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俺が育てたモンスターでダンジョンハーレム  作者: どげざむらい
第一章 蟻集まって木揺がす
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第12話 アリシアの告発

 今回でハクビの件解決! ……にしたかったんですが、どうしてもやりたかったことがあったんで順番を変えました。仕方ないね☆


 いや、マジですみませんでした。

「ま、マスター……今、なんとおっしゃいましたか?」


 震える声でそう尋ねるアリシアに、やっぱり言わない方が良かったかと少しだけ後悔する。


 その目には、まるで「聞き間違いであってほしい」という願望が、痛いほどに分かる感情が現れていた。


「……あまり狼狽えるな。あの二人に気付かれるぞ」

「……あっ」


 俺の視線の先のハクビとミノ。

 流石にこの話はここで続けるべきではないとわかったのだろう。


「……ハクビ、ミノ。またあとで様子を見に来る。それまで頑張ってくれ」

「うん、わかった」

「……」


 返事をしながら、手は糸を出すことに集中している。……本当にできた子達である。



「場所を移そうか。そう言えば、アリシアも俺に話したいことがあったんだよな」

「え? あっ、そうです! そうなんです! あの幼虫人は、私たちの時と違ってしょ――――」


 急に語り始めたアリシアの口に手を当てる。


「その話も後で、場所を変えてからだ」

「……はっ……はひっ。も、申し訳……ごじゃいましぇんでしたぁ…………」


 手を離したら、ワナワナと唇を震わせ、頭から飛び出た触覚からは、もわもわと湯気が立ち上っていた。

 あー、いきなりってのはまずかったか。


「……まあ、取り敢えず移動だ」

『拠点に戻りますか?』

「そうする」


 俺達はハクビとミノの2人を残し、拠点に戻ることにしたのだった。





「……さて、色々と聞きたいこともあるだろうが、順番に解決していこう。まずはアリシア。先程言いかけたことを続けてくれ」


 場所は変わって拠点。ボロい椅子の数は増えて、今は俺とアリシアの座る2つ。

 同じくボロい机で向き合って座っている。


「……あの、どうしてマスターの家具がこんなに古いんですか?」

「それはな……俺が古いものが好きだからだ」

「そ、そうなんですか?」

『嘘ですよ。騙されないで下さい、アリシア。この人はケチなだけです』


 ガイドちゃんが即行でネタばらししてしまった。


「そ、そんな! 私達の部屋はあんなに豪華なのに!」


 ほら、こうなるじゃないか。


「そうは言っても今更だぞ、買い換えるにしてもDPがバカにならんし」

「ならば私が稼ぎます! 言ってくれれば外へでも出て、敵を狩ってきます!」


 ……はあ、拠点を見せない方が良かったな。さっきから行動が尽く裏目に出ている気が……ん? ちょっと待てよ。


「ガイドちゃん、ダンジョンモンスターって外に出れるのか?」

「出れないんですか?」

「いや、わからんけど……」


 普通ダンジョンって、敵を待ち受けるからこそのダンジョンであって、自分から侵略していくのはありなのか?


『……現段階では、できません。ダンジョンモンスターを外に出す場合は、その人数に合わせてDPを払わなければならず、外に出ることができるのは、『名付き《ネームド》』限定となります』

「名付き……? なんだそれは」


 初めて聞く用語だ。チュートリアルで教わらなかったということは、現段階では使用できないのだろうが……。


『ダンジョンレベルを2に上げれば、ボスモンスターを設定できるようになり、同時に、『名付き(ネームド)』というモンスターを作ることもできるようになります。名付きとは、モンスターに名前をつけることです。名前をつけられたモンスターは、その能力が飛躍的にあがります。現在の蟻人族、幼蝶人族は条件に当て嵌っていますが、まだダンジョンレベルは1なので、その効果は発揮されていません』


 なるほど、名前を付けて能力アップか。……それだけなら条件が簡単すぎるな。つまり、何かしらのデメリットもあるのか?


