第3話 コンテニュー
ここからが本編だ。
え? もう3話? なんのことかな? 作者的にこれは1話だよ?
『……ええと、つまり。「意気揚々とダンジョンの入口を開放した瞬間、レベル678なんていう馬鹿げたステータスを引っさげた女騎士が駆け込んできて、あれよあれよという間に子竜全員平らげて、降伏の余地すらなく剣で真っ二つにされた」……と?』
「まあ、かい摘んで説明したらそんな感じ」
嘘みたいだろう? これ、現実なんだぜ?
あ、どもども。見事に死に戻りしてきた群城火狩です。
ちょっと聞いてくださいよ奥さん。あの世界、ちょーこえぇよ。
最強属性に最強種族の、明らかに高難易度ダンジョンだった俺のマイホームが、出待ちしていた化物騎士様に蹂躙され尽くしたあの光景は思い出したくもないほど凄惨だった。
『……しょうがありませんね。そのレベル帯だと、大魔王に四方を囲まれても勝利するレベルですし、今回は運がなかったと思ってください』
「そうします。あれが不幸以外のナニカだった時、俺の心は複雑骨折します」
いや、ほんとにやばいよあれ。もし、『一度目のダンジョンで失敗しても復活可能』っていうルールがなかったら、今頃死んでたんだよなぁ、俺。
『……取り敢えず、早急に二度目のダンジョンを作りましょう。と、言いたいところですが、さっきひどい目にあったばかりですし、少し休憩時間を取りましょう』
「……うん、そうしてくれると助かる。またあの世界に戻れって言われても、簡単には受け入れられそうにないから」
『わかりました。では、その間に『強くてニューゲーム』システムのおさらいでもしておきましょう』
「いえー」
強くてニューゲーム。とても素晴らしい言葉の響きだろうそうだろう。俺は今ほど、このシステムに感謝した日はない。
『強くてニューゲームとは、一度ダンジョン経営に失敗し、ダンジョンを攻略されてしまったダンジョンマスターが、もう一度だけダンジョンを作り直すことができるというシステムのことです』
「そうだな。だから、死んだ俺はまた、このチュートリアル部屋に戻ってきたわけだ」
『そして、強くてニューゲームはリトライではありません。前のダンジョンから、何か一つだけ引き継ぐことができます』
「……例えば?」
『『属性』『種族』『スキル』『ステータス』『マナ』『財産』『一部モンスター』。これらの中から1つを選ぶことができますね。……あるいは、この全てを選ばず、迷宮組合に1つ、欲しいものを要求できます』
「へぇ……その、迷宮組合に要求ってのは、どういうことができるんだ?」
『内容は様々です。あれが欲しい、こういう地形にダンジョンを作らせてくれ、種族決めの時この種族は出さないようにしてくれ、などですね。しかし、通らない要求もあるため、その辺りの見極めは重要です』
……ふぅん、基本的になんでも要求できるのか。
「……よし」
『引き継ぐものは決まりましたか? まあ、火狩はダンジョンを開放してわずか一日ですし、属性か種族のどちらかでしょうが、両方ともかなりのレアですからね。贅沢な悩みではありますが、どちらにするのですか?』
「組合に連絡を取る」
『ああ、やはりそちらですか、妥当な判断で……はい?』
「全部捨てて、迷宮組合に要求する」
僅かな沈黙が続く。……数秒後、狭い部屋を高い声が木霊した。
『……は、えェえええ!? 激レア属性ですよ? 激レア種族ですよ!? もう二度と手に入らないかもしれないんですよ!?』
「分かっている」
『そんなものより必要な要求なんですか!?』
「大事だ。必須だ。それがないから負けたといっても過言ではない」
『そ、そんなに……』
そう、俺が要求するものは、今までの経緯からして、今の俺に最も必要であろうものだ。竜より混沌より、俺にとっては大切なものだ。
「……じゃあ、いいか?」
『……はい、只今組合と連絡をとっております。……プライバシーの観点からして、私はその会話を確認することはありませんが、くれぐれも無茶な要求、あるいはくだらない要求はやめて下さいね?』
「わかってるよ」
どうやら繋がったらしい。俺の頭に直接、懐かしいような気の抜けた声が響いてくる。
『やあ、火狩くん。どうやらダンジョン経営は順調みたいだね』
「皮肉っすか、おっさん。とりあえず要件だけ伝えますよ。これから忙しくなるんで」
『ああ、待って待って。そんなに急がなくてもいいじゃないか。……と言いたいけど、僕も早く君の要求が聞きたいかな。光と闇の2属性、そして世界最強種の竜系統、この2つの要素を差し置いてでも君が欲しいと思う物。是非、教えて欲しいね』
「ああ、俺の要求は1つ。『 』だ」
『……本気かい?』
「そんなことは聞いていない。出来るのか? 出来ないのか?」
『……結論を言えば、できる。でも、君は後悔しないのかい? それを望んだ結果、どうなったとしてもそれは君の責任だよ?』
「……わかっている。だが、おっさんが条件を飲んでくれれば、俺は絶対に負けることはない」
『……わかった。君を信じよう。じゃあね、二度目は繁栄することを願っているよ』
そして、繋がりが消えたのか、もうおっさんの声はなくなった。
『……どうでしたか?』
「ああ、しっかりと目的の物を貰えた」
『そうですか。……良かったですねと言えばいいのか、勿体無いと言えばいいのか』
どこか落ち込んだ様子の声。激レアを逃したのがそんなにショックだったのだろうか?
