表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編(ざまぁとかコメディとかテンプレ外しとか)

わがままな聖女

作者: 渕澤もふこ

テーマ『そんなに言うなら、お前がやってみろ』

「眠いの、もう少し寝かせて」

「勉強ばかりで嫌よ、外に行きたいわ」

「きれいなドレスが着たいの」

「甘いお菓子が食べたいわ」

「この料理はたべたくないの」

「眠いから面会を断って」

「たまにはお部屋でゆっくりしたいの」

「好きな人と一緒に過ごすことのどこが悪いのかしら」


……などなど、私のお仕えしている聖女様は、「聖女」の名に相応しくない我儘(わがまま)な方だった。


 朝は起こしても起きてくださらない上、勉強は嫌がり、遊びに行きたいだの、聖女の衣裳は嫌だのと勝手なことばかり。だいたい、彼女の生活費は国民の血税から出ているのだ。税金を使うからには、それ相応の『聖女』として振る舞って貰わなければ困るにのに。

 こちらが出した食事に文句は付ける、嗜好品を要求する……本当にこの方は聖女様なのかしらと疑ってしまう。きちんと聖女様に合わせたものを用意しているというのに。

 それに、聖女として行うべき人々との交流を断り、自堕落にお部屋に籠り、好きな異性とくつろぐなんて、本当にどうにかしている。

 ここは一度、聖女様に釘をさすべきだろう。

 こんな我儘な方が聖女だなんて、恥ずかしくてうかつに部屋の外に出すこともできない。

 不敬罪に問われるだろうか?いや彼女にそんな権力はないはずだ。国のために飼い殺しになっていると、他の侍女たちも詰め所でそう言っていた。

 私は、聖女様のふさわしくない言動に対して忠告し、彼女を正しい姿に導こうと思ったのだ。




「……話はわかったわ、あなたは私に『聖女らしくしてほしい』と言いに来たのね」


 私の話を、黙って聞いていた聖女様はそう言った。


「はい、民も苦しい生活のなかで税を納めています。ですから聖女様にも自制していただきたいのです」


「確かに、『聖女』とはあなたの言うとおり『勤勉で清貧で博愛であるべき』よね。私も、そうしたいとは思っているのよ……」


 聖女様は聖女らしくない、平凡で凡庸な方だ。はっきり言って、私のほうが美しいし能力が高い。それに、聖女様はなんというか威厳というものがまったくないのだ。

 だから私は、聖女としてできないならできないなりに努力くらいしてほしいと思うのだ。


「それなら……」

「だからね、あなたがまず見本を見せてちょうだい」


「はい?」


 いきなり何を言いだしたのだろうか。

 私は目の前の特徴のない聖女を見た。彼女は薄笑いを浮かべて、楽しそうに私を見ていた。

 彼女の世話を始めてから今までの間、こんな楽しそうな……威圧感のある笑顔を向けられたのは初めてだった。



「私ね、この世界に無理矢理連れてこられたとき、神様に力を頂いたのよ……聖女の力とは、別の力を」


 聖女の声は、今まで聞いたことがないくらいに落ち着いていて、――冷たかった。

 こんな彼女の姿は知らなかった。

 聖女とは言っても、既に浄化の力は国を救うために大半を使い果たしてしまっていて、いつもにこにこ笑っていることしかできない、無能な少女でしかなかったのに!


