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Samsara~愛の輪廻~Ⅳ  作者: 二条順子
28/44

28.真冬の暗雲(2)

次の週末、健介はニュー・ハンプシャーに向かった。

ジェニーの実家は地図で確認すると、マサチューセッツとニュー・ハンプシャー

の州境に位置する。ボストンから車で一時間、ケープ・コッドからでも二時間

余りの距離で、日帰りが十分可能だった。

めぐみには大学の同期がボストンに来ているので会いに行くと言って家を出た。


ボストンの市街地を僅か一時間ほど北上すると、ニューイングランド地方の

美しい自然に囲まれた長閑な田舎町に到着した。

ジェニーは実家から数マイルはなれたところにある、かつて祖父母が暮らして

いた小さな家に住んでいた。



「ケン?! どうしてここがわかったの?」

「ナース・ステーションで聞いたんだ…」

健介の突然の来訪に驚いた様子だったが、嬉しそうに彼を家の中に招き

入れた。

「ジェニー… あの、もしかして…」

服の上からでもはっきりわかる彼女の腹部に目を遣った。

「覚えてる? 初めてあなたと… あなたを、食事に招待した時プレゼントを

おねだりしたこと… これが、私が欲しかったあなたからの贈り物よ」

ジェニーは迫り出した腹を愛おしむように撫でた。

「私、どうしても子供が欲しかったの、あなたのような優しくて有能な父親を

持つ子が… レイチェルも大喜びなのよ。だって、いっぺんに弟と妹が二人も

できるんですもの」

「?…」

「二卵性双生児なの。そう、あなたは一つじゃなくて二つもの素敵な贈り物を

くれたのよ」

ジェニーは嬉しそうに笑った。

「でも、心配しないで、ケン。あなたに迷惑をかけるつもりなんて、

これっぽっちもないわ。あなたが奥さんのことどれだけ愛しているか、

愛されているかよーく知っているから…」

悲しげな眼差しを向ける。

「ごめんなさい、騙し討ちをするような真似をして。でも、本当のことを

言ったら絶対に承知してくれなかったでしょ?」

「……」

受胎可能な日に排卵誘発剤を使った計画的な妊娠だった。

ジェニーのお腹の子、しかも二人もの子供の父親が自分であるという事実を

突きつけられたショックで健介は暫く言葉を失った。


「経過は、順調?」

やっとの思いで言葉をかけた。

「ええ、二十二周目に入ったところ。二人とも今のとこと何の問題もなく

すくすくと成長しているわ… 私ね、ここで生まれ育ったの。この子たちも

この田舎の大自然の中でのびのびと育てたいと思ってる。出産も病院じゃ

なくて自宅でするつもり。レイチェルの時は帝王切開だったから、今度こそ

どうしても自然分娩の感動を味わいたいの」

ジェニーの顔はもはや優秀なセラピストではなく穏やかな母の顔になっている。


「ケン、あなたの方はどうなの? 車椅子は身体の一部のようになった?」

「ああ、君のおかげでね…」

「じゃあ、奥さんとの夜の生活もバッチリなのね?」

「さあ、それはどうかな?」

悪戯っぽい笑みを浮かべるジェニーをさらりとかわした。


「来年早々、ワシントンに帰ることにしたんだ。母校での仕事が決まってね」

「そう、それはおめでとう! いよいよ社会復帰が実現するのね」

「うむ、君には本当に感謝しているよ」

「いいえ、それが私の仕事だもの… そう、いよいよワシントンに

戻るのね…」

ジェニーは遠くを見るように窓の外に目を遣った。降り出した雪が白く

地面を覆いはじめている。


「もし… もしも、何かできることがあったら、…」

と言いかけて、健介は言葉に詰まった。

ジェニーや生まれてくる子供に対して、今の自分にいったい何ができると

いうのか・・・

めぐみと歩み始めた人生、それは健介にとってやっと手にした、何物にも替え

がたい貴重なものである。どんなことがあっても妻との生活を守りたい、失い

たくない。最愛の女を悲しませるわけにはいかない。めぐみがどんなに子供を

望んでいるかを思うと、このことは絶対に隠し通さなければならない。

だが、事実を知った以上このまま彼女の前を立ち去って行くことは、男として

決して許されないだろう・・・


「大丈夫、あなたは何も責任を感じる必要はないのよ。私が勝手にしたこと

だから…」

健介の苦しい胸の内を見透かすようにジェニーは言った。



* * * * * * * * 



「この分だと幹線道路は通行止めになるかもしれないわねぇ…」

地面を覆い尽くした雪は激しさを増し吹雪はじめた。

「今夜はここに泊まって、明日の朝ケープに戻った方がいいわ。

奥にゲストルームがあるから」

「……」

健介は躊躇った。

めぐみには今日中に帰ると言って家を出た。ここに泊まることになれば、

また嘘をつくことになる。これ以上、彼女を欺くような真似はしたくない。

「ありがとう、でも酷くなるようだったら途中どこかのモーテルにでも

泊まるよ」

健介は帰り支度をはじめた。

「この辺りにはそんなものはないわ。事故にでも遭ったら大変よ。

お願い、ケン、そうして」

ジェニーは懇願するように引き留めた。

この吹雪の中、車を運転するのは確かに危険が伴う。

めぐみにボストンのホテルに一泊するという電話を入れ、健介はジェニーの

言葉に従った。




明け方近く健介は人の気配で目が醒めた。

ベッドの脇にジェニーが立っていた。外の雪はすっかり止んでいる。

月明かりに照らし出された彼女の裸体はまぎれもなく妊婦のものだった。

六か月を迎えたばかりの腹部はすでに大きく迫り出し多胎妊娠であることを

物語っている。


「昼間はあんな強がり言ったけど、ほんとうはあなたが恋しくて恋しくて

堪らなかったの、ケン…」

ジェニーはいきなり健介に覆い被さると激しく求めてきた。

「よ、よせよ… 」

「大丈夫よ、もう安定期に入ってるから… 触ってみて。ほら、こんなに

元気に動いているでしょ? あなたの血を分けた子供たちよ」

健介の手を握り腹部の大きな膨らみに押し当てた。

掌の中に胎動が伝わってくる。自分の分身がそこに宿り確かに息衝いている。

それは何とも言えない不思議な感動だった。


「ああ… ケン、あなたをこんなにも愛しているのよ…」

喘ぐような吐息を洩らすとジェニーはあの夜と同じ様に容赦なく刺激を与える・・・

(やめろ、やめてくれ! めぐみをこれ以上裏切ることはできない…)

そんな健介の意思も理性も嘲笑うかのように彼の下肢は大胆で巧妙な動きに

完全に支配され、最愛の妻とは享受できない官能の世界へと誘われて行った。



健介は目が冴えてなかなか寝付けなかった。

傍らで放心したように眠るジェニーは胸元を露わに大きな寝息を立てている。

ついさっきまで激しい情事の相手を務めた女の寝姿をまじまじと見た。

それは、四十路を迎え衰えを隠しきれない熟女の姿以外の何ものでもない。

身体を流れる血のせいか、健介は昔から肉感的で豊満なタイプの女よりも、

ガラス細工のような繊細な美しさを持つ華奢な体型の女に魅かれる。

めぐみのすべてが、狂おしいほどに恋しく愛おしい・・・

美しい妻の肉体にはまるで反応を示さず、愛してもいないを女を孕ませる

自分の身体を健介は心底呪った。







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