そう尋ねたところ、怒声をもって答えは帰ってきた。
『当たり前ですよ! 火狩の件は例外で、実際は混沌属性も竜系統もどちらか一方だけで3年は生き残れる強力な戦力だったんですよ!? これじゃ、自分から武器を捨てて、死にに行くようなものです!』
「……なに? 心配してくれてるの?」
『それも当たり前です! だてに三週間あなたの行動を見守ってたわけではないんですよ。少しは親近感も沸くというものです』
「あはは、それはありがたいね。でも、そこは「べ、別にあなたのことなんてなんとも思ってないんだからね!」とか言って欲しかった」
『……? 火狩は私に心配されるのが嫌なのですか?』
「え、いや、そうじゃなくて……」
しまった、ガイドちゃんにはツンデレ要素、つまりは誤魔化しやテレといった物はないんだった……不覚。
一時は中の人がいると思っていたガイドちゃんだけど、実際は自動学習するAIのようなもので、感情とかはないんだった。この親近感というのも、俺がガイドちゃんに抱いている親しみを自己に反映しているのだろう。
……彼女に感情を芽生えさせることができるのは、はてさていつになることやら。
『……なるほど、自分に素直になれない奥手の女性が、想い人に対して本心と真逆の言葉を発してしまう、ということですか。人間の感情というものは難しいものですね』
「ガイドちゃんも感情が芽生えることはある?」
『不明です。人をベースに作られた私に、人と同じような感情が発生する可能性はないとは言い切れません。私はコンピューターではなく、神に創造された意思そのものですから、心を持たぬAIとは別物です。……そう考えると、可能性は高いといってもいいかもしれませんね』
なるほど、感情が芽生える可能性は大いにあると。
『しかし、今は私の感情存在論で話し合う時間ではありません。そろそろ気持ちも整理できた頃合でしょう。例のごとくダンジョン作成に入りますよ』
「うわ、まじかー」
億劫だが、遅かれ早かれ行かねばならぬ。じゃあ、やりますか。
『火狩のダンジョンには引き継ぎなし、もう一度、1から作り直していただきます。DPもステータスも初期値に戻ってますよ』
「ああ、それはしょうがない。俺が選んだことだからな。……じゃ、まずは属性の選び直しか」
俺は慣れた手つきで目の前にメニュー画面を開き、ちゃちゃっとスロットを回す。
『これで光やら闇やらが出たら、私は奇跡の存在を信じますよ』
「はは、流石にもうないだろ」
そう言い合いつつ、グルグルと回るスロットを見守る俺たち。
そして、ピタリと止まったそれが表す文字は……。
「…………『無』属性か。ハズレ臭いな。ガイドちゃん、これはどうなの?」
『……超激レアというわけではありませんが、割と珍しい方です。出現率は6%。他の属性との組み合わせができない唯一の属性です』
へぇ、レアなのか。……って、組み合わせができない?
