番外編 血の雨の裏で……
大変長らくお待たせしました。
おかげ様をもちまして、通算100話という事で番外編をお送りします。
ただ……100話記念という事で、分割できずに9,000字オーバーですが……。
「『限界突破』!」
グレイシア様の放つ暴走魔法によって私のHPは全損。
その瞬間、女神の加護は私を捕らえる籠に変わる……。
なので、お臍の下辺りに『気』を集中させ、一息に解放して全身に行きわたらせる。
そうして、私の行動を縛ろうとする籠を打ち破れば、戦闘続行です。
魔法を暴走させた影響で、グレイシア様の生命力がみるみると浪費されていきます。
一刻も早くグレイシア様を気絶させて、暴走を停止させないとお命に関わるでしょう。
こちらも一気に決着をつけるべく、霧を脱出する際に掘った坑道で出た土砂を全て撃ち出しました。
まったく。あまり人の事は言えませんが、こういう無茶はしないでもらいたいものです。
「お待たせ、アイリ」
「いいえ。それより、ごめんなさい、リジー。護衛三人に散開されて逃げられてしまったわ。今から打ち上げるから、追撃限界地点付近に先回りしてちょうだい」
気を失ったグレイシア様の容態を診つつ、初期治療を行っていると、鹵獲したと思われる軍馬に跨ったリジーが追いついてきました。
「わかった」
「……ごめんね、リジー。とても余裕とは言えない結果になってしまって……」
軍馬から降りて、打ち上げの準備をしている幼馴染に謝る。
今回の試験では、派遣されてきたガラティーン騎士団だけでなく、いずれ出征なさるキャストン様に同行すべく、私達の試験も兼ねていました。
グレイシア様の護衛小隊を除いて、ガラティーン騎士団内でも思想に問題のある者ばかりで編成されたという今回の訓練大隊。
グレイシア様の指揮次第では彼らの試験合格もありえますが、ほぼ不可能と見做されていたため、彼らをどれだけ押さえ込めたかで私達の評価が下される事になっていました。
その結果がキャストン様の想定以上に良好であれば、キャストン様からご褒美を賜れる事になっていたのですが……。
「いいよ、アイリ。ボクが、護衛を取り逃してしまったんだから。それに、これで諦めるボクじゃないよ」
「……そうね。私も協力は惜しまないから、何かあったら言ってちょうだいね?」
そのご褒美というのが……まぁ、あれです……。
未だ男女の仲ではないキャストン様とリジーの後押しと申しますか……。
『魔人薬汚染』の治療が終わって以降、二人の関係はキャストン様が逃げ回って……?
えー……少し違いますが、一進一退の膠着状態に陥っているのです。
それはですね、私としましても、「妻に」と望んでいただけたのは望外の喜びでした。
……ですが、やはり、巻き込んでしまった彼女らを差し置いて、私一人がそんな幸せになって良いものかと思うと……。
と、言う訳ですので、私もキャストン様を見習って色々と画策させて頂きました。
なので、それらが実を結ぶよりも先に、私に機会を譲ってくれたリジーに報いようと、今回の試験に望んだ訳ですが……見事に失敗してしまいました……。
「うん。それじゃ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
防御兼滑空用の盾を取り出し、それに乗り込んで準備の済んだリジー。
その挨拶に合わせて、リジーの足元から勢いよく土の柱を迫り上げて上空に打ち上げる。
十分な高度が取れたら、横方向に向けて更に打ち出して推進力を与えると、盾から翼が展開した後に滑空していきました。
「さて、こちらも救護班が来る前に片付けないと」
グレイシア様を迎え撃とうと、辺り一帯に罠を敷き詰めたのですが、どういう訳かその手前で気付かれ、準備していた罠は全てグレイシア様が魔法を暴走させた際に潰されてしまいました。
まともに発動したのは戦闘中に仕掛けたものくらいです。本当にどうやって気付かれたのでしょうか?
