第15話 終・白の闇
納得のいく形に収めようとしたら、無駄に時間をかけてしまいました。
ついでに、文章力が目標にたどり着けず、グダグダ感パネェッス。
我慢できる方、我慢してください。
できない方、我慢してください。
では、白の闇完結編、始まります。
私は、弱い。
私が生まれて初めて目にしたのは、1人の男。
髪の毛は黒くて、癖が付いていて硬質。目は黒く、眠いのか怠いのか、やる気がなさげな半目だ。
体格は青年程度で、170程の細身だ。運動は得意そうではないが、できないわけでもなさそうな雰囲気。顔は一応整っていて、見れないようなものではない。
その男は、『召喚された』私達に対する戸惑いを見せていた。
……どうやら私達の存在は、望まぬ召喚だったらしい事は、直ぐに悟った。
それでも、この世に生を受けたのは、この人に精一杯お使えするためなのだ。私達は役立たずにならないように、その男に自分をアピールしなくてはならない。
私も何かアピールしなくては。そう思い、私達の主となる男の質問に1つずつ答えていく仲間を見習って、私も会話に入ろうと考える。
しかし、その時に気づいてしまったのだ。
今の私は……この人のために、十全な働きはできないということを。
後にアゲハと名付けられる少女。彼女は成長したら、きっと優雅に空を舞う蝶に進化する。
後にドクと名付けられる少女。彼女は成長したら、毒の鱗粉を散らしながら舞う蛾に進化する。
他の仲間達もそうだ。差異はあれど、皆成長すれば、空という領域を手に入れ、さらなる力を得る。
……だが私はどうだ? 進化しても空は飛べない。どころか、今よりずっと弱くなる。
唯一の強みは糸を生成できること。……でも、糸を作れる仲間はもう1人いる。しかもその糸は私の出すものよりも遥かに頑丈だ。私には何も残りはしなかった。
今の私は幼虫。非力の中の無力。こんな状態で誰かの役に立つだなんて、無理に決まっている。
だからこそ、仲間達は進化するその日を待ちわびている。……でも、私は。今が一番強いのだ。
進化したら……その先には絶望しか残ってはいない。
進化したら弱くなる。進化しなくても弱いまま。
……じゃあ、私は何のために生まれたの?
私の居場所はあるの? ここにいる意味はあるの? 何もできないまま生きていていいの?
そんな疑問が脳裏に浮かんだその瞬間、私は、人と触れ合うことが急に怖くなった。
……結局、その男……火狩とは一言も話すことは無かったのだ。
私以外の仲間達の努力が実を結んだのか、それとも本来の男の性格が良かったのか、私達は住まいとなる部屋を割り当てられた。
そして、初めての仕事は、自分より小さなモンスター達のお世話だった。
……これなら私にもできる。そう思い世話を始めたのだが、それがまた順調に進んだ。
可愛らしい赤ん坊は、一度折れかけた私の心を繋いでくれたんだ。
もしかしたら、この仕事こそが、私の今1番望む事なのかもしれない。
そう思い始めていたのだが、この気持ちが幻だと気付いたのは、その翌日であった。
私に仕事をくれた火狩がやってきた。……その後ろに、2人の鎧騎士を引き連れて。
私はすぐに気がついた。ああ、この2人は、昨日の赤ん坊なんだ。と。
……嫉妬した。嫉妬『してしまった』。他の仲間達が騎士の成長を喜んでいる中、私は、自分がどうやっても辿り付けない所に、先に行ってしまった彼女達に、恨みにも似た嫉妬心を抱いていたのだ。
――――昨日までは私に育てられていたくせに。
無意識に心の中で吐き出したその言葉は、何よりも私自身を深く傷つけた。
……私は、成長が怖い。だから、人の成長が認められないんだ。
誰かの成長を喜べない私に……人を育てることなんてできないんだ。
この瞬間、私は、自分が世界からいなくなったんじゃないかという錯覚を覚えた。
誰かの役に立ちたい。私はそのために生まれたはずなのに。
誰の役にも立てない。そんな私はこの世には要らないんだ。
誰のためにもならない私は、私のためにもならない私という存在は…………。
この世に、必要ない。
私は…………人との関係を諦めた。
「……それが、ハクビの思い?」
[そう、だと思う。誰の役にも立てない人は、必要ないでしょ?]