「どういうことだ? 組み合わせができないって……」
『その理由は無属性の効果に関係しますね』
「効果? 無属性なんだから効果なんてないんじゃないのか?」
『いいえ、無属性の効果は、「全ての属性相性を無効化する」です。つまり、属性攻撃を、どの属性の相手に対して使用しても、ダメージに補正がかからなくなるんです』
「それは……強いのか? いや、強いな」
つまり、こっちが風属性で、敵が火属性でも、有利不利なしに対等な戦いができるってことか。混沌程ではないが、使い道によってはかなりのものだな。
『前回と比べて見劣りはしますが、残念というほどではなくてよかったですね。次は系統ですが、こちらもすぐに決めますか?』
「ああ、いまやる……ぞ。っと」
ポチポチと画面を操作し、またスロットを回す。このグルグルにも飽きてきた。と思ったら、今度は割と早く止まった。
『虫』
それが俺の出した新しい系統。
「……これはどうだ?」
『見てわかるとおり、虫系のモンスターですね。出現率は60%。空を飛ぶ『飛翔』、毒を持つ『毒性』、装備は不可能ですが、体そのものが防具になる『甲殻』、反応速度や探知能力に補正がかかる『触覚』『複眼』、その他、様々な能力を持っているモンスターが多く、ステータスのバランスもかなりいいです。系統としての共通特徴として、『火属性弱点』というものを持っていますが、無属性の環境下ではこの特徴も無効化されますね。脆弱なものが多いですが、例外もいますし、種類も多いです。小さいものが多く、ダンジョンに配置する際は、群れで置いておくことをオススメします』
虫か。俺は虫が嫌いな方じゃなかったし、竜の時より、能力や外見にバリエーションがあって楽しそうだ。……って、ちょっと待て。
「なあ、系統のスロット…………。また回りだしたんだが」
『おや、おめでとうございます。これは2系統同時出現のイベントですね。今の虫系統に加え、もう一つ系統がもらえますよ。組み合わせが成立できればいいですね』
「2系統……次は系統かぁ」
『系統が2つ出現する確率は20%。最初の選択の時のみ発生するので、割と確率は高めですね』
「なあ、俺はやっぱり恵まれてるんじゃないかと思うんだが」
『回答しかねます。それより、しっかり見ていてください。この系統の組み合わせは、出現する順番も重要になりますから』
……順番? そう不思議に思いながら見ていると、ついに2つの系統が、俺の目の前に現れた。
『人型』『虫』
「……人型?」
『これは……どういったことでしょうか』
「ん? 何かおかしいのか?」
『あの……いえ、少々予想外の事が起きまして』
明らかに狼狽える声のガイドちゃん。
……なんだ? この系統に問題があるのか?
『あの……少し待っていて下さい。今、組合に連絡を……』
ほんとにどうした!? 何か? 俺、何か悪いことしたのか!?
虫系統に問題はないはずだ。なら、問題なのは……『人型』?
確かに、ダンジョンものの小説に、人型のモンスターを多く使用する作品は少ない。
あったとしてもゴブリンとかの、人に似ても似つかぬタイプ。あとは、召喚ではなく、侵入者を捕獲しモンスター化したりするタイプだ。
これはつまり……俺は人を召喚するということになる……よな?
