第3話 遭遇戦 妹 VS 残党
会場に入ると、すぐ傍でグィネヴィアとランスロットの二人が壁の花と化していました。
何をしているんでしょうかね? まぁ、邪魔さえしなければどうでもいいですが。
「貴女は……フレアさん、だったかしら?」
さっさと仕事に移ろうとしたのですが、一歩遅かったようです。
何が「だったかしら~?」ですか。
気付かれていないとでも思っていたんですか? 貴女が私を意識している事に。
「まぁ、お初にお目にかかります、グィネヴィア殿下、アロンダイト様。コンラッド・クレフーツの娘、フレアと申します。まさか、殿下にまで私如きの名を知って頂いているとは、存じ上げず申し訳ありません」
私も彼女をこれでもかと意識していますが、そんなそぶりは微塵も見せません。
互いに『王都三大美姫』と讃えられてはいますが、私と彼女はキャラが被っていること甚だしいのです!
まず、私も彼女も自分の魅力と言うものを理解し、それを最大限に魅せる方法を研究、熟知しています。つまりはあざといぶりっ子ですね。
そして、それを魅せる相手がただ一人だけという点も被っています。それ以外の相手には適当に愛想を振り撒いているだけですよ。
その他にも、お互い妹だとか、身長低めだとか、色々と被る点はあります。
ただ、キャラが被っているだけならば、ここまで相手を意識しません。
彼女は、第一王女は……ここまで私とキャラが被っているというのに……私より……が……胸部装甲があるのです!!!
私の胸は慎ましいんですぅ。お淑やかなんです! たおやかと言うんです!!
……貧しいとか言った奴は握り潰します……頭を……ぐちゃぁって……熟れたトマトみたいに……くふ、くふふふ……♪
まぁ、そういう訳で、私は彼女を意識していますが、悔しいのでそんなそぶりは見せません。
彼女は彼女で私に何か劣等感を持っているようですが……生まれ付いてのお姫様で、甘やかされて育ってきた為か、根っこは素直で我侭な性格に育ち、腹芸などの感情を隠す事は不得手のようです。
現にほら。
「あ、あら、フレアさんは有名ですもの。アイドルと言うのでしたかしら。民達の間で人気が出ているのだとか。私も是非拝見させて頂きたいと思っていますの」
声に動揺が見られます。あと、笑顔がぎこちないです。
もう少し、上手に感情を隠して頂かないと、王位を継いだ時に苦労しますわよ?
「あぁ、私も是非に聴きたいと思っているよ」
そう言って話に加わったのは『挫折知らず』ことランスロット・アロンダイトです。
彼は……まぁ、確かに、見た目も性格も、そこらのご令嬢からしてみれば良い殿方なのかもしれませんが……私に言わせれば線が細いのです。見た目ではなく中身が。
持って生まれた才能と家柄、そして、本人の努力によって、彼はこれまで挫折らしい挫折を味わった事がないのでしょう。
好きな女の子まで婚約者にできて、まさに順風満帆の人生を送ってきたと言えます。
……ですが、それ故に一度折れるととても脆そうです。
「何でも、君の歌に合わせて『聖霊』が謳ってくれているのだとか? 中には、亡くなられた家族の声を聴いたという者までいるそうではないか? 私も、亡くなられたお祖母様の声を聴けるかもしれないと思うとね」
お兄様が開発なされた魔法ですね。
初期の舞台効果魔法や音響魔法は単純なものでした。光が一定のリズムで移動したり、声が大きくなって、少し響いたりと。
そして、それらの魔導具は丸々盗まれました。ライブスタッフごと。
勿論、スタッフごとそれらの技術を盗んだのは、あの『醜悪』という言葉の方が美麗な女達です。
尤も、それらは全てお兄様の計算の内でした。
初代『ライブスタッフ』には最初から裏切られると予測していたお兄様は、王都の人間を雇っていました。
案の定、彼らは信仰によってお兄様を裏切り、お兄様が用意していた撒き餌を持ち出して『醜悪』という言葉の方が美麗な女をアイドルとして売り出しました。
そして、あの女が教会の資本力を背景に、大規模なライブをしているすぐ横で、更に改良された魔導具とお兄様に忠誠を誓う本物のライブスタッフによる突発ライブを敢行。
宣伝費0で、あの女の人気から何から何まで喰らい尽くして差し上げました♪
その際に使われたのが、『天使の梯子』と名付けられた霧と光を使った舞台効果魔法と、記録された音や声に手を加えて流す音響魔法による複合現象です。
夜天から光と共に舞い降りた『聖霊』が、私の歌と踊りに合わせて不思議な言葉で謳ってくれるという演出です。
言葉の意味は分かりませんが、神秘的な空間が演出され、中には亡くなられたご家族の声だという観客までいました。
……まぁ、最初にそう言い出したのはサクラの方ですけどね。
え? 裏切った最初のライブスタッフですか?
