第6話 女王誕生
今回は少し短いです。
というか、今まで少し長すぎました。作者が倒れます。力不足でごめんなさい。
今回から5000文字前後で投稿する予定です。
『火狩、朝ですよ。火狩』
「うーん……あと1秒……おはよう、ガイドちゃん」
『おはようございます。よく眠れましたか?』
「毛布一枚じゃ床が硬い」
『今度、ベッドを購入しましょうか』
「でもあれ高いしなぁ……」
『たかが500DPで何を言ってるんですか』
よお、開放されたダンジョンで初めての一夜を明かして気分の良い群城火狩だ。
昨日は散々ぱら育児に明け暮れて一日を無駄に過ごしてしまったが、あの子達は一晩経てば成長期を迎えるらしいから、今日は安心してダンジョンの調節やら新設備の設置に集中できそうだ。
「……とりあえず様子見に行ってくるか」
『幼虫人達はこの部屋の向かい左側の部屋で寝ていますよ』
さて、あの赤ん坊が幼蝶人族ぐらいに育っててくれれば、ありがたいんだけど……。
そう思いながら狭い拠点を出る。緊急時用に、ドアは設置していないんだが、付けてもいいかなと感じる今日この頃。
「あ、マスター。おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはようございます、マスター」
「おはよう」
部屋を出た瞬間、黒い鎧を身に纏った騎士達に凛々しい声で挨拶をされた。うん、朝はやっぱり挨拶が基本だよな。
…………ん?
歩き始めて3秒。たどり着いた部屋にはベニヤ板の安いドアが貼り付けられていた。
トントンと軽くノックすると、「どうぞ~」と、聞き慣れない声が返って来た。
どうやら本当に成長していたらしいな。俺は期待に胸を膨らませて大きくドアを開け……。
「失礼する。初めまして、ではないが、言葉を交わすのはこれが初めてか。俺はダンジョンマスターの群城ひか……り…………」
言葉を…………失った。
「存じておりますわ。火狩様。我らの育ての親にして、我らの全霊を持って仕えるべき主様。この忠誠を口に出せるその日を、心待ちにしておりました」
「「「オールハイル、火狩!」」」
そこにいたのは、女王であった。
黒い。真っ黒なドレスだ。タイトだが、所々の装飾が赤や紫のゴシック調のレースに彩られ、裾の大きく広がったティアードスカートの、まるでこの世すべての美をかき集めたと言っても過言ではない美しさ。そんなドレスに身を包み、頭部には薄い黄金色が控えめに輝くシンプルなデザインのティアラ。
濡れ羽色の腰まで届く真っ直ぐな黒髪が、重さがないかのようにフワリフワリと風に踊っている。
服装や髪型だけではない。肌は微妙に浅黒く、ツルリとした綺麗な肌で、顔つきは凛々しく美人だ。
ティアラの裏からは、二本の小さな触覚がチラリと見えており、綺麗に切り揃えられた前髪の分け目から見える額には、正三角形を象る三つの単眼があった。
目は見覚えのある、白目のない漆黒。よく見ると、いくつもの六角形が集まっており、複眼であることがわかる。
年は16くらいに見える。
そして更には、その女性の後ろにいる者達。
全員、細身ながらも頑強そうな真っ黒の鎧――しかもフルプレート――を装着している。
胸は女性特有の膨らみが現れている形状の胸当て。腰はタイツで、前面に円弧状の割れ目の入った鉄製のスカートをその上につけている。
肩当てには控えめな刺がついていて、肘や膝には、滑らかな尖りがある特徴的な鎧だ。
頭は、口元が開いているバレルヘルムのような形状の兜を付けていて、その額からは、やはり二本の黒い触覚が飛び出している。さらに。ヘルムの目元はバイザーのようになっていて、どうやら向こう側からこちら側が見えるような細工をしているらしい。単眼も問題なく使えるしっかりした設計の兜である。
見た限り、10……いや、13才程の体型だ。
女王様を除き、それらが9人。見るからに強そうな9人の戦士が、俺の前に整列し、敬礼していた。
圧巻な光景に、しばらく声を出せないでいると、女王様が微笑みながらこちらに声をかける。
「……火狩様。『女王蟻人族』及び、『蟻人族』の戦士達、皆、火狩様に絶対の忠誠を誓う者でございますわ」
その言葉と同時に、一斉に片膝を付いて跪く黒い戦士達。そして、女王様も深々と頭を下げる。
「……何なりと、ご命令をお申し付けくださいませ」
女王様が頭を上げた時、その表情は、今まで見てきた女性の中で、最も美しい笑顔であった。
「…………はっ! 思考が停止していた!」
我に返って第一声がそれだった。
いや、ほんとに落ち着こう。まず、状況を整理するんだ。俺は、今、幼虫人の寝ていた部屋に向かっていた。OK?