それがダメなことだったのだろうか。いや、憶測でものを言ってもしょうがないな。今は素直にガイドちゃんの説明を待とう。
『……お待たせしました。問題は特になさそうなので、このままでいいでしょう』
「……一体、何が原因ですか? なんか、明らかにやばそうな雰囲気だったんだけど」
『……そうですね。問題はないんですが、一応説明しておきましょうか』
もう落ち着いたのか、いつもの平静を取り戻したガイドちゃんの声。
「……人型の事か?」
『そうです。人型の出現率は10%。しかし、2系統出現時のみ登場する珍しい系統です』
つまり、単品では出現することはないと。
「……それの何が問題なんだ? 条件は間違っていないはずだろ?」
『はい。そうなのですが、内容ではなく、問題は順番なんです』
「……順番? そういえば、さっきも言ってたな。順番ってなんか、重要なのか?」
『順番によって、組み合わせにより生み出される系統が変わってくるんです』
系統の順番が関係か……。
『例を出せば、『無機物』系統であるゴーレム系モンスターと、『獣』系統の2つを組み合わせるとします。この場合、無機物系統がベースとなり、獣系統を混ぜる形となります。すると、生まれてくるモンスターは、獣型のゴーレムになります。逆に、『獣』系統、『無機物』系統の順番だった場合、獣系統がベースとなるため、岩で出来た獣になります。つまり、系統の出現順番で、召喚できるようになるモンスターの種類が変わるんです』
なるほど。最初に出た系統がベースになり、そこから進化する形になるんだな。
「じゃあ今の俺の場合、人型が前に来ているから」
『人型がベースですね。これが異常なのです』
「異常?」
『はい。過去のダンジョンで、人型系統を入手しているのは14人。しかし、その全てが人型系統は後ろ。これらの記録により、人型がベースとなることはないと思われていました』
「へぇ、なるほどね。でも、絶対ないってわけではないんだろ?」
『はい、確率としてありえる結果ではあります。しかし、前例がないのも事実なため、この結果は迷宮組合に報告しなければと思いまして』
……なんだ、何かやばいことしたのかと思ってヒヤヒヤしたぜ。
ただ珍しかったってだけなんだな。
『本来、この組み合わせは『虫』、『人型』という、『人の形をした虫』のようなモンスター、『人型虫』になるのですが、逆ということは、『虫の形をした人間』、『虫人族』になります』
人型の虫か虫型の人か……それって何が違うんだ?
『かなり違いますよ。まず、虫系モンスターには高度な知能がありません。なので、人型になったところで所詮は虫の脳みそ、あまり細かい命令には従えません。しかし、逆の場合は、ベースが人間になるので、知能があります。そこに、虫としての能力や特性が加わります。人の意思と知能を持ち、強力な虫の能力を行使する。それだけでかなりのアドバンテージですよ』
つまり、『蝙蝠男』と『吸血鬼』、どっちが強いかって感じの質問だな。断然人間ベースの方が強いってわけだ。
「さらに言えば、人間は言葉を話せる。つまり、意思の疎通も可能か」
『そこに気づくとは流石火狩ですね。その通りです。人の言葉を話せれば、情報の交換も容易いですから、偵察、斥候として運用することができます』
そう考えると強いな。……ん? 待てよ、人ってことは、ダンジョン運営中寂しい思いしなくていいってことじゃん!!
「すげえ、いい当たり引いたな。早速召喚しようぜ」
こうしてはいられん。早く充実したバグズライフを送らなくては。
『了解です。では、迷宮制作に移ります。面倒なので通路は前回のものをそのままコピーしますね。1000DPの消費です。召喚モンスターですが、現在召喚可能なモンスターは一種類です』
「一種類? 少なくないか?」
『そのモンスターの名前は『幼虫人』。環境や一定の条件によって、進化先が変わるモンスターです』
「進化先が変わる?」
『進化とは、モンスターの成長の過程で行われる変体のことを指します。姿かたちが全く別のものになり、戦闘能力も大幅に上がりますね。そして、本来進化先のモンスターは決定している場合が多いのですが、希に進化に分岐がある種もいます』
このモンスターがそれってことか。……まあいい。そいつしかいないんなら召喚する他ないだろう。
「消費DPは?」
『1体で500DPです』
「高!?」
『そして、本来魔力濃度が『微薄』まで欲しいところですが、現在マナがないので、DPで食料を買いましょう。一体の食事量は、一日1DPです』
「……10体だ」
『了解しました。召喚コスト5000DPに加え、食費20DPを消費します』
目の前の地面にぼんやりと浮かび上がる円形の魔法陣。内側に歪んだ六芒星のようなものが描かれていて見たこともない時がウニョウニョと波打っている。
白線で描かれた魔法陣が淡い緑色の光を放つ。そして数秒もしないうちに、魔法陣の中には小さな塊が数体、コロコロと転がっていた。
「あー?」
「あうー」
「くぅ」
「たーた?」
「やー!」
……それは、顔以外を布に包まれた、『人間の赤ん坊』だった。
「……ガイドちゃん。俺はモンスターを召喚したはずだよな?」
『見ての通り、『人型』モンスターですよ』
「…………ちょっと後悔してるんだが」
『……子育て、頑張って下さい』
……マジかよ。え? マジなの? マジで言ってんの? 俺に子育てしろって? 冗談だろおい冗談だって言ってくれよお願いだからさぁ!!
