表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

名残の空

 ハサミでおおざっぱに切り取られたような。鋭い線に四方八方から引き裂かれたような。そんな空があった。それは、消し忘れた黒板の文字に似ていた。淋しく残った、最後の空。

 小さな公園だった。西日の中に、小さな滑り台や軋むブランコ、塗装の剥がれかけたジャングルジムなんかが佇んでいる。モズの声が、遠く響いた。

 錆の浮き出たジャングルジムのてっぺんに座って、あかりが空を見上げていた。長い髪が、風になびいている。十五歳くらいだろう。白いワンピースが、どこか褪せて見えた。

 彼女は悲しげな表情を浮かべて、ゆっくりと足を揺らしていた。他に、何をするでもなく。ただ、淋しそうな目が、暮れていく空を見届けていた。

「あかり」

 声をかけると、静かな視線が一瞬だけこっちに向いた。

「私だけれど、私ではありません」

 質問を先に読んでいたように、彼女は静かに口を開いた。

「私ではないけれど、確かに私です」

 沈んでいく太陽。薄い青と薄い赤の混じり合った、不思議な色合いの空。あかりは、その小さな空から目を離さない。

「大切なもの、を、無くしたのです」

 どこかたどたどしさの残る敬語で、あかりは語った。

「大切なもの?」

「大切な人、が、いなくなったのです」

 暮れていく空は、少しずつ色合いを失っていく。少しずつ、けれど、確実に。

「だから君は、ここに来たのかな?」

 そう問い掛けると、あかりは少しだけ考え込んだ。

「そうかもしれません。そうでないかもしれません」

 私にも、わかりません。落ち着いた口調。落ち着いた声。

「貴方はどうして、ここにいるんですか?」

 そう問い返されて、少しだけ答えに迷った。

「俺は、いつの間にかここにいたよ。それ以外は、わからない」

 いつの間にかここにいて。迷い込む人を探し出して。それが、自分の役割だと思って。

「けど。本当のところ、わからないんだ。俺は誰で、何のためにここにいるのか、わからない」

 わからない。迷い込んだのは誰かか、俺か。

「わからないから、したいようにしてるよ。君を見つけてあげたいんだ」

 ここは人の居ていい場所じゃないから。

「声が、聞こえたんだよ。たぶん、君のだと思うんだけど」

 だから、目覚めて。だから、探して。見つけてあげたいんだ。

「それなら、探して下さい」

 流暢な敬語。涼やかな声。

「私を、見つけてください」

 斜陽。沈んでいく太陽の、光が強まった。それは、乾いた砂場を飲み込み、低い鉄棒を飲み込み、錆び付いたジャングルジムまで飲み込んでいった。

「かくれんぼ、しよう。私は、ここにいるよ」

 淋しげに残った空が、一瞬だけ色を取り戻す。光に射られて目を閉じる瞬間。最後に見たのは、どこまでも淡くどこまでも薄い青だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