07.G.W.それぞれの再会(1)
「日本人って、超金持ちなんだなぁ~ 俺なんか、百ドル紙幣なんて見たことも
ねぇーよ」
巨大なバーガーを頬張りながら、ケビンはさっきからしきりに感心している。
二人は桟橋近くのファーストフード店で遅い昼食を取っていた。
着いたばかりの高速フェリーから、観光客に混じって日本人の一団が降りてきた。
日本のゴールデンウィークが始まったせいか、ここ二、三日やたらと日本人の姿が
目立つ。
彼らの行動パターンは判で押したように決まっていて見ていると可笑しくなる。
観光ガイドブック通りにフェリーから降りるとまず、オープン・カフェへ直行し
ロブスターとクラムチャウダーの昼食を取る。そのあとアイスクリームの人気店へ
行く。次に周辺の土産物屋で『ケープ・コッド』のロゴ入りのT-シャツや
パーカーなどをどっさりと買い込む。そして、ギャラリーや骨董屋が立ち並ぶ
メインストリートへと向かい、ここでも玩具の紙幣のように札束を切って
買い物をする。百ドル紙幣など普段の生活の中でほとんどお目にかかることの
ないアメリカ人の眼に、彼らの行動が奇異に映るのも無理はない。
「そろそろ戻るとするか、昼からは配達だったよな?」
「ああ、ハイアナスの別荘族、それと例のオーナーの知り合いのとこだ」
「えっ! あの絵もうできたのか!?」
純一の胸は高鳴った。
あの写真を眼にした瞬間、心臓が凍りつきそうになった。
バーミンガハム夫人の隣で微笑んでいるのは、確かに “彼女” だった。
食い入るように見つめる純一に、夫人は『絵を選んでくれた人よ』と教えて
くれた。聞きたいことは山ほどあったが、英語力不足と極度の緊張から結局、
何も聞き出せなかった。
あの日以来、彼女のことが頭から離れない。どうしてももう一度逢いたい。
言葉を交わしたわけでもない相手に、純一はまるで思春期の少年のような
淡い恋心を抱いてしまった。
* * * * * * *
「ジュン、あなたに会いたいって言う日本人女性が、さっきからずっとお待ち
かねよ」
純一たちが店に戻ると、新入りのエリカが奥を指さし悪戯っぽくウィンクした。
「おまえも、なかなかやるじゃん。早く行ってこいよ!」
ニヤニヤしながらケビンがポーンと背中を押した。
ずっと “彼女” のことばかり考えていた純一は一瞬、『まさか』と思った。
が、すぐに『そんなわけないか』と思い直した。だが、自分に会いに来たという
日本人の女にまったく心当たりがなかった。
「純ちゃ~ん! 元気やった?」
若い女は椅子からすぅーと立ち上がると、小走りで駆け寄ってきた。
「直美!? こんなとこで、いったい何してんねん?」
「そんな言い方ないやろ、せっかく、はるばる大阪から会いに来たげたのに…」
戸倉直美と純一は幼馴染だった。
幼稚園から高校まで同じ学校に通った同級生でもある。同じ町内に住み親同士も
懇意にしている。神戸の短大を卒業した後、大阪市内の会社でOLをしていると
聞いていた。
「ひとりで来たんか?」
「短大の時の友達と一緒やけど、今日はオプショナルで別行動。お金出してまで
クジラやオカマ見に行ってもしゃあないって、ボストンのショッピング・ツアー
の方に行ったわ。あたしも、ホンマはそっちの方が良かったけど、純ちゃんが
元気にしてるやろか、どんな暮らししてるんやろって、おばちゃんがめっちゃ
心配してはったから、様子見に来たのに… 迷惑やったら、もう帰るわ!」
早口に捲し立てると直美は口を尖らせた。
「そっか… まあ、そんな怒らんと、今晩いっしょに飯でも食べよ。
これからまだ仕事やけど、夕方には戻るからそれまで、この辺ぶらぶら
してるか?」
「うん、ほな、そうするわ」
純一のつれない態度に膨れっ面だった直美の顔が、ぱあっと明るくなった。
「あれ、ケビンは?」
表に戻ると、待っているはずの相棒の姿がなかった。
「配達に行ったわよ。号数が小さいから一人でも大丈夫だって、カノジョと
ゆっくりデート楽しむようにって。ケビン、なかなかいいとこあるじゃん。
ちょっと見直しちゃったわ」
すぐに店の裏に回ったが、すでに配達用のトラックは消えていた。
気を利かせてくれたつもりかもしれないが純一は内心がっかりしていた。
もしかしたら、“彼女” に逢えるかもしれないという淡い期待があった。
今度こそ、バーミンガハム夫人に彼女のことをいろいろ尋ねるつもりでいた。
修復された絵が配達されれば、もうその機会はなくなる。彼女に辿り着く
唯一の細い糸がプツンと切れてしまったような気がした。
遠路遥々訪ねて来てくれた直美には申し訳ないが、幼馴染の来訪が
純一にはちょっと恨めしかった。