「……名付きのデメリットは?」

『他、ダンジョンマスターへの譲歩。つまり、売却ができなくなります。それと、死亡した時に『転生の魔法陣』による蘇生を行うのですが、その時の消費DPが格段に跳ね上がります。名付きは、強いモンスターにだけ行うことがオススメです』


 なるほど、安易に名前を付けると、手放すことができず、さらに蘇生コストが余計にかかるのか。弱い奴にポンポンと名前をつけると、大変なことになりそうだな。



『現在、ダンジョンを徘徊している侵入者3人を倒せば、レベルは間違いなく上がると思われますが、どうしますか?』


 今は、ガイドちゃんに監視を任せている野盗3人。倒すことを勧めているということは、いつでもそうできる(・・・・・)状態なのだろうことがよく分かる。


「……いや、まだいい。侵入者が、ダンジョンに入ってから2時間後にマナが入ってくるんだろう? ……あと30分だ。それまでは生かしておこう」


 侵入者からは2時間毎にマナを回収できる。今殺せば、その分が貰えなくなってしまう。


『……そうですね。では、監視を続行します』

「……ああ」


 ガイドちゃんはとっくに、俺が人を殺したくないと思っている事に気付いている。

 ……本当に情けない話だ。女性に気を使わせ、あまつさえそれに気が付いておきながら何もできないなんてな……。




「まあ、侵入者とか外の事は置いておいて……随分話がそれてしまった。アリシア。話を続けてくれ」

「あ、はい……申し訳ありませんでした。……えと、それでその、幼虫人の事なんですが……随分と姿形が、私たちの時と違いますよね?」


 その事は気づいていたし、何か、理由があることもなんとなくわかる。……何をしたのかはわからないが、今アリシアが話そうとしている内容は、アゲハ達があの幼虫人に『何をしたのか』、その内容だろうな。


「……続けろ」

「はい。え、えと……どうやらその、アゲハちゃん達は、マスターが自分達に子育てを任せたのが、すっごく不思議な様でした」

「……何?」


 俺が育児を任せたのが不思議? どうしてだ?


「彼女達は既に、私達がこの姿……『蟻人族アントロイド』に進化していることは知っていたんです。そして、マスターが自分たちを召喚した理由が、育児のできる『大人』を欲していたからだということも」

「…………」


 確かにそうだ。俺は、10人もの幼虫人を育てるために人手が欲しくて、あいつらを召喚したんだ。

 そして、召喚された少女達を見て、混乱し、取り乱したりもした。……あれを見ていたら、そりゃ自分達が、俺の望むモンスターじゃなかったって事ぐらいわかるよな……ああ、本当に迂闊だ、俺は。


「それで、既に『成虫』である私達に比べて、全てで劣る彼女達『幼虫』に、また子育てをさせる、それが不思議だったみたいです」


 それはただ、経験がある方が良いと思ったからなんだが……。


「彼女達はマスターがどんな意図で私たちに任せたのか、真剣に考えて、そして、一つの答えを導き出しました」

「……それは?」


 その答えというのが、あの幼虫人の変わり様なのだろう。俺は、アリシアの言葉を聞き逃さないために、しっかりと耳を傾けた。


「……私たち、『蟻人族」には、女王がいます。つまり、私達が子を育てると、ほぼ確実に、幼虫人の進化先は『蟻人族』になるんです」


 『女王蟻人族クイーンアントロイド』のカリスマスキルの効果、同族の成長率アップ。

 確かに、女王がいる以上、蟻人族は蟻人族しか生み出さないのだろう。

 ……盲点だった。


「そう思い至った彼女達は、マスターが欲しいのは『蟻人族』以外の虫人インセクトノイドなのだと思い至り、その条件で子育てを始めました」

「……そうだったのか」

「はい。そして、昨日の通りの育て方をしてしまうと、昨日と同じ成長、私たちの同類になる可能性は高いです。なので、彼女達は、現段階でも容易に変えることのできる環境……『食事』の内容を変えました』


 ……何? 俺はアリシアの言葉を疑った。

 食事内容? 俺が幼虫人のために用意したのは、『エキドナの母乳』だけだぞ? 一体何を変えたんだ?