そんな訳ですので、平地の真ん中に突然現れる土壁の群れや数々の落とし穴、それに、掘った坑道などを元に戻さなければなりません。
幸いにも、グレイシア様は私のように、既に存在する物を利用して魔法を行使していた訳ではないので、魔法の効果が失せた今では地面がぬかるんでいるという事もなく、私の土魔法だけで簡単に整地が出来ます。……量が多いので大変ですけどね。
◇
その後、負傷者の回収に来た救護班のアウロラ様達にグレイシア様を託し、お昼を挟んで午後からは第二騎士団の訓練に合流しました。
ガラティーン騎士団は500名全てが試験中に重傷を負ったので、救護班による治療とその影響により訓練になりません。
初日の午後は、予想通り訓練参加は不可能でした。
明日からはガラティーン騎士団も訓練に参加する事になりますが……さて、何人が最後まで着いていけるでしょうかね?
何せ、ロドリーゴ様の訓練方針はキャストン様と同様、体力と精神力を追い込んで鍛えるというもの。
技術などは基本となる身体ができてからです。
おそらく、明日は完全装備で延々と歩かされるでしょうね。
しかも、目標地点に到着次第、休む間もなく目標地点の変更を言い渡され、そこに着いてからも歩いて帰還するという念の入りよう。
あれ、最初の頃はなかなかに堪えるんですよね……。
他にも、円匙で穴を掘っては埋め、埋めては掘り……と、日が暮れるまで繰り返させる事もあります。
いずれの訓練も、体と心を苛めるような物ばかりですが、今考えると非常に、非情に理に適っている訓練でした。
尤も、理解できるまでは苦痛以外の何者でもありませんが……。
これらの訓練を大過なく達成するコツとしては、諦める事、意味を求めない事、思考を放棄する事、無心になる事……などがあります。
特に『無心になる』というのは、後々の訓練に必要になってくるので重要です。
さて、堪え性のない彼らが、これらの訓練に耐えられるでしょうか?
まぁ、殆どが脱落するでしょう。
第二騎士団でも、既に何人かが耐え切れずに不服を申し立て、第一騎士団へ異動する事になったそうです。
先の派兵で総数の半分を出兵させ、その全てが未帰還となった第一騎士団は現在再編中ですから、「頭数が欲しい第一騎士団」「弱卒は要らない第二騎士団」「訓練についていけない騎士本人」と、誰にとっても喜ばしい処遇……という名の処分人事ですね。
ガラティーン騎士団ではどうするんでしょうね?
何はともあれ、ガラティーン騎士団訓練大隊の訓練初日は終わりました。
グレイシア様は魔法を暴走させた影響で、その日は目を覚ます事なく、騎士達も修復魔法による強制的な治療によって、殆どが動けないと言う有様でしたが……。
一応、本日は駐屯地にて野営し、私達に逆恨みする者共を誘き出すのに協力しようか、と申し出たのですが、「どうせ明日以降の訓練で脱落する者ばかりだろう」という事で、私とリジーは本日はお暇し、また明日に合流する事となりました。
そんな私達が今何をしているかというと──
「それじゃあ、少し待っててね」
「わかった。キャス様の説得?はアイリに任せた」
──王城近くの一等地にある、今は空き家となっているお屋敷へとやって参りました。
こてん、と可愛らしく首を傾げるリジーには御者席でお留守番してもらいます。
門を越え、歩を進めていくと、玄関を前に立ち尽くしているキャストン様がいらっしゃいました。
「キャストン様、お迎え……に?」
普通に近付いたので気付いていないはずはないと思い、背後から声をかけようとしたものの……何やら様子がおかしいです。
耳を澄まして様子を伺っていると……。
「……メンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイメンドクサイ……」
あ、あはは……やっぱりこうなっていましたか……。
その口から溢れ出てくる不満? 愚痴? を耳にし、事態を理解します。
キャストン様の性格を考えれば、こうなるのも予想の範囲でしたが……今の今までずーっとこうしていたのには驚きです。
「キャストン様。キャストン様」
お葬式のように澱んだ気配を垂れ流し、心ここにあらずといったご様子のキャストン様を正気に戻すべく、肩を揺さぶってみる。
