第11話
「そういう事だ。これならば、どの家に対しても、我が家なりに精一杯手を差し伸べたと言える」
アシュフォード侯爵家を初めとした、あらゆる貴族が敵対するとなると、流石の二大公爵家の一翼と言えども、どうにも立ち行かなくなりますが……。
「無論、こんな物では足りんと言う者もいるだろうが、これが限界だ。この手を振り払うも掴むも、ご随意にという訳だ」
これならば少なく見積もっても、アシュフォード侯爵家を含む3分の1はこちらの手を取ってくれるでしょう。
「そして、振り払った上でなお噛み付いてくると言うならば、その時は最早遠慮する必要もない」
となれば、残り3分の2が我が家に牙を剥いたところで、どうにかできます。
これが……公爵家とこの国を存続させる最良の方法が、私とキャストンさんを結婚させる事という理由の全貌なのですね。
誰もが過不足なく満足する最善の道なんて、もうどうやってもありません。
一人でも多く、少しでも大きく手を差し伸べる、この最良の道しかないのですね……。
ただ、この道には――
「ですが、お父様。これには致命的な欠点が、その……」
「………………うむ、分かっておる……」
一つだけ、どうしようもない欠点がある。
「今回の一件で、あの男の狙いが何処にあるのか、私にも嫌というほど理解させられた……」
そう、この方法に於ける最重要人物――
「あの男は! 心底! 心の底から! 貴族社会が大っ嫌いだという事が!! 貴族の面倒臭さが、こ・れ・で・も・か!というほど嫌いな事がな!!! 俺だって途中でぶん投げたくなったわ!!!!」
キャストン・クレフーツはこの国を滅ぼしたいくらい、この貴族社会というものを面倒臭がっているという事。
前もって私をボロクソにフって、釘を刺すくらいですからね。トホホ……。
「だがな……同時に痛いくらい理解させられた……あの男は、どうあってもこの国に、この国の中枢に必要な人材だ」
私もよく知りませんが、色々なところの情報を拾ってきますからね……。
「最悪、何も仕事しなくて良いから、この国にいて欲しい。はっきり言って、あの男が在野にいるなど、不安で仕方がない」
いったい、どれほどこの国の貴族の弱みを握っているんでしょうね?
何だかんだ言って、キャストンさん、貴族としての適正があるのでは?
「まして、東の法国や南のガリアにでも流れられてみろ……何時この国が滅ぶ事になるか……」
お父様、彼は単身でこの国を物理的に滅ぼせます……なんて、言えるはずもないですね。
「そういう訳だから、何としてでも、本当にどんな手段を使っても良いから、あの男をものにしてきてくれ。この通りだ」
そう言って、お父様は娘に頭を下げられました。
うー、やっぱり、そうなりますよねー……。
腹をくくるしか、ありませんよね……。
恥ずかしいと見せ物になる事を拒んだ結果が、このどうしようもなく行き詰った現在です。
であれば、ここで逃げ出すのは反省も後悔もしていないという事になってしまいます。
「わかりました。やれるだけの事は、やってみます」
「そうか……やってくれるか……」
私が承諾する事で、漸くお父様はお顔を上げられました。
「これで、懸念が一つ減った訳だ……」
「やるだけやってはみますが、あまり期待しないで下さいね?」
ほぼ絶望的な状況ですから、やるだけやってダメだった……となる可能性は高いです……。
と、申しますか、相手がキャストンさんでは、糸口が全く見えません。
色仕掛けとか?