 しかしその疑問は、すぐに解決された。


「彼女達は自分の食事、『魔力樹の若葉』を少しずつ分けて、1人の幼虫人に与えました」


 そうだ、あいつら達にはもう一つ与えていたんだ。……あの子達が、自分で食べる分だ。


「幼虫人はなんでも食べます。なので、彼女達は『魔力樹の若葉』を磨り潰して与えたんです。その結果、1人は草食の虫人として、環境に馴染みました……量が足りなくて、『エキドナの母乳』も多少与えていたみたいですが」


 あの緑色の肌の方だろう。……だが、そうだとしたら……もう1人は何を食べたんだ?


「しかし、それだけでは足りませんでした。最低限、自分の分を残しておくためには、2人分の食料としては足りません。なので、この方法は、幼虫人1人分に留まりました。もう1人の幼虫人には……色々考えた末、もっと身近にあるものを、与えていたんです」

「もっと……身近に?」


 身近……土? 土を食べる虫はたくさんいる。が、それは腐葉土などの、栄養が含まれる土だ。人工的に作られたダンジョンに、不純物、栄養素になる物などほとんどない。じゃあ、何を……。


 そこで俺はふと、アゲハとのある会話を思い出す。




 ――――な、なあ、なんかヨナが今にも死にそうな顔してるんだが……

 ――――気のせいです!



 ……まさか、な。


「彼女達は……もう1人の幼虫人に…………自らの『血』を与えていたそうです」

「まさかだったよ。何やってんのあいつら!?」


 いや、まあそうだよね、葉と母乳以外に食べられるものなんて自分の体以外にないよね。

 そうか、ヨナは貧血であんな血の気が引いて、青虫みたいな顔になっていたのか(※青虫です)。


「……あの、彼女達を怒らないであげて下さい。これ以上体力を消耗させないために、私とアリッサが役目を変わりましたから、今はアリッサが犠牲になってますけど、それ以外は命に別状もありません」

「……ああ、大丈夫だ。俺の伝達が甘かったのがいけないんだよな。別に、普通にしてくれても良かったのに……」



 そうだな、『何となく』は、こういったすれ違い、誤解を誘発してしまう。……ダンジョンマスター。つまり、モンスターの上に立つ人間になった以上、俺はもっと、あらゆる行動に対して責任を持たなきゃならないんだった。




 今更こんなことに気がついて、とてもじゃないが、人として恥ずかしい。


 俺の説明不足のせいで招いた結果だ。あいつらを怒るのは筋違いというものだ。



「……いや、よくわかった。それで、各部屋を管理していたガイドちゃんは、気づいていたってことか?」

『……はい。しかし、教えると火狩がどのような行動に出るのかわからなかったので、タイミングを見計らっていました』

「…………ナイス判断だよ」


 確かに、急に『血を吸わせています』なんて教えられたら、俺は真っ直ぐあいつらの部屋に向かって行き、止めていただろう。

 良かれと思ってやった行動で怒られたら、しかもそれが体を張って、俺のためにということであれば、そのショックはかなり大きいはずだ。


 俺は考えないで行動する癖を直した方がいい。それが分かっただけ良かったと思おう。



 ……それと、あいつらが体を張って育てた子供も、大事にしてやろう。


『火狩、丁度2時間が経ちました。マナが6、増えましたよ』

「お前は空気読めよ」



 この話題は、僅かな笑い声を最後に、終結した。









「……あの、お兄様」


 俺達が、幼虫人の話を終え、今度はハクビについて考えようと話し合っていたところ、扉をノックする音と共に、アゲハの声が聞こえた。

 何の用かと訝しみながらも、俺はアゲハを迎え入れる。


「どうした。何か困ったことでも……?」

「あの……申し訳ございませんでした!」


 何事か聞こうとしたら、急に謝りだしたアゲハ。DO☆GE☆ZAである。


「え……? ちょ、そういうのいいから! なんだ!? 何があった!?」

「ヒック……うぅ……グス……すみま……ウエェ」


 謝りながらも泣き始めるアゲハに面食らう俺。一体何があったんだ?