「ん? おぉ、アイリか? どうした?」
聴覚だけでなく、触覚にも刺激を受けた事でキャストン様がこちらに向き直ってくれました。
……尤も、その目は死んだ魚どころではなく、光を映していませんでしたが……。
「お迎えに上がりました」
「あぁ、ありがとう。そうか、もうこんな時間だったのか……それで、試験の方はどうだった?」
日が傾き、赤くなった空を見上げるキャストン様。
……どうやら、まだ気付いていらっしゃらないようです。
「はい、残念ながら……」
一通り、本日の訓練内容を報告していきます。
「ま、概ねこちらの予想範囲内だったか。あー……まぁ、公爵ご令嬢については気にするな。以前にも言ったが、あれは異常……いや、特別だ。本人も周囲も、機会がなかったから誰も気付いていないが、危機的状況に陥れば陥るほど、勘が冴える……というか、運が味方するようになる」
「運が味方をする、ですか?」
下手な慰め……というには、それは不思議と真に迫るものがありました。
「本人がよほどのヘマをしない限り、本当に危険な状態に陥る事はないし、本人の能力で対処できないほどの事態になれば、誰かしら助けてくれる者が現れるようになる……その者が望む望まずに関わりなく、な」
「それは──」
「あー、それと、ニールの足をへし折ったのはでかした。小隊長になったからって、調子に乗って戦死したとか、たまったもんじゃないからな。うん」
「え、あぁ、それでしたら、リジーを褒めてあげてください。馬車で留守番をしてくれていますので」
『望む望まないに関係なく』、『グレイシア様を助ける者』。その言葉の意味を、誰を指しているのかを確かめようと口を開いたが、それを遮るように話題を変えられました。
訊かれても教えないという、あからさまな意思表示です。
「そうか、こんな所で立ち話もなんだ。さっさと帰ると──」
一歩二歩と歩き出し、私とすれ違い表通りに向かおうとするキャストン様が……。
「──待て」
急に立ち止まって私を制止する。
「お前、どうしてここにいる?」
振り向いて私を見る瞳は、凍りつくように冷たい色でした。
あぁ、やっと気付いて頂けた。
「勿論、ご主人様をお迎えに上がる為でございます」
もったいぶりながらも、若干弾んだ声でお答えする。
瞑目するキャストン様がどんな反応をして下さるか、わくわくしながら待っていると──
「……はぁ……出せ」
「え?」
──大きな溜息を吐かれて、何かを差し出せと要求するように掌を向けられました。
「あの、キャストン様?」
「もうあるんだろう? 名簿が」
「な!? 早いです! 早過ぎます! もうちょっと過程を楽しんで下さいませっ!」
「喧しい。ただでさえ面倒臭い事この上ないモノを押し付けられたというのに、更にややこしくしようとするな」
色々と暗躍していたのに、本当に一瞬で露見してしまいました!
むー……。
「うー……少しでもキャストン様のお役に立とうと思いましたのに……」
渋々……と見せかけて、こちらの仕掛けた策略があっさり見抜かれた事を嬉しく思いながら、言われた通りに名簿を差し出します。
そこには、『アンブロシウス伯爵家』の使用人として採用する予定である、私とリジーを含む16人の紹介が書かれているのです。
アンブロシウス伯爵家というのは、三大侯爵家に並ぶほどの歴史がある名門貴族であり、同時に断絶していた家でもあります。
それがこうして話題に上がるのは、キャストン様がその名跡をお継ぎになると、本日王城にて正式に告示された為です。
キャストン様を含め、ほぼ全ての人間が今日まで知らされていなかった事を、何故私が知っていたかというと、私がアンブロシウス家の家令となるよう内々に要請されたためです。
私は表向き罰として貴族籍を剥奪され、男爵家の使用人となるように命じられた……という事になっています。実際には、私が望んでやっていた訳ですけどね。
なので、本来であれば、キャストン様が新たな爵位を授爵されたとしても、私がお供する事はできません。
……ですが、クレフーツ男爵家の使用人になる事が王命であったように、アンブロシウス伯爵家の家令になるように王から命じられたら?