 聖女が、そっと頬に触れた。びくり、と身体が震えるが、彼女は構わずにそのまま私の頬を両手で包み込む。

 ――逃げられない。

 私は、恐怖で足が竦むということを身を以て体験した。いや、もしかしたらこれは、彼女の言う私が知らなかった聖女様の力なのだろうか。



「自分の存在していた世界から無理矢理連れてこられたのに、戻れないって……二度と家族にも友達にも好きな人にも会えないって言われたの」


 聖女の顔が近い。すうっと音もなく彼女が身を寄せてきて、ぎりぎりまで顔が近付いた。

 彼女の黒い瞳を見ていると、恐ろしくて叫び出してしまいそうになる。


「……も、申し訳…」


「ねえ、それでねぇ、元の世界に帰れない私にねえ、国を救った私に対してねぇ、あなたたちは何をしてくれたのぉ?」


 衣食住と存在価値を与えました。

 簡単に言えばそれだけだった。


「あなたは『聖女』なんだから、『聖女』らしくしなさい、『聖女』なのにって………みんな、そればかり」


「そ、それはやはり国の象徴となる『聖女様』にはそれなりの聖女らしい態度でいてで頂かないと、聖女様の今の生活は国民に支えられているのですから」


 言葉は震えたが、言いたいことは聖女に伝わっているに違いない。これで彼女の態度が改善されれば、私の評価も上がるに違いない。


「――いいね、いいじゃない、聖女らしくしてみせてよ。青春真っ盛りに、朝は日の出とともに起床して、この国のことを勉強して、昼は公務でよくわからない不特定多数の人と会って、夜は深夜までまた勉強して部屋からほとんど出ることもできないのが聖女として私がやるべきことなのね?服は毎日似たような地味な服……生地は普通でいいから可愛らしい服を着たいと思うのはいけないこと?あなたもはお休みの日も、そのお仕着せを来ているのかしら?恋人と会うときも、その生地は上質だけど地味な服なのかしら?……太るとみっともないからって最低限の量の粗末な食事、嫌いな食材や体質的に食べられない食材だって言っても、国民の血税から生活費がでているんだから、我儘だ、残すなと文句を言われて!あなたたちが休憩しながら食べているお菓子は当然の権利で、私には贅沢品?素敵よねぇあなたの理想的な『聖女』って。……私に要求するんだから、あなたは完璧な聖女を作り上げることができるんでしょう?さあ、交換してあげるわ、人生を。私に完璧な『聖女様』の見本をみせてちょうだい」


「……え?」


 人生を、交換……?


 ぽかんとして聖女を見上げる私の目に、楽しそうな、本当に愉しそうな聖女様の笑顔が飛び込んできた。

 ぞっとした。人はこんなに恐ろしい顔ができるのかと、震えが止まらなくなった。

 そんな私の様子を見て、くすくすと笑いながら、彼女は私の耳元で囁いた。



「私ね、神様に人生を奪う能力を貰ったの。入れ替わる能力よ。いつでも、どんな人の身体でも、乗っ取ることができるのよ。例え、王様でも、一般国民でもね。私が命を救ってあげたんだからこの国の民は、私がその人生を貰う権利ってあると思うの。だから、私があなたのかわりにあなたの人生を生きてあげるから、あなたは私の身体、私の人生で、素晴らしい『聖女』となって生きるべきよね?あなたの身体も家族も友達も恋人も、あなたが歩むはずだった時間を、人生を、みんな私が貰ってあげる」



 私は、がたがたと震えだしていた。

 目の前の存在が、ただただ恐ろしかった。


「……わ、たし、出過ぎたことを、申し上げて、おりました」


「あら、遠慮しなくていいのよ、あなたの言ったことはもっともなことだもの」


「……い、いえ、考え、が足りません、でした……」


 私の人生を聖女に奪われ、聖女の人生を、私が歩む。

 彼女に『聖女として』要求していたことを、自分がしなければならないとしたら――――


 私は、その恐ろしい想像に耐えられなくなった。そんな人生など、頼まれたって送りたくなかった。




 申し訳ありませんと言い捨てて、私は聖女様のお部屋から逃げ出した。

 だから、私にはなにも聞こえていなかった。







「嘘だ、ばーか」という聖女様の言葉を。

暇つぶしになったらいいなあ、くらいの気持ちで書きました。

副題『聖女様は、待遇の改善を要求する』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 異世界人に斟酌する必要、ありますか?
[一言] 此の国アホかいW
[一言] この国、やってることが某北の独裁国ですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