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元騎士様と精霊に愛された錬金術師。  作者:
元騎士様と少年アルフォンス。
1/7

忘れられない日。

 僕は今日、浮かれていた。


 とても寒い冬の日だった。

 僕は、寒さに震えながらも、この後にある『楽しみ』に期待を膨らませながら、仕事をこなしていた。

 与えられた仕事は簡単な物だ。井戸から水を汲み、それを運ぶだけの単純作業。村の子供なら毎日僕と同じ仕事をしているだろう。


 僕の名前はアルフォンス。今年の秋に十四歳を迎えたばかり。

 月に一度孤児院にやってくる吟遊詩人の唄を楽しみに毎日を過ごす変哲もない村人だ。

 最近の吟遊詩人の題は『赤髪の騎士』の話。


 失礼な話だけど、その話を聞くまでは吟遊詩人が語る物語も正直つまらない話だと聴いているだけだった。


 僕と同じ平民でありながら、騎士に成り、数々の武功を上げ、エルフをも恋に落とさせたという赤髪の騎士。

 先月は帝国グランモアードの敵将を漆黒の魔剣で討ち取ったという話だった。


 今日はどんな話を聞けるのだろう。

 それを思い浮かべるだけで、僕の胸は陽気に踊った。

 作業をする手も捗るってものだ。


 孤児院は教会に隣接している。

 教会は光の神『トゥアハ』を信仰対象とした神聖な建物だ。

 シスター、エリィ・シフォウェンは、僕達孤児の母親代わりの大切な人だ。

 彼女は僕達をとても愛してくれている。

 僕も彼女を愛しているし、もちろん、他の子供達も同様だ。


 エリィの作るご飯は上品とはとても呼べない代物だけど、僕たちにとってはご馳走だった。

 お腹を空かせる子供達に、自分の分の量を減らしてまで割いてくれている事を僕は知っていた。

 それを知ってるのは僕だけじや無く、年長組の子供達は全員が知っている事だ。


「アルフォンス、朝食のお時間ですよ。急ぎなさい」


「うん、エリィ。いつもありがとう」


 屈託のない笑みを浮かべて僕はエリィに返事をする。

 ありがとう。の気持ちを忘れてはいけない。

 エリィが子供達に教えている事の一つだ。


「うふふ、良いのですよ。あなた達は私の子供なんですから」


 僕と同じく、優しそうな笑顔でそう言ってくれるエリィ。

 エリィと僕はそこまで歳が変わらない。

 僕が十四に対して、彼女は十九だ。

 結婚するには適齢期だろう。


 しかし、彼女にその話をしても彼女は笑って話を誤魔化し、逃げてしまうのだ。

 僕も彼女が結婚して此処を去って行くのは辛い。


 僕達を愛してくれていて、母親をしてくれている彼女。

 でも、彼女は果たして、それで本当に幸せなのだろうか。


 僕は彼女に幸せに成ってもらいたい。

 シスター、エリィ・シフォウェンとしてでなく、一人の女性、エリィ・シフォウェンとして、だ。


 でも、彼女が結婚してしまったら僕はきっと寂しい思いをするだろう。

 矛盾が生じるこの気持ちは一体何なのか。

 近頃、この考えがが時々頭に過っては悩んでいた。


 僕はエリィに再度声を掛けられ、その考えを途中で放棄した。



 (エリィを僕がきっと幸せにしてみせよう。)



 思考の最後に過った事の意味に気付かないまま、僕は孤児院へと向かった。


 さぁ、朝食を食べ終わったら、吟遊詩人の人をもてなす準備をしなくちゃ。

 