王命を取り消したり、上書きできるのは同じく王命だけです。
という訳ですので、私は今日この時まで陛下との約定に従い、キャストン様には名跡を継ぐ家を内緒にし、王家の要請に従いつつ、少しでもキャストン様が望むように立ち回ってきたのです。
……まぁ、若干、私の要望も組み込まれておりますが……それくらいは男の甲斐性として、受け入れて下さいますよね?
「この16人、間違いは……ないか」
「はい。事情や背景はそれぞれですが、間違いなく全員が希望しました」
名簿を見、そこにある意図を確認しようとし、結局は私に尋ねる事なく言葉を飲み込まれました。
その程度には信頼されていると自負いたします。
あの名簿に書かれているのは私達を含め、全員があの事件の被害者達です。
つまりは、26人いた被害者の内、派閥の壁を越えて16人がキャストン様に保護を求めたという訳です。
確かに、被害のあった家に対して、領地の加増や分家の創設など十分な補償がなされました。
ですが、それらはあくまで『家』に対する補償であって、被害者個人に対する補償ではありません。
例えば、教会旧派に所属していた二人の後輩達は、実家の領地として、分割されたペリノア子爵家の領地を一部加増されましたが、本人達は実家の意向として修道院に送られ、治療さえ受けさせてもらえていません。
勿論、中にはマージョラム伯爵家のセリーナ先輩のように、私達に続こうとしている方もいます。……実は半数くらいはその口です。
「しかし、これは……いや、やはり、これが一番角が立たないか……」
「いえ、一番角が立たないのは、キャストン様が王家の……いえ、陛下の要望を受け入れる事だと思いますよ?」
「俺は今でもお前を妻にしたいと思っているんだが」
……そう言っていただけるのは嬉しいですが、それはやはり無理でしょうね……。
さて、使用人が全て女性である理由には、全員があの事件の被害者であるため、男性の使用人を入れたくないというものもありますが、それ以上の狙いがあります。
アンブロシウス家が名門中の名門というのには当然理由があり、実は『現王家が最初に名乗っていた家名』という事情があるのです。
当時、ウェストパニア教国の辺境伯家であったアンブロシウス家は、長男が領地を接する敵国であるイーストパニア法国アシュフォード辺境伯家の長女と婚姻する事で、両国からの独立とブリタニア王国の建国を宣言。
ペンドラゴン王家を名乗るようになりました。
そして、次男がアンブロシウス家をブリタニア王国の伯爵家として継いだのですが……ブリタニア独立後の防衛戦の中で血筋が途絶えてしまい、今日までペンドラゴン王家がその領分を治めていました。
そんな、実質王家の分家とも言える家の名を名乗らせ、『神獣を従える』という伝説と、『次期女王の教育係』という役割の三つを合わせてしまうと、『次期女王の王配候補筆頭』という結論が導かれてしまいます。
私としましては、キャストン様のお傍に置いて頂けるのであれば、王配となられても構わないのですが……。
キャストン様がそれを望んでおられないようでしたので、陛下に従いつつも一つ画策させて頂きました。
それが、使用人を女性のみ、それも、キャストン様に気のある若く、見目麗しい女性ばかりを選ぶというものです。
ポッと出の若造が王配候補と見做される中、当人は屋敷に若い女性のみを侍らせる。
そんな状況を知り、事情を知らない貴族達がどう見るかは……語るまでもありませんよね?
