第2話 前哨戦 妹 VS 三大頂点
「フレア・クレフーツ様をお連れしました」
公爵家の密偵さん達と別れた後、待ち構えていた近衛騎士の方の案内の下、ある一室の前まで連れて来られました。
そして、彼は扉をノックし、中に確認の声をかけます。
「入れ」
「失礼致します」
部屋の中から聞こえてきた命令に従い、騎士の方は扉を開けて私をエスコートします。
室内に入った私は無言で進み、彼らから距離をとって跪きます。
形ばかりで気持ちなんて大して篭っていない礼ですが、高々男爵家の小娘風情相手に心の底から敬服しろ!なんて、せせこましい事を言う方々ではないので大丈夫でしょう。
え、もし言われたらですか?
既に兄が来た後ですから、それはないでしょうが、もしもそんな事を言われたら、鼻で笑いながら完璧な作法で応対いたしますわ♪
いえ、ここが謁見の間で、文官武官が居並ぶ正式な場であるなら、相応の礼はとりますよ?
でも、学園の一室で、護衛の兵すらいない場所で、そこまで仰々しく傅くほど、私はこの国に忠節を誓っていません。
お兄様がブチ切れて、この国を潰すと仰ったなら、喜んで潰しますよ♪
「あー、分かったから、そう殺気立つでない」
なんて考えていたら、向かって右側の男性に声をかけられました。
むぅ、失敬な。殺気を意図せず漏らすほど、未熟ではありませんよ。こんなのは、殺気の内に入りません。
お兄様なら、殺気一つで相手の心臓を止めたりできますし。
「ふむ。あの兄にして、この妹ありと言ったところか。今宵は一国の王としてではなく、一人の父親として来たつもりだ。畏まらずともよい」
「お気遣い痛み入ります。折角ですので、お言葉に甘えさせて頂きます」
中央に座る男性の申し出に従い、遠慮なく立ち上がらせてもらう。
お礼に営業スマイルくらいは浮かべますわ。にこー。
って、あら? 何だか予想と違う反応ですね?
何というか……「あれ? この顔どこかで見たような?」という雰囲気……って、それじゃまるで指名手配犯みたいじゃないの?
「はぁ……それで、君は自分の役割を理解しているのかね?」
最後に、向かって左側に控えている男性が尋ねてくる。
んん? どういう訳か、このお三方の中で、この方が一番疲弊していますね?
今の状況的には、他のお二方の方が心労が祟っているはずですが?
自領からここまでの移動に疲れた? その程度の疲労でここまで消耗するような鍛え方ではないように見えますが?
「はい。勿論です、アロンダイト公爵閣下。私の役目は下手な三文芝居に退屈なさっている観客の皆様に、最高の娯楽をお届けする事ですわ」
まぁ、お兄様や家族以外はどうでも良いので、健康状態が良かろうが悪しかろうが気にしません。
営業スマイルで放置します。にこー。
「娯楽……国家の存亡がかかっている状況が娯楽……」
「諦めろ、バン。彼女はアレの妹だ」
むぅ。小声で話せば聴こえていないとでも思っているのでしょうか?
お兄様を『アレ』呼ばわりしたのは少々ブチンッ!と来ますが、ここはお兄様の方針に従って、聴こえなかった事にして差し上げましょう。
さて、もうお気付きの事とは思いますが、このお三方はこの国の頂点(ただし、お兄様は除く)に君臨する人物で、右から順におっぱいお化けの父親であるロット・ガラティーン公爵、キャラ被りの父親であるウーゼル・ペンドラゴン国王、挫折知らずの父親であるバン・アロンダイト公爵です。
え? 敬意が足りない?
は。 国の頂点に立つというなら、真っ当に後継者を育ててもらいたいものですわ。
本当に、この国は大丈夫なのでしょうか?
このまま行きますと、ポンコツ王子と『ゴミ』の方が尊い男は廃嫡。
三大頂点は先程の三人が継ぐ事になるでしょうが、キャラ被りと挫折知らずがバカな事を仕出かしそうですわねー。
やはり、お兄様がこの世界を支配して、兄妹婚を認めるように法改正、むしろ推奨するようにすべきです。
「二人とも止さぬか。兄妹揃って頼もしい限りではないか」
むむむ!? 今、凄い悪寒が奔りました!
この人、トンデモない事を考えませんでしたか?!
例えば、グィネヴィアにお兄様を宛がおうとか!!
あの女だけはダメですよ!