あんなに可愛いフレアちゃんと比較されると、望み薄な気がいたします……。
「そう言わずに、期待させてくれ。お前は私の自慢の娘なのだから」
「うぅ、善処いたします。ところで、他にもご懸念が……殿下達の事ですか?」
これ以上、この話を続けるのはまずいと判断します。
それよりも、他に心配する事と言えば、殿下達の処遇に関する事かとあたりをつけて尋ねてみる。
「あぁ。お前もあの男に聞かされた通り、こちらはこちらで深刻だ……お前がこの家を継ぐという事が既に規定路線であるように、アーサー殿下も廃嫡は確実だ。が、やはり、バカどもの事件と連動して終息させた為に、どうにも始末が悪い」
そう言って、お父様が説明してくださったのは、キャストンさんがしてくれた説明を補足するような物でした。
ガウェイン達を一網打尽にする為の踏み台となった断罪イベントですが、それでもアーサー殿下のやろうとした事は大問題です。
何せ、婚約者でもあり、公爵家の令嬢でもある私に濡れ衣を着せた訳ですから。
それも、従来であれば王妃になれる立場ではない酒月さんを新たな婚約者にする為という、勝手極まりない理由です。
これだけならば、まだ廃嫡してどこかの保養地に永蟄居という処置になるはずですが、陛下に執拗に抗命するという失態まで犯しています。
これでは、蟄居を命じたところで、おとなしく従うなんて誰も信じません。
万が一にも、王家の知らない王族なんて生まれてもらっては困るのです。何代か前に、あちこちにお胤を撒き散らして、「この子は王族の子供だ」と内乱を多発させた方がいたそうですから……。
かと言って、この国にはその……ふ、腐刑というものはないので、毒を呷って頂く事になるのでしょうが……そうなると、今度は何故殿下が毒を呷る事になったのかを説明しなければなりません。
ところが、今回はそれをする訳にはいきません。
というのも、ガウェイン達の国家反逆罪は犠牲者達の風評を少しでも護る為に、書類上なかった事にしなければならないからです。
そうすると、婚約破棄騒動における書類上の処罰は、殿下だけが毒を呷る事になり、一緒に連行されたガウェイン一味やトリスタン様は死を賜る事はないでしょう。
ガラハッド君は……平民ですから処置が難しいんですよね。
平民が単独で貴族を、公爵家の令嬢である私を陥れようとしたのなら、死罪も已むを得ません。
ですが、今回の騒動は殿下が主導した物ですから、平民である彼に拒否権はなかった! と騒がれますと、厳罰に処した時に民衆の間に動揺が走る可能性は大きいです。
更に、蟄居なり何なりの罰を与えられたガウェイン一味は揃って謎の死を遂げる訳です。
混沌としすぎていますね……、
かと言って、全員一律に死罪という訳にも参りません。
トリスタン様は国防に於ける第1の盾、リオネス辺境伯家の跡取りです。
かの家は長男を亡くし、残った後継者は次男と三男のみ。
ここで反省の色が見える彼を一緒くたに死罪とすれば、確実に辺境伯家との関係がこじれてしまいます。
そうして、様々な意見、提案が会議の席で飛び交い、この国の首脳陣が審議を重ねて、漸く一つの結論に達したそうです。
「それが、西のウェストパニア教国への援軍派遣ですか?」
「あぁ。結局、あの男の原案通り、援軍の派遣要請に託けて、問題のある者を纏めて戦死させる事になった」
この大陸一の大国であったウェストパニア教国は、魔族との開戦当初に於いて、壊滅的な損害を被ったそうです。
「ただでさえ、援軍を派遣する余裕などまだなかったのに、このような事件で国内の足並みも乱れた」
即ち、首都の陥落と、国の頂点たる教皇の逝去。
そして、大陸全土に広がる冒険者ギルドの長たるグランドマスターの戦死。
国家として、纏まった行動を取る事ができず、形振り構わずに援軍の派遣要請をしてきたという訳です。
「足を引っ張るだけの不要な人員を纏めて処分しつつ、隣国からの要請に形の上だけでも応えるのに、第一王子とその側近という肩書きは有効だろう」
そんなところへ、有効な援軍を送るとなると……現状ではどう頑張っても捻出できませんね。
学園で3年間過ごすというのは、神子がこの世界に慣れる為であると同時に、出征する為の準備期間でもあった訳です。
そして、第一騎士団の半数という非常に少ない援軍を派遣するなんて、通常ではありえません。
連携の取れない小集団なんて、邪魔なだけ……って、以前キャストンさんが言ってました。
そこへ、「第一王子率いる」という枕詞をつけると、あら不思議。
みすぼらしい錬度不足の集団が、第一王子の親衛隊に見えます!