皆さん、こぞって陛下に上奏してくださる事でしょう。
まぁ、敢えて自分の悪評を作って流布するなんて、真っ当な貴族なら絶対に取らない手段ですけど……。
どの道、妬み、嫉み、僻みの類は受ける事になるのですから、陛下の想定以上に集めて利用すればよいのです。
「しかし、この方法を思いついた上に、既に根回しまでしているとは……以前のアイリからは考えられないな」
「あら、こんな『骨を断たせて肉を斬る』ような下策、普通なら考えもしませんよ? あくまで、変わり者のご主人様に合わせただけです」
少し得意気に胸を張る。
良くも悪くも、私はこの人の影響を受けているのだな、と気恥ずかしくも嬉しくある。
「そうか。それじゃ、変わっているついでにこの二人も打診……いや、こっちは絶対に引き取って、こちらは本人が家を捨てる事ができたなら引き受けてくれ」
そう仰って、キャストン様は名簿に二人分の名前を追加して私に返されました。
「え!? いえ、この二人……よろしいのですか?」
追加されていた名前を見て驚きました。
その二人は事情から考えて、キャストン様が承知するとは思えませんでしたので、最初から考慮しなかった二人でした。
一人は実家が罪に問われて改易され、本人は幼児退行してしまい修道院に預けられています。
そして、もう一人は……非常に珍しい事に、クレフーツ家を敵視している家の令嬢です。
「お前達を『毒』とは表現したくないが、やるからには徹底的に、機会は公平にだ」
『毒を食らわば皿まで』という事ですか……。
確かに、この二人まで受け入れるとなれば、それはもう節操なしとして知れ渡るでしょうね……。
「分かりました。早急に──」
「あぁ、それと、この屋敷は取り壊して新しく建て直すから、王城に連絡して家具の類は引き取らせろ。残していったら全部処分するからな」
「えぇッ!? ですが、この屋敷は──」
キャストン様はアンブロシウス伯爵となられますが、領地は固辞されていたため、代わりとしてこの屋敷を下賜されました。
それを改装程度ならまだしも、即日解体して建て直すとなれば、心象はほぼ最悪と言っても……。
「間取りから何から、隅々まで王家に知り尽くされている屋敷で、警備兵も置けないのに暮らせる訳がないだろう? 何より、実家と違って注目の的だ。女神の息がかかった素材で出来た家で、生活する訳にはいかない」
「あ……」
そうでした……。
キャストン様にとって、一番の問題は王家だの貴族だのではありませんでした……。
「ま、言いたい奴には言わせておけ。それすらも王配から遠ざかれるなら望むところだ」
「……分かり──」
「あ、それから、次に潰すのは軍務省になるだろうから、侯爵に面会予約を入れておいてくれ」
「って、えぇぇぇッ!? つ、潰すってどういう事ですか?!」
更に追加の仕事が入りました。
それも、父が大臣を務めている軍務省を潰すって、父が陛下を連れ戻すように依頼したのが原因でこうなったからですか!?
「アイリ。現在、俺は国王の独断とは言え、第二騎士団に各種軍需物資を納入する事になっている。さて、それで一番困るのは誰だ?」
「そ、それは……それまで軍需物資の納入による利権を独占していた者では?」
話の流れを考えれば『軍務省』となるところですが、そう答えたくない為に暈してみました。
ですが──
「そうだな。つまるところ、アイリの親父さん達だ」
「はい……」
──むしろ、父が名指しされてしまいました……。
「その中でも、工廠局を中心とした鉄関連の部署を潰しておきたい。連中は早いうちに『洗浄』しておかないと、ガリアのゴタゴタに巻き込まれる事になる」
「ガリアって、南のガリア王国ですか?」
100年ほど前までは同盟を組んでいた隣国の名前が出てきました。
かつては国として食糧を輸出し、鉱物資源を輸入していましたが、今は実質的に教国の属国と化し、国交も絶えて久しい筈です。
確かに、支配者である教国が無政府状態と化した事で、きな臭い事になっているそうですが……。
それにしても、『洗浄』って?