アイリーンさんはまだ諦めが付きます。
グレイシアも納得できませんし絶対妨害しますが、まだ何とかなります。
ですが、私とキャラが被ってるあの女だけは、お兄様とどうこうなるなんて我慢なりません!!
「お褒めに預かり光栄です。男爵家という取るに足りない家柄ですが、兄ともども精一杯勤めを果たさせて頂きます」
我が家は辛うじて貴族と呼べる程度なのだから、王配にお兄様を宛がおうなんて考えるなよ?
と、言外に籠めておきます。
突然遜るような私の発言に、両公爵は気味が悪い物を見たような顔をします。
……が、国王は一瞬虚を突かれた表情を見せるものの、こちらの意図に気付いて――
「ほう。それは素晴らしい。是非とも、これからも国の為、我が王家の為に尽くしてもらいたいものだ」
この人絶対私の敵です! 絶対にお兄様は渡しませんからね!
どうしてもお兄様が欲しければ、兄妹婚と一夫多妻制を認めなさい!
そうすれば、そちらの顔を立てて、表向きの正妻くらいは譲って差し上げます。
「さて、ロットよ。礼のものを彼女に」
「は。畏まりました」
ガラティーン公爵がアイテムボックスから紙の束を取り出す。何でしょう?
「これは……」
その紙には、生徒会に対する解職とそれに伴う処罰を請求する為に、署名を求める旨が書かれていました。ただし――
「僭越ながら、これではダメですね」
「何? 王家と二大公爵家の印章が入っているのだぞ? これで署名をしない者はおらんぞ?」
ご大層な印章入りである。
「だからダメなんです。これに署名を求めるなら、私でなくとも署名を書かせる事はできるでしょう」
そんなの、そこらを歩いている権威主義の脳みそ空っぽでも出来る。
「……ふむ。つまり、君なら選別が可能だと?」
流石に国の頂点に立っているのだから、これくらいには気付きますか。
「はい。真っ当な学生ならば、間違いなく署名致します。それほどの状態に陥っているのが今の学園です」
三者共に苦虫を噛み潰したような表情になります。
まぁ、自分達の息子や娘が仕切っていて、その状態に拍車をかける者や、止められない者しかいないのですからね。
「真っ当な上に有能な学生ならば、この裏に何があるのか理解した上で署名するでしょう。また、自分の意思で去就を決められないという愚か者でしたら、私が書かせてみせます」
心情的には、ほぼ全ての学生がポンコツ王子達を見限っています。
まぁ、それでも何故か、『醜い』という言葉の方が美しい女に対してはお兄様と私以外、誰も文句を言いません。
直接被害に遭っているおっぱいお化けすら何も言いません。栄養を全部胸部の脂肪に取られているんでしょうか?
若干話が逸れました。
ポンコツ王子には誰もが呆れていますが、それでも王家の権威というものに浴したい愚か者や、恐れてしまう者はいます。
ですが、そういう意志の弱い相手ならば、私がちょっとお願いすればこちらに転がす事が出来ます。
「そして、明確に拒否する者は道化達に通じているという事です。むしろ、何とかして舞台の上にいる道化達に報せようとするでしょうね」
「だが、その者が形振り構わず、その場で大声を出したりしたらどうするのだ?」
アロンダイト公爵がそう尋ねてくる。
「はぁ。そうなる前に叩きのめせばよいと思いますが?」
何でそんな当たり前のことを聞いてくるのでしょうか、この方は?
「衆人環視の中、そんな事できる訳が……いま、なにをしたのかね?」
どうやら、私の実力に疑問があったが故の質問だったようですね。
そういう事であれば、手っ取り早く実演して差し上げたらご納得いただけるでしょう。
そう考えた私がしたのは単純に拳を振り抜いただけ。
無論、お兄様に用意して頂いたドレスを汚す訳には参りませんから、私は一歩も動かず、拳が起こした風で公爵の顎を撫でただけです。
ただ、やられた公爵をはじめ、影で護衛についている手練の皆様にも視認できない拳速でしたが。
「風の魔法? 無詠唱? だが、魔力は感じなかった……」
「お前もいい加減に理解しろ。この娘はあの男の妹だ」
「妹も、なのか……」
あー、なるほど。アロンダイト公爵が疲弊していたのは、お兄様に何かちょっかいを出したからなのね?