『幸い、あと3日で成体になるみたいです。きっと明日には走り回ってますよ。世話がかかるのは今日までかと』
「そうだと嬉しいんだけどな」
『それと、現在は魔力濃度が最低値なので、進化先はかなり弱いモンスターになるかと思いますので、お気を受けください』
「……なんか、成長補正掛かるような奴ないの?」
『設備となりますと、いくつかありますが……高いですよ?』
「やっぱやめときます」
はぁ、一気に10体も召喚するんじゃなかったぜ。
ため息をつきながら、生まれたばかりであろう赤ん坊たちを観察することにする。
一番近くにいた2体を両手で掴み、持ち上げる。
「う?」
「キャハハ」
布に包まっているため、顔以外は見えないが、肌は日本人に近く、うっすらと生えている髪の毛は黒い。ここまでならただの人間なのだが、目を見ると、これが人外であるということがよくわかる。
黒いのだ。眼球全体が。白目はなく、ただただ真っ黒。なるほど、これは虫だ。ということがよくわかる。頭の上には二本の短い角、触覚もあった。
顔を覗き込んだ瞬間、右側は不思議そうな顔でジッとこちらの顔を伺い、左側は嬉しそうに全身をくねらせている。
外見に違いはないようだが、性格は違うようだ。
俺は一体ずつ確かめるように待ち上げ、7体目を見た時点で手が止まった。
「……なあ、ガイドちゃん」
『はい、なんでしょうか、火狩』
「この子、1体だけ頭に『王冠』ついてるんだけど、これは何?」
『王冠? ……ああ、ティアラですね。このモンスターは……『姫幼虫人』ですか。どうやら特異個体のようですね』
「特異個体?」
『突然変異とも言います。同じモンスターを何体も召喚すると、希にこういった、その種族の上位存在が生まれることがあるんです。そこまで珍しいことではありませんが、今回は少し助かりましたね』
特異個体。上位種か。確かに、序盤の戦闘力の乏しい時点で出てくれたのはありがたいか。
「じゃあ、こいつが戦闘の要か」
『それは違います』
「え、違うの?」
『はい、『姫』と名が付くという事は、進化先は高い確率で『女王』です。女王モンスターには一切の戦闘能力がありません。あったとして、味方の支援程度です』
「え、じゃあ、コイツはどうなの?」
もしかして、俺はこの1体を無駄にしたのか? 戦力減?
『しかし、女王モンスターは『統率』スキルが極めて高く、いるだけで同族の能力が大幅に上がります。そして、『カリスマ』スキルにより、自身の近くにいる幼虫モンスターは、高確率で自身と同じ種族に進化しますね』
「つまり、軍隊のリーダー的存在と」
なるほど、それなら役に立つ。
1体のずば抜けた戦闘力より、今は全員の戦闘力の底上げの方が大切だ。
俺はこのありがたい姫様をそっと仲間の中心に寝かせる。
「流石にこの状態じゃダンジョンは開けないよな」
『モンスターが動ける状態ではありませんからね。一応最後の手段として、『貿易』ができるのですが……』
「え、貿易? 何それ聞いてない」
また新しい用語か。基本のシステムじゃないんだろうな。資料には載っていなかった気がする。
『貿易とは、今この世界にあるダンジョンと取引きをするシステムです。他のダンジョンから、モンスターを購入することができるのですが、火狩の場合は、虫系統モンスターのみを注文することができますね』
「それもDPが必要なんだよな」
『現在、3980DP残っていますね。購入すれば今すぐにダンジョンが開放できますが、3日待てばここにいる10体が戦力になりますよ?』
さて、どうするか。
『……しかし、今は食料だけで足りるからいいのですが、進化先のモンスターは大気中に魔力があることが絶対条件となっているものもいるため、折角の女王が進化した瞬間魔力不足で死亡するという可能性も……』
「今すぐ解放しよう。さあ、購入できるモンスターを出すんだ」
ぶっちゃけ選択肢なんてなかったんや。
『現在のダンジョンレベル、魔力濃度、系統の条件に当て嵌る購入可能モンスターは、『弾丸蝿』『ビッグローチ』辺りです。価格は双方とも3DP。在庫は各種10体ずつです』
「なんか安くね?」