お兄様は大変慈悲深い方です。身内には。
ですが、その分敵には、特に裏切り者には一切容赦しません。つまりは、そういう事です。
「まぁ、そうでしたの。機会がございましたら、是非おいで下さいませ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
なんて感じに、互いにお愛想を交わしていたのですが……貴女はもう少し感情を隠す事を覚えるべきでしてよ、王女様。
……まぁ、私もお兄様が世辞とは言え、他の女性を褒めるのは……コホン。気にしてはいけませんね。
そうこうしている内に、会場の中心付近に屯する集団の中から、お兄様の合図が聴こえました。
さぁ、退屈な三文芝居を、観客参加型の即興劇に変えて差し上げましょう……。
参加方法は簡単。1枚の書類に署名するだけですわ♪
「どうやら始まったようですので、私も行かせてもらいますね。御機嫌よう」
「あ、あぁ。引き止めてしまってすまなかったね」
「え、えぇ、ごきげんよう、フレアさん……」
あらあら。事ここに至ってまだ覚悟が定まりませんか?
そんな「こんなはずじゃなかったのにー」なんて顔をされても、どうにもなりませんよ?
心配せずとも、お兄様はついでに貴方がたの事も考えていますよ。
ちょっと、アロンダイト公爵の現役期間が延びるだけです。
後は、貴方がたの子供を公爵家に養子に出せば問題はありませんよ。
……なので、くれぐれも妙な気は起こさないで下さいね?
そんな思いを笑顔の下に隠して、その場を立ち去る。
そして、向かうは間抜けなお姫様を背中に庇い、私のお兄様が敵を粉砕する戦場です。
「もし。よろしければ、こちらに署名を頂けませんか?」
「え? ふ、フレアちゃん!?」
中央で繰り広げられる茶番劇に、苦々しい表情を浮かべる生徒に声をかける。
その声に反応した数名の生徒も私に気付き、声を上げようとする。
「お静かに願います。つまらない三文芝居とは言え、観劇中は静かにしているのがマナーですわ」
指を一本、口元を塞ぐように当ててウインク。
良い具合に彼らの思考が停止している間に、全員に署名用紙を配る。
勿論、公爵達が用意した物ではなく、こちらで予め用意していた署名用紙です。
「皆様、退屈な茶番劇を盛り上げる為に、小道具作りにご協力願えませんか?」
「……皆、悪い事は言わない。書いておけ。これは、そういう事だよね?」
あら、早速この裏を理解された方が一人……って、ああ、思い出しましたわ!
この方、『机上演習』の大会で、ポンコツ王子のチームにいた人です。
『机上演習』というのは、『盤上遊戯』よりも自由度と戦略性が非常に高く、実際の兵科や地形効果、進軍や伝令による情報伝達にかかる時間をも取り入れた、より現実に近い仮想演習を机上で行う競技です。
え? ポンコツ王子のチームにいたのに覚えていた理由ですか?
