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Samsara~愛の輪廻~Ⅳ  作者: 二条順子
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22.燃ゆる秋(2)

ケープ・コッドでの新生活がスタートして半月が過ぎた。

午後のひと時をベランダに出て潮騒をバックにのんびりと読書をするのが

二人の日課になっている。


「あっ、そうだ。リズがね、あなたの快気祝いと引っ越し祝いを兼ねて

私たちのためにパーティーを開いてくれるそうなの」

めぐみは思い出したように急に本のページを閉じた。

「そっか… けど、なんか悪いな。彼女にはこっちの方が世話のかけっぱなし

なのに…」

「うん、私もそう言ったんだけど、ぜひにって。リタとジャックも今月末には

来るみたいなの」

今年は例年よりも紅葉が早く九月下旬には見頃を迎えている。

いつもは毎年コロンブス・デイの前後に『リズの家』を訪れる常連客の

老夫婦もパーティーに参加するのを楽しみにしているという。


「それでね、もし、あなたが病院関係者を招待したいなら、人数を教えて

ほしいって。どうする?」

「そう言われても、病院関係となると凄い数になるしな… 」

「じゃ、せめてセラピストのジェニーだけでも招待したら? 

彼女には本当にお世話になったでしょ?」

めぐみの口からジェニーの名が出て健介は一瞬たじろいだ。


(あなたの男性機能は完全にダメになったわけじゃないのよ…)

あの夜のことが脳裏に甦る・・・

あの時、彼女の言葉通り健介の機能は完全に復活の兆しをみせた。が、それは

あの夜限りの一時的なものに過ぎず、妻をいまだに抱くことができない。

あの時の健介にはめぐみを裏切ったという意識はまるでなかった。むしろ、

自分の中に男の機能が残存し夫婦生活を営めるという喜びの方が大きかった。

だが、一夜限りとはいえ妻以外の女と関係を持った事実は重苦しく、あの夜の

事は不慮の過ちとして一日も早く忘れようとしていた。


「ケン、聞いてるの?」

「ああ、いや、やっぱジェニーだけ呼ぶわかにはいかないよ。病院関係は

また別の機会にするよ」

「そうね、じゃ、リズにはそう伝えるわ」

それだけ言うとめぐみはまた本のページを開いた。


読書をする妻の横顔を健介はしばらくじっとみつめていた。

夫を信じ何の疑いも持たない童女のような無垢で綺麗な顔だった。



* * * * * * * 



十月最初の週末『リズの家』で健介とめぐみのパーティーが開かれた。

病院関係者が省かれたためごく内輪の集まりとなった。

純一と直美、ケビンとエリカのカップル、それに画廊のオーナーであるポール・

ビショップも招かれていた。彼はアレックスの知り合いらしく親しげに談笑

している。


「あの二人ね、今はあんなに仲よさそうに話してるけど、昔は凄い 

〝敵同士” だったのよ」

リズは二人の男の様子を微笑ましく眺めながらめぐみに耳打ちした。

二十数年前、アレックス・ジョンソンとポール・ビショップは、リズの

亡くなった娘、アイリーンをめぐって壮絶な恋の火花を散らした仲だった。

結局、アイリーンはアレックスを選び二人は婚約した。そして、恋に破れた

ポールは逃れるようにパリに渡った。



「どう、最近 〝金の卵” の発掘の方は?」

「いや、なかなか難しくってね。けど、もしかしたらっていうのが、あそこに

一人いるよ」

ポールは部屋の隅にいる青年に視線を向けた。

「うちへ来て一年になるかな、粗削りだがいいものを持っている。だが、何か

イマイチ物足りないものがあったんだ。それが最近、凄い絵を描くように

なった。どうやら、その理由がわかったよ」

彼の視線の先にいる若者は、さっきからずっとめぐみに熱い眼差しを向けて

いる。その瞳の輝きを見たアレックスはポールの言葉の意味を理解した。


叶わぬ恋、一途な恋は悶々とした苦しみが伴う分、普通の恋の何十倍、何百倍

ものエネルギーを要する。音楽や絵画といった感性の世界で生きる人間に

とって、その激しい恋情は、時として眠っている才能を目覚めされ一気に

開花させることがある。だが、時にはその激しさゆえに、才能が燃え尽く

されることもある。

アレックスが音楽家として成功を収め、ポールが画家としての命を絶たれた

ように。


「なぜリズがメグのことを自分の娘のように可愛がるのか、なぜ君が熱心に

彼女に肩入れするのか、きょう彼女と会ってはじめて解ったような気がするよ。

姿形はまるで違うのに、ちょっとした仕草、表情、はにかむような笑顔… 

あの頃のアイリーンと同じ雰囲気を持っている」

「ああ、彼女のピアノを聴けば、君のその想いはもっと確かなものになるよ」


二人の男は、車椅子の夫の傍にそっと寄り添うめぐみの姿に、かつて愛を

競い合った恋人の面影を見ていた。




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