……字面の上でだけ。
「借金の申し込みに、負債を貸し付けるようなものですね……」
キャストンさんなら、そんなあくどい事も平然とやりますね……。
この国の第一騎士団の半数は、キャメロット学園出の無能な貴族の次男や三男で構成されています。
真っ当な貴族が騎士を目指すなら、学園ではなく、士官学校に入って他の騎士団を目標にします。
とは言え、無能騎士だけで第一騎士団を構成されたのでは困るので、士官学校出の平民は定員になるまで成績優秀者から順に、強制的に第一騎士団に配属されるそうです。災難ですね。
「だが、ない物は払えんのだ。第一王子が率いるといえば、第一騎士団の半数は喜んで出征するだろう。あんな連中でも、一応は我が国の軍事力の顔だ。教皇も冒険者ギルドのグランドマスターもいない、既に国として成立していない教国では、文句も言えまい」
「ですが、そんな弱兵ばかりでは、戦死する前に逃げ帰ってくるのでは?」
「だから、神子殿にもご出陣願ったという訳だ。殿下を支えて下さるというのだ、思う存分互いに支えあって頂こうではないか。……それに、最悪の場合はどさくさに紛れて凶手が動く事になっている」
うわー、お父様がキャストンさんばりの悪役面をしています。……キャストンさん、思った以上に貴族としての適正があるんじゃないですか?
まぁ、抜かりはないって事ですね。とは言え、実行してみない事には、成否は分かりませんから、それまでは見落としがないか不安もあるといったところでしょうか。
それはそうと、お父様の口からその名前が出たので思い出しました。
私はアイテムボックスから一つの魔導具を取り出します。
「お父様、こちらをご覧下さい」
「ん? どうしって、なんだそれは?!」
私がお父様に見せたのは、あの日キャストンさんが残していった水晶玉のような魔導具『見守る君(ただし、酒月 聖の鬼の形相どアップ映写中)』です。
あれから10日ほど経ちましたが、ずーっと映しっぱなしです。操作方法が分からなかったので……。
「これを見てどう思いますか?」
「………………なるほどな。これはあの男が?」
これだけで、お父様にも思い当たる事はあるようです。
「はい。舞踏会での彼女の様子を記録した物だそうです」
「そうか。……チッ、こんな物があるのなら、こっちにも用意しておけよ。そうすれば、あんな会議を延々と……」
「あの、お父様?」
何やらお父様がふてくされていらっしゃいます。何があったのでしょうか?
「いや、何でもない。それよりも、これで色々と腑に落ちる点が出てきたな。これは、精神に影響するような魔法を使っているのか?」
「キャストンさんが言うには、これが『光の女神の加護』だと……」
「……あの男が、そう言ったのか?」
お父様が……どう形容すればいいのでしょうか……物凄く微妙なお顔をされます。
「……普通に考えれば、あの神子は教会が用意した偽者で、この不可思議な力をあの男なりに揶揄して『神の加護』と称したと判断するところだが……何せあの男だからな……本当にこれは『神の加護』による影響で、あの神子の行動が全て神の意思によるもの……いや、まさか、それは流石に有り得ない……だろう?」
「ですが、お父様。見たくない事象から目を逸らしては――」
「足元を掬われかねん、か……わかった。そのつもりで動くとしよう……。だが、そうなると、我々の敵は教会のクソ坊主どもでも、ましてや魔族どもでもないという事になりかねんな」
確かに、それは非常に恐ろしい想像です。
ですが、そう考えるとキャストンさんの有り様にも一定の理解が出来ます。
この世界にない法則に基づく魔法技術の体系。
この世界の人間の限界を超えたLV。
この国の人間では敵意を持つ事すら難しい神子を、絶対の敵と見做す意志力。
そのどれもが、それを成すのに必要だと言われれば、頷かざるを得ません。
そう、神を殺すという――
いえ、流石にそれはキャストンさんと言えど……ないとは言い切れないところが何とも……。
とりあえず、私がやるべきはあらゆる手を尽くして、彼が私と結婚する気になるように努力するだけです!
とはいえ、公爵家の権力を使って、クレフーツ男爵家に圧力を掛けるなんて方法はダメです。
それをやった瞬間に、LV400オーバーかLV300オーバーが物理的にこの家を潰しに来ます。絶対。
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。
胸糞?はここまでとなります。
次回はグレイシア視点の最終話となります。
が、人によっては輪をかけて気分の悪い話かもしれません。
ある意味では、ざまぁの結末ともなります。
覚悟が出来ましたら、お進み下さい。