「そんな事はないと思うけど」
[それこそ、そんな事はない。人はみんな支え合って生きる者よ。支えられるだけの人は要らない。そんな人がいると、支える力は弱くなる。誰かを救えるはずのその力を、何の役にも立たない私のために使うのはやめて]
俺がハクビに使った技石。ハクビが言いたいのはこの事だろう。
「俺は、お前が何の役に立たないとは思ってないぞ。現に今、絹糸を作るのに役に立ってくれてるじゃないか」
[でも、ミノに比べれば全然弱い糸。こんなの、役に立つとか言えない]
……そうか、そういうことだな。
「お前……絹糸の価値を知らないんだな!」
[価値?]
「絹糸は実用性じゃない。その質感、希少性による高級感が大事なんだ(裁縫とかファッションとかよく知らんけど)。だから、強度がどうのじゃないんだよ。……たぶん」
[よくわからない]
「俺もだ」
俺に絹の素晴らしさを伝えられるような知識はない。……さて、ならどうするか……。
「まあ、絹は確かにミノの出すものよりも弱いかもしれない。が、とても貴重なものである事に違いはないんだよ」
言ってるうちに、ハクビは深く思考するように俯いた。
そして、自分の中で答えを出せたのか、ハクビは歯を噛み締め、手元の紙にペンを走らせた。
[私の糸は役に立ちますか?]
「もちろんだ」
[私は弱いです]
「関係ない。戦うだけがモンスターの役目じゃないだろ?」
ハクビは何度も、確かめるようにそんな内容の紙を突き出した。俺はそれに対して1つずつ答えていく。
[私は、進化したら魔力の吸収を止めます]
「……」
この話は、黙って聞いているべきだと俺の勘が告げている。
[元々、私のモデルとなった虫がそうなんです。私達は人のために生まれたから、人の役に立たなきゃいけません。でも、私達が役立つには、幼虫の頃にしか出せない糸だけ。だから皆、蛹になったら、その時に出した糸を最期に役目を終える]
「それで、魔力供給を断ち切るのか」
[そうです。成虫になったら、もう人の役に立てません。糸が出せないから]
なるほどな、少しだけわかってきたぞ。
ハクビは、人の役に立ちたいという気持ちが大きいからこそ、何もできない、どころか、周囲の魔力をただ消費するだけの自分が嫌なのだ。……だからこそ、いるだけで損をさせる自分を生かさないことで、最低限人の役に立とうとしているのだろう。
……だが甘い。
「それはお前のベースとなった虫のことだ。お前はその思考に引っ張られすぎているだけで、今のお前は、自分が思っている以上に有能だ。仕事ができる。人の役に立てる」
[そんなことない]
「ないわけない。お前は今、考える脳があって、文字の読み書きができるスキルがある」
[それはそうだけど。そのスキルはさっき付けられたもので]
「それだけじゃない。お前、忘れてるかもしれないが、お前はただの虫とは違って、進化してもスキルを忘れる事はないんだぞ? つまり、進化しても糸を生産する仕事はなくならない」
「…………!?」
ガチで忘れてたのか。というか、知らなかったのか?
「まあ、つまりだ。俺はお前に。事務的な仕事とか任せたいと思ってるんだが、それはお前にはできないことか?」
「…………」
もはや、ペンを動かすことも忘れ、ハクビは考える。
自分が今、必要とされている。それを実感するように大きく頷いた。
「……わ」
短い静寂を終わらせたのは、小さく掠れた、細い声だった。
「……わ……たしは、働き……たいです」
「……そうか。安心しろ。俺がお前に仕事をやる。人の、俺の役に立たせてやる。満足できるぞ。絶対に嫌な思いはさせない」
ハクビの言う『人の役に立つ』。それは、俗に言う『自己超越の欲求』だ。
見返りを求めず、エゴすらなくて、ただ『役に立つ』ことだけを目的として行動する、もはや人としてあるべき領域を完全に超えた最上級の欲求。
誰かの、それこそ見ず知らずの悪人すらのために命を捧げるほどの善人。『偽善』の欠片もない本物の献身。
だからこそ、誰よりも誰かの為に働きたい彼女だからこそ……。何もできない自分を誰よりも嫌い、何よりも排除すべき存在だと『自然』に思っていたのだ。
わずかでも働くことができる今は働き、本格的に何もなくなる成虫の時に、自身を殺す。
そうするのが、カイコ……彼女の持つ生き方だったのだ。
だが、間違っている。
自我もなく人に奉仕する性格故、彼女は本能に従いすぎた。
カイコガにとって、成虫とは死を待つ存在。
だから彼女も、本能的にそうしようとしていたのだ。
……まだやれることはたくさんあるにもかかわらず。