「ガイドちゃん、わかるか?」

『……すみません。こちらの会議に夢中で何も』

「……アゲハ。説明してくれ」


 ……俺の言葉に、コクコクと小刻みに頷き、長い袖で顔をゴシゴシと擦る。


「ぅう……お兄様……ごめんなさい、私、お兄様にまかされたおしごと、がんばろうとしてたのに……」


 ……ああ、なるほど、そういうことか。


「ああ、別にいいんだよ。その件については俺も悪かった。お前達もやりすぎだとは思うが、俺はお前を叱らない。俺の為を思ってやってくれたことだ。俺はお前達が間違っていたとは思わない」


 アリッサ辺りから、俺がアリシアに教えられたという事を聞いたのだろう。それで、幼虫人に血を与えた行為に対して、謝罪しに来たのか。




 そう思って…………いたのだが。


「ふぇ? なんのことですか?」

「……え?」

「あの、私……めをはなしてしまって……あの子、幼虫人がいなくなったことを、お兄様に伝えたくて……」


 なんだと? そう思ったのも束の間、頭の中に響く騒々しいファンファーレが、俺の思考を遮った。




【ダンジョンレベルが2になりました】

























 俺はブライアン。ある盗賊団の一員だ。

 昔は小さな村で木こりをしていたのだが、領主による不当な税率引き上げのせいで、滅んでしまった。

 それからは一人で放浪し、ようやく辿り着いた居場所がこの盗賊団。


 力仕事は得意だった。だから俺は、団員1の怪力男として、うちのボスのそばに置いてもらっていたのだ。

 それが今では、訳のわからない魔物の出る洞窟で1人。

 心細くはない。力はあるし、1人旅は何年も体験している。

 今更孤立したことに不安は覚えてはいないが、先程のような攻撃はもうやめてほしい。

 まだ臭いが消えない。


 バカになった鼻に苛立ちながら歩き続ける。




 すると、昔、盗賊団の仕事で見た事のある闘技場のような、円形の広い空間に出た。石畳の床に、一定の間隔で、真ん中あたりからポッキリと折れている巨大な石柱が立っている。折れた上部分は、粉々に砕けたのか、大きめの石になっているものや、そのままの形で、道を塞いでしまったいるものもある。


 ――ブライアンは知らなかったが、ここは侵入者を大人数、纏めて相手するために作られた場所。倒れた石柱やまだ立っている石柱は、壁を歩くこともできる虫が有利に戦えるように用意されたものだ。



 まるで芸術か、古代の遺跡のようなその光景にしばし目を奪われていたブライアンは、そこに自分以外の人がいた事に気がつかなかった。




「……よぉ、随分な臭いさせてんな、オッサン。こっちまですぐに臭ってきたぜ」


 乱暴な口調に似合わず、かなり高くて可愛らしい女性の声だ。

 俺はすぐさま気を引き締めて、声のした方向……上を見る。 



 広い空間の、真ん中に立つ石柱。高さ5mはある断面に座っているそれは、全身緑色の少女だった。




 170はある長身で、腰と脚が細く、胸はほどほど。所謂モデル体型の女性だ。

 顔つきは凛々しく、黄色い眼球に黒い猫目。男勝りな目つきをしているが、きめ細かな肌ツヤや、腰まで伸ばした細いポニーテールの黒髪と相まって、顔は中性的である。

 額の上、前髪の生え際あたりからは、極細の、身長と同じくらいの長さの触覚がある。

 服装は、ギリギリ胸を隠す程度の、最低限の機能を残している丈が短い白のTシャツで、ヘソ出し、と呼ばれるもの。

 その上からは逆に、かなり丈の長い、黒のラインの入ったライトグリーンの袖のないレザーコートを纏っており、剥き出しの白く細い腕には、守る気が一切ないと思えるほど、装甲の薄いガントレットをつけている。その表面には、腕の直径よりやや長い、無数の鋭い刺が並んでいる。

