14.真夏の出逢い(1)
「純ちゃ~ん、めっちゃ気持ちええよぉ~! こっちおいでよ!」
「俺はここでええ。塩辛い水は嫌いや!」
ケープ・コッドに来ているから会いたいと、直美から突然電話があった。
『夏の東海岸短期留学』とやらで、七月いっぱいボストンにいると言う。
純一は幼馴染の再出現が正直ちょっと疎ましかった。ゴールデン・ウィークに
突如現れた直美のおかげで、せっかくの “彼女との運命の出逢い” が幻に
終わったことが彼の中でまだ尾を引いている。あとでケビンからあの日の事を
聞かされ、直美のことを本気で恨めしく思った。
直美は典型的な “大阪娘” で、昔から人の面倒を良く見る明るい性格なの
だが、いわゆる関西弁で言う “世話焼き”、要するにお節介なのである。
本人は善意のつもりだが、他人の生活にずけずけ入ってくるような無神経な
ところがある。
「ホンマ気持ちよかった。ここはええわ、ナイスボディーとちごても、堂々と
ビキニになれるもん」
海から上がってきた直美は純一の横に寝そべった。
周りを見渡すと、確かに半端じゃない肥満の身体を隠そうともせず若い女たちが
堂々とビキニ姿で肌を焼いたり海水浴を楽しんでいる。お台場や湘南あたりの
ビーチではあまり見られない光景かもしれない。
ナイスボディとはいかないまでも、ビビッドな花柄の水着を纏う直美の身体に
純一が知っている頃の少女の面影は残っていない。真夏の太陽に照りつけられた
小麦色の肌に海水の玉がキラキラと弾けている。
「純ちゃんは、相変わらず潮水が苦手みたいやね」
「琵琶湖の水に慣らされてるから、しゃあないわ」
「そやね、純ちゃんとこは毎年夏は琵琶湖やったもんな…」
直美は空を見上げ幼い頃を懐かしむように言った。
「せやけど、なんで今さら語学留学なん? 会社、よう一か月も休暇
取れたな」
五月の連休に来た時はそんなことは何も言ってなかった。
「会社、辞めてきた」
「なんか、あったん?」
「うん、まあ… OL三年もやってると、いろいろとあるんや…」
言葉を濁す直美にそれ以上は聞かなかった。
「ケープにはいつまでいるつもり?」
「もう一泊して、あしたボストンに戻るねん。あっ、そや、泊まってるとこ、
めっちゃええ感じなんよ。日本で言うペンションみたいなとこやけど、もの凄い
豪邸でオーナーもイギリスの貴婦人見たいやし…」
その宿はなかなか予約が取れないほど有名らしいが、語学スクールのインスト
ラクターが偶々キャンセルするところを譲り受けたらしい。
「ひとりで泊まって、言葉やら大丈夫なんか?」
いくら怖いもの知らずの大阪娘で度胸はあるとは言え、アメリカに来て五年に
なる純一でさえ今だに英語では苦労している。
「これでも一応、短大の英文科卒やし… な~んて言っちゃって、ホンマは
まだアメリカ人の言うことほとんどわかってないんやけど。ラッキーなことに
オーナーの知り合いで、こっちに住んでる日本人の女の人がちょうど泊まって
はんねん。すっごいええ人よ」
「そうか、そらよかったな。」
「あ、どう、純ちゃんも会ってみる?」
「俺はええわ、別に日本人のおばちゃんに会ってもしゃあないし」
「おばちゃんやないよ。まだ若いし、それに超美人やで」
「ふーん…」
宿のオーナーの知り合いなら、中年か初老の日本人を想像していた純一は
ちょっと意外な感じがした。
「きのうの晩なんか広いリビングでピアノとバイオリンのライブ演奏聴きながら
焼きたての美味しいデザート食べて、ゲストと英語で喋って、なんか、これぞ
アメリカン・ライフ!って感じやったわぁー…」
直美は思い出したようにうっとりとしている。
話を聞いているうちに純一は、まさか…と言う気がしてきた。
「もしかして、『リズの家』ってとこに泊まってるんか?!」
「そう、純ちゃんなんで知ってるの?」
ついさっきまで疫病神だと思っていた直美の顔が急に女神のように輝いて見えた。