そんなの、お兄様がこの方を調略して、対戦中に進軍経路など、情報を流させていたからですよ。
おかげで、お兄様のチームは大会の決勝という大舞台で、この方を除くポンコツ王子達の部隊を全滅させ、見事に失格なさいました♪
実戦を想定しているという謳い文句なのに、調略を卑怯とか言う大会規定。本当に笑えましたわ。
「ご想像にお任せいたします」
「君のお兄さんは、相変わらずえげつないね。僕でなくても、そんないい笑顔を見せられては、書かざるを得ないと思うよ」
あらあら。ついつい思い出し笑いをしてしまいましたわ。
まぁ、お兄様を褒めて下さったので、この笑顔は前払いという事にしておきましょう。
そうして、彼らは全員署名して下さいました。
評価としては一人を除いて『良』です。勿論、除いたお一人の評価は『優』ですわ。
幸先が良いと言えますね。
「それでは、引き続き劇をお楽しみ下さいませ」
「ええ、そうさせてもらいます」
こっそりと、署名用紙の裏に二重丸や丸の印を入れていく。
その後も、男女を問わずに声をかけ、順調に署名を集めました。
極々稀に現れる『不可』、つまりはあちら側の生徒には、騒ぎ出す前に脳を揺らして昏倒させるべく、下顎を殴……殴り……打ち砕いて黙らせました。後は密偵さん達にお任せします。
そんなこんなで、お兄様のお声を拝聴しながら署名を集め続けていると、視界の端にどんよりと重たい空気を纏った集団が入ってきました。
何事かと視線をそちらに向けると、何の事はありません。
会場の隅っこに、舞踏会に着ていくには似つかわしくない暗めなドレスを纏った集団がいるだけです。
まぁ、『下衆』という言葉の方が高貴な男達に文字通り食い物にされた彼女達の境遇を考えれば、華やかな衣装を纏って楽しく舞踏会……なんて気分にもならないのも、致し方ないのでしょうけど。
彼女達を纏めているのはおそらくアイリーンさんでしょう。
彼女達の中で最も爵位が高く、一番最初に被害に遭った女性。
クズ共を止める事も訴える事もできず、今日この日に至るまで何も出来なかった女。
他の被害者達の拠り所になるくらいしかできなかった、無力な女。
そして、お兄様を苛む女。
被害が拡大する前に、被害が拡大した後でも、彼女が、彼女達が何か行動を起こしていたら、或いは今日という日はなかったかもしれません。
何故なら、お兄様はとても優しい方であり、とても慈悲深い方であり、そして……とても甘い方です。
分が悪いと承知していても、可能性があったなら……いえ、可能性がないのなら、無理矢理に作り出してでも、彼女達を助け出したかった事でしょう。
ですが、彼女達は何も行動を起こしませんでした。
いくらお兄様が優秀であっても、肝心の彼女達が助かろうとしないのでは、手の出しようがありません。
助けようと手を差し伸べた相手に、背中から刺されてはたまりませんからね。
結果、お兄様は今日までずっと心を痛めてこられました。彼女達の不幸を利用するのだと。
そして、この一件が片付いたら、彼女達の社会復帰に尽力するつもりです。彼女達の負った『傷』を肩代わりして……。
ですが、お兄様。一つ言わせて下さい。
いくらお兄様でも、こういう女の面倒を見るのは無理ですわ。
今、私の足元にはどぎついショッキングピンクのドレスに身を包んだ女性が倒れています。
この方も、署名用紙を見た瞬間に騒ぎ出そうとしたので(今度はちゃんと加減して)昏倒させました。
推測に過ぎませんが、薬と無理矢理与えられた快楽に、心が折れた被害者の一人でしょう。
貴族女性だけでも二十六人の被害者がいるのです。こういう者の一人や二人はいるでしょう……。
そんな彼女らの『心の傷』を肩代わりするなんて、いくらお兄様でも危険すぎますよ……。
『房中術』の第一段階、互いの両手を合わせるだけの『手合わせ』でも、相手の心に触れている事が、自分の心が触れられている事が分かるほどです。
より多くの情報量を扱える第二段階、『梔子』にもなると知識の交換が可能になるそうです。
お兄様はそれを利用して、彼女達の『心の傷』という情報を自分に移し変えて肩代わりするつもりなんです。
無論、それで彼女らの身に起こった事が消えて無くなる訳でも、その記憶が消失する訳でもありません。
ですが、彼女達が前を向いて生きていくには、強い助けとなる事でしょう。
そして、その分だけお兄様の心が傷を負うという訳です。
当然、私としましては許容しかねますが、その程度で翻意してくれるお兄様ではありません。
ですので、私は私で、少しでもお兄様の負担を軽減するべく、色々と計画を練っています。
とりあえず、この女の顔は覚えておきましょう。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございます。