第12話
グレイシア編の最終話となり、ちょっと長めです。
その後、お父様と打ち合わせを終え、私は自室に戻りました。
今日も今日とて、1日で入ってきた情報が多すぎます。
お茶でも頂いて、一息つきたいところと思っていると、扉をノックされます。
「何かしら?」
「お嬢様、お手紙をお持ち致しました」
「わかりました。入りなさい」
失礼しますと断りを入れてから、侍女が手紙を持って入室してくる。
……キャストンさんが婿養子になったら、アイリーンさん辺りが彼女の役どころに収まるのかしら?
それはそれで、やっぱり問題ありそうですね……。
「こちらになります」
そう言って彼女が差し出した封書は既に開けられている。検閲済みという事は、差出人は男性ですか。
今となっては、(有り得ませんが)アーサー殿下からの手紙であっても、検閲されますからね。
「ご苦労様」
そう彼女を労って、手紙を検めるって、差出人、キャストンさんじゃないですか?!
うぅー、何が書かれているのか、恐すぎて読みたくありませんが……そういう訳にもいかないですよね。
意を決して便箋を開いてみると……。
「……なんですか、これは?」
「検閲いたしました」
「検閲って、殆ど真っ黒なんですが?」
「えっと……確か、物凄く卑猥な事が書いてあったんですよ、多分。きっと。あれ、違ったかしら? 卑猥じゃなくて不敬だったかしら?」
えぇー? 何でしょうか、この支離滅裂な回答は?
この人、こんなポンコツな人ではなかったはずですが?
「わかりました。こちらはもう良いので、退がって次の仕事に移ってください」
「かしこまりました。それでは、失礼致します」
今度は普段通り、とても有能な侍女らしく、綺麗に一礼して退室していきます。
この落差は何なんでしょうか?
とりあえず、僅かに残っている手紙を読んでみると、そろそろお父様から事情を教えられただろうから、この手紙を書いたという旨が書かれていました。
……この屋敷、見張られているんでしょうか?
そして、用件というのは他でもありません――
「騎槍を卒業まで学園の外に出すな? 騎槍ってなんですか?」
槍と言って真っ先に思い浮かべるのはキャストンさんです。
この国の貴族の殆どが剣を主武装とする中、彼は槍を得物にしています。
「でも、騎槍ではないですよね、キャストンさんの武器は……第一、キャストンさんを卒業まで学園の外に出すなって、私に言う事じゃありませんよね?」
わざわざ手紙なんて手段を使うのですから、彼には何らかの理由で出来ず、私になら出来る事のはずです。
うんうんと唸って、便箋を横にしたり斜めにして悩んでいると、不意に気付いてしまいました。
「この手紙、検閲で消されていない文字を縦書きで読む事ができる!?」
げ、芸が細かいですね……と、言いますか、検閲で削除される範囲も予測済みなんですか、あの人は?
そして、その方法で読み進めてみると、解読できた内容は――
「つまり、この手紙を学園で回収するから、常に持っていろって事ですか? 何でそんな事を??」
正直、真意は分かりませんでしたが、回収しに来るという事はその時に会話する機会はあるという事です。
であるならば、少しでも信頼を取り戻す為に、何かしら好感度がアップする作戦を考えなければなりません。
……まぁ、確かに、私の考えたアーサー様からの好感度を上げる作戦は不思議なほど、不自然なほど空振りし続け、結局このような事になってしまいましたが……今度こそ、名誉挽回です!
……とは言え、私も元は21世紀の日本で生きていた身です。一人の男性が、妻以外に沢山の女性を囲うなんていう事に抵抗はあります。ない訳がありません。
それは、この世界の女性達もそうです。
この世界でも一夫多妻はほぼ認められていませんし、愛人……と言いますか、夫婦以外でそのような関係になるのは宗教的に禁止されています。例外があるとしたら、東の法国くらいです。
では、何故あのような掟破りの解決方法を採っても平気かというと、キャストンさんは教会の致命的な弱点を握っているらしく、教会が彼に物申すには、文字通り組織生命を賭ける必要があるみたいです。
更には教会側も加害者を出してしまっている為、余程の事がない限りこの一件は黙認するしかないのだとか。
正直に言えば、一人の女として、納得の行く方法ではありません。
ですが、諸々丸ごと全部無視して、自分の想いを貫く!なんて強さは持ち合わせていません。
……あ、そうか。その強さはキャストンさんも持ち合わせていないんですね。
よくよく考えるまでもなく、彼はやろうと思えば全部放り投げて、この国を捨てて行く事ができます。
それも自分一人だけでなく、フレアちゃんやご両親を連れてでも容易な事です。
むしろ、面倒臭がりという点を考えると、そうしない方が異常です。
ですが、現に彼は面倒臭い事を積み重ね、挙句の果てにお父様に「取りこぼせない人材」として目を付けられました。
「俺が俺の領分にいる者と笑って暮らす為」という割には、随分とお粗末な結果じゃありませんか?
その領分の中には、ご家族以外も入っているんじゃありませんか?
キャストンさん、意外と業突く張りですし、領分の中に沢山詰め込んで、身動きが取れなくなったんじゃないんですか?
ついでに、私も入れてくれれば、後は他に誰かが入っててもいいや。
そう考えたら、思いのほか安堵してしまいました。
どうやら、私は思った以上に彼に依存していたようです。
うー、依存しているだけじゃいけません。何とかして、この三度目の恋を実らせないと!
なんて、考えていた時期が私にもありました……。今すぐそんな事を考えていた私を殴って、もっとよく手紙を読めと言いたいです!
何故なら、私は掛け値なしの命の危機に瀕して――。
「で、どうしてお嬢様は俺の忠告を丸っとスルーして、あのイケメン君を行かせちゃったのかな? かなぁ?」
「待ってください、キャストンさん! 頭! 頭が絞まって! 痛いです!?」
「痛くしてるんだよ、ばかたれ」
壁ドンどころか、生徒会室でアイアンクローなる技を掛けられています!
これ、キャストンさんの握力でちょっと本気を出されたら、私の頭、地面に叩き付けたトマトみたいになりますよ?!
「あの! 忠告って、何の事だかぁイタタタタッ?!」
「うん? 手紙を受け取っていないのか?」
少しだけ、ギリギリと締め付けている力が弱まります。
「えっと、これの事でしょうか?」
その隙に、アイテムボックスに保管していた手紙を取り出し、差し出します。
それを受け取り、中身を確認する為に、キャストンさんは私を解放してくれました。
うぅ、痛かったです……。
「おい。ちゃんと書いてあるだろうが。『騎槍を卒業まで学園の外に出すな』と」
「えぇぇぇぇッ!? 『騎槍』ってキャストンさんの事じゃないんですか?!」
「『騎槍』と言ったらランスの事だろうが! こんなのオタクでなくても想像つくだろうが!」
「全然、全く分かりませんでした!」
「……はぁ……非オタの箱入りお嬢様にはその手の知識もなかったか……なのに、妙にマニアックな知識も持っていたりと、俺には一般的なお嬢様の知識の基準が、何処にあるのか分からん……」
いや、そんな事を言われましても……。
私が悪役令嬢である事、この世界が『救世神子の虹模様』とそっくりである事などを説明した時、キャストンさんは驚くほど疑う事なく信じてくれました。
理由を尋ねたら、「そういう可能性もあるだろうと予想していた」との事で、私達は協力する運びとなりました。
そして、キャストンさんは、全面的に方針の決定を私に委ねました。
面倒臭くなって丸投げしたかったというのもありますが、この世界が乙女ゲームの世界であるなら、全くプレイした事のない自分よりも、私の方が詳しいだろうと考えての事だったそうです。
……それが、大間違いの始まりだったんですよねー……。
私ことグレイシア・ガラティーン、その前世である中学3年生だった花房 雫という少女は、その15年という生涯に於いて、ゲームは『救世神子の虹模様』しかプレイした事はありませんでした!
あとは、ピアノに日舞にお花にお茶などなど、お稽古でほぼ一日を終える箱入りのお嬢様だったんです!
通っていた中学もお嬢様女子校で、初恋の相手はゲームキャラという有様でした……。
そんな私が、『悪役令嬢逆転劇』の作法なんて知っているはずもなく、私は漫然と「アーサー様の好感度を上げていけば、きっと大丈夫」なんて考えて、時間を無為に消費してしまったんですよね……。
「うぅ、すみませんでした……」
また、大ポカをやってしまいました。
お互いに忙しかったとは言え、積極的にキャストンさんに会いに行って、手紙の事を確認しておくべきでした。
「はぁ……やっちまったもんはしょうがねー」
「あの、それで、いったい何があったのでしょうか? 内容から察するに、ランスロット様に何か?」
「……あのボンボン。懲罰部隊に同行して、戦場に向かいやがった」
「……………………は?」
いやいや、待って下さい。懲罰部隊ってあれですよね?先日ど派手にパレードして、隣国に救援として派遣された……という体で厄介払いされた殿下達ですよね?!
「え、っと……どういう、事でしょうか?」
「……個人の事情として。国の事情とか家の事情とか、そういうのを全部無視した個人として、あのボンクラ王子に王位を継いでもらわないと困る奴が一人ないし二人いる。グィネヴィアとランスロットだ」
「それは……もしかして、二人が結婚する為、ですか?」
アーサー殿下が廃嫡となれば、次の王位はグィネヴィアが最有力となります。そうなれば、彼女も私同様、婿を取らなければなりません。
その相手として最有力なのは当然ながら、婚約者のランスロット様……とは限りません。
何故なら、彼はアロンダイト公爵家唯一の嫡子だからです。他に兄弟姉妹はいません。
「そう言うこった。王家に婿入りした後、子供を一人養子として公爵家に戻すという方法もあるが、それで周囲全てが納得するとは言い難い。あいつらがあの一件で俺達に協力したのだって、アーサーが目を覚ますかも~って期待しての事だ」
「ところが、殿下はあの様で、切り捨てられる事になった……だから、ご自身で拾いに行ったという事ですか?」
「本当に、バカとしか言いようがないな……この問題は一朝一夕に片付く問題じゃないから、長期戦で確実を期したかったのに……」
目を閉じて、沈思黙考するキャストンさん。絵になる姿なので、見てるこっちはドキドキものです。
そして、目を開いたキャストンさんは完全に落ち着いた声で――
「どう考えても、あいつは帰ってこられないな」
「えぇぇぇッ?! 何がどうあってもですか?」
「まだ雪すら溶けきっていないのに、疑う事無く嬉々として出征するような部隊だぞ? このまま放置すると、良くて戦死するか、最悪捕虜になって一生この国には帰ってこられないな」
と、断言されてしまいました。捕虜になるより戦死する方が良いんですか?
まぁ、確かに、まだ2月にすらなっていないこの時期に軍事行動なんて、どう考えても自殺行為なんですけどね。
「それは流石に俺も困るから、ちょっと行って連れ戻して……いや、討たれる寸前で回収してくる。追い詰められてからでないと、俺の言う事なんて聞かないだろうしな」
うぅ……着々とランスロット様がキャストンさんと敵対する未来に近付いている気がします。
「えと、大丈夫、ですか?」
「大丈夫な訳ないだろ? ボンボン部隊を見張っている間は治療が進まないし、状況的に俺の手札を一枚切らざるを得ない。ったく、これだから半端に有能なボンボンは始末に負えない」
いえ、そういう意味で尋ねた訳じゃないんですよ?
そりゃ、LV400オーバーのキャストンさんに、物理的な危険とかはないでしょうけれど……こう、自覚してしまった乙女心的な心配とかですね、そういうのがあるんですけど、キャストンさんにそういうのを理解しろというのは無理な話でしたね……。
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもないです」
泣いてなんかいませんよ。これは心の汗がちょっと滲んだだけですよ。
「まぁ、いいか。それで、この手紙を検閲した奴に、内容については何も訊かなかったのか?」
「え? いえ、尋ねましたけど、卑猥だとか不敬だとか言って、本人も曖昧にしか記憶していないみたいで、いまひとつ要領を得ませんでした。いったい、何を書いたんですか?」
それを聞くと、キャストンさんは悪巧みを考えている時の、とてもいい表情を浮かべます。
「ふぅん……そうか、助かったよ。ありがとさん」
そう言って、私の頭をポンポンと軽く叩いた後、撫でてくれました。これは本気で機嫌が良い時に見受けられる行動です。もっとして下さい。
あと、何か「仮説」だの「裏付け」だのと聞こえた気がしましたが、今は全神経を頭に集中します。
「それじゃ、用件は済んだし、俺は帰らせてもらう。暫く留守にするから、その準備もしなきゃならん」
まだ撫でてほしかったのですが、下手に要求すると代わりにアイアンクローが来ると思うので、ここは黙って見送るの一択です。
そして、私は私で、キャストンさんが留守にしているこの期間を最大限有効に使わなければなりません。
彼を婿養子にしなければならない我が家は、そうなりたくない彼にとっては敵です。
で、その娘である私としては、この期間に動かない理由はありません。と申しますか、こんな時でもなければ、キャストンさんに潰されます。
……ある意味、ランスロット様には感謝ですね。
まずは、アイリーンさん達と連絡を取って、共同戦線を構築できないか打診してみませんと。
正直、どの面下げて会えばいいのか分かりませんが、今は動く時です。
……何せ、アイリーンさんとブリジットさんは貴族籍を抜いて、学園も自主退学し、今はクレフーツ男爵家で見習い使用人として働いているのですから!
……お二人の本気具合が恐いくらい伝わってきます……。
と、ここまでが過去の回想です。
そして、現在。あれから2週間ほどが過ぎて、キャストンさんは帰ってきました。
彼の切った手札はご自身の騎馬の正体。
物語の王子様が乗っていそうな白馬ですが、その正体は「八本の脚で空をも駆ける神獣」こと、スレイプニルです。
因みに、名前は孟獲と名付けられそうになったので、何とか説得してニィルと翻意して頂きました。それでも安直ですね……。
はい、ニィルを捕獲したのは、私が彼ら兄妹にLV上げに引き摺り回されている時だったのです。捕獲方法は、付けられそうになった名前から想像は容易いかと……。
そのスレイプニルの手綱を引くキャストンさんの後ろには、ランスロット様がスレイプニルの胴体に荷物のように括り付けられていました。
ランスロット様の目が死んだ魚のようになっていたのが印象的でした……。
そして、帰還した二人の口から語られたのは、驚愕の事実でした。
ケイ・エクトル、パーシヴァル・ペリノア、ガラハッド・エレイシスの戦死。
彼らを討ち取ったのは、戦端が開くと同時に裏切った酒月 聖。
更に――
「では、殿下は兄に……ガウェインに討たれた、という訳ですか?」
酒月 聖と共に魔族に寝返ったガウェインが、ランスロット様のすぐ傍にいたアーサー殿下を討ち取ったそうです。
「……あぁ。そうだ……」
そう、私の質問に答えて下さったのは、出征で身体と、何より心に傷を負ったランスロット様です。
ここは、アロンダイト公爵家が所有する王都のお屋敷です。
ランスロット様はベッドから上体を起こして応じてくれています。
「私には分からない……我々は幼馴染で、親友で、共にこの国を支えようと誓った仲間だったはずだ! それなのに、何故……。それに、奴だ……キャストン・クレフーツ。確かに、学園にいた頃から、奴にはただの学生とは違う何かを感じていたが、それにしてもスレイプニルとは何だというのだ!? あれではまるで……くッ」
「いけません、ランス様! それ以上はお身体に障ります」
苦しみだしたランスロット様に、一緒にお見舞いに来ていたグィネヴィアが寄り添い、ランスロット様のお体を横たえさせます。
「すまない、グィネ……私は何も、何も出来なかったよ……」
「いいえ。そのような恐ろしい戦場から、こうして私の元に帰って来てくださいましたわ」
「ありがとう、グィネ……君は私の太陽だ」
と、二人がイチャつき始めたので、私は邪魔をしないようにお暇させて頂きました。
この国が被った損害は、第一騎士団の半数、約5000が出征しほぼ全滅。これは軍事用語上の『全滅』ではなく、文字通りの『全滅』です。騎士団長を初めとした幹部級もほぼ戦死しました。
更に、冒険者ギルドから雇い上げた、これまた問題ばかり起こす元貴族の冒険者を中心とした、ギルドの足を引っ張る冒険者、約2000が出征し、諸共に壊滅しました。
ここまでは上層部の予定のうちにあり、問題ないのですが……ガラハッド君同様、この懲罰措置に組み込まれていなかったトリスタン様が、酒月 聖の為にこの出征に同道を宣言。
周囲の説得の甲斐もなく、仕方なく御父君のリオネス辺境伯は自領のリオネス騎士団から100騎を供出。
この半数が帰らぬ人となりながらトリスタン様を逃がし、それでもなおトリスタン様も騎士として再起不能の大怪我を負ったそうです。
そして、酒月 聖と共に魔族に寝返ったガウェインは、全てが終わった後、その場で酒月 聖に討たれた。
と、キャストンさんに救出され、戦場を離脱する最中にランスロット様が見たそうです。
この一連の騒動により、ランスロット様の評価は著しく落ちました。
殿下の傍にありながら、彼が王族として地に落ちる事を阻止できず。
学園から課された温情措置、『新生徒会の補佐』という仕事を無断で放棄した上での勝手な出征参加。
更に、そこまでしておきながら、殿下の傍にあってなお、その身を護る事もできなかったという事実。
最早、グィネヴィアの婚約者どころか、アロンダイト公爵家の跡取りとしてすら、彼に疑問を持つ声は出てきています。
私がキャストンさんの手紙の意味に気付いて、ランスロット様を止めていたら……こうはならなかったのでしょうか?
そして、この国はゲームの魔王ルートのように、滅びてしまうのでしょうか?
2月の空はどんよりと曇り、私の心に不安の影を落とします。
本当に、どうなってしまうのでしょう……。
それでいて、キャストンさんはスレイプニルの主として、これまでの落ちこぼれという評価から一転。
あらゆる人々が彼に期待を寄せています。
バカな貴族は、彼を婿にしようと画策したり、フレアちゃんを嫁にして誼を結ぼうとしたりと……魔王よりも先に、ブチ切れた彼がこの国を滅ぼすかもしれません……。
本当に、この国は、私の三度目の恋はどうなるのでしょうか……。
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
俺達の戦いはこれからだ!
という訳で、グレイシアの話はここで一旦幕とさせて頂きます。
次に彼女の視点で語られるのは、約1年後の魔族との戦争あたりが中心となるでしょう。
もし、あなたの気が向かれましたら、11日から公開される別視点で、引き続きこの一連の出来事を追いかけてみて下さい。