「そうだ。いつになるかは分からんが、そう遠くないうちに『ガリア王国』という国はなくなるだろう。この辺は外務省でも予測している筈だ」
「え!?」
国がなくなる?
国がなくなるとはどういう事でしょう?
教国のように無政府状態になる……というのとはまた違うのでしょうか?
「だが、問題はその余波で、この国まで引っ掻き回されかねないという事だ。その際の影響を最小限に抑えたいから、軍務大臣であるアシュフォード侯爵に情報を提供し、対策しておきたい」
「! それでは、父を、アシュフォード家を潰すという訳ではないのですね?!」
「え!? 何それ?! 何で俺がアイリの実家を潰さにゃならんのだ? 今そんな事をしたら、この国は大混乱に陥るぞ??」
良かった。どうやら取り越し苦労だったようです。
流石に、まだ実家と事を構える覚悟はできておりませんから……。
「ほ……。分かりました。なるべく早く面会できるように致しますね」
それにしても、この短い間に仕事が山積みになりました。
まずは、追加された保護対象である二人の確認をし、残る全員には使用人としての教育を王宮で受けさせる。
次いで、屋敷の什器家具を引き取ってもらい、屋敷の取り壊しを手配する。
そして、父との会談の場を設ける。内容が内容だけに、秘密裏に行うのが望ましいですね……どうしましょう?
これらに加えて、通常業務と第二騎士団への指導にも参加すると……。
体が幾つあっても足りないのではないでしょうか?
そんな風に、少しだけ不安を覚えていると……。
「ありがとうな、アイリ」
「……え?」
突然、キャストン様にお礼を言われ、頭を撫でられます。
「俺の家令になってくれて。おかげで、幾つか面倒な仕事を任せられる」
キャストン様の手の感触に酔いしれていたところ、その一言で思いっきり頭を殴られた気分になりました。
私が任された仕事など、キャストン様が今までお一人でなされていた事のホンの一部……いえ、そのお手伝い程度でしかありません。
とても、キャストン様の負担を軽減できる、と胸を晴れるようなものではないのです。
「いえ、そんなお礼を言われるほどでは……」
「何を言ってんだ。これから俺に干渉してくる奴は量も増え、質もより厄介になる。潰すにせよ、消すにせよ、放置するにせよ、面倒事ばかりだ。そういう連中の相手は得意だろ? 頼りにしてるぜ」
「あ……」
これまでのキャストン様は、何だかんだ言っても弱小貧乏貴族……の更に相続権を放棄した無位無官の只人でした。
ですが、これからは王家とも縁のある名門伯爵家の当主となり、影響力が遥かに増します。
当然、そこに群がってくる有象無象は、これまでの比ではありません。
そして、それらを選別して排除する最初の防壁が、家令である私となります。
つまりは、私の仕事如何によって、キャストン様にかかる負担は大幅に変化するという事です。
「はい! 任せてください!」
上を向いて嘆くのではなく、前を向いて一歩ずつでも進もう。
少しでも、愛しい人の支えとなれるように……。
……なので、キャストン様も覚悟してくださいね?
私達18人。全員を幸せにしてくださいね?
大丈夫。キャストン様ならできますよ♪
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
遂に100話に到達しました。
これを「まだ」と取るか、「もう」と取るかは微妙なところですが……正直、作者自身ここまで長くなるとは思っていませんでした……。
実のところ、今回で100話というのに気付いたのは偶然でして(普段は管理ページとか見ないのですよ)、「気にせず普通に本編を続ける」か「本編とは直接的には関係ないお話を書く」かで迷いました。
結果、「本編とは直接関係ないけど、伏線だらけな話」と相成りました。
これらの伏線がどう拘ってくるかは、今後をお楽しみ下さい。