――





 教会と孤児院の裏にひっそりと存在する農園とはとても呼べない小さな畑。

 孤児院の皆とエリィで交代で世話をしているその畑で、僕は冬の季節に取れる希少な野菜を収穫していた。


 毎月一度やってくる吟遊詩人の好物でもあるそれは、僕達が一生懸命育てた物だ。


 吟遊詩人の人は毎度のこと遠慮気味に断ろうとするのだが、「子供達にお話をしてくれている、せめてものお礼です」とシスター、エリィがそれを頑なに受け入れなかった。


 好物であるそれを食べる吟遊詩人はとても幸せそうな笑顔を僕達に見せてくれる。

 僕達が育てた野菜を笑顔で食べてくれる事に僕たちは喜びを感じずにいられなかった。

 だからこそ、一生懸命育てた野菜を他人に分けるという行為も苦には感じない。


 これもきっとエリィの『ありがとうの気持ちを忘れない』という教えの一つにつながることだからだろうと僕は思った。



 そうこうしている内に、孤児院の方が騒がしくなった。

 その騒がしさが、吟遊詩人がやってきたことを僕に知らせる。

 いても立ってもいられずに、僕は残りの野菜を急いで摘み取って最後にそれらに水をやってから孤児院に持っていく。


 そこには吟遊詩人の他に僕の知らない一人の男性が立っていた。


 男性の顔がよく見えず、近付こうと歩んだ途端、その人は僕が近づくよりも早く教会を出て行ってしまった。


「やぁ、アルフォンス。一月も待たせてしまったね。今日も君の大好きな『赤髪の騎士』の話をしようと思っているよ」


 吟遊詩人のアーガスが僕に気付いていつも見せる優らかな笑みで言った。

 その一言だけで僕の胸が高鳴る。


「うん、すっごく待ってたよ! 僕もアーガスさんの好物を用意してきたよ」


「こら、アルフォンス。皆で育てた野菜でしょう。一人の手柄みたいに言っちゃダメですよ?」


 途端にエリィの指摘が飛んでくる。

 僕はすぐに謝る。エリィの言葉はもっともだからだ。


「ごめんなさい」


「良いのですよ、エリィさん。私は彼がそんなつもりで言っただなんて、微塵も思っていませんからね」


 アーガスが僕を庇うようにエリィに弁明してくれる。

 アーガスが吟遊詩人になったのは僕達のような外の世界を知らない人達に少しでも外の世界を知ってもらう為だと僕に語った。

 でも僕はそれだけじゃないだろうと思っている。

 何故ならアーガスは子供好きであり、大人たちに話すよりも、僕達に話してくれている時の方が活き活きしているからだ。


 アーガスには子供が居たそうだが、少し前に病気でその子が亡くなってしまったらしい。これはエリィから聞いたことで、本人にはとてもではないが言えないことだった。


 唄を聴いている僕達の姿に自分の息子を映しながら語っているのだろうか。


 しかし、年少組の子が何気なく触れてしまった息子の話題に、彼は、エリィに結婚の話をした時のように笑って誤魔化すばかりで、その真相は解らず終いだ。


「今日はね、アルフォンス。君にとって忘れられない一日になるだろうと、私は確信しているよ」


 その言葉に含まれた意味を、僕は期待に高鳴る気持ちで想像する。

 『赤髪の騎士』の武勇伝の続きか、それとも、かの有名な『エルフの姫』との恋物語か。