 白いデニム地のホットパンツは、白く、ホクロ一つない綺麗な太ももを締め付け、サイズが合っていないように思える。

 そして、太ももの半ばまである白のハイソックスに、そして……。


 はいている靴が、異様だった。


 まず、その材質は金属だ。光沢のある緑色で、足先は尖っていて、10センチはある長いヒール。

 足の甲の部分は、三角系の頂点のように角張っていた。

 その部分から繋がるように、ふくらはぎは曲線のある装甲に覆われ、その前面部分の幅5センチ程度のところは、足首から膝下まで、透き通ったガラス張りになっている。同じ材質の膝当ては、縦長の五角形のような盾の様に見える。





 本来守るべき上半身は装甲が薄く、足だけが異常に重装甲の少女を前に、俺はどうすればいいのかわからなくなっていた。


 ただの冒険者……だろうか。

 どう考えてもここは普通の洞窟ではない。となると、あの魔物を討伐しに来た冒険者だという可能性は非常に高い。


 ……まだ、相手の情報が整っていない以上、無理に敵対する必要はないだろう。


 そう考えた俺は、まずは友好的に近づく事に決めた。


「……奇遇だな。ここで人と出会えるとは思わなかった。……君はこんなところで何をしている?」

「ん? あたし? あたしは……臭い奴の排除だよ」


 やはり、あの虫モンスターの討伐のようだ。


「そうか、なら良かった。俺もあの虫には手痛くやられてしまってな。どうだ? 協力して、あいつを倒しに「何勘違いしてんの? オッサン」……なに?」


 俺の盾用に仲間に引き入れようとした所、その返答は、まるで家畜の豚を見るような、冷徹な目で返された。


「あたしが排除するのはあんたの事だよ。……臭い侵入者さんよぉ」


 長年盗賊団で生きていたブライアンは直ぐに悟った。



 ――コイツは敵だ。



 そう分かるや否や、背中に手を伸ばして、自分の上半身を包み隠す程の大きな両刃の斧を構える。


「ひゅぅ、すごい力。……でも、甘いんじゃねぇの? 今ならまだ背中を見せて逃げられたのによぉ」


 そう言いながら、析柱から真っ直ぐ落ちる女。着地した時、何故か音は鳴らなかった。


「言ってろ、女。……その減らず口、直ぐに悲鳴に変えてやる」


 先手必勝。ボスから教わった戦法で、数多の冒険者の首を刎ねてきた俺に、恐れはない。


「『瞬歩』『縮地』『神速』」


 この巨大な斧からは想像もできない超高速で動く俺の体。レベルよりもスキルを重点的に育て上げたこの俺にかなう速さの者はいない。

 そして、重戦士ゆえの頑強さで、速度を上げる度にぶつかる空気の壁にもビクともしない。


 これが、『万力神速の一刀』。俺の持つ最強の技だ。

 この速さを前に、女は表情を変えることはなかった。

 当然だ。俺の姿を視認した時には、既にその首は胴体と離れて…………。



「なぁ、知ってるか? 女って鳴かないんだぜ。歌い媚びへつらうのはいつも男の役目だ」


 俺が最後に見た光景は……何故か上下が逆さまになっている風景。俺がさっきまで立っていた位置にいる女の後ろ姿とその女が持っている、『首のない誰かの死体』だった。



「……あたしは『飛蝗人族ホッパーロイド』の中でも異質でな。螽蟖キリギリスってよぉ、雑食なんだぜ」


 その死体をグチャグチャと音を立てて貪る女の姿は、正しく化物だった。


 


 
