『売りに出しているダンジョンマスターは女性の方ですね』
「あっ」
すぐにでも手放したいわけね。
「じゃあ、それ、全部買う」
『了解しました。では合計20体購入により、60DPを消費します』
DPが減ったことを確認すると、次の瞬間には召喚した時と同様の魔法陣が浮かび上がり、中から地を這う大きな影が10体、空を飛ぶ小さな影が10体出てきた。
体長2mはあるだろう、脂ぎったテカテカの黒い羽を持ち、6本の脚は鋭い刺がズラリと並んでいる。触覚は長く細い、平べったく、どんなところにでも潜んでそうな虫。
嫌悪の権化、GならぬBこと、『ビッグローチ』。
速く、固く、強い。ゴキブリとはそんな生き物である。そして、手のひらに収まるあの大きさでそれほどの評価を貰っていたこの虫が、人間を優に超える大きさを手に入れたとき、それはもはや絶望しか残らないだろう。あと飛ぶと怖い。
体長は30cm。巨大な目に、ブラシのような不気味な口。全身黒い体毛に覆われ、腹の部分は気味が悪いほどに膨れ上がった球体。透明な翅はブンブンと不快な音を立てながら高速で羽ばたいている。
嫌悪の化身、ディナーの天敵『弾丸蝿』。
超高速飛行と小回りのきく優れた方向感覚。そして硬い頭部の組み合わせにより、とてつもない高速タックルをかましてくる。まず骨が砕けることは確実である。
しかも、殺した死体に卵を植え付けるという残虐非道さ。害虫の名に恥じぬ働きである。
2種族とも、世間ではかなり嫌われ者の害虫だ。しかし、この2匹が害虫として扱われているのは、主に細菌を運んでくるという点である。故に、召喚されたばかりであれば、細菌など持ってなく、例え枕にしても問題はない。
こいつらは極薄状態の魔力だけで生き延びるらしいので、食料を与える必要はないらしい。強くて省エネ。理に叶った最高のモンスターだ。どうして3DPなんかで売りに出すのか訳がわからない。
「お前らは適当にダンジョン内を徘徊していろ。敵がいたら逃さず殺せ。ああ、そうそう。敵が複数いた場合は、絶対にこちらも群れで行動するように。以上。さあいけ!」
俺の命令に従い、ビッグローチと弾丸蝿は各々のペースでダンジョンに向かった。
……さて、全員が配置についたら始めるか。
『……では、また始めるのですね』
「勿論。それが俺の目的だ」
『……私は、ここでずっと待っていなければいけないんですね』
ガイドちゃんの声が微かに震える。……泣いているのか? まさか、ガイドちゃんには感情はない。
「……そんなことはないさ。ガイドちゃんはずっと俺と一緒だ」
まあ、感情があろうがなかろうが関係ない。だって、どっちにしろ、今は泣いていい場面ではないのだ。
『……いいえ、前にも言った通り、私は一緒に入られません。ダンジョンが解放されれば、私の役割は終わります。この部屋にも、戻ってくることはできません』
「いや、それは違うよ」
『違わないです! あなたは二度目のチャンスはもう使ってしまいました。では、ここに戻ってくるのは最後まで役割を果たしたその時だけです。それまでは、一緒にいることはできません』
「できるんだよ。だってここは俺とガイドちゃんで作ったダンジョンだろう? 言ってしまえば二人共ダンジョンマスターなんだよ」
思い出すのは、これがいいあれがいいと二人で話し合って作ったこのダンジョンのこと。3週間、何度も何度も話し合ってようやく完成したこのダンジョンの形。
これは二人で作った結晶。ガイドちゃんはチュートリアルなんかじゃない。最後まで俺に色々なことを教えてくれた。
だから…………。
「これからも、俺に教えてくれよ」
『……まさか、あなた』
「おっさんのお墨付きだぜ? 俺とガイドちゃんのツーショット」
『馬鹿です……あなたは本当に馬鹿ですよ……火狩』
――――俺の要求は1つ。『ガイドちゃんとずっと一緒にいたい』だ。
計20体の配置が済んだ。さあ、暴れるとしようか。
周囲から吸収した魔力がダンジョン内に注ぎ込まれると同時、入口は光を差し込み、この部屋には、10の赤子の声と、すすり泣く機械質な声だけが響いた。
今度こそ、ダンジョンスタートです。