 とにかく、僕は楽しみ過ぎてこのままでは食事の後の吟遊詩人の唄の時間まで我慢できそうになかった。





 ――





 今日の夕食はいつもより豪華であった。

 豪華といっても、日持ちのする黒小麦のパンと、塩味で味付けして、肉の切れ端と野菜が申し訳程度に入ったスープ。そして畑で取れた野菜を使ったサラダ。

 それに卵とベーコンを焼いた物と、冬の間にしか取れない希少な果物『エイプル』という黄色い果物が添えてあった。


 果物というのはそれだけで高価である。

 そもそも砂糖ですら高値で取引されているのであるのだから、天然の果物は希少であるのも当然だった。それも冬物だ。値段は普通の果物よりも高値であるのは当然でもあった。


 孤児院に居る子供の数は十二人。

 その全員にエイプルが一つずつ行き渡っている。



「わぁ、エイプルだ! あたし、初めて見た」


 孤児院の年少組がそれぞれ歓喜している様子を見て、エリィが言った。


「こちらのエイプルは、アーガスさんが下さいました。皆、食べる前にちゃんとお礼をするのを忘れないように。アーガスさん、ありがとうございます」


 アーガスはそのエリィの言葉に付け足すように言った。


「いや、それは確かにエリィさんに私が渡した物ですが、これを提供して下さったのは私ではありません。お礼を言うならば彼に言って下さい」


 その言葉にエリィと此処にいる子供達は一様に疑念を抱いた。

 ここにいる孤児院の関係者以外の者はアーガスしかいないのだから当然だ。


「おや、どうやら来たみたいですね」


 その声が静まっていた孤児院の皆に響いたや否や、少しして扉をノックする音が次に響いた。


「――彼です」


 エリィが扉を開け、現れたのは、赤髪の青年であった。

 いや、青年ではないかもしれない。

 男の纏う雰囲気は大人の男性と言った方がしっくりとくる。

 良く鍛え上げられた体躯が防具の上からでも分かった。

 身に付けた装備は、防具の事など、からっきしである僕でさえ分かる程に良く手入れされた物であった。

 何よりも手を覆っている篭手に施されている魔法式だ。

 それは魔道具である何よりの証拠だった。

 背中には剣を帯剣していて、その身なりは僕の知る冒険者その物だ。


 そんな彼が人の良さそうな笑顔を向けながら口を開いた。


「悪い、遅くなっちまったな。近所の森で鹿を狩ってきたんだ。それで解体に時間が掛かっちまった」


 手に持つ大きな袋に入っているのは狩って来たという鹿肉であるのだろう。


「ほら、アンタが此処の責任者か? こいつは手土産だ。受け取ってくれ」


「まぁ、凄い量の肉ですね。いいのですか?」


 肉と聞いて子供達が一斉に興奮し始めた。

 成長期の子供達だ。

 肉なんて中々食べられないから興奮するのも無理ないな。

 僕もそんな子供達同様に、エリィに手渡された大きな袋から目が離せないでいる。


「あぁ、構わない。その代わりと言っちゃあれなんだが、そこにいるアーガスと一緒に今夜俺も此処に泊めてくれないか」


「話はアーガスさんに伺っています。エイプルの実まで頂いたのに、お肉まで頂けるなんて……。すみません、部屋はアーガスさんと同じ部屋になってしまいますが、よろしいでしょうか?」