そして、出てきたのは、美人の女王様と、強そうな騎士団だった。OK? じゃねーよ。
「……えっと、あなた達は……どなた?」
「ふふ、驚いてしまうのも無理ありませんわ。昨日までの私達は、火狩様のお手を煩わせてしまう無力で愚かな赤子同然の存在でしたから」
いや、同然どころか赤子そのもの……って、なにぃ!?
「ま、まさか本当にあの幼虫人?」
「はい、そうですわよ?」
「い、いくらなんでも成長早すぎない?」
「火狩様のお役に立つため、この程度の事を成すのは当然のこと」
「その服と鎧、何?」
「これは我々の外皮、つまり体の一部ですわ」
なるほど。いや、そんなことはどうでもいいだろ、何を聞いているんだ俺は。どうやらまだ思考が正常じゃないようだ。
「取り敢えず、味方と思っていいんだよな?」
「勿論ですわ」
重要なことはそこだけだ。それさえ分かれば今はいい。
「そうか。……では、改めてようこそ、俺達のダンジョンへ。君達には色々と働いて貰うから、覚悟していてくれ」
「かしこまりましたわ」
「それと、流石にこの部屋じゃ狭いよな。新しく作り直しておく」
「私達に対して過ぎたご配慮、恐縮ですわ」
また深々とお辞儀をする女王様。騎士はまだ膝をついたままだ。
……そう言えば、名前を聞いてなかった。
「君の名前は?」
「ありません。火狩様に付けて頂ければこれ以上の幸せはありませんわ」
「え、無いのか?」
「はい。私達は召喚されたモンスター。普通の生まれと違いますわ。私達を甲斐甲斐しくお世話してくださった幼蝶人族の方々も同じでしょう」
「あいつらも……」
そう言えば昨日は一度もあの子達の名前を聞いていない。名前とかそんなこと考える余裕がなかった……なんて訳じゃないはずだ。ただ俺が間抜けだっただけだ。……しくじったなぁ……つまり、あいつらは1日名無しで過ごしてたってことか。
……名前、考えてやらなきゃな。
「……じゃあ、アリスだ」
「はい?」
「君の名前。アリス。ははっ、単調過ぎるかな?」
パッと思いついた名前だ。拘りなんか無いし、ネーミングセンスの欠片もない。
「め、滅相もございません! 素晴らしいお名前、頂戴致します! アリス……アリス……私の、名前」
若干にやけながら名前を反復するアリスに、ほんの少しだけ引きながら、俺は騎士の方を見る。跪いたまま微動だにしない。さすがの騎士道精神。
「君達の名前は、申し訳ないが後でいいかな? 必ず全員分考えてくるからさ」
「「「ありがたき幸せ」」」
許可を貰えて一安心。女の子の名前なんて今まで考えたこともないからな。すぐには思いつかない。
あ、そうそう。蟻は基本的にメスしかいないんだよ。知ってた? 子孫を残す時だけ、オスが産まれるようになるのだ。全く不思議なものだよな。
「やっぱり、この部屋狭いよな。元々幼児くらいの大きさを予想して用意した部屋だし。さっきも言ったけど、今大きいの作るから、そっちに移ってくれないか?」
「はい。すぐに移動を開始致します」
「あんま急がなくてもいいけど……よし、できた。今はまだお願いしたい事もないし、待機しててくれ。俺は別のところも見てくるから」
「分かりましたわ」
想定外の出来事のせいで、思ったよりも時間をかけてしまった。俺は蟻人族達を部屋に残し、ゆっくりと踵を返す。
あ、そうだ。
「アリス。無理して敬語にしなくていい。お嬢様言葉と混ざってなんかおかしくなってるからさ」
「へっ? あっ、はうぅ……」
アリスが真っ赤になって固まってしまった。黒い肌なのに赤く見えるとは、相当恥ずかしがっているのだろう。
他の騎士達にも改まる必要はないと伝え、俺は部屋を出た。
「「「……はぁ〜」」」
火狩のいなくなった小部屋。今まで微かな動きすら見せなかった、フルプレートの少女達が、一斉に崩れ落ちる。
「き、緊張した……」
「心臓の音、聞こえてないか心配だったっス」
「ここまでは聞こえてたわよ」
「こ、腰ぬけちゃったかも……」
「ちょっと、あなたは通路で挨拶してきたんでしょう?」