「はぁ……ボス、どこ行っちまたんだよ?」


 あの思い出したくもない地獄から、2時間くらいの時が経った。

 俺、ディバリーは、はぐれたボスを追ってこの暗い洞窟を一人で歩いていた。

 ブライアンもいねえし、これからどうすっかなぁ……。


 探索者としての技能により、洞窟を歩くのはお手の物だ。

 なんなら目隠ししても出口を目指すこともできる。


 …………この、目と鼻を潰す忌々しい臭いがなければだがな。


 体からは未だに薄まる気配のない強烈な刺激臭。


 しかし、長時間嗅ぎすぎたせいか、鼻が完全に麻痺していて、今は深呼吸も余裕でできる。



「とりあえず、ここが普通の洞窟じゃないってことはわかった……」


 よく見れば、天井付近の壁には、あの不気味な虫が通れるサイズの小さな穴が定期的に空いている。

 俺達みたいな獲物がいたら、あそこから頭上に忍び寄って、攻撃を仕掛けるのだろう。


 たまたま見つけた隠し扉に、宝箱。中身はただの固いパンだったけど、これはどう考えても自然のものじゃない。


 強力な魔物。奇襲用の通路に、隠し扉、宝箱……。

 明らかに人工的で、明らかに人が住むための用途ではない。


 ここは、そう。最近話題になっている魔物の巣窟……。


「ダンジョンか」


 だとしたら、前にここに来た時に、この洞窟を見つけられなかったことにも説明がつく。

 あの時には本当に洞窟はなかったんだ。ここは、俺達がいなくなったあとで生まれたのだろう。


「はぁあ……ついてねえ。化物みてぇな奴に襲われたと思ったら、次はダンジョンに迷い込む。今日は厄日か?」


 そうだとしてもこれからの行動は変わらない。さっさと二人と合流して、ここを抜け出すだけだ。


「おぉ~い、ボス~、聞いてたら返事して下さーい」


 先程から聞こえていた羽音や足音は、今は不気味なほどに成りを潜めている。

 今なら声を出しても大丈夫そうだ。そう思って呼びかけてみたのだが、返答は無し。

 念のため耳を澄まして待ってみると……。



「     ぇ」

「……? なんだ?」


 どこからか、人の声が聞こえた。……子供の声? 泣いているのか?


