18.真夏の誘惑
ADLの訓練を完了した健介の退院が決まった。
日常生活のほとんどを自力でこなせるようになり障害者用の運転免許も取得した。
めぐみと約束したように自分で運転して彼女をケープ・コッドまで迎えに行く日も
そう遠くはない。
「ケン、おめでとう! あなた、本当によくがんばったわ」
「ありがとう、君のような優秀なセラピストのおかげだよ」
「で、愛する奥さまにはもう知らせたの?」
ジェニーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いやまだ… 突然、姿を現してサプライズするつもりなんだ」
「まぁ、それはロマンティックだこと。じゃあ、その前に私からの退院祝い
として、あなたを食事に招待してもいいかしら? レストランのディナーより
家庭の味に飢えているころじゃないかと思うんだけど… どう?」
「……」
ジェニーはシングルマザーで娘と二人で暮らしている。
いくら気心の知れたセラピストとはいえ、独身女性のアパートに一人で行くのは
やはり気がひける。
「はい、主治医からの外出許可書、そしてこれが私のアパートの住所よ。
ADLの総仕上げ、卒業試験だと思って自分で車を運転して来てね」
躊躇っている健介に有無を言わさず許可書とメモを置いて病室を出て行った。
週末、健介はジェニーのアパートへと向かった。
初めての単独での外出、車の運転に緊張したが何とか彼女の部屋の前まで
辿りついた。
「グッ・ジョブ! どうやら最終試験にみごとパスしたようね」
ジェニーは満面に笑みを湛え健介を迎え入れた。
「ああ、何とかね… これ、レイチェルに」
ジェニーの娘のために買ってきたチョコレート菓子の箱を差し出した。
「まあ、ありがとう、あの子きっと喜ぶわ。でも、今夜はあいにく友達の家で
お泊りなの…」
テーブルの上には二人分のシャンペングラスと食器がセッティングされている。
胸の大きく開いた真っ赤なサンドレスを着て、いつもは無造作に束ねている
ブロンドの髪をゆるやかな巻き毛にしている姿は、病院にいる時とは別人の
ように見える。
「じゃあ、まずはともあれ乾杯しましょ」
勢いよくボトルの栓を抜くと二つのグラスになみなみと注いだ。
「ありがとう、ジェニー。君には本当に感謝しているよ。それに今夜は
食事にまで招待してもらって… お礼をするのはこっちの方なのに、なにか
素敵なプレゼントしないと罰が当たるな」
献身的にリハビリの治療に当たってくれたセラピストに健介は心底感謝して
いる。
「いいえ、みんながみんなあなたのような優秀な患者さんだと、この仕事も
やりがいがあるんだけど… 」
ジェニーはグラスの中身を一気に飲み干すと、部屋の照明を落としCD
プレイヤーから流れる曲を軽快なジャズからスローテンポの曲に変えた。
キャンドルライトの薄明りの中に、いつか観たスクリーン・テーマの甘美な
メロディーが流れる。
「じゃあ… ひとつだけ、プレゼントおねだりしてもいいかしら?」
鳶色の瞳を潤ませ甘えるような声をだした。
「?…」
「…ワシントンから赴任してきたあなたを一目見た時から、ずっと
好きだったの…」
健介の手を握りしめ胸の谷間に押し込んだ。
「ジェニー、悪い冗談はよせよ!」
「私は本気よ。ケン、お願い抱いて。あなたのような男に抱かれたい…」
手を振り払おうとする健介に自分の躰を押し付けた。
濃厚な香水の匂いが漂う。
「あなたの男性機能は完全にダメになったわけではないのよ、ただ眠って
いるだけ。私の力で呼び覚ませてあげる。好きよ、ケン…」
耳元で囁くと健介の口を封じるように唇を奪った。
彼女の唇は首筋から胸元、腹部へとゆっくり下降し健介の全身を隈なく愛撫し
眠っている下半身に容赦なく刺激を与える。
上半身はみるみる紅潮し胸の鼓動は高鳴り次第に息遣いが乱れていく・・・
「うっっ…」
健介の口から小さな嗚咽が洩れた。
これまで、まるで感じることのなかった下肢に微かな感触が戻った。
それは、次第に確かな感覚へと変わり徐々に力が漲っていく・・・
やがて、健介は信じられないような光景を目の当たりにした。
全身の血流がその一点に集結したように失ったはずの機能が復活している。
巧妙なセラピストの動きによって眠っていた雄の機能は彼女の体内で甦った。