「あの時はノリと勢いで……あー! 何であんなことしちゃったんだろー!」
「大丈夫よ、あの時のマスターは寝起きで正常な判断が出来ていなかったから気付いてないはず!」
「そ、そうよね! 大丈夫よね!」
それが、先程まで洗練された敬礼と跪きを見せた、上級騎士にも劣らない素晴らしい騎士達の会話だと誰が気付こうか。
あまりに姦しい会話風景に、この空間で唯一立ち上がっていた少女がつい溜息を吐く。
「全く、あなた達は。もう少し火狩様に相応しい騎士の態度を持って……」
「えいやっ」
「キャァッ!?」
女王様の説教が始まると悟った騎士の一人が、こっそり背後から近寄って、その膝裏にツツーっと指を這わせたところ、女王様は足の力を失い、無様に転がってしまった。
騎士達の仲間入りである。
「そんなこと言ってぇ、姫さまも緊張してたんじゃないっスか〜」
「もう! 当たり前じゃない! 火狩様の御前なのよ? お忙しい中、甲斐甲斐しく私達の世話をして下さった尊きお方。体裁を保つのでやっとだったわ」
「保ててなかったけどね」
「うるさーい!」
もう知っているとは思うが、ここにいる10人の蟻人族は、全員が元は幼虫人だった者達。生まれも育ちも一緒で、彼女達には明確な上下関係は存在していない。
例え女王であろうとも、他の騎士達とは気心知れた友人同士なのである。
「……マスター、優しかったなぁ」
誰かがふと口にする。そして、その言葉に同調するようにうんうんと唸る周り。
「だよねー。いい人ってことは分かってたけど、本当に昨日感じたとおり、優しい人だったぁ」
「私達のために新しい部屋を用意してくれたし」
「全員に名前をくれるんだって! これ以上ない程の光栄だよ!」
「私もアリスという素晴らしい名前を付けて貰えました…」
「やっぱりマスターは……」
「やはり火狩様は……」
「「「私達の、主様です」」」
ここに、一つの忠義が生まれた。
通路に出た俺は、ついでにダンジョン内の見回りをすることにした。幼蝶人族のみんなの元に行き、今日の分の食事を渡すと共に、名付けをする旨を伝え、夜中に設置した魔力路の様子を確認する。
魔石が完成するのは明日になりそうだ。魔力量も調整しないとな。
が、今はそんなことをしているが、俺の真の目的はそれではない。ここまで来たのは誰もいない場所に向かうためだ。取り敢えず、今回の件について、深く事情を聞かなくてはならない相手がいる。
「出てこいガイドちゃん」
『はい、なんでしょう、火狩』
俺の呼び出しに答えたガイドちゃんの声は何時もと変わらない。しかし、俺には分かる。ガイドちゃんのしてやったりな心の声が、静かにほくそ笑む含んだ笑い声が。
「ガイドちゃん、知っていたな?」
『はて、何のことでしょうか』
どうやらシラを切るつもりらしい。だが、俺はここで引くような男ではないぞ。
「……ガイドちゃん、随分静かだったじゃないか」
『……それにしても驚きましたね。あの幼虫人があんなに大きく成長しているとは。火狩でも驚きで声が出なくなっていたじゃないですか。私も驚いていたんですよ。決してシャッター音を消すためにミュートにしていたわけではないんですよ』
「…………やってくれるじゃないか」
『おっと、いけない。墓穴を掘ってしましました。入る体はありませんがね。バレてしまっては仕方がありません。ええ、そうですよ。火狩の驚愕シーンという貴重な映像は動画と写真の両方で保存させて頂きました。また仲間が増えた時にでも鑑賞会をしましょうか』
「おいばかやめろ!」
健気で一途な騎士の忠誠心が主人にどこまで伝わったのかは、定かではない。
しかし、少なくとも、作られたばかりの大きな部屋に置かれた10台のベッドは、仲間思いのダンジョンマスターの気持ちを、よく表しているのではないだろうか。
『今日こそはベッドを購入して安眠しましょう』
「だってベッド高いじゃん」
また話が進まない……5000は短すぎた?
いや、でも……ど、どうすればいいんでしょう? ごめんなさいごめんなさい。