「あぁ、それで構わない」


 男はそう言った後、アーガスの隣の席へとエリィに誘導され座った。

 座ると同時に椅子が軋んだミシィ、という音が響く。


 男の分の料理を持って来たエリィが男の前にそれを置いて、自分の席に戻った。


「では、せっかく用意したお食事が冷めてしまう前に頂きましょうか」


 その言葉を聞いた僕達は手を胸に当て瞑目する。

 アーガスも慣れたもので、子供達と同じような姿勢を取る。


「今日も一日、健やかに過ごせた事にお祈りしょう」


 新たに食卓に加わった男も、皆の見よう見まねではあるがそれを真似し目を閉じた。


 三十秒程の間、それぞれが今日過ごした一日を光の神『トゥアハ』へと心の中で報告する。


 お祈りの際に報告することは何でも良い。

 一日過ごす上で起きたことや明日には何をするか。

 過去の事を神に話すでも良い。お祈りに決まった形は無いのだ。


「では、いただきましょう」


 全員がお祈りを終わらせたのを見届け、エリィが言った。

 全員がその後に続くように「いただきます」と呟いた。


「ほう、『ケパス』じゃないか」


 男がサラダを見て呟いた。

 『ケパス』とは僕が取って来た野菜だ。


「へぇ、貴方も『ケパス』がお好きなのですか?」


「あぁ、懐かしい味だ。俺も小さい頃、冬の時期に食べた覚えが有る」


 一つ口に放り込んで噛み締めるように言った。


「ほう、これは良いお話が聞けましたね」


 アーガスはそんな彼の様子に少し驚きながら食事を続けていた。


「こら、しょくじちゅうにおはなしはいけないんだぞー」


「そうだそうだーだめだぞー」


 年少組のその言葉に苦笑いを浮かべるアーガスと男。

 「すまん」と謝る男の姿に、身なりは怖そうだがその人柄の一片に触れた気がした。



 子供達は食事を終えると、自分達の食器を洗いに井戸へ向かった。

 年少組の子達は食べるのが早い。

 お腹を空かしていたのだからそれも当然といえば当然なのかもしれないが。


「ごちそうさまでした」


 そんな僕も食べ終わり、食後の感謝を述べる。


「……ごちそうさまでした」


 僕の言葉とほぼ同時に、アーガスと男も食べ終わったようだった。


「アーガスさん達の食器は僕が洗いに行きます」


「そんな、悪いので自分達のは自分で洗いに行きますよ」


「いいんです。その代わり、唄、楽しみにしていますから」


 僕はそう言って奪うように二人の食器を下げる。

 自分のそれに重ねて、バランスを崩さないように井戸に向かった。






 ――





 外に出ると、さっきまで僅かに顔を出していた太陽もすっかりと沈んでしまっており、外はとても暗かった。



 ランプに灯った火の僅かな明かりを頼りに僕は井戸に向かった。


 冬の水は酷く冷たい。

 僕は、またか。という念を抱かずにいられなかった。

 井戸に着くと、年少組の子達が誰が洗うかを決める為に『じゃんけん』をしていた。

 井戸の水は雨水を貯めているのもあるが、主水源は地下を流れる水脈である。

 その水の冷たさは冬の寒さと相まって、凄まじさを増す。


「こらこら、ダメだよ? 自分の分は自分で洗わないと。エリィさんがいつも言っているだろう?」


 僕はそう少年組の子達に優しく諭すように言った。


「だって、すっごくつめたいんだもん」


「だからといって、一人に押し付けちゃその子がかわいそうじゃないか。お兄ちゃんも手伝うから、皆で一緒に洗おうよ」


「……うん、わかった」


 僕がそう言うと皆は不満そうながらも頷いてくれた。

 その様子を見て、僕は子供達が優しく育っているのを感じた。


 井戸の水を汲み、いざ洗おうと水に手を浸けようとした時、


 暗かった辺りを暖かな光が渡った。

 その光の光源が何なのか、振り向いたと同時に理解した。


「ほら、お前達、これを使え」


 いつのまにか後ろに居た、名も知らない男。

 アーガスの護衛をしている冒険者だ。

 冒険者の斜め上空を、光源魔法による球体が浮かんでいた。


「……これは?」


 差し出された赤い透明な石が何なのか解らずに僕は訊ねた。


「これは、火の精霊石の欠片だ」


「欠片だからそこまで温度は上げる事はできないが、少しはマシになるだろう。冬の水は痛くなる程に冷たいからな。使い方は……分からないか。貸してみろ」


 男に精霊石を返すと、僕が汲んだ水が入った桶に石を投げ入れた。

 少し待つように言われ、許可が降り、僕は水に手を入れた。


「……暖かい」


 水はお湯とまではいえないが、ぬるま湯程度の温度へと変わっていた。

 火の精霊石というのだから、それのお陰だろう。


「俺も、冬の水には堪えたからな」


 物思いに耽るように男が空を見た。

 僕も釣られて同じように見上げた。

 満天の星空の中、一番輝いている月が、雲に隠れるのが見えた。


「あの、ありがとうございます」


「別に大したもんじゃない。精霊石っていっても『欠片』だ。売り物にすらならない代物だよ。まぁ、俺達の分の皿を洗ってくれる礼だな」