 危険だとは思いながらも、どうせ向かう先に宛はない。あの二人も子供の泣き声に釣られて寄ってくるかもしれないし、俺は声の方に向かう事にした。


「  ぁぅ   ぅぇぇ   」

「こっちか」


 俺が向かう先に待ち受けるもの……。


 俺はまだ、それが何であるかを知らない。




「ぅぐ……ゥぇエン…………ィヒッグ……グズ……」

「……泣いていたのはお前か」


 いくつかの分かれ道を越えた所で、道の片隅で体育座りをし、丸く縮こまっている子供を見つけた。


 服は薄汚れた裾の長い白いシャツ。ただのシャツなのだが、大人用で、しかもかなり伸びてしまっているらしく、ダボダボのワンピースのようになっている。

 服は所々破れていて、しばらく着替えてないように思える。

 袖から覗く腕は、どこに肉がついているのかわからない程に痩せこけている。

 短い黒髪は傷みきって、ボサボサ。


 まるでスラム街か、奴隷商の檻の中で見るような子供だ。


 こんな人里離れた森の中にスラムのガキが迷い込むなんてことはない。……だとすると。


「……奴隷か。どっかの冒険者の『オトリ』ってところだろうな」


 ダンジョンに子供の奴隷を連れてくる冒険者は珍しくない。逆に多いといってもいい。


 それは別に、奴隷を鍛えて戦力にするとか、そういう理由ではなく……。




 ……肉盾だ。


 奇襲を仕掛けてくる魔物をおびき寄せるため、前を歩かせる。

 罠を解除するのが面倒だから、わざと掛からせる。

 隠し部屋の中が安全か確かめるため、先に入らせる。


 敵に襲われた時に前へ突き出せば盾になるし、

 倒した魔物の剥ぎ取りや、荷物持ちなどの雑用もできる。


 たまに、子供に攻撃をしないダンジョンモンスターもいるため、かざすだけで楽に攻略ができる場合もあるらしい。


 さらに言えば、子供の奴隷は安い。特に男だと余計にだ。

 戦力にもならない、力仕事もできない、色々処理もできない。

 数人買っても、1回、ダンジョンの宝箱を開ければ、それで元が取れる場合もよくある。


 そのため、ダンジョンを歩く冒険者は、数人の子供奴隷を買ってから、ダンジョンに挑むのだ。



 ……だが、今ここにはその子供が1人。そして周りに誰もいないとなると……。


「おきざりか……全滅か」


 そんな便利な盾があっても、絶対ではない。

 いくら前を歩かせても、待ち伏せしている魔物が襲わないこともあるし、

 いくら前を歩かせても、たまたま踏み抜かなかった罠を後ろが踏むこともあるし、

 いくら前を歩かせても、全員が入った瞬間に罠が発動する部屋には何の意味もない。



 そんな幸運が重なって、奴隷の子供だけが生き残るなんてことも聞く話だ。

 そんな子供は、なすすべなく魔物に食われるか、ダンジョンの奥に拐われるか、自力で脱出するか、別の冒険者に拾われて新しい肉盾に使われるか……。


 それ以外にも、食料が尽きた場合は真っ先に捨てられ、こういった奴隷は『おきざり』と呼ばれる。



 ……にしても運がいい。






 俺は、いい肉盾を見つけた。





「……なあ、坊主。おめぇ、名前はなんていうんだ?」


 俺の声に反応して、顔を上げたガキは、意外と容姿は整っていた。女か男か分かんねえが、こんな所に連れてこられたんだ。男だろう。


「……ぁ、かり」


 掠れた声だ。力の篭っていないその声は聞き取りづらいが、探索者として耳も鍛えている俺には何の問題もない。


「……アカリ? 変わった名前だな。まあ、いいか。……ほら、このパン食うか?」


 ここで暴れて逃げられても困るので、まずは餌付けから入る。しかし、ガキは首を横に振った。


「……ぃら……なぃ」

「あぁ? いらねえのか? こんなガリガリのくせしやがって。……まあいいか。とにかく、ここは危険だ。おじさんが出口まで連れて行ってやろう。……ほら、背中に乗れるか?」


 俺は探索者だ。罠があれば見破れるし、待ち伏せする魔物もわかる。

 だが戦闘は少し苦手だ。だからこの肉盾は、前を歩かせるより、こうして持っていた方が、接近戦に役立つ。


 こうして俺は、背中に盾を背負ってボスを探す事にした。

 まるで羽のように軽い。完全にやせ細ってやがる。






「おーい、ボスーー」

「…………」


 肉盾は何も話す事なく、静かに俺の肩に頭を寄せていた。



「……ったく、全然見つからねえ」 

「…………」


 背中が痒い。この盾、まさかノミとか持ってたんじゃねえだろうな。シラミは勘弁だぜ。



「……はぁ……はぁ…………」

「…………」


 なんだ、これ……俺、なんでこんなに息切れしてんだよ。体力は自信あんのに……こんな軽いガキ1人背負っただけで普通疲れるかよ……。



「……はぁ…………うっ、ぐ……はぁ……はぁ……」


 ありえねえ、このガキ、さっきから少しずつ重くねってねえか? というか、俺の力が……抜けてる?

 あ、足が……震えて…………


 もう、立ってらんねぇ…………。



「……ねぇ、おじさん」


 その時、まるで小鳥のように可愛らしい声が、俺の耳元で囁いた。


「私、アカリじゃなくてぇ……『壁蝨人族アカリノイド』だよぉ?」



 そこで、俺の意識は無くなった。

















【ダンジョンレベルが2になりました】


 可愛らしい虫っ娘が2人増えました。

 可愛がってあげてね!


 休みなので1万文字超えちゃいました。てへぺろ。



 それと、前回の鑑定で表示された虫っ娘達のステータスを少し修正しました。

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