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Samsara~愛の輪廻~Ⅳ  作者: 二条順子
32/44

32.忍び寄る影(2)

「メリー・クリスマス!」

純一は鼻歌交じりにテーブルの上に大きな箱を置いた。

中からケーキを取り出し切り分けると直美の前に差し出した。

「さあ、食べよ」

「あたしは、ええわ。なんか朝から食欲なくてムカムカするんよ」

「あっそう、クリスマスとおまえの送別会と俺の引っ越し祝いで、一番高い

ヤツにしたのに。うまっ!」

純一は一人でさっさとケーキにぱくついた。


「えらい差がある冷たい態度やね」

「?…」

「誰かさんの時は抱きかかえて病院まで連れて行って、一晩中看病して

あげたくせに!」

直美はほっぺたを膨らませた。

「アイツ、男のくせにしゃべりやな…」

純一は舌打ちをした。

「ケビンに電話して聞いたんは、あたしの方や。何も連絡なしに一晩中

帰えらへんねんもん、死ぬほど心配したんよ…」

急に涙声になるとトイレに駆け込んだ。


「連絡せんと外泊したことは謝る、悪かった、ごめん!」

純一は自分の非を認め誤った。が、直美はトイレに籠ったまま出てこない。

「そんなに調子悪いんやったら、病院に行くか?」

ドア越しに優しい言葉をかけるとスーとドアが開いた。


「病気やないの。もしかしたら、つわりかも…」

「はあ!?」

「あれから、ずっとないし… どうしょう、純ちゃん?」

反応を伺うように純一の顔を覗く。

「まちがえ、ないんか?」

「たぶん… 産んでもええ? もう中絶は嫌や! あたしと結婚して!」

一気に捲し立てると純一に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと待てよ…」

直美に迫られ一瞬、目の前が真っ暗になる。

「あたしのこと、そんなに嫌い? あたしってそんなに魅力ない? なんで、

なんでそんなに 〝あのひと” がええの?」

「直美、あの時のことはホンマに悪かったと思ってる。けど、今の俺には

子供とか結婚とか、とても考えられへん…」

直美の身体を引き離すと純一はうな垂れるように言った。

「もし、もしも、めぐみさんに子供ができた結婚してほしいって迫られたら

同じこと言える?」

「……」

「どうなん? はっきり答えて!」

黙ったままうな垂れている純一を睨みつけた。


「やっぱり、彼女にはそんなこと言えるわけないよね…」

ぽつりと言うと直美は天井を見上げた。頬に一筋の涙が光る。

「…心配せんでも妊娠なんて真っ赤な嘘や。純ちゃんの気持ち確かめるために

打った大芝居やったけど、とんだ猿芝居に終わってしもたわ」

乾いた笑みを浮かべた。

「直美…」

「あたし、今日ここ出て行く。ボストンの友達のとこで新年迎えたら日本に

帰るわ。残った荷物は適当に処分してくれたらええから」

なにか吹っ切れたようなサバサバした口調だった。


その夜、ここへ来た時と同じスーツケース一個を引き摺り直美はアパートを

出て行った。



* * * * * * * 



「さっき、ドクター・アリーガの姿を見かけたわ。イケメンは車椅子に

なっても相変わらずかっこいいわね」

「そうね、ジェニーが夢中になったのも無理ないわけよ…」

「え、なにそれ?」

「知らないの? セラピスト仲間では有名な話だそうよ。ドクター・

アリーガは本当は彼女の担当じゃなかったのに、同僚に頼み込んで自分の

患者にしたのよ」

「でも彼が凄い愛妻家ってことは病院中が知ってるじゃないの」

「ジェニーは結婚なんて目じゃないのよ。彼女の目的はただ一つ。

優秀で、しかも美形の父親のDNAをもつ 〝コ・ド・モ” 」

「でも、下半身不随じゃ無理でしょ?」

「あっちのほうは大丈夫なんじゃないの。それに、彼女は何と言っても

『機能回復』のスペシャリストだもの」

「あっ、なるほどね! そう言えば、彼女がここ辞めてニュー・ハンプシャーに

帰ったのって、ドクター・アリーガの退院したすぐあとだったわね」

「そう、その後しばらくして 〝ご懐妊” でしょ、時期的にぴったりだと

思わない?」

「う~ん、言えてる…」


うしろの席から聞こえてくるナースたちの会話にコーヒーカップを持つ手が

震えた。リハビリ中トイレで横転した時、妻の自分ではなくセラピストの

ジェニーの介助を求めた健介の姿がふと、頭を過ぎる。

妻を抱けない男が妻以外の女を妊娠させる―― まさか、そんなことが・・・

根も葉もない噂話と聞き流そうとしたが、めぐみの心中は穏やかではなかった。

その場に居たたまれなくなり、健介との待ち合わせ場所だったカフェテリアを

出て屋上に上がった。



「ずいぶん探したんだぞ。こんなとこにいて風邪でも引いたら大変じゃないか」

「ごめんなさい。カフェテリアの暖房が効き過ぎてて、ちょっと外の空気に

当たりたくなったの。」

屋上の手すりに摑まったままめぐみは気持ちよさそうに深呼吸をした。


「結果は明日までかかるから、さあ、もう降りよう」

「もう少しだけいい? 見て、あそこに氷が張ってる」

眼下に見えるチャールズリバーを指さした。

「この前来た時は、あの上に花火が上がってたのよね」

「うむ、ここからの眺め最高だったな」

「そうだったわね…」

半年前、この場所から眺めていた独立記念日の花火を思い浮かべた。

夜空に舞い上がる花火を見ながら、これから先どんな苦難があっても

二人で乗り切り健介と伴に生きて行くことを心に誓った。


あの時の気持ちを再確認するようにめぐみはもう一度大きな深呼吸をした。










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