 精霊石のお礼を言う僕に、男は頬を掻きながら言った。


 そんな様子を見て、この人はとても良い人なんだと僕は思った。

 そして、不器用な人なんだ、とも。


「さて、と。俺は孤児院に戻る。アルフォンスだったか? 子供達が井戸に落ちないようにしっかりと見張っとけよ」


 その男の注意に僕は頷いて、皿洗いを始めた。

 子供達は水が冷たくない事に気付くと、先程の様子が嘘のようにせっせと洗い物に励んでいた。


「……精霊石、か」


 僕の呟きは誰にも届く事は無かった。






 ――






 若き天才騎士アグニス・クリケット。


 彼の英雄譚は、突如として始まった。


 騎士見習いの位を僅か一月という異例の短期間で騎士に昇格した事からそれは始まった。

 百年に一度の天才とも謳われるのは確かな理由があった。


 他を圧倒し、魔物すらをも両断し得る程の剣術。

 加えて上級魔導師顔負けの魔術。

 戦闘力の面で、彼の右に出る物は居ないと言われている。


 聖国、最強の剣、赤髪のアグニスと隣国する国々に恐れられ、何時からか『剣聖』とまで呼ばれるようになった。


 そんな彼を、妬む者は多かった。

 騎士団の仲間達が彼の才に嫉妬したのだ。

 しかし、それも長くは続かなかった。


 賢王エウゼリウスの一言により、開催されることとなった『武闘大会』にて彼は優勝した。

 その日を持って、改めて最強であることを証明する事になったアグニス。

 大会に参加した戦士達は、アグニスを認めざるを得ない状況となったのだ。

 それがあったのに関わらず、戦士達の中には納得していない者がいるのは仕様がない事であった。

 彼らが嫉妬していたのは彼の『武力』ではなく『才能』なのだから。


 しかし、ある時、一人の青年騎士が「それは違う」、と言ったのだ。

 その騎士は聖王国の大貴族の嫡男だった。

 プライドの高い貴族、それも大貴族の嫡男のその言葉。

 青年騎士は、続けてこうも言った。


「彼は、才能に胡座をかいている事は絶対にない。彼はその才能に慢心せず、己が努力を怠らない。君達よりも、彼は努力している。毎日、夜になると兵舎の裏で、素振りをし、戦場では誰よりも先陣をきる彼を、君たちが責める道理などありはしない」


 青年騎士、エルバート・ユーゼリウス。

 彼の言葉で目が覚めた戦士達は、遂に赤髪の騎士を認めた。

 エルバートは、後日談、アグニスから余計な事をするなと小言を頂いたらしいが、そんな二人の様子は剣幕な物ではなく、むしろ親友同士のやり取りであったと、見た者は語った。


 ――というのは二年も前のアーガスの唄である。


 洗い物から戻った僕は、アーガスが唄の準備をしていると思っていたのだが、そんな様子は微塵にも見受けられない。


「アーガス、今日はお話はしないの?」


「おや、アルフォンス。食器洗いは終わったのかい?」


「うん、でも僕、楽しみにしていたのにな」


 アーガスのその様子にがっかりとした様子を隠せない僕。

 だって仕方ないじゃないか。

 この一月、その事だけを考えて過ごして来たんだ。


「そんな落ち込まないで下さい、アルフォンス。お話はしますよ」


 僕の肩に手を置いて優しい声色で話すアーガス。


「……本当かい?」


「ええ、本当ですとも。先程も言ったでしょう? 今日は貴方にとって、忘れられない一日になると」


 アーガスにしては珍しい表情を見せた。

 悪戯を浮かべる子供の様な笑顔だ。


「今日は彼に話してもらいます」


 その示した方向の先には、冒険者の男が座っていた。

 アーガスの唄のように楽器は使わないようだ。


「そういえば、彼は誰なの? 冒険者なのは分かるんだけど、僕まだ名前知らないんだ」


 赤髪の冒険者の名前を僕達はまだ知らないでいた。

 正直な話、井戸の時もお礼を言う際に少し困ったのだ。


「ほら、そろそろ始まるみたいですよ、アルフォンス」


 またこの笑顔だ。

 誤摩化すように、難なく逃げられてしまった。

 しかし、アーガスの言葉は本当だったようで、冒険者が話し始めた。



「そういえば、名乗っていなかったな。俺の名前は、アグニス・クリケットだ。以前は騎士をやっていた。今は冒険者をしている。今日はお前達に面白い話を聞かせにやってきた」


 僕は耳を穿った。

 アグニスと名乗った男の事を三度は見直しただろう。


「アルフォンス。あの人は正真正銘『赤髪の騎士』その人ですよ」


 悪戯大成功と顔に書いたアーガスが余りの衝撃に硬直していた僕に言った。


 あぁ、うん。

 アーガスの言う通りだよ。


「僕は今日という日を忘れられないと思う」


「それは、良かった」


 子供達が並んでいる最後尾。

 アルフォンスとアーガスがお互いに笑い合っていた。

 一人は優しく悪戯が成功した事に喜んでいるように。

 もう一人はそんな思惑にまんまと嵌められたのにも関わらず、それに感謝している屈託の無い笑顔だった。

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