なら、気絶くらいさせてもよかったわね♪
そして、ウーゼル王が口を開きかけたところで時間切れ、扉をノックされます。
「ご報告します。殿下達が始められたようです」
「ご苦労。引き続き会場の様子を見張っていろ」
ガラティーン公爵が伝令に命令すると、伝令はそのまま来た道を引き返して行ったようです。
「やはり、こうなってしまうか……」
今更何を仰っているんでしょうかねー?
中年男性の子育て失敗譚とか、聞いても面白くないので、私はさっさと行く事にします。
下らない三文芝居ですが、お兄様の勇姿を拝めるという点だけは手放しで賞賛できます♪
と、その前に――
「それでは、私も参ります。そちらとそちら……それから、そちらの密偵さん達をお貸し下さい。ぶち倒したクズの運搬に人手が必要ですので」
そう言った瞬間、室内に驚愕の感情が満ちる。
むぅ、この程度で驚いて気配の隠蔽が乱れるなんて、まだまだですわね。
「……わかるのかね?」
「はい。ガウェインという男は、『無能』という言葉の方が有能だと断言できる存在ですが、唯一つだけ、お兄様を不快にさせるという事にかけては世界で一番だと言えます」
『無能』という言葉は、「能力や才能がない」という意味を表す言葉です。
ほら、言葉としても使い道は沢山あるでしょ?
それに、お兄様が言うには、「世界一格好いい無能」という方もいるそうです。
そんな方と比べてしまいますと、ねぇ?
「なので、確実にお兄様に沈黙させられるでしょう。つまり、最低一人は運んでもらう事になります。実際にはもっといるでしょうけど」
お兄様は普段から酒月 聖を絶対に倒すべき敵と仰っていますが、それ以上にガウェインを磨り潰したいと仰っていましたからね。
今回、確実にこれまでの鬱憤を晴らそうとなさるでしょう。
まぁ、その中でも、最終兵器さん達を見捨てざるを得なかった事が一番許せなかったというのは、私としては複雑な思いがありますが。
「……散々君のお兄さんに言われたから、アレの事に関してはその辺にしてもらいたいのだが……」
「あら? 私としましても、あの気持ちの悪い下半身男に言い寄られて、非常に不快な思いをした事があるせいか、どれほど言っても言い足りないほどの嫌悪感なのですが?」
流石に、二大公爵家の跡取り相手にできる事と言えば、精々証拠が残らないように報復(物理)する程度でした。
「わかった。謝罪でも何でもするから、その話は後にしてくれ!」
「言質頂きましたわ♪ では、早速書面にお願いします」
「って、これはさっきの印章入りの?! 先に書いてあった文言はどうした!?」
「さぁ? 役目がないから旅にでも出たのかもしれませんわね?」
「そんな訳……もういい……」
公爵が何やらぐったりとしていますが、そんな事は気にしません。
「さぁさぁ、閣下。手早くささっと先程の宣言を書面に起こして下さいな。よもや陛下の前でなされた宣言を翻したりしませんよね?」
慈悲はありません。周囲を見ても援軍はありません。さぁさぁさぁ。
おやおや、閣下。迂遠な文法で遠まわしに回避しようとしても無駄ですよ。ほらほら、ちゃんと即時効力を持つと明言して下さいな。契約書は隅から隅まで読まないといけませんよね♪
「ふむ。抜け道はありませんわね。では、これにて失礼させて頂きます」
少々時間を取られてしまいましたので、急ぎませんと。
軽く一礼して、扉を開けてもらい――
「あ、そうでした。隠れるなら、気配だけでなく、体内魔力の制御も致しませんと。そこそこお上手ですが、その程度では兄は勿論、私程度の魔力感知でもバレてしまいますわ♪」
見返りにちょっとだけ教えて差し上げます。
皆さん、とってもよい表情でお見送りして下さいましたわ。
ガラティーン公爵は、この『お詫びに何でもする』と書かれた契約書で、お兄様を婿養子にするのを邪魔してくると思っているようですが……それは甘いですわ。
そっちは、おそらくお兄様ご自身で何とかしてしまわれます。
それよりも、あのウーゼル王がお兄様を娘の王配にと望んだりした場合の方が問題です。
公爵の力でどれほどの牽制になるかは分かりませんが、何もないより手札は一枚でも多い方が良いですからね。
指名した密偵さん達も試行錯誤しながら追随してきて下さっているので、さっさとお仕事を済ませてしまいましょう。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。
兄 VS 三大頂点は、三人目の視点で繰り広げられる事でしょう。