「ハクビ……お前はまだ何でもできる。ただの虫じゃない、虫人のお前なら、やれることはいっぱいあるんだ」
「わたし……まだ……やくに、たてるんですか?」
「ああ、立てる」
「私、いきていていいんですか?」
「ああ、まだやって貰わなきゃならない事は山ほどあるんだ。死なれたら困る」
「やまほど……」
もう自然に話をしている事に、ハクビ自身は気づいているのだろうか。
人と関わる事を諦め、なるべく人を傷つけないようにしてきた彼女が、今は僅かな微笑みを浮かべて、生きる気力を取り戻しつつある事を、
ハクビは、気付いているだろうか。
「なあ、ハクビ」
「はい……あっ」
俺は声に反応し、振り向いたハクビのローブを素早く上げる。
漆塗の陶器のように。美しくも怪しげな光を宿した、小さな黒い輝きが2つ。
全ての幼蝶人族が、絶対に明かさなかった素顔。
しかし、ハクビは俺の行動に対し、怒りも、拒絶する事もせず、ただただ俺の目を、2つの黒い瞳が覗き込んできた。
それは、幼いながらも既に美しい。可能性が感じられる美少女だった。
「ほら、死んじゃうなんて勿体無い。お前はこんなに可愛いじゃないか」
「…………ぁ、ぁう……///」
俺の言葉に、真っ白な顔を真っ赤に変えるハクビ。 ふむ、こういう褒め方は満更では無い様だな。
……覚えておこう。
『……下心ですか』
「うるさい」
そんな小声でのやりとりは、ハクビには聞こえていなかったようだ。
「……ま、まあ、そういうわけだ。俺はお前には生きて欲しいと思っている。だから、どんどん魔力を吸ってくれ! そのために俺も働いてるんだからな」
「……は、はい」
「お前達のために俺はダンジョンを運営している。だからさ、折角集めた魔力を、使わないなんて言わないで欲しい」
「はい……」
「……で、できれば俺の傍に居てくれるといいんだけどな(安全的な意味で)」
「ふぇ!?」
ん、なんか驚かれた。何がいけなかったんだ……。
『下心じゃなかったんですか』
「だからうるさい」
さっきからなんなんだこいつは。
「あ、あの、あの……そ、それはつまり……わ、私を……その、はんry……ファアア!」
ハクビは1人でトリップしてるし、ガイドちゃんはニヤニヤ笑ってるし(音声だけでもわかる)。
シリアスかと思った途端にこれだよ。
……これだからこのダンジョンはやめられない。
翌日、蝶の間(仮)に『10個』の蛹が出来たことは、大きな朗報である。
「いや、これでとりあえずは解決かな?」
『ですかね。ハクビももう明るく元気な子になりましたし、他の子とも仲良さげに話をしていたみたいですよ?」
「そうか、それはなによりだな」
そう、これで懸念すべき事は何もない。あとはゆったりまったり、静かにダンジョンを開拓していくだけ…………。
「あの、火狩様」
「……アリスか? どうした、こんな時間に」
「……いえ、あの……生まれそうです」
「……はい?」
「生まれます。今、もう限界です」
「…………は?」
『……火狩、あなたまさか』
「いやいやいや!? 違うよ!? 違うからね!? っていうかガイドちゃんは知ってるでしょう!?」
『まあ、四六時中一緒にいますからね。冗談です』
「あの……私、女王蟻ですから、魔力を糧に子供を産めるんです。で、そろそろ魔力が溜まりすぎちゃいまして……火狩様が忙しそうでしたので耐えてましたが……限界……ウッ」
「ちょーーー!? が、ガイドちゃん! 救急車! はやく救急車呼んで!」
『そんなものありませんよ』
「じゃあお湯! タオル! あと、あと……そ、そうだ! 子供用の服! とオモチャ!」
『お父さんですか、少し落ち着いてください』
「誰がお父さんか! ってか、ガイドちゃん落ち着き過ぎぃ!!」
「……あっ」
「『……あっ』」
……これだからこのダンジョンは退屈できない。
俺達のダンジョン生活は、まだ始まったばかりで『終わりませんよ?』
次から次へと問題が起こる狂乱のダンジョン。果たして火狩はこの世界で苦労人としての一生を歩めるのか!! 次回! 新たな試練! お楽しみに!
次回は少し時間が進んでいると思います。
私の作品はご存知の通り、登場人物との絡みに時間をかけていますから、ダンジョンの醍醐味である、作成やギミックの紹介などは、ほとんどカットです。
たまに重要そうな所だけ出したり、実際に冒険者が引っかかった時に説明が入ります。
……構造メインのダンジョンもの作品なんていっぱいありますし、別にいいですよね?(ヤスデを持ちながら)
…………ね?(ヤスデを近づけながら)