
「貴方に褒められても嬉しくありませんわ。それで、どうしてこんなところに生ゴミが落ちているのでしょう? ボロ雑巾と生臭僧侶と一緒に、牢屋に放り込まれる手筈になっていたはずですが?」
「チッ! やっぱr」
「あぁ、その汚い口を閉じてくれませんか? 空気が汚れます」
まぁ、この男は腐っても弓手、狙撃手。おまけに木属性で、風魔法を得意としていますから、逃げるとか隠れるとかコソコソするとかせこい事が自慢の、世界中の弓使いに土下座するべき下半身直結男です。
連行される途中で衛兵を撒いて逃げて来たと言ったところですか。
どうせ、公爵家の密偵さん達から逃げ切れるとは思えませんが、ここに寄り道したおかげで直接この男を再起不能にする事が出来ます。
これなら、お兄様に怒られません! やったね私、大勝利♪
……えぇ……本っ当に幸運でした。
お兄様はボロ雑巾を特に嫌っていましたが、あ、当然私もあの生物学的牡は嫌いですよ?
ですが、同じくらい、このケイ・エクトルという大気汚染源が存在する事を私は赦せません。
何故か?
それは、この屑を初めて見た時の事です。
あろう事か! 忌まわしい事に!! お兄様一筋のこの私が!!!
こんな『軽薄』という言葉の方が重厚な男に惚……おぇぇぇぇぇぇッ!!?
ありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんありえません、あ・り・え・ま・せ・ん・わーーーーッ!!!
ぜー……ぜー……いま思い出しても怖気が奔ります……間違いなく、あれは精神汚染とか精神操作とか、そういう類のものですわ。
ええ、そうです。あの時、あの瞬間、私は、私の心はこの男に穢されたんです!
そんなの、絶対に赦せません!
磨り潰してゴブリンの餌にしても足りませんわ!!
「そういう訳ですので、おとなしく……あ、違いました」
「な、なに?」
「精一杯、泣いて叫んで足掻いて足掻いて抗って抗って抗って抵抗して抵抗して抵抗して抵抗して抵抗して抵抗して……絶望シテ下サイネ?」
「「ヒィッ?!!」」
遠慮会釈なく叩き付けた殺気に反応して、生ゴミがお得意の短剣二振りを逆手に構える。
大丈夫、あなたは死にませんわ。
あなたは不名誉な出征で、不名誉な死に方をする予定なのですもの。
精々、色々と壊すだけにして差し上げますわ。
…………余波を食らったブリジットさんが粗相したのはご愛嬌ですわ♪
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回は拷m……げふんげふん、壮絶な戦